女神の御使い始めました。
踊堂 柑
第一章
第1話 始まりはテンプレ
駅前のロータリーでバスを降りた
画面では男性アナウンサーがニュースを読み上げている。「宇宙空間で謎の現象観測」とかいう見出しが出ているが、天音が見たのはそのさらに下に表示されている時間だ。大丈夫、ギリギリセーフ。
待ち合わせの場所にはすでに男二人の姿があった。それを見た天音は軽く手を振って駆け寄る。一応お約束なのできゃぴっとポーズを決めて言う。
「ごめーん、待った?」
「いや、俺はいつも通り五分前に到着しただけだ」
「あー! オレはもう待ちきれなくて一時間前には来ちゃったよ!」
冷静に眼鏡の位置を直すのは
今日はピクニック日和のいい天気だ。だがこれから行くのはうららかな陽気とは無関係の、殺伐とした電脳の世界。海斗イチオシのオンラインアクションゲーのイベントがあるのだ。
「『SOO』の最新アップデート! 今度はどんなステージになるのかな! あー、早く見てみたい!」
「もうPVは見てるだろう」
「あんなんじゃ足りない! 試遊台並ばないと!」
「まあそれくらいは付き合う」
「あんたってホントアクション好きねえ」
「おう!」
他愛ない軽口もじゃれ合いもいつも通りだ。
三人がリアルに知り合ったのは、まだ中学生だった頃。当時遊んでいたオンラインRPGのオフ会でのことだ。同じクランで何度もパーティを組みレイドもしたが、直接顔を合わせたのは初めて。よく知っているはずなのに初対面という何とも不思議な感覚だったが、すぐにいつも通りに打ち解けた。
主だったクランメンバーも参加していたが、同い年なのは天音たち三人だけだった。他は大体がもっと年長で、中には妻子持ちという猛者までいた。そのため年少組の三人は自然と固まることになり、意気投合。近場に住んでいたこともあって、普段から行動を共にすることも多くなった。
今回のようにゲームイベントともなれば、一人が行きたいと言えば全員参加する。興味や得意の方向性の違いはあれど、『ゲーム』というくくりでは全員の趣味が一致しているのだ。
「国際展示場だったな」
「そうそう」
「あっちの乗り場からバスが出ている。十六分に発車だから並んでおこう」
「さすが陸。計画性バッチリだね」
「お前らが行き当たりばったりなだけだ」
陸は考えて動くタイプ。海斗は本能で動くタイプ。なので大体いつも言い出しっぺは海斗で、実行指示は陸。天音は性格の違う二人の間に入る緩衝材といったところか。
そんなわけで陸の言う通りにすれば間違いないと学習している二人は、素直に眼鏡軍師に従って歩き出した。
――――その時。
急に音が消えた。ざわざわとした雑踏の声も音もない静寂。びりっと物理的なほどの不穏な気配が降ってきた。ぴたりと空気が止まったような気がする。
え? なんで?
異様な感覚に天音は愕然とした。体が動かない。そこへ。
猛然と迫ってきたのは、大型バスだった。もしや死に面して感覚が研ぎ澄まされ、それに体がついて行けずに硬直したように感じているのか。
いずれにせよできることは何もなかった。目の前を覆いつくす大質量の金属の箱。意識が暗転する。意外なほど苦痛はなかった。
――――あ、死んじゃった。
最後に天音が思ったのは、そんな平凡な感想だった。
「で。死んだと思ったんだけどさあ、オレ」
「奇遇だな。俺もだ」
気が付くと、天音の頭越しにそんな会話がされていた。
「あれ?」
天音が顔を上げると顔を見合わせている陸と海斗がいた。見下ろす二人と目が合う。童顔で小柄な天音は身長150足らず。対して男二人は背が高く、兄妹だと勘違いされることも多々あった。
それはバスが突っ込んでくる直前のまま、何も起こらなかったような光景だった。そう、位置関係を考えれば、陸も海斗も天音とほぼ同じ場所にいたのだ。天音は恐る恐る問いかける。
「ひかれなかった?」
「ひかれた!」
「多分な」
海斗が即答し、陸も同意した。そして顎をしゃくる。
「なんというか、お決まりの展開過ぎて困る」
見れば周囲は真っ白な空間。上も下もどこまでも白い。
「……これってもしや転生コース?」
「なにそれ?」
思わず呟いた天音に、海斗が即座に問い返した。同じネットの住民でも、ネットゲーマーがネット小説に通じているとは限らない。
「車にひかれて死んだあと、神様が出てきて『異世界に転生しませんか』って持ち掛けてくるネット小説が量産されていてな……」
「マジ?」
陸の説明に食いつく海斗。そこへ。
『転生する気はありませんか?』
どこからか女性の声がした。
三人は顔を見合わせる。それから海斗がにぱっと笑って、ばんばんと陸の背中を叩いた。
「やー、さすが陸。死んでもただでは起きない」
「確かに。外さないなあ、さすが陸」
海斗と天音が口をそろえてそう評すると、陸は気まずそうに目を逸らした。
そして真っ白な空間に、ギリシャ風の衣装を着た綺麗な女性が姿を現したのである。
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