参拾弐

 灰燼鬼かいじんきらしきステルス妖魔の迷宮に取り込まれた5人はようやく妖魔に遭遇そうぐうしていた。


 螺旋回廊の通路の先に半径10メートル程の空間が広がっており灰燼鬼に似た鎧が10体、浮遊ふゆうしながら室内を動き回っていた。

 2体でペアを組んでダンスに興じているがどちらも男の鎧で足が床に着いて居ない為、アニメ映画等で描かれる幽霊屋敷のダンスホールの様に見える。

 各鎧には肩、前腕、頭の5カ所からワイヤーの様な線が見えている。


 今まで光源について気にしていなかった5人だが床から15メートル程の高さの天井からいくつものシャンデリアが設置されており、大量に蝋燭ろうそくが設置されていた。

 ふと気に成って麻琴まことが背後を振り返って天井を見てみたがシャンデリアの様な光源は無く、何故問題無く視界が確保されているのか疑問を覚える。


 ダンスホールの中はシャンデリアの光源なのか天井からの蝋燭の火によって照らされているのが分かる。見渡してみれば壁には短い間隔で大き目の蝋燭が取り付けられており流石に天井の蝋燭だけが光源では無かった。

 斧前ふぜんは1歩踏み出して首だけ振り返りさくに視線を向けて方針を話し始める。


「糸は見えるが妖魔は何処どこだ?」

「見えない。シャンデリアの影に隠れているかもしれない」

「数も10体の鎧に対してどれだけ居るか。1体に糸5本で10体分だと単純に50本か」

「ペアに対して途中でまとめてるか?」

「どこかで糸が集合している可能性も有るか。だが汎用性はんようせいに欠けるな」

「妖魔が汎用性なんて考えるか?」

「違いない。俺が先に踏み込んで様子を見る。灰山は糸の先の妖魔を探せ。竜泉りゅうせんは2人の護衛を優先しろ」

「了解した」

「はいよ~。美人とダンスなら是非俺に行かせて欲しかったが野郎で金属ドレスならお断りだ」

「女のマネキンだったら放り込んでいる所だ。では、早めに見つけてくれ」


 そう言って斧を片手に斧前はダンスホールに歩み出る。絶え間無く踊り続ける鎧達の中から最も近くに踊り寄って来たダンスペアに向けて横薙ぎに斧を振るう。


 抵抗する素振りも無く斧の斬撃を受けた鎧達は糸が切れた様に床にバラバラに成って倒れ、鎧の破片同士がぶつかる金属音を立てつつ床の灰を巻き上げた。

 倒れた鎧は斧前の斧が直撃した瞬間に糸が切れたが、同時に糸は垂れる事も巻き上げられる事も無く消滅した。


 斧前が倒れた鎧を蹴り退けながら振り返り裂を見るが首を横に振って何も見えなかった事を伝えて来る。

 警戒した分だけ徒労感とろうかんが有り小さく溜息を吐いた斧前は倒した鎧と踊る鎧達を両方視界に納められる様に移動した。


「おっと、コッチでは変化有りだ!」


 竜泉からの警告に斧前は視線だけで通路側を見る。

 影に成っており何が起きているかは不明だが竜泉が抜刀して直剣を構えている。

 救援を求める声は上がらないので踊る鎧達に集中する事にした斧前は通路への意識は最低限にしてダンスホールに集中し、可能な限り手早く鎧達を全滅させる事にした。


「お嬢さん方は壁から離れててね。1体だけぽいから下手にダンスホールに入らないでくれ」


 自分達が通ってきた通路の先に直剣を向ける竜泉が見たのはダンスホールの鎧と同じ様に糸で繋がれた鎧だ。

 数は1体で通路に居た鎧に糸が繋がれたのかと竜泉は予想しつつ、バラバラに成ったはずなのに現在は鎧として形を保っている事に疑問を覚えた。


 別個体の可能性は有るが調べる手段が無い。

 竜泉は横を抜かれても麻琴とじゅんの護衛に戻れるだけの距離を作る為に鎧に向けて踏み込んだ。

 様子見の袈裟斬けさぎりを左肩に放ち、糸を切断しながら肩を打つ。

 左腕が肩から全て床に落ちていくが、竜泉は左腕が床に落ちる前に2撃目を放つ。

 左肩の高さに直剣を持ち上げ首に向けて横薙ぎに振り払う。


 まだ右腕の生きている鎧には防ぐ手段が有る筈だが抵抗される事無く首を切り離す事に成功した。そのまま左足で鎧の腹を思い切り退けるとやはり抵抗無く鎧はバラバラに成って仰向けに倒れる。

 首を切断した瞬間に右腕とかぶとに付いた糸は切れて消滅した為、竜泉は反射的に天井を見上げたが妖魔らしきものを見つける事は出来なかった。


 鎧からバックステップで距離を取って背後を首だけで振り返ってみると潤も麻琴も首を横に振る。

 彼女達にも妖魔の姿は確認出来なかった様で竜泉は本格的に妖魔の特定が難しいと判断した。

 鎧に向き直り、声だけで潤と麻琴に声を掛ける。


「妖魔は見えたかいっ?」

「いいえっ、糸以外は見えませんでしたし、糸も消滅しました」

「なら斧前がダンスホールの鎧を倒しきれたら強行突破しようっ」

「分かりましたっ」


 荒事あらごとに慣れている潤の方が主に竜泉に対応している。

 裂も背は向けているが話は聞いていたので斧前に声を掛けた。


「妖魔が発見出来ないっ。ダンスホールの鎧を全滅させられる様なら強行突破するぞっ」

「良いだろう!」


 斧前は引き続きダンスホールの鎧達を斧で殴り付け、既に3ペア6体を倒している。

 今までは復活を警戒して倒した鎧を視界の端に納められる様に蹴り寄せていたが、残り2ペアを速攻で倒し切る為に素早く4ペア目に踏み込んだ。


 ダンスホールの真ん中まで斧前は進行しているので裂が先導する形で他の3人もダンスホールに侵入する。

 手早く4ペア目を砕いた斧前はそのままダンスホールの出口付近の最後のペアに踏み込み、2体纏めて左から斧を横に振り抜き最後のペアを吹き飛ばした。


「走るぞ! 灰山は2人の護衛を最優先にしろ!」


 振り返って指示を飛ばした斧前に従い裂、麻琴、潤がダンスホールの出口に向けて走り出す。

 その後を周囲を警戒しながら竜泉が続き、鎧の復活を想定して直剣は手にしたままだ。

 ダンスホールを抜けると今までと同様に螺旋回廊が下に向けて続いており5人は麻琴に合わせた速度で走る。


 ずっと走り続けられる訳では無いので斧前は20メートル程で歩調を緩め、早足程度の速度に落ち着けた。

 鬼3人は全く息は上がっていないが潤は少し息が乱れ、麻琴は明確に呼吸が乱れている。体力測定で短距離走を走った後の様な息の切れ方では有るが、やはり今のペースを維持する事は出来なかっただろう。


「ダンスホールの鎧が復活した! 遅いけどコッチに来るみたいだぜ」


 竜泉の報告で斧前が麻琴を振り返れば表情を硬くしながら頷いた。


「少し走る。影鬼かげおに嬢の体力には注意を払え」


 言って斧前が自身としてはランニング程度の速度で走り始め、麻琴は全速力に近い速度で走る。


「灰山、状況次第では影鬼嬢を抱えろ」

「了解」

「屈辱だわ」


 背後を警戒する竜泉が警告をしてこないので鎧達よりも5人の方が速いと判断し斧前はペースを維持したが、やはり麻琴にとっては速いペースの様だ。

 明らかに麻琴の息が上がり始め通路に大きな呼吸音が響き始める。


「やはり続かないな。灰山、抱えろ」


 斧前に従って少しだけ歩調を緩めた裂が麻琴の横に並んで身体を屈め、麻琴の脚を左手ですくげて右手で肩を抱き元の歩調に加速する。

 麻琴も邪魔に成っているのは理解しているので抗わずに変に揺れて走り辛い事に成らない様に裂の首に手を回して密着した。

 茶化す様に潤が口笛を高く吹いたが麻琴は睨んで黙らせる。


「影山、悪いが灰山の分の周囲警戒を頼む」

「分かりました」


 走り続けるとやがて潤の息も切れ始めたが、流石にこれ以上は人員をけない。また潤ならば鎧は1体くらいならば対応は出来るという判断も下された。

 その判断のもと、斧前は斧を右肩にかついで正面に向け1人だけ速度を上げた。


 先頭の斧前は最初に新たな鎧を視認して先行して動きの鈍い鎧を壁に向けて吹き飛ばす。

 背後に続く裂が走りながら鎧の一部を蹴って遠くに飛ばし復活するにも鎧を集めるのを妨害ぼうがいする。


 今の所、鎧が復活する過程かていを目視したメンバーは居ない。

 竜泉もダンスホールの鎧が復活したのは確認しているが念の為に振り返った時には復活は完了していたのでやはり過程は不明だ。

 どのような形で復活するかが分かれば妖魔の正体や糸の先が分かるかもしれないが、視線を察知して復活のタイミングを選んでいるのかと疑いたくなる状況だ。


「竜泉! 鎧が復活する様子は見れるか!?」

生憎あいにくと見れなかった! この通路じゃ後ろ向きに走れねえからどうしても視線外しちまう!」

「麻琴、俺の後ろを見ろ」

成程なるほどね。もっと強く抱きなさい」


 裂と麻琴は横向きに抱えたいた姿勢から上半身は正面から抱き合うように密着する。

 そうすると裂の背後を見る様に麻琴が顔を向ける事が出来る。


 潤の嫌な笑みを見て目を細くする麻琴だが目的な潤を怒る事では無い。

 裂の思惑おもわく通り他の4人とは異なり背後を見る事が出来た麻琴だが、鎧は麻琴が見ている間は復活する様子を見せない。


「復活しないわね」

「視線に反応して復活しない、時間経過が有る、他に何か思いつく奴は居るか?」


 裂の質問に対して誰も反応せず、今思い付くのは全員がその程度の様だ。

 方法論はいくらでも有るが現状では考えられる情報が少な過ぎてこれ以上は無意味だと考えた部分も有るのだろう。


 その後も走り続け斧前が3体程の鎧を倒し、位置によって後続の3人が鎧を蹴って距離を取らせる。

 その内に先程のダンスホールと同じ様に円形だが、半径5メートル程度の空間に出た。


 踊る鎧はらず、中心には迷宮に取り込まれた時と同じ様に灰の円で出来た黒い空間が浮いている。

 斧前の急制動に合わせて全員が止まって円の前に集まり、竜泉が背後を確認すると背後から鎧のこすれる金属音が大量に聞こえてくる。


「後ろから来てるみたいだ」

「行き止まりで防衛戦は避けたい。俺は先に進もうと思う」

「賛成だ」

「素人の意見で場を惑わす気は無いわ」

「お任せします」

「行っちまおうぜ」

「なら先行する。竜泉は引き続き殿しんがりだ」


 指示を出して直ぐに円に踏み込んだ斧前が吸い込まれ、裂が麻琴を抱えたまま続き、潤が入る。

 竜泉は最後に残って鎧が視界に入った瞬間、直剣を上段に構えて竜巻を生み出し通路に向けて振り下ろす。


 今までの打撃力よりは下がるが先頭に居た3体は後方に吹き飛び、後続の鎧達を巻き込んで糸が切れた。

 やはり天井付近に伸びる糸の先は依然として何も見えない。


 鎧そのものが妖魔とは考えづらいが、糸の先に妖魔の本体らしき物は見えず天井内に糸が埋まっている。

 状況が不明なのは変わらないので竜泉は下手に考え過ぎる事はせずに灰の円に飛び込んだ。

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