参拾壱

 ステルス妖魔らしき反応を四鬼しき用の地下迷宮に対応したアプリケーションで確認したかすみは即座に竜泉りゅうせん斧前ふぜんに声を掛けた。

 場所は自分達の居る地下迷宮出口から走って2分程の通路だ。

 2回曲がる必要が有るので目視は出来ないが、その地点を見た竜泉が急行の指示を出した。


「急行する! 影鬼かげおに側の人員が巻き込まれた可能性が高い!」


 斧前は言葉の意味を正確に理解して走り出した竜泉を追い、霞は一瞬呆けたが2人に吊られて走り出した。

 さくは影鬼の人員が知人かどうか気に成ったが誰であろうと四鬼に従う契約なのは変わらないので大人しく追随ついずいする。ただ、相手によっては行動が読める可能でも有るので駄目元だめもとで竜泉に人員を知っているか聞く事にした。


「影鬼側の人数と名前は?」

「2人だよ。影鬼麻琴かげおに・まこと影山潤かげやま・じゅんだ」

「潤!?」

「霞ちゃんは知り合いだったね。影鬼さんと灰山君は同じ高校だし、知り合いだよね?」

「ああ。影山の方は名前を知っている程度だが、麻琴の方なら多少は行動が読める」

「へぇ、どうする?」

「四鬼でも影鬼でも関係無く戦力に成る相手が居る場所に少しでも近付くはずだ」

「四鬼でもかい?」

「そうだ。アイツは使える物なら何でも使うし、影鬼で有る事にこだわりも無い。自分が異端鬼いたんきでも無いから四鬼が保護する義務が有る事を利用するはずだ」

「うわぁ、合流したら基本的に任せるよ。利用されそうだ」


 霞も何かを言おうとしていたが全速力の鬼3人の速度に合わせるのに会話する余裕が無い。それにスマートフォンを見ながら走るので本当の意味での全速力も出せないので仕方無しにナビに徹している。


「このまま通路通りです! それと、妖魔反応が私達から離れています!」

「何かを追っているのかな。灰山君、2人に連絡してみてくれ」


 竜泉の指示で裂がスマートフォンから麻琴に通話すると直ぐに繋がった。

 スピーカーモードにして四鬼側にも聞こえる様にする。


『久しぶりね』

「まだ迷宮に巻き込まれてなかったか」

『コッチの事は把握はあくしてる?』

「分からん。今は四鬼とステルス妖魔らしい反応を追ってる」

『ステルス妖魔よ。潤に逃がされて私は追われてる』

「直ぐに追い付く。可能な限り逃げろ」

『分かった。通話はつないだままにしておくわ』

「ああ。後でな」


 全速力を出す為にスマートフォンでの通話の姿勢を止める。


「悪いが黒子くろこに合わせていられなくなった」

「そうだね。霞ちゃん、先に行くよ」


 竜泉が言った瞬間に鬼3人が更に速度を上げ、霞を置いてく。

 最初の妖魔反応地点が4人から2分の距離とはいえ妖魔は麻琴を追って離れている。実際には鬼ごっこなので妖魔を補足ほそくするまでに2分以上は掛かるし、ステルス妖魔が逃げれば捕まえる手段が無い。


 裂が可能な限り逃げる様に指示したのはステルス妖魔らしき反応を可能な限り実体化させておく為の手段だ。

 麻琴も裂が逃げると言ったのは妖魔を補足する為だと理解している。スマートフォンから聞こえるのは全力疾走の吐息といきだ。


 霞からのナビは受けられなく成ったので竜泉は眼鏡を掛けてスマートフォンを操作する。左側のレンズには簡易的な地図が表示され、スマートフォンのバックグラウンドで起動している妖魔探知アプリケーションの結果を表示している。


「これ視界悪くて嫌なんだよね」

文句もんくを言うな。場所は?」

「大丈夫、俺達の方が速い。次のかどで見える」


 竜泉が言う通りコンクリートで出来た通路の角を曲がった瞬間、通路の奥に灰色の鎧が3人から離れる方向に走っていた。

 確認した瞬間に先頭の竜泉がふところから拳銃を取り出して走りながら発砲する。

 彼我の距離は約15メートル、走りながら片手で狙い通りに当てられる距離ではない。

 それでも発砲音に反応して妖魔が振り返った。


「通話が切れた」


 裂の報告を無視して竜泉は銃を懐に仕舞しまい、腰の剣に手を掛けながら眼鏡を捨て妖魔の全容を視認する。

 直ぐに角から出た斧前と裂もほぼ同じタイミングで妖魔を視認し、速度は落とさなかったがその姿には驚いた。


「灰山君、君以外に灰燼鬼かいじんきは居ないんじゃないっけ?」

「俺が知らないだけだったんだろ」


 斧前も斧を右手で握り、間合いに入った瞬間に叩き付ける姿勢を取る。

 しかし、待ち受ける妖魔が3人に向けて手を向けると、そこに灰の円に縁取ふちどられた黒い空間が現れた。


「ちっ、迷宮内で討滅とうめつすしか無いって事か」

「鬼ではない者が2名居る筈だ、急ぐぞ」


 斧前の宣言に従い3人で自分達の意思の下、迷宮に走り込む。


 状況から察するに影山潤が約2分前に迷宮に飲み込まれ、3人が妖魔を視認する直前に麻琴が飲み込まれている筈だ。

 裂は知る由も無いが幸いこの通路には監視カメラが有り妖魔の反応に合わせて他に四鬼が向かっている。

 可能性だけ考えれば後から四鬼の増援が見込めると竜泉と斧前は考えるが、裂は面倒臭そうに溜息ためいきいて灰の円に飛び込んだ。


▽▽▽


 灰の円に飛び込む瞬間から感じていた引っ張られる感覚が急に消失して竜泉りゅうせん斧前ふぜんは少し体勢を崩しつつ踏み止まった。


 5回目になるさくは体勢を崩す事無く自然に歩調ほちょうゆるめて迷宮内に踏み込んだ。

 今までの迷宮の通り、内部はステルス妖魔の外観に依存いぞんした風景ふうけいとなっている。


 背後に有ったはずの灰の円は形を保てずに崩れ落ちて灰の山に変わった。

 入口付近は半径5メートル程の円形だが前方から繋がる幅5メートル程の直線の通路の壁は表面が荒いコンクリートの様な灰を積み上げた物で出来ている。


「あら、直ぐ近くに居たのね」


 鬼3人が入った来たのを待っていたかのように入口から直ぐ左に麻琴まことが居て、隣でじゅんが腹をかかえて座り込んでいる。


「こんにちは、お嬢さん方。俺は四鬼の乱風竜泉らんふう・りゅうせん

「四鬼の方に自己紹介される日が来るとは思っても居ませんでした。影鬼麻琴かげおに・まことです」

「俺も影鬼の性を持つ相手と話す機会が有るとは思わなかったな。ただ、あまり俺たちは話さない方が良いと思うんだ」

「そうですね。じゃあ裂、ちょっと間に入りなさい」

「知らないかもしれないが、俺って口下手なんだ」

「緊急事態よ、言う通りにしなさい」

「はいはい」


 盛大せいだい溜息ためいきいた裂が手招てまねきされるままに麻琴に寄って行く。

 それを見た竜泉と斧前は今までの裂の態度から見ると随分ずいぶん茶目ちゃめが有ると思い、やはり自分達の前では態度を硬化こうかさせていた事を知った。


「なあ、あれって飼主と犬じゃね?」

「戦力を考えれば猛獣使いとライオンだろう」

「群れないし虎じゃね?」

「猫科なのは同じだ」

成程なるほど


 背後から聞こえてくる四鬼2人の会話を不本意に感じつつ、裂は約1ヶ月振りに麻琴と顔を合わせた事に何となくなつかしさを覚えた。

 以前は校内でも軽く仕事の話や軽口を交わしていたが最近は意図的に関わりを断っていた。

 その反動だろうが麻琴も似た様な感覚なのは顔を見れば明白だ。


「改めて、久しぶりね」

「1ヶ月程度だけどな」

「そうね。自分でも意外な感覚だわ」

「で、間に入れって言ったが何をさせる気だ?」

「建前を守る為に私と四鬼の間で話しなさい」

「聞こえる距離なのに?」

「この迷宮内なら監視も緩いし誤魔化しが効くわ。向こうも面倒に成るのが分かってるから『話さない方が良い』なんて言ったんだしね」

「大人の世界って面倒臭い」

「良いわよね、私なんて強引に大人の仲間入りよ」

「そういや影鬼幹部候補に成ったんだっけ?」

「あら、知ってるの?」

「龍牙に聞いた」

「あら。あの子、何がしたいのかしら?」

「何か知ってるのか?」

「ちょっと耳を貸しなさい」


 麻琴の言葉に合わせて竜泉と斧前は入口の右側に行き雑談を始め小声なら聞こえないというアピールを始めた。雑談と言っても竜泉が映画や音楽の事を一方的に話し斧前が面倒臭そうに聞いているだけだ。

 察しの良い竜泉に感心しつつ麻琴は肩が当たる程の距離で裂に龍牙がステルス妖魔発生の犯人だと真打から連絡が有ったと伝えた。


「それなら直接本人から聞いた。情報リークの前で、暴露する計画を持ち掛けられた」

「あら、そうだったの?」

「麻琴の幹部への点数稼ぎがしたいそうだ」

「何それ。意味が分からないわ」

「幹部に成る為に動いたら気に入って貰えると思っていたみたいだぞ」

「勘違いされてるわね。まあ点数稼ぎには使えるでしょうけど、私はこの件には関わりたくないのよね」

「俺だって早く逃げ出したい」


「ま、愚痴はここまでにしましょう。ステルス妖魔の姿は見たわね?」

「ああ。細かい部分は違うが、アレは灰燼鬼かいじんきだ」

「そうよね。貴方から他の灰燼鬼については聞いた事が無いわね」

「俺も自分しか灰燼鬼は居ないと思ってたよ」

「30年前じゃ貴方産まれてないでしょ。でも鬼で妖魔って考えると、アレは悪鬼あっきかしら?」

「可能性は高いが、正直分からない。魔装まそうが単体で妖魔化した例も有るらしいしな」

「この通路、灰が積み上がって出来上がってるし灰燼鬼の条件は満たしてるわね」

「そうだな」


「なら悪鬼を前提に考えましょう。今までの報告から考えればこの先を進めば妖魔が居る筈ね?」

「そうだな」

「四鬼の2人に問題が無ければ進みましょうか。潤、立てる?」

「はい。歩くくらいなら何とか」

「無理させて悪いわね。お陰で鬼と合流出来たし、今度お礼するわ」

「ふふ、図書館の仕事でも手伝って貰いましょうか」


 腹を抑えて立ち上がった潤は痛みはおさまっていないが妖魔の打撃を受けてから数分は経ち動ける程度には回復した。現実では潤が迷宮に取り込まれて4分だが迷宮内では既に10分以上が経過している。例え妖魔とはいえ人体をした敵に対し牽制けんせい程度の攻撃しか出来ない様立ち回った甲斐が有ったというものだ。


 麻琴と潤を連れ立って四鬼2人に向けて裂が歩き出すと状況を察して竜泉と斧前も歩き始め、入口の有った灰の山の前で合流した。


「相談は終わったかな?」

「ああ。そっちに問題が無ければ迷宮を進む」

「OK、進もう。あ、霞ちゃんが来たらまずいな」

「黒子だけで妖魔に挑む様な無謀むぼうはしないだろ?」

「いや~、本当ならそうなんだけどね、そっちの影山さんが居るって言っちゃったじゃん?」

「それがどうした?」

「追って来ちゃうんじゃない?」


 その問い掛けを竜泉はピエロの様に身体をかたむけて潤を下から覗き込む様にはっした。

 四鬼側に知られている事は覚悟していた潤は肩をすくめて鼻で笑い、ふところから手帳とペンを取り出して何かを書くとそのページを破る。


「もし来たらこのメモを頼りにして貰いましょう」


 そう言って潤が全員に向けた紙片しへんには『鬼3人を護衛にステルス妖魔討滅に向かう』と書かれていた。


「霞なら私の筆跡ひっせきは分かると思います。流石に取り込まれたら最初に周囲を確認するでしょう」


 そう言って潤が床に紙片を置くと竜泉と斧前は納得して首を振って通路の先を示した。

 裂も問題は無いので歩き始めると斧前が隣に並び、麻琴と潤の後ろに竜泉が続く。

 打合せも無く前衛と後衛に分かれて麻琴と潤の護衛が可能な配置を取った四鬼2人に裂が感心していると斧前が声を掛けてくる。


「今回の妖魔、灰燼鬼に見えたがお前は何か知っているか?」

「いいや。ステルス妖魔が生まれたのは30年前って話だしな、俺の知らない灰燼鬼の可能性は有る」

成程なるほど我流がりゅうだったな」

「俺の親が鬼じゃないのは確かだ」

「ふむ。灰山桐香はいやま・きりかは灰燼鬼だった可能性が有るな」

「爺の代で何人の灰燼鬼が残っていたとは聞いた事が無い」

「四鬼側の資料では業炎鬼ごうえんき粛清しゅくせいしたのはお前の祖父そふだけだった。その情報が正しいのであれば当時の灰燼鬼は1体だけと考えられる」

「灰燼鬼が粛清されたのはステルス妖魔が生み出された後だろ。灰山桐香が灰燼鬼でない証明には成らない」

「身内の事なのに冷静だな」

「そういう訓練を積んだ」

「成程。既に鬼としては完成した思考だ」


 小さく笑みを浮かべた斧前にスカウトの可能性が有ると万丈ばんじょうが言っていた事を思い出して裂は半歩だけ斧前から距離を取った。

 斧前も距離を取られた事は気付いたが彼は強面で体格も良いので子供に避けられる事も多い。その為、精神的なショックは受けず肩を竦めて距離を詰める事はせずに探索を続けた。


 灰燼の通路は最初は直線だったが途中から緩く左に蛇行だこうし、更に進むとくだざかに成った。ここまで妖魔には遭遇そうぐうしていないが今までの報告から全員がステルス妖魔以外の妖魔が居る事を前提ぜんていに壁から強襲される事も想定している。

 何となく全員が螺旋を描く通路を下に向かっていると感じ始めた時、先頭の裂と斧前が前方に妖魔らしき影を見付けて足を止めた。


 即座に反応した残りの3人も足を止め、潤は懐から銃を取り出し竜泉は直剣に手を掛ける。

 裂は既にグローブを嵌めており手首を回して戦闘準備を整え、斧前も斧を手にした。


「1匹か。連携は難しいだろう。まずは俺が行く。灰山は増援が有れば対応しろ」

「了解だ」


 斧前は裂が素直に提案を受けたのを確認すると1人で先行した。


 全員が視認した妖魔は灰燼の壁に背を預けて倒れている鎧だ。

 灰燼鬼を思わせる流線形りゅうせんけいかぶとと灰を積み上げた様な細かい凹凸おうとつの有るシンプルなデザインの西洋鎧せいようよろいだが草紋そうもん縁取ふちどりは無い。戦闘スタイルは徒手空拳としゅくうけんの様で剣や盾の様な武具は見当たらない。

 体格は一般的な成人男性を思わせるサイズで特別に手足が長い事も無い。

 今までの異形を思えば随分ずいぶんとクセの無い鎧に全員がかえって警戒心をあおられた。


 先行した斧前が斧のリーチに入っても鎧が動く様子は無い。

 確認の意味で斧前は左足で壁にもたれ掛かる鎧を退けてみるが、何の抵抗も無く鎧がバラバラに成りながら床に倒れる。床も灰燼で出来ているので倒れた事での音はしないが、バラバラに成った鎧同士が当たる際には金属音がする。


 意味の無い置物でしかないのかとも思ったが、四鬼では気付かない灰燼鬼の特徴が有るかと考え斧前は裂に視線を向けて手招てまねきした。

 調べろという指示かと判断した裂が3人を残して斧前に近付き倒れた鎧を見下ろす。


「俺にはただの鎧にしか見えないが、灰燼鬼のお前から見て何か気付く事は有るか?」


 斧前からの質問に裂は膝を着いてバラバラに成った鎧を調べ始める。

 厚さ1センチも無い鎧は魔装の様に関節に装着者の行動を補助する機能は無く本当の意味でただの鎧の様だ。

 デザインや材質が灰燼鬼に寄せられているが特別な機能の無い鎧が意味も無く妖魔が作り出していると思われる迷宮に有る事に違和感は有る。


「普通の鎧にしか見えない。人形を操る様な妖魔が潜んでいる可能性は有る」

「やはり普通の鎧か。しかし、操るにしてもここまで近付いて反応が無いと対処する事が無いな」


 斧前の発言に同意しつつ裂は立ち上がって麻琴と潤に先に進むと首を振って示した。

 潤と竜泉は警戒心から躊躇ちゅうちょしたが自信満々で裂に向けて歩き始めた麻琴から離れる訳にもいかず歩き始める。


「妖魔では無いのね?」

「この鎧はただの金属の塊だ。ただ、妖魔の中には人形を操る物も居るからそっちの警戒は必要だろうな」

「そうね。生身で妖魔の気配を察知していた昔の鬼には頭が下がるわ」

「現代の鬼とは別の訓練を積んで警戒の仕方を身に着けたんだろ」


 気安い裂と麻琴の会話を聞いて後衛の竜泉は前方の注意は他に任せて左右と背後に集中する事にした。

 迷宮がどの程度の長さなのかは分からない。

 体力を浪費ろうひしない様に気を付けながら一行は迷宮探索を再開した。

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