弐拾伍

 継接つぎはぎ妖魔を討滅とうめつし現実世界に帰還したさくかすみ焼慈しょうじの3人は周囲を四鬼しき黒子くろこに囲まれていた。

 3人が完全に現実世界に戻った事を黒子の1人が通話で誰かに伝えており、裂はこの後には四鬼にまた長時間拘束こうそくされるのかと溜息ためいきいた。


「貴様っ! 待てと言っただろうが!」


 裂に暴行され痛みの残る腹をおさえながら焼慈が裂に吠える。

 全く関心が無い裂は自然に無視して召喚器であるグローブは付けたままスマートフォンを取り出した。


 メッセージアプリには影鬼かげおにから帰還を確認したと連絡が有り、報告等は四鬼側にしたがう様にと指示が書かれている。

 実際に四鬼の黒子が2人同行しているのだから自分は不要だろうと不貞腐ふてくされながらスマートフォンをポケットに仕舞しまう。


「灰山君、車が来るので警察署に同行して貰います。緋山ひやまさんも落ち着いて下さい」


 既に霞から離れた焼慈は今にも裂につかかかりそうだが、裂がグローブを外していない事と手首をほぐして臨戦態勢を解いていない為に実際に掴み掛って来る事は無い。


 そもそも裂からしたら焼慈が止まるように言った理由も不明なのだし、取引の条件には行動の制限は受けないとも有る。

 言ってしまえば焼慈が取引を破ったとも言える状況だ。


 敵意を向ける相手に友好的な態度を取る理由は無い。

 裂は明確な敵意の有る視線を焼慈に向けるが、焼慈は別の黒子に肩を掴まれ物理的に裂から離された。


 代わりに霞が裂の正面に立つ。

 般若はんにゃ妖魔の迷宮に巻き込まれた時の様な友好的な表情は無く、無表情で裂と円滑なコミュニケーションを取ろうという様子は無い。


調書ちょうしょは警察署に到着してからに成ります。この場では特に何も話す必要は有りません。今の内に迷宮内で見た物を整理しておいて下さい」


 不本意ふほんいそうな表情を浮かべながら裂が首肯しゅこうを返すと車通りの少ない道に車がやって来きた。

 霞にうながされて後部座席に入り、隣に霞が座り車が発車する。

 焼慈は来ない様だが、黒子の様子を見るに何か問題が有るのは明白だ。

 ステルス妖魔はあと1体だが、再び焼慈が関わってくるようなら裂としては迷宮内で事故に見せかけて妖魔に喰わせてしまいたい。


「緋山さんの事は聞かないのですか?」

「知った事じゃない」


 運転手は不健康に細い男で裂以上に周囲に今日が無い人格の様だ。

 沈黙に耐えられなかったのか興味本位か分からない霞の質問に裂は本音で回答したが、霞は大きく溜息を吐く。


「こちらの内情を聞かないでいてくれるのは有難いですが、ステルス妖魔の調査に支障ししょうが出るとは考えないのですか?」

「調査は四鬼の仕事だ。俺は分かる事が有ったら情報を伝えるだけのはずだろ」

「そうですが、緋山さんがその邪魔に成るとは思わないのですか?」

「そう思ったからあの場で排除した。今後もその場で邪魔に成る相手が居れば排除する」

「……行き当たりばったりですね」

「学習塾の調査じゃ四鬼も似た様なもんだったろ」


 何も言い返せない様子で霞は再び溜息を吐いて黙った。

 無言のまま最寄もよりの警察署に到着し霞の無言の案内に従って署内の取調室に入る。


「私は別の部屋で調書を受けます。調書が終われば好きに帰宅して構いません」

「調書が遅くなった結果、警察官に補導されるなんて馬鹿な事はしないよな?」

「……車を用意する様に言っておきます。期待はしないで下さい」


 霞も強い権限を持っている訳では無いのを理解している裂は手を振って了承りょうしょうの意思を示す。

 礼儀に反した態度だが犯罪者が警察組織に礼儀を払うのも可笑しな話なので霞も気にせず裂が部屋に入ったのを確認して扉を閉じた。

 椅子に座ってスマートフォンで漫画を読んでいると数分で乱風竜泉らんふう・りゅうせんがやって来た。


「やあやあ、まさか俺達が追っていた妖魔に君が遭遇そうぐうするとはね。全く、探偵小説の主人公みたいな巻き込まれ体質だね」


 絶風鬼ぜっぷうき系列特有の軽薄けいはくな態度だ。

 四鬼側でも裂が知っている相手は霞と竜泉、そして獄炎鬼ごくえんき斧前ふぜんくらいだ。下手に自己紹介で時間を使わない為に顔見知りが調書に来たのかと裂は考えた。


「さて、高校生を夜遅くまで拘束するのは警察の仕事じゃない。俺も早く仕事を終わらせたいし状況確認を始めちゃおうか。あ、霞ちゃんには斧前が調書中だから変に嘘は言わないでね」

ちがいが有っても俺達が見た物が違うってのは有り得るだろう」

「そうだね。それも含めて確認する為の調書だ。じゃ、始めようか」


 何となく裂は警察での調書は2人の取調官と記録用の人員が1人の合計3人だと思っていたが相手は竜泉だけだ。

 不思議に思ってまゆを小さくゆがませたが、竜泉は察しが良いのか親指で壁を指した。


「調書とか記録とかは壁越しに別の人が取ってるよ。マジックミラーで監視されてると思えば良い」

「そうか」

「じゃ、聞いて行こうか」


 調書は竜泉の質問に裂が答える形で進んだ。

 そもそも四鬼がどのような話を聞きたいのか裂は知らない。その為、自分から話しても調書の時間が無駄に長引くかと思い質問される事にだけ答えていった。

 一通り竜泉からの質問によって妖魔に気付いたタイミング、迷宮に取り込まれた状況、迷宮内の様子等を話した。


「ふむふむ。今までの話通り妖魔の姿に影響を受けた迷宮だったようだね」


 特に質問ではなかったので返答はしなかった裂だが竜泉は特に無視されたとも思わず話を続けた。


「今までの迷宮ではステルス妖魔の他に小型の妖魔が居たと聞いているが、今回は出なかったのか?」

「ああ」

「重力がじれていたり何だりと、妖魔ってのは本当に個体毎こたいごとに面倒だなぁ。で、迷宮を進んで継接ぎの妖魔に遭遇したと。それまでに変わった事は有ったかい?」

「全部が変わっていた。迷宮に取り込まれて、小型妖魔を警戒しつつ扉を開けたりして、エレベータに乗ったらステルス妖魔が居そうな広場が有った。黒子が何故かステルス妖魔と戦うのを止めようとしてきたから殴って黙らせた。その後に継接ぎ妖魔を倒して現実に帰って来た」

「黒子に止められたって、霞ちゃん?」

「いや、一緒に入った男の黒子だ」

「ああ、緋山か。だから今回の件からは外せって言ったのに」


 竜泉は何か事情を知っているようだが興味の無い裂は特に聞く事もせずに竜泉の質問を待った。


……どうせ崩壊した家庭の子供だとか、身内だとかそんな所だろ。


 四鬼は警察組織の1つなので警察署と同様に全国各地に居るが、全国を4つの家の血縁者けつえんしゃだけでカバー出来る筈が無い。その為、養子縁組ようしえんぐみや四鬼の一部の家が運営する道場に通い黒子や四鬼を目指す者達も一定数は居る。

 緋山というのは業炎鬼ごうえんき系列の家系の1つだが焼慈が血縁者ではない可能性も充分に有る。

 もし迷宮内の家庭環境の後に児童養護施設に移っていれば四鬼を目指し緋山の家に入ったと言われても裂は何の違和感もいだかない。


「事情は聞かないのかい?」

「興味が無い」

「いや助かるよ。マスコミや一般人は事件が起きるたびに情報開示を求めて来るけど何を言っても満足も納得もしないんだから最初から聞いて来るなよって思っててね」

「ご苦労様とでも言えば良いのか?」

「いや、俺は君が四鬼にスカウトされたら歓迎するよって言いたいだけ」

「……何の話だ?」

「ははは、気にするなって。さて、映像は霞ちゃんと緋山のカメラに期待するとして君に聞きたい事はこの辺かな。また別に聞く事も有るかもしれないけど今日は終わりだ」

「10時半か。夜道を歩くと警官に補導されかねないんだが何か証明書でもくれるのか?」

「霞ちゃんに頼まれて車を用意したよ。来る時と同じで警察署の前に呼んじゃうよ」


 竜泉に対して礼を言う気に成らない裂は肩をすくめて息をいた裂を見ても竜泉は特に機嫌きげんそこねなかった。

 子供で犯罪者の自分に対し随分ずいぶん寛容かんようだと思うが、絶風鬼系の鬼は四鬼の中でも最も表情と内心の差が分かりづらい。

 そもそも本心を知る意味も無いと裂は考え席を立つと竜泉も立ち上がって取調室の扉を開けた。


「調査協力ありがとうございます、ってね」

「……似合わない」

「形だけさ。最後の1体もさっさと見つかる事に期待しようじゃないか」


 軽薄な笑みを浮かべてわざとらしく挑発するように話す竜泉に対応する気が無い裂は開けられた扉を抜けて取調室を後にした。

 警察署を出れば確かに正面に警察署に来た時と同じ車が止まっており、後部座席が自動で開いた。

 入ってみれば来た時と同様に不健康なドライバーが何かを操作し扉が閉じ、裂の家に向けて発車する。


……何か人間味の無い運転手だが、四鬼の修業の脱落者だつらくしゃだったりするのか?


 四鬼の修業の中でも業炎鬼系では感情をおとす様な物が有ると聞く。

 その修行で何か事故や失敗が有って感情が本当に無くなるという事も有るかもしれない。

 裂は自分が灰燼鬼かいじんきの道場に残されていた書物で修行した時の注意書きにそんな項目が有ったと思い出しつつ、大きく溜息を吐いて今日はもう終わりだと自分の中でスイッチを切った。

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