弐拾肆
クリスマスイブに1人でも少しは
こんな日に1人で疲れた表情を浮かべていては当日に振られたかデートをすっぽかされたようにしか見えないだろう。
流石にそんな形で視線を集めるのは不本意なので少し
そんな裂の事情は知らない監視者達は裂が逃げようとしているのかと疑い早足に成った。
その中には口元を
隣に居る目付きの鋭い男はやはり四鬼の人員の様で同行している。
……今日はマジで何もせずに家に帰ろう。
そんな裂の決意を知る
彼等にはそれ以外に選択肢が無いのだから仕方が無いのだが、嫌いな相手に無駄な事をさせていると思うと
特別な寄り道はしないが適当にコンビニに入ったり1人カラオケの料金表を
そんな風に時間を適当に潰していたのが悪かったのだろう、裂は4度目とも成る大型の獣とも思える息遣いに足を止めた。
メッセージアプリを開き
背後に振り返って召喚器を装備した事を監視者に見せる。その際に右手で左手首を掴んで
事情を知らなければ意味の分からない
その間にも裂の五感は
……この匂いは汗ってか、イカ臭いって感じだな。
残ったステルス妖魔のプロフィールを思い出す。
裂が追っているのは
もしサラリーマンのステルス妖魔なら
『妖魔反応は無い。こちらで妖魔とお前の反応は追っておく。ステルス妖魔に
『四鬼の監視が居る。何か要望は有るか?』
『無い。向こうは何名か
それ以上は特に返信はせず、周囲を視線だけで観察する。
息遣いと匂いはどんどん強くなり、息遣いに反応して首だけで左を見れば薄く何かが
人型では有るが、手足の付き方が
体長は3メートル程度、左足が竹のように細長く胸元まで有るが右足は
自分達の存在を隠す事を
裂の視線で妖魔が実体化していく様を見て
「アプリに反応が無い!」
「前の反応で改善出来てないのか、使えない!」
そんな事を言い合った直後に妖魔が完全に実体を持ち、監視者達も裂もアプリが反応した。
一瞬でも気を取られた監視者達だが裂は最初から覚悟が出来ていた。
アプリが反応した瞬間に妖魔と裂の間の空間が
扉が開き、踏み止まる事が出来ない程の
その裂を追って先頭を走っていた2人の監視者が裂の肩を
「1人では行かせませんよ!」
嫌な顔をして振り返れば
もう1人は先程辛さ十倍ラーメンを食べていた男で
……何か、呪われてんのかな?
霞と接近する度にステルス妖魔に遭遇している裂としては心の底から霞と距離を取りたいと思いつつ、扉を抜けて背後の閉まる音を聞いた。
▽▽▽
肩を掴んだ2人は引力が無くなった瞬間にバランスを崩すが、裂の肩を支えに転んだりする事は無く
裂は背後を見て扉が閉じた事を確認し、今度は首を回して周囲を観察する。
円形の部屋の中央に立つ3人だが扉の背後には丸く大きなベッドが置かれ
その横には
「ラブホか」
円形の部屋の中で遊び場から逆側を見れば書類が
……継接ぎ妖魔の脚は一輪車と
流石に高校生の裂に
そんな物だろうと考えるのを
一般家庭を思わせる
扉の向こうに光源が有るのか向こうから光が
ちゃんとした人間の影では無く
女らしい髪が長く胸部が膨らんだ影が、子供らしき小さい人影を抱き上げている。
『ママ、ご飯?』
『そうよ』
『パパは?』
『あの人は
「アンタは
「あ、ああ。自分は
「そうか。俺は妖魔を探す」
「協力させてくれ。自分達もステルス妖魔だからというのも有るが、妖魔
「好きにしろ」
妖魔の形状や特性は
裂が見た妖魔の見た形状は右手と脚が
この部屋はラブホ、子供の遊び場、大人の職場で構成されているが、その外は家庭を思わせる扉で分けられている。
とても
3人は
警戒して開く事を
扉を抜けた先はビジネスホテルの様な通路が続いており、しかし
「
「今までみたいに小型の妖魔が居ない」
「基本的には灰山君を
「好きにしろ」
「緋山さん、灰山君に協調性は求めるだけ無駄なので私達なりに身を守りつつ支援しましょう」
「そ、そうなのか?」
10歳以上は年下の霞に言われ
そもそも裂は今まで通信での支援を受ける事は有っても誰かと共闘する事は無かった。前回の恐竜妖魔で四鬼と共闘したのが鬼との初めての共闘なくらいで黒子だって影鬼の黒子と共闘した事は無いので霞以外の黒子との共闘すら初めてだ。
「共闘なんて慣れない事をするくらいなら
「
納得した焼慈は裂が捻じれた廊下を歩いていくのを見て
捻じれた廊下は重力が操作されているのか捻じれに合わせて床が横に成っているのに普通に歩く事が出来た。
ビジネスホテルらしく壁には複数の扉が有り、しかし扉の形状は家庭で使われる様なデザインの物からホテルらしい無機質な扉も有る。
試しに裂が適当な曇硝子の
入ってみると奥にはカウンターのキッチンが有り、興味本位で裂が冷蔵庫を開いて見ると
フライパンと鍋は料理で使われた
洗い物を後回しにしているのかと思えば洗わないまま何度も使われた様で酷く汚れている。
もしやと思って裂が机に置かれた皿を見れば同じ様に洗わないまま使い回されている様だ。
「相当に問題の有る家庭環境だったようですね」
「その様だ。一体、何が有って浮気に繋がったのだろうな」
「
男が浮気に走ったから女が壊れたのか、女が壊れていたから男が他の女に逃げたのか。
そんな話は30年も前の話で今はどうでも良い。仮に関係が有るなら関係も含めて全て破壊してしまえば良い。
鬼らしい
「待て。少し観察する時間をくれないか」
「知らん」
焼慈の
廊下の様子は先程とは変わっておらず特に問題無く出る事が出来た。
その様子に慌てた焼慈が急いで裂を追い、霞が溜息を吐きつつ後を追う。
捻じれた廊下は感覚を狂わせる。
最初に居た部屋の有る扉に続く廊下も捻じれており、今では最初に居た部屋が捻じれた位置に有る様に見える。
最初に居た部屋が正常な重力に
……まあまあ。地球だって反対側じゃ重力の向きが反対なんだし、驚くのも可笑しな話か。
自分の知識の中から異常事態に
災害時にも使えるメンタルコントロールのテクニックの1つだと
霞はステルス妖魔が4回目なので混乱はしているが深呼吸して自分を落ち着けるよう
焼慈はまだ感覚を慣らすのに苦労している様だがパニックは起こさない様だ。こちらは霞の様な慣れでは無く
面倒を避ける為に2人の顔色を確認した裂は直ぐに廊下の先を目指す。
今までの様に小型の妖魔が居るかと警戒はしているが最初の
廊下の最奥は目視できる程度の長さだ。部屋は多いが裂は寄り道する気が無いので
最奥はエレベータに成っており不思議な事に上の階へのボタンしかない。
ここが1階だというなら受付が見当たらないが、裂は考えるのを止めてボタンを押した。
「少しは
「
「そうかもしれないが、これではステルス妖魔の調査が進まない」
「それはお前たちの
焼慈が黒子な理由を何となく察した裂はエレベータが着くと直ぐに乗り込み上階へのボタンを見た。
今の階は1階らしいが複数のボタンは真っ黒で、最上階らしいRというボタンだけが押せる様だ。
「もう動かすぞ。残るなら勝手にしろ」
「くっ、行くさ!」
「必要に
焼慈を
普通のエレベータらしく扉が閉まり上昇する感覚と共に扉の窓の
上昇速度は速く正確に何階分の上昇をしているのかは分からないが明らかに10は超えた所で裂は数えるのを止めた。
1階の廊下と重力は捻じれていたしこのエレベータがまともな物理法則に従っているとも思えない。
高層ビル用の高速エレベータのような勢いで上昇するが、やがて勢いは弱まり床に押し付けられるような
ビルの屋上を思わせる広場に直接繋がっていた事に違和感は覚えるが現実世界ではないのだから考えるだけ無駄だ。
焼慈や霞の様な黒子は周囲の状況も利用して初めて妖魔と勝負に成るので
最悪、妖魔にどちらかが殺されようが裂は知った事では無い。
司法取引にも黒子や四鬼を守れという内容は無かったので契約違反と言われる
自分の中で
やはり屋上だった様で左右は網の柵で囲われ、迷宮で初めて空が見えた。
空色でも、夕日に染まった訳でも無く、夜空でもない。
紫の空に緑色の雲が浮いている。
太陽らしき光源は無く夜なのかと思うが月や星は見えない。
異世界らしく何でも有りだと思いながら柵で用意された通路を裂は進んでいく。
通路は幅2メートル程なのだが、その通路は連絡通路の様で隣のビルに繋がっている。
……今までのパターンだとあのビルが闘技場か?
隣のビルの屋上は柵で囲われているが他には何も無い。
建物内に繋がる様な物も無い事からボス部屋だろうと裂は考えた。
黒子達の事は元々意識の外に有るので焼慈も霞にも声は掛けずに裂は闘技場らしき隣の建物に向けて歩き出す。
その裂の肩を焼慈が掴んだ。
「待てっ」
意味が分からずに首だけで振り返れば焼慈が非常に焦った様子で裂を
何かを言おうとしているが言葉を選んでいる様で短い
視線だけを霞に動かしてみれば困惑しておりこれは黒子としてでなく焼慈としての行動だと分かった。
裂は焼慈の手を振り払いながら振り返り、睨み付ける事で視線を固定させながら腹に拳を叩き込んだ。
完全な不意打ちに
「灰山君!?」
「妖魔討滅の邪魔だ」
焼慈が動けなくなったのを確認した裂は興味を失って闘技場に向けて歩き出す。
振り返る際に視界に入った霞は今まで裂に見せなかった厳しい視線を突き付けてくるが、裂からしたら四鬼が
今まで間違っていた事が正しい形に直ったのだと思い自分の歩調で裂は闘技場に踏み込んだ。
まずは入口周辺で周囲を見渡す。
ビルの屋上らしく四角の闘技場は
屋上に有る給水タンクやビル内に繋がる構造体は存在せず、ただ
もう1歩踏み出し完全にビルに踏み込むと背後に見慣れた魔法陣が展開し、触ってみれば硬く連絡通路と闘技場を隔てている。
魔法陣の隙間から見える焼慈は怒りに顔を歪ませ、霞は溜息を吐いて焼慈に肩を貸していた。
焼慈の事情に興味は無い。
ステルス妖魔の調査が仕事に含まれていたのかもしれない。
裂が思い付く理由はその程度だが
魔法陣から手を放して闘技場の中心に向けて歩いてみれば、闘技場の奥から人間の
裂が継接ぎ妖魔を認識し始めた瞬間から
子供の
それらが不思議な色の空から降り注ぐ奇妙な光によって影を持ち、10秒程度で完全に実体化を
首は迷宮に取り込まれる直前とは異なり左脇に回されず前に
裂もただ実体化を待っていた訳では無く、両拳を打ち付け
「装甲」
短い
継接ぎ妖魔の実体化が完了した瞬間に約10メートルの距離を詰める為に走り出す。
ボクシングスタイルの構えで頭部を守りつつ、身を低くする事で
継接ぎ妖魔は
胴体を横から殴り付ける剣玉に対し、灰燼鬼は上半身を後方へ
10メートルの距離はその
灰燼鬼の左拳によるジャブが2発、剣玉の根本である肘付近を
右腕を殴られた事で右半身が仰け反る継接ぎ妖魔は左脚の竹馬を振り上げ、先端で灰燼鬼の右腕を切り付ける。
竹馬の先端で
右腕が蹴り上げられた事で頭部の左側に打ち上げられ、
竹馬による蹴りを強引に
妖魔への
まずは
……あの竹、本当に竹馬だったのか。
灰燼鬼の鎧の下で自分の
剣玉の玉は最初から回収されておらず、大回りで継接ぎ妖魔の周囲を回転しており再び灰燼鬼に向けて左側から
糸が継接ぎ妖魔に巻き付いているが気にした様子は無く、何かしら対策が有るのだろうと考えつつ灰燼鬼は玉を置き去りにする速度で踏み込んだ。
長い首を利用した右からの
「切り飛ばす」
倒れた継接ぎ妖魔に向けて灰燼鬼は飛び蹴りの様に
「
短く鋭い呼気と共に
高速で回転した灰燼鬼が踵刃で何度も継接ぎ妖魔を切り裂き
仰向けに倒れた継接ぎ妖魔は
切断面からは妖魔が消滅する際に
黒い靄の量に合わせる様に足場や柵の
……今回は
今までのステルス妖魔の迷宮としては非常に短時間だ。
迷宮の
しかし、妖魔の全てを観察する必要は無い。
出来れば妖魔が何か行動を起こす
自分の
まだ完全に現実世界に戻ってはいないが、既にビルや柵はほぼ見えなくなっている。
連絡通路の有った方から霞が焼慈に肩を貸したまま近寄って来る。
今までなら四鬼と異端鬼という事で逃げた裂だが、今回は司法取引を結んだ相手でもあるので逃げられない。
……さて、あの黒子の事はどうしたもんかね。
妖魔討滅に邪魔だったので行動出来なく成る程度に痛めつけてしまった。
その事を注意されるかと思うと気が重く成り、同時に痛めつけた事実には何の感想も裂は抱かなかった。
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