肆
門の
引力が急に無くなったせいでバランスが崩れた事を理解している裂は少しつんのめったが倒れる事は無い。
しかし、彼の背後に居た者はそうもいかなかったようだ。
「わっ」
「ぐっ」
「ああっ、ごめんなさい」
裂を
黒子の勢いで転びそうになった裂だが左足の
星が見えない事から
背後を見れば吸い込まれる直前に見た
軽く触れてみただけで
「前に進むしかないか」
「ちょっと、こんな所を1人で行こうなんて
起き上がった黒子が裂の歩を止める為に肩を掴んでから、札を構えて先を歩き出した。
……少しでも大きい妖魔が出てきたら役立たずだな。
黒子の扱いについて見捨てる方向で決定した裂は何も言わずに彼女の後を歩き始めた。
「
「は?」
「ああ、先に自己紹介しとかないといけませんね。私は
通路を歩き始めた霞は一定間隔で
目印となる札なのだろうが何の為か正確には分からない。
「……
「へ~。
「そうなのか?」
「ええ、一般的には
「そうか」
「灰山はね、四鬼の1柱、
裂もそれは知っている。
人の業を炎に変えて全てを焼き尽くす業炎鬼、人の意志を灰として積み上げ刃とする
しかし裂個人としては業炎鬼には何の感情も無い。灰塵鬼が業炎鬼に
「青山という事は、青山さんは
「実家は激流鬼の分家ですよ。分かれたのは5代以上も前の話で今は本家の血はかなり薄いけどね」
「何か居る」
「え、あっ!」
通路の奥の曲がり角から姿を現したのは人の腰程度の高さの
「何アレ!?」
「妖魔じゃないのか?」
「あんなの四鬼のデータベースでも見た事無いですよ!」
「なら新種なんだろう?」
裂の考えとしてはそれだけだ。
見た事が無い物は自分が無知か新種かどちらかだ。
人は世界の全てを知る事など出来ないのだから、見た事も聞いた事も無い物があって当然だ。
「気楽に言いますね」
「下手に知識が有る奴の方が不足の事態には弱い」
言い切った裂に霞は
「先に言っておきますが私は黒子、戦闘力はかなり低いですよ」
「一般人を不安にさせないでくれ」
軽く振り返った霞は冷や汗を流しながら笑い、距離の有る内に札を起動させた。札に書かれた文字から水が生まれ
着弾を確認する前から霞は
初弾は追尾能力もあって肩へ当たり
「倒した」
「雑魚で助かりましたが、油断は出来ませんね」
札の数は有限だ。
霞は
……私も鬼に成れればこんな苦労はしないのに。
単純に力量不足だ。
彼女の力量では四鬼の基準とするメンタリティを
その基準を満たさない限り霞は黒子のままだ。
通路はまだ続いている。周囲に気を張りながら一般人である裂を守れる位置を確保し続ける緊張感に霞の精神は限界を
数回の小悪魔との戦闘では距離を取って確実に1体ずつを
通路はずっと1本道で迷うような要素は無く、やがて霞は門よりも更に大きく扉の無い門の
「何、これ?」
「今日は超常現象が多すぎて疲れた」
溜息を吐いた裂は霞が
枠は向こう側が見えている。
なのに霞には裂がカーテンの向こうにでも行ったように姿が見えなくなった。
「……
一般人であるはずの裂がパニックも起こさず背後を素直に付いてきてくれた事は非常に助かった。戦闘でも常に霞から少し距離を取った背後に居てくれて気にせず立ち回れた事は確かだ。
しかし、余りにも一般人らしくない。
今の無警戒な行動だって普通ならば考えられない。
出口だと思って急ぎ通ろうとするなら分かるが、彼はむしろこの先に希望が無い事を確認に行くような無表情だった。
……まるで、現場に入る鬼たちみたいですね。
そんな訳は無い、感情を抑える事を
そう自分に言い聞かせ霞は裂を追う為に枠を潜った。
▽▽▽
枠を抜けた先は
先に枠を抜けていた裂は
「何をしているんです?」
「何か居る」
「……一般人の
既に裂が一般人では無いと
先に進む以外に
段に足を掛ける度に階段の先が
何事も無く出口の門が有って欲しいが、それは現実を見ない
「最悪だな」
階段を登り切った先、2人は完全な行き止まりになっている事を確認した。
それは同時に、出口が無い事を意味している。
「そんな、ここまで一本道だったじゃないですか」
道中の
……あの巨体が居ない?
裂が遭遇した巨大妖魔は道中に居なかった。この迷宮の中で待ち構えているのかとも思ったがその様子は無い。
しかし、裂はあのステルス
四方を囲まれた空間の
「
裂はふと門に引き込まれる直前の、巨体から見下ろされる感覚を思い出し霞へ向けて走り出した。
「あ、悪い」
異常事態の連続に思考停止していた霞は裂に突き飛ばされた事で階段を転げ落ちて行き、それでも途中で体勢を立て直し裂を見上げた。
「何をするの!?」
「助けたのにその
溜息を吐いた裂に
黒子ではどう
「何で、今まで、妖気なんて、
「ステルス性能を持った妖魔か。これは危険手当を
いつの間にか両手にグローブを
半透明だった妖魔は少しずつ実体を取り、やがては完全に実体化し裂へ
「逃げなさい!」
「どこにだよ?」
反射的に叫んだ霞に首だけで振り返った裂が
身体を充分に
「装甲」
灰を積み上げたようなザラザラとした質感の灰色の鎧、縁には
「嘘、本当に
「
巨体を相手に全く引く様子無く、
巨大な
「貴方、何なの!? その鎧、業炎鬼に滅ぼされた灰塵鬼だとでも言う気ですか!?」
「滅んでないだろ。俺が居るんだから」
裂の当然の事のように指摘する言葉に何も言えなくなった霞は自分の思い込みに頭を
……情報はいくらも有ったのに、そんな訳無いと、そう思いたかったんですか、私は!?
灰塵の鎧、改め
噛み付きは顔面へ攻撃されるだけだと妖魔が攻撃方法を切り替える。
ギリギリで躱しカウンターを叩き込もうと身体を
その回避行動のお陰で灰塵鬼は妖魔の拳が発生させた
剛腕が生み出す衝撃に驚きはしたが灰塵鬼は再度距離を詰める。元々遠距離攻撃は持っていない。距離を取る意味は無いのだから前に出るしかない。
小刻みなステップで妖魔が割った床を避けて距離を詰め、再度振り上げられた拳よりも更に深い位置へ踏み込んだ。
拳が床を強打する直前、灰塵鬼は拳を振るう事無く妖魔の腹から
背中側に居るだろう灰塵鬼を目がけて適当に振るわれる拳を
妖魔は全体重を掛けたボディプレスを放っていたが、危機感から距離を取った灰塵鬼には当たらず
……ガラ空きだ。
右肘を大きく引いて力を溜める。
「全て、
肘のスラスターに火が
「
拳を振るった瞬間、刃が緑色の炎に包まれスラスターが瞬間的に高火力による強烈な
その推進力に逆らわず、しかし肘刃の
「おまけだ」
顔面を深く切り付けた事で妖魔の存在は既に消滅寸前だが、灰塵鬼は
スラスターの勢いで地面を
分断された頭部は地面に落下しながら黒い
その奥、元来た通路を
「灰山、君?」
薄くなる結界の奥、
「今の、迷宮の
鎧を解除し周囲を見渡して裂はこの
通路全てが淡い粒子を
「おい」
「な、何ですか?」
「街で俺を見ても構うなよ。お互い関わらなければ面倒にならないんだから」
「そ、そうはいかないですよ! 君にはどこで鬼の鎧を手に入れたのかとか、あの路地で何をしていたのかとか聞きたい事が山ほどあるんです!」
「答える義理は無い」
「私は四鬼の黒子です! 今回の
「俺には関係無い」
少しずつ現実に近付く空間で裂は霞から大通りへ向けて距離を取り、元の空間に戻った瞬間に霞に背を向け走り出した。
「待ちなさい!」
現実に戻ると同時、裂と霞を分断していた結界も無くなった事で霞も裂を追う為に走り出したが大通りに出た瞬間、裂を完全に見失い足を止めた。
……くっ、この
悔しい気持ちを抑え込み、霞はスマホを取り出し上司への報告に通話アプリを起動させた。
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