当主との会合かいごうから1週間が経った。

 さくは会合の2日後には図書館の職員から自分あてに手紙を受け取っておりその中に麻琴まことの専属のにんむねと共に別の仕事が入っていた。


 概要がいようは単純、裂たちの学校にて隠れて体罰を行う教師が居る。その為に精神をんだ生徒が数名り、妖魔化の兆候ちょうこうが見られた。担当している運動部の顧問こもん教師にはすでに学校側から体罰を止めるよう通達があったが効果は薄いようで、ある生徒から妖魔化直前の妖気がはっせられている。

 裂の任務は妖魔化する前に生徒の妖気をはらう事だが、生徒が妖魔化してしまった際にはそのまま討伐とうばつする事になる。


「ああ、この歴史の先生ね。今週で部活顧問は解任になるはずよ」

「そうなのか?」

「ええ、本人はまだ知らないでしょうけどね。本当に何を考えているのかしらね」

「妖気なんて半年に1回の検査で直ぐバレるだろうにな」

「被害を隠そうと暴力おさえてストレスが溜まり少数に体罰が集中したんでしょうね」

「よく教師になれたな」


 授業中、スマホで連絡を取り合った2人は早速放課後に動く事にした。

 集合する必要は無い。


 麻琴は図書室で勉強しながらスマホで何かを検索しているフリをして妖気探索のアプリを使用した。同時にアプリのSNS機能で裂と位置情報を共有しナビゲーション機能を使用するよう連絡する。


 裂は鞄に教科書を入れ帰り支度じたくをしながら麻琴からの連絡を待っていたがナビゲーション機能使用の連絡が来て直ぐに支度したくを終えて席を立った。クラスメイトたちとは適当に挨拶あいさつわし廊下に出ると体育館を目指す。


 正確にはそこに有る体育教官室だ。

 歴史の教師の体罰相手となる女子生徒が体育教官室に居る事に疑問はあるが裂は目立たない程度に急ぎ足になった。

 近付けば近付く程、その部屋からは異様な空気が感じられる。

 よどんだ空気が人気ひとけを遠ざけ誰もが近寄りがたい状態を作っている。


 裂は召喚器である手袋をめてスライド扉に手を掛けた。

 室内には1組の男女が居る。

 女子生徒が1人に、体育教師の男が1人だ。


「ち、違う! 私は何もしていない!」


 見れば女子生徒はブレザーを脱いでタイをゆるめボタンをヘソまで開けていた。その目はにごり色彩がゆがみ妖魔化直前の兆候を見せている。


「分かってる。先生は部活でも見ててくれ。直ぐに終わる」

「わ、分かった」

「先生、逃げないでよ」

「逃げろ。力任せに振り切っても良い」


 手を伸ばす女子生徒の手を強引に振り解いた体育教師が逃げる道を開け、裂は女子生徒と対峙たいじした。


「妖魔に成る前に、祓う」


 大きく踏み込んだ裂はグローブを嵌めた右拳を女子生徒の鳩尾みぞおちへ向けて放つ。拳が触れた瞬間に鬼としての妖魔祓ようまばらいの力、鬼気ききを流し込み女子生徒の体内の妖気へ介入する。


 しかし、既に女子生徒は手遅れだった。

 鳩尾を殴られたまま、女子生徒の瞳が内側から紅玉こうぎょくのような色彩に変化しにぶい輝きを裂へ向けた。


「ねえ、私、頑張ったよ。頑張ったの、痛いのも、気持ち悪いのも、我慢がまんして練習したの」

「我慢なんて、必要無かった」

「我慢しないと、試合に出れなかった。試合に出ないと、私なんて居る意味無かった」

「意味なんて、無くても生きていける」

「嫌よ!」


 瞳を中心に顔に亀裂きれつが走り、右腕の爪が腕と同じ長さに伸び指と同じ太さに成長した。


「全身が変異しないだけマシか」

「私はっ、意味が無いと生きていけないのよ!」

「装甲」


 女子生徒が興奮している間に裂は拳を打ち付け灰塵かいじんの鎧をまとひじの刃を女子生徒へ構えた。


「私は、アンタが言うような生き方、出来ないのよ!」


 肥大化ひだいかした爪による鋭い突きを首の動きだけで右へかわし左拳で胸部を打ち、左てのひらで女子生徒の顔をつかむ。そのまま突進し壁に後頭部を叩き付け腕力だけで放り投げる。


「何で勝てないのよ!」


 耳障みみざわりな女子生徒の声にまゆせた裂は右拳を引き、肘を構えた。


さばく」


 一瞬で彼我ひがの距離をめた裂が肘を振るう。

 灰が積もるように刃が日本刀程に伸び、薄く緑色りょくこうに発光すると肘のブースターが一瞬だけ緑光の火を噴く。


塵刃じんば転旋てんせん


 瞬間的に刃が加速し灰塵鎧かいじんよろいの回転による肘刃ちゅうじんの斬撃が高速で女子生徒の首を斬り飛ばす。同時に緑光が女子生徒の頭部と身体に走り、まるで毒のようにその身を壊死えしさせ再生を妨害ぼうがいする。

 血は出ない。

 傷口すら壊死させ、妖魔の痕跡こんせきはその死骸だけにする。


……ああ、先生に口止めしておかないとな。


 殺傷した少女の事など無視して鎧を解いた裂はスマホで麻琴へ連絡した。


「妖魔の討伐を確認。四鬼が来る前に逃げるから誤魔化ごまかし頼んだ」

『了解。誰かに見られた?』

「先生。妖魔化した女子と一緒だった」

『何をやっているんだか。早めに逃げなさい、四鬼しきが近くまで来ているみたいよ』

「分かった」


 体育教官室を出れば教師が顔を青くして折り畳み椅子に座りバスケ部を見ていた。裂が扉を開いた音を聞いてバタバタと近付いてくる。


「なあ、何が起きたんだ?」

「さあ?」

「はあ!?」

「直ぐに四鬼が来る。あの女子との事、探られたくないなら何も言うな。俺も黙ってる」

「……分かった」


 四鬼という単語で何かを察した教師はそれ以上は何も言わずに裂から視線を切った。


「何も聞かん。早く帰れ」


 面倒なのでさっさと体育館を後にした裂は校舎正門で四鬼の部隊が集まっているのを見た。他の生徒に合わせて野次馬やじうまのように四鬼へ道をゆずりながら様子を確認する。なるべく最前列ではなく4列目くらいの位置を維持いじし目立たないように様子をうかがった。

 一定以上の妖気が検知されると通報が無くとも四鬼の黒子くろこが現場へ急行し現場を保存する。


 裂はそれを知っていた為に妖魔討伐後は早急に現場を離れ野次馬にまぎれる事を選んだ。

 見慣れた黒子の制服は通常の警察官の服を真っ黒に変えた物だ。通常の警官との差別化の意味を持つ配色なのだが警官と黒子の関係は良好ではないようで合同ごうどうの現場ではにらみ合っている姿がよく見られる。

 黒子たちの声に集中してみれば既に妖魔が討滅とうめつされた、または逃走した事は分かっているようだ。


「妖気が消えている」

「逃げた可能性が高いな」

「いえ、逃走したにしては残留ざんりゅう妖気がを引いていません」

「また異端鬼いたんきか」


 四鬼派閥しきはばつでは影鬼かげおに家が斡旋あっせんするようなフリーの鬼を異端鬼と呼び差別する風習ふうしゅうがある。秩序ちつじょおもんじる現在の四鬼において無作為むさくいとも思えるフリーの鬼の活動は目障めざわりに感じられる。


 しかし今回のように人知れず周囲に被害が出る前に討滅を済ませるような鬼も居るので本腰ほんごしを入れてまるにはしい、というのが四鬼上層部の本音だと影鬼家では分析されている。


「周囲に被害も無く討滅しているならばお礼を言いたいのですが」

「止めておけ。異端鬼も別に俺たちの礼が欲しくて討滅した訳じゃないだろうさ」


 異端鬼を差別するような思想に染まっていない若い女黒子を先輩らしき黒子がたしなめている。

 裂は表情には出さず、しかし確かに先輩黒子の意見に同意した。


……さて、早めに消えとくか。


 裂は麻琴へ黒子が現場保存に現れた事を伝え早足にならないよう、学校から離れていった。


▽▽▽


 東京の都市ではビルとビルの間など様々な隙間すきまがある。その隙間には妖魔や妖気のまり場として非常に危険な場所がいくつか存在する。

 その内の1つ、西東京の八王子は学生街という事もあり学生特有の問題を発端ほったんにした妖気が多い。陰湿なイジメやカツアゲに使われる事もあれば、ヤクザ稼業と知らずに関わり泥沼にまる現場にもなる。


 そんな現場を裂は横から見ていた。

 休日にも関わらず路地裏の妖気をはらう仕事が入ったのだが、少々困った事になっていた。


「良いじゃん、俺たち地元だからこの辺に詳しいんだぜ?」

「そうそう、お仕事お手伝いするって」

「結構です。貴方たちのように無駄に妖気を生み出すような人に頼る事など何もありません」


 先日学校に来ていた黒子の1人だ。仕事の為か路地に入った所を軟派なんぱに捕まったらしい。

 裂としてはその路地の先が目的地なので邪魔でしょうがない。しかし黒子に関わるとろくな事がないので止めに入る気にもなれない。

 遠回りしようにもこの先は袋小路ふくろこうじで他に道は無い。屋上から飛び降りる無茶はしたくない。つまり黒子と軟派たち全員が自然と解散するのを待つしかない。

 そう考えてビル壁に背を預けた裂の前に黒子がバックステップで飛び出してきた。


「この女!」

「触れるなと警告はしました。これ以上は本気でお相手します」


 しつこい軟派たちに対して黒子が強硬きょうこう手段を取ったようだ。面倒になる前に逃げようかと裂がビル壁から背中を離した瞬間、背後から気配がして振り返りながら拳を弾いた。


「なっ! テメーもこの女の仲間か!?」

「ん?」


 意味が分からずまゆせると軟派2人は威嚇いかくと取ったようで1人が殴りかかって来た。

 身体からだを軽くらして1発目をかわしながら脚を引っ掛け1人目を転ばせ、ひざで軽く押し喫茶店きっさてん看板かんばんの角に激突させる。


 仲間が悶絶もんぜつさせられた事で頭に血が登った2人目が腰に掴みかかってくる。裂はその顔面に膝を向けて曲げ軟派自身の勢いをカウンターとした。ひるんだ軟派のえりを掴んで目撃者が増えないよう路地に投げ込み壁に叩き付けるよう何度か蹴りつけ意識をうばう。


「もう止めなさい」


 静かだが強い口調で裂を止める黒子を無視して裂は軟派の意識が無い事を確認すると路地の奥、目的地へ向け歩き出した。


「ちょっと!」


 その態度が気に入らなかったのか黒子は背後から裂の肩を掴もうと手を伸ばしてきた。

 溜息ためいきいて手を躱しながら振り返ると生真面目きまじめだが怒りをあらわにした黒子が居た。


「相手が悪かったとは思うけど、ここまでする必要は無かったはずです」

「……はぁ」

「なっ!?」

「用はそれだけか?」


 無意識に溜息を吐いて黒子を挑発してしまったが黒子の言う事にも一理いちりある。


「ふぅ。その路地ろじの先に用ですか?」

「そうだ」

「危険な場所です。行かない方が良い」


 言った本人が路地に入り軟派にからまれていたのだ、危険度の説得力はあったが裂は思わず『お前が言うな』という顔をしてしまった。


「わ、私は仕事の一環いっかんで来ているのです! 武術だって習得していますから2人を無暗むやみに傷つけず拘束こうそくできました!」

「そっちの事情は聞いてない」


 面倒になってきた裂は黒子に背を向け路地の奥へ進み始めた。

 その態度に怒った黒子が苛立いらだたしに足音を鳴らしながら後に続く。

 放っておく事にして裂が黒子を止めずに路地を進みビルで囲まれた無人の袋小路ふくろこうじに着くと微量びりょうな妖気が袋小路のすみに溜まっているのが感じられた。


「やはり、妖気が溜まっていましたか」

「……誰も居ないか」


 黒子が妖気を祓う為に走っていくのを見送りながら裂は路地の出口を見た。

 誰も来ている様子は無いが、代わりに妙な気配を感じる。最初は軟派の仲間が距離を取ってこちらを見ているのかと思ったが軟派たちはあれで全員だったようだ。


 黒子の方は妖気祓ようきばらいの作業を始めたようだが鬼では無いのか時間の掛かるはらふだを使用しているようだ。

 手を出して黒子に異端鬼いたんきだとバレるのも面倒で人を待つフリをして壁に背を預けるとスマホが鳴った。


『こちら伏魔殿ふくまでん。祓うのに手間取っているようだけど異常事態かしら?』

生真面目きまじめな黒子が札使ってせっせと作業中」

『何をしたらそうなるのよ?』

「路地の入口で騒いでたから、その横を抜けてった」

『面倒な事だわ。それにそのレベルの妖気で四鬼が出張でばるだなんて』

「黒子だけどな。それより、他に反応は有るか?」

『特に無いわ。その微細びさいな妖気以外は平和そのもの。何か感じるの?』

「人の気配に似てるが、どうも違うらしい」

『黒子に気付かれない内に離れなさい。黒子なら札を使っている間は集中しているでしょう』

「了解」


 小さく溜息ためいきいた裂はビル壁から背中を離し黒子に気付かれないように足音を立てずに袋小路を後にした。

 細い路地を歩き出口を目指す途中、やはり人とは思えない何かを感じた。人間よりも全高ぜんこうが高い生物が空腹くうふくで肩を怒らせている、そんな気配だ。


 それが隠れる場所の無い路地で、正面から感じられる。

 異常な気配に変わりは無いが、気配を明確に感知した瞬間から裂の目には少しずつ見えていなかった物が見え始めていた。


「……先輩」

『どうしたの?』

「本当に何の反応も無いか?」

『本当よ。裂が何かを感じたり見たりしているなら、それは現代の妖気探知機では見つけられない物という事よ』

「面倒な事になった」


 視界に割り込み始めた体長2.5メートルは有る巨大な異形いぎょう、それは薄っすらと見えるようになった瞬間から明瞭めいりょうに成り始め、数秒で完全に実体を持つ化物として裂の前に立ち塞がった。

 完全に異形が実体を持った瞬間、異形と裂の間に異常に濃密のうみつな妖気があふれた。


『妖気が急激に上昇したわ! 何が起きているの!?』

「高性能ステルス妖魔、だと思う」

まずいわ、妖気が強過ぎて空間が歪む』

「それだけで済む感じじゃないな」


 異形と裂の間の妖気が爆発的に増加し、ブラックホールを連想する強烈な風が裂を門へ引き込んでいく。


「なっ! 君、逃げなさい!」


 異常を感じた黒子が背後から悲鳴を上げて走ってくるが、裂としては足手まといの黒子が居るくらいならば1人の方がマシだなと思いながら門に引き込まれていった。

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