新メンバーと新事業

「人を雇いたい」


 次の日、久しぶりに清十郎も含む五行社の面々を社屋に集めた佐伯は、開口一番こう言った。

「どういうことです」

 戸惑う面々を代表して速水が訊ねる。


「出征していたウチの商会の従業員たちが復員して帰ってきたんだ。

出来れば雇ってやりたいんだがどうだろう」

「どんな人たちなんですか?」

 真が訊ねる。


「五人出征して帰ってきたのは三人だった。

そのうち二人がまた雇って欲しいと言ってるんだ。

二人とも腕のいい整備士だったよ」


「でも今んところ人手は足りてるんだよなー」

 速水の呟きに反応して、

「そこを押してなんとか頼む」

そう佐伯は頭を下げる。


「うーん」

 渋る速水に芹香はこう提案する。

「ならその人たちにはここの一階で機械の修理屋をやってもらうのはどうかしら」


「修理屋?」

 速水が腕を組ながら聞き返す。

「車に自転車、そうねラジオや、時計なんかも。

このご時世、機械が壊れても新しく買うのはなかなか難しいわ。

だからこそ修理屋が儲かるとは思わない?」

 芹香は全員の顔を代わる代わる見ながら説明する。


「それは良いかもしれないな」

「確かに良いアイディアだ」

 速水と佐伯がそう言って頷く。

「その人たちはいつから働けるんです?」

 芹香が佐伯に訊ねる。

「明日からでも。

 ……実は外に待たせてあるんだ。

紹介してもいいかな」

「え、そうなんですか。

どうぞ中に入れてあげてください」


「…… 聞こえたな。入ってきてくれ」

 そう佐伯が言うと、表から「失礼します」と声がかかり二十代中盤に見える男性が二人入ってきた。


「 紹介しよう。林田君と相馬君だ」

「林田です。よろしくお願いします」

「相馬です。

お引き回しのほどよろしくお願いします」

佐伯が紹介すると、二人はそう挨拶をした。


 林田は身長に不釣り合いな程に頼りなく、黒縁眼鏡を掛けた神経質そうな面影と相まって、まさに技術者という感じの印象だ。

 対して相馬は小兵ながらも骨太で、頑固そうな太い眉が合わさり、職人気質なのが手にとる様に分かる。


 佐伯がそんな二人にメンバーを紹介していく。

「 そしてこちらが速水勇太さん。田尻真くんと芹香ちゃんの兄妹。そして清十郎君は分かるな、昔よく遊びに来た堂島中佐の息子さんだ」

 面々は頭を下げてそれぞれ挨拶をする。


 自己紹介が済むと早速業務内容の説明が始まった。

「表にも聞こえていたかもしれないが君たち二人には、これからここの一階で機械の修理業を営んでもらおうと思う」

 佐伯がそう説明すると相馬が腕を捲り答える。

「任してください! ガキのときなんか家中の機械を分解して親にどやされたもんです」

「ははは、それは頼もしいな。宜しく頼むぜ」

 速水がそう言って相馬の肩を叩く。


 そこに芹香が提案する。

「直せないものは買い取ってしまったらどうでしょう。

そこから部品をとれば、修理材料に使えますよね」

「それはいいね。そうしよう」

 佐伯が頷く。


 こうして五行社機械修理部門は活動し始めた。


****


 結果から言うと機械修理部門は大成功だった。修理はそれなりの値段で請け負ったのだが、それでも

「ヤミ市でぼったくられるよりはマシだ」

と思ったのか川崎どころか鶴見や蒲田の方からもお客が来るようになった。

 日によっては一日に二十人以上もお客が来て整理券を出すような大繁盛ぶりだ。


それを見て速水が言う。

「すごい繁盛ぶりだな。芹香の嬢ちゃん様々だな」

「いや今だけです。すぐに似たような店が出てきますよ」

 驕ることなく芹香はそう答えた。


 そして暫くすると芹香の言った通りに類似の店が出てきて売上はある程度に落ち着くのだった。


****


 石鹸を切り分けてからおよそ三週間が経った。

 今日はその石鹸の本格的な製造についての話し合いだ。

 社屋に集まった五行社の面々が芹香の話を興味津々に聞いている。


「石鹸をそこらで売っているものから作ってしまうとは……」

「大したもんだな」

「僕も初めて聞いた時は驚きました」

 一同は口々に二人をそう褒める。


「ただ一つ問題があって」

 真がそう話づらそうに言う。

「「問題?」」

「臭いんです、少し」

 芹香が話を引き継ぎ話す。

「……揚げ物の油の廃油で作っているからか」

 佐伯が小さい声でそう呟く。


「問題なく泡立って汚れも落ちるのですが、これで髪や顔を洗うと匂いが残って香ばしくなっちゃうんです」

 芹香はそう言って頭を振る。

「ぷっ、でもそいつは困ったな」

 速水がそう吹き出しながら言った。


「ただ方法はあるんです。

 これに香水を混ぜちゃえばいいんですよ」

「ただ香水は闇市で買うとすごく高いんで、そのお金を出してもらいたくて今日集まってもらったんです」

 そう芹香と真は言った。


 すると皆反対はないようで口々に、

「いいんじゃないか」

「僕も賛成です」

 と言ったが佐伯のみは、

「お金を出すのはいいが、それを売ってどのくらいの利益を見込んでいるんだい」と言った。


「今は十個作るのに大体三十円かかります。

 工業製品の石鹸が一個十五円で売られているのでそれより低い十円程度であれば十個で七十円の儲けです。

 大量生産行えば一度に百個は作れますのでそしたら七百円の儲けです。

 ただ店に卸すのであれば利益はもうちょっと少なくなりますが」


「……ならいいんじゃないか。

 今までの出費分も出そう。

 誰か反対のある人はいますか」

 そう言って佐伯は辺りを見回し決を採る。

「異議なし」

「賛成」

 早見も清十郎も異論は無い様だ。

 こうして五行社は石鹸の製造に乗り出すことになったのだ。

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