第二章
二ヶ月後
それから二ヶ月の間、五行社の面々は精力的に活動を行った。
速水はトラックで方々を巡り、物資の仕入れやその売却を担当した。
真はその補佐としてトラックに乗り込み荷運び等を手伝った。
また佐伯はトラックの整備や帳簿付けなどの裏方を担当した。
芹香は佐伯に教えてもらいながら帳簿付けの補佐をし、最近では独力で帳簿をつけられるようになっていた。
なお、 清十郎は中学校に入学したのでそちらに通っている。
速水と佐伯の努力により速水の実家の近くの農家も何件か仕入先に加わり、川崎のヤミ市の店何軒か卸先に加わった
そのおかげで速水などは家に帰る暇もなくなり、仮の社屋となっている佐伯の倉庫の事務所に泊まり込んでいる有様だ。
ただその甲斐もあって商売は至って順調で、五行社の資金は1万円を超え、2万円に迫る勢いであった。
真と芹香の二人の所持金も三千円を超え、世間では小金持ちと呼ばれるほどになり。二人はそこからいくらか支払い堂島家に下宿させてもらっていた
ただ世間はそうではない。
空襲や海路封鎖で国力が落ちていたところに加え、大量の引揚者や復員兵が戻ってきたことにより、巷には大量の失業者が溢れている有様であった。
****
そんなある日真と芹香の二人の姿は上野駅近くのヤミ市にあった。
定期的な収入が入るようになり、商売の販路もできたことで、二人は以前諦めた石鹸をもう一度試験的に作ってみようと思ったのだ。
ここのヤミ市もこの真たちがやって来てから二ヶ月で更に大きくなっていた。取引される品目も増え最近では占領軍の物資の横流し品や、残飯から作った残飯シチューなるものまで出回っていた。
「しかし温度計が手に入ったのは良かったわね」
芹香は両手に荷物を抱えながら、ホクホク顔でそう真に話し掛ける。
「一個三百円は痛かったけどな」
真も大荷物なのは変わりがない。両手に一斗缶を提げてよろよろとふらつきながら歩いている。
「でも苛性ソーダも手に入ったし、廃油も揚げ物屋さんから一升十円で譲ってもらえたし、良かったじゃない」
そう二人が話していると後ろから、「摺りだ!!」 と叫ぶ男の声が聞こえてきた。
「……摺りだって、兄さんも気を付けてね」
そう、芹香が真に念を押す。
「ああ大丈夫だ」
真がそんな芹香に頷くと、トントンと何者かに肩を軽く叩かれた。
「ん?」
真が振り返ると、そこにはこの時代に来て最初に出会ったケイタがそこに立っていた。
「久しぶりだな兄ちゃん達」
「お前は!」
「ケイタ!?」
兄妹はひょんな再会に思わず大声を上げて驚いてしまうのだった。
****
ケイタは前に会った時よりはマシな身なりをしていた。
くたびれたジャケットを着て頭にはフェルト地のベレー帽まで被り、とてもつい数ヶ月前までぼろ布を纏っていた孤児には見えない。
「……元気だったか?」
真が驚きながらもそうケイタに訊ねる。
「……まあな、二人は…だいぶ景気は良さそうだな」
ケイタは二人の持つ荷物を見てそういった。
「ああ、ヤミ米の運び屋をやってる。……そっちは?」
真の問いにケイタは少し気まずそうに下を向いて答える。
「……ある、人たちの下で仕事を貰ってる」
「仕事? 仕事って何の」
芹香がそう訊ねると、
「……色々さ」
ケイタはそう言って踵を返し、
「じゃあ、またな」
と言うと、人混みをかき分けて行ってしまった
去り際にケイタの服のポケットから財布が落ちた
「 ケイタ財布落としたぞ!」
真はそう言ったが、ケイタは気付かず走り去ってしまう。
芹香がその財布を拾うと
「あら? 空っぽよ、この財布」と呟いた。
****
その後、堂島家に戻った二人はお重からボールやざるなどを借りて、早速裏庭で石鹸の製作に乗り出した。
「それで石鹸ってどうやって作るんだ?」
「簡単に言うと苛性ソーダ水と油を混ぜ続けるだけよ」
「へえ、そんな簡単に作れるのか」
「 まあ単純な分、細かい比率とかが大事なんだけどね。……その辺は試行錯誤よ」
そう言いながら芹香は作業を進める。
油を布で何度も濾し比較的な綺麗な油を残す。
「あとは一度沸騰させた水に苛性ソーダを溶かしたものと、濾した廃油を二つのボールにそれぞれ入れる」
「それから?」
「 温度が同じぐらいになったらこの二つを同じ容器に入れて後は鹸化するまで混ぜる……はい、兄さん混ぜて」
芹香はそう言って、真に向かって木べらを突き出す。
「……俺がやるのか」
「合ったり前よ、男でしょ!」
そう言って芹香は嫌そうな顔をする真を、木べらで突付くのだった
****
それから三十分ほど二人は交代で油を混ぜ続けた。
すると段々と苛性ソーダ水と油が混ざり始めぬるぬるとした白い液体に変わりだした。
「…もういいわね。あとはこれを容器に移し替えて1日寝かしたあと、切り分けて一か月ほど熟成させれば完成よ」
そう言って芹香は液体を平鍋に移し替える
「意外と手間かかるもんだな」
「そうね。でもこれができれば新しい商売のネタになるわ」
「そうだなあ夏に入って売り物が芋ぐらいしかないもんな」
収穫期を過ぎ、もはや売れるほどの米はどこにもなかった。今は春に採れたジャガイモや野菜などを売って利益を得ている状態だった。
それでも高値で売れて利益が出るのだから、物資の困窮具合が分かるだろう。
「……さて、そろそろ昼飯を食おう。さっきお重さんが芋を蒸かしたって言ってたぞ」
「そうなの、ならそうしましょうか兄さん」
そう言うと二人はゆっくりと立ち上がった。
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