新たな仲間
「……これはまた、見事に焼け野原だな」
工業都市として発展した川崎も、大戦末期には空襲の標的とされ、より多数の死者を出し、川崎駅周辺も終戦時には瓦礫の山と化していた。
駅から降り立った四人が見た光景は、真と芹香がこの時代に来て最初に見た光景と、大差の無いものだ。
「これは、その佐伯さんの店。……佐伯商会だっけ、……も焼けちゃってるんじゃないか?」
速水はそうため息をつきながらつぶやいた。
「さあ、僕も最後に訪ねたのは対米開戦の前でしたので」
「とりあえずお店のあった場所に行ってみましょうよ」
「そうだな。清十郎、店はどっちにあったんだ」
「えっと。多摩川沿いを下って行ったところにある大師橋という大きな橋の近くにありました」
「じゃあ早速向かいましょうか」
芹香がそう言うと四人は清十郎の先導で歩き始めるのだった。
****
清十郎の先導で歩き始めて三十分ほど。四人は佐伯商会があったであろう場所にたどり着いた。
「見事に何もないな」
そこは火災で焼失して、ビルの残骸がわずかにそこに建物があったことを主張するのみであった。
「……これは困ったわね」
「……振り出しに戻るだな」
四人が途方に暮れていると、
「 君、清十郎君か。堂島ところの清十郎君だろ」
そう男性の声がした。
四人が一斉に振り返るとそこには杖をついた五十代半ばほどの男性が立っていた。
「… 佐伯おじさん。佐伯おじさんですか!?」
清十郎が驚いて叫ぶ。
「 やはり清十郎くんか。元気そうだな、無事で何より。
後ろの人達は誰だい?
いや、それよりも堂島は生きているのか!?君の母君は?」
「……父は半年ほど前に戦死しました。母は僕と一緒に本郷の祖父の家で暮らしています。
この人達は僕の……商売仲間です
…お店がこの有様ですから佐伯おじさんさんも亡くなったのかと思いました」
「……幸いにも家族を疎開先に届けた日に空襲があってね、命だけは助かったよ。
ただ店は、父から継いだ私の店は一切合切焼けてしまった……。
……しかし堂島も逝ってしまったか。あいつは負け戦で死んでいい人間じゃなかった」
「「「「「………………」」」」」
しんみりとした空気を吹き飛ばすように、佐伯は言った。
「清十郎くん。商売仲間と言ったか。彼らを紹介してはくれないかな」
「はい。こちらの男性が速水勇太さんと言います。 そしてこちらの子達が田尻真くんと妹の芹香さんです」
「初めまして速水です」
「田尻真です」
「妹の芹香です」
「 佐伯一郎です。よろしく」
自己紹介が済んだところで佐伯が尋ねる。
「君たちは商売仲間といったな一体何の商売をしてるんだい?」
「その前にこちらの手紙を読んでいただいてよろしいですか。母からの手紙です」
清十郎はそう言って封筒を差し出す。
「おお、静江さんからか。読もう」
佐伯はそういう手紙を受け取り、中の便箋を取り出すと黙々と読み出した。
そして中身を最後まで読むとふうと息を吐き佐伯は、
「 なるほどな。静江さんは反対のようだが、この非常の時だ、私は反対はしないよ。
ただ私の店はこのように焼けてしまった。すまないが力にはなれそうもない」
と告げた。
四人がひとしきり落胆していると、佐伯は含み笑いをしながら言った。
「ただ。ウチに1台だけ残ったトラックがある。条件次第ではそれを使ってもらっても構わない」
「条件って何ですか」
芹香が尋ねる。
「私も仲間に加えて欲しい、ただそれだけさ」
「仲間に!?」
真が聞き返す。
「私の店はもうだめだ。ただ、こういう時にこそ商機が転がっているものだと私は思う。
君たちの商売は面白い。だから私も仲間に入れてくれ。
こう見えて会社の経営と自動車の整備には自信がある、力にはなれるはずだ」
佐伯はそう言って頭を下げる。
困惑する真達に速水が言った。
「 いいんじゃないか。こういう人がいればずっと商売がやりやすくなる。
何より車が手に入るのは大きい」
速水の一言で場の空気は肯定的なものになった。
それを見て佐伯は頭を上げるとニヤリと笑って言った。
「 契約成立だな。ではトラックのある倉庫に案内しよう。ついてきてくれ」
****
そこは佐伯の商会跡から二十分ほど歩いた、運良く燃え残った街区の一角にある、運河沿いの二階建て倉庫だった。
「 ここはうちの店が使っていた倉庫だったんだがね、ここだけ運良く焼け残ったんだ」
佐伯はそう言いながらガラガラと扉を開ける。
すっと光が倉庫に差し込む。
そこには六輪の幌付きのトラックが1台停まっていた。
「……こいつは、九四式じゃないか!!」
速水がそう叫んだ。
「おや速水君はこれを知っているのかい」
「俺が軍にいた時はこいつが相棒だったんですよ」
佐伯は、ほうと頷くと言った。
「 こいつは陸軍さんが直してくれって置いていったものなんだ。修理したはいいんだが戦争に負けて引き取り先自体がなくなっちまった。
本来ならば占領軍にでも渡すべきなんだろうが伝手もない。
なら私たちで使ってしまっても構わないだろう」
速水が上機嫌で九四式六輪自動貨車……六輪の大型トラックを、あちこちペタペタと触りながら佐伯に尋ねる。
「こいつ……動かす燃料はあるんですか」
「陸軍さん相手にごねてやってな、満タンは無理でも七割方は入ってるよ」
「 それだけあれば柏まで余裕で往復できるな」
「それで商売はいつからやるのかね」
「もう話はついているので明日からでも」
「であれば、トラックは今日このまま持って行ってしまっていいよ」
「助かります」
「時間があれば明日、そのままここに来てくれたまえよ。私もなるべくここに居るようにするから」
「 佐伯さんはお住まいは今どうなさってるんですか」
真がそう尋ねる。
「ああ、ここの二階にちょっとした事務所があってね。そこに泊まり込んでいるんだ」
そんな話をしていると『ブルン』とエンジンのかかる音がした。
いつの間にか速水が運転席に乗り込みエンジンをかけたようだ。
速水が窓から顔を出し、佐伯に笑いながら声をかける。
「すごいな佐伯さん。一発でエンジンかかるじゃないか」
「 そうだろう整備の腕には自信があるんだ」
そう言って、佐伯も笑った。
****
その後の話し合いでトラックはやはり今日柏にまで持って行くことになった。
そして明日の朝一番で業者指定の倉庫で取引を行い、そのまま佐伯の倉庫に戻ることにしたのだ。
そして今日真と芹香の兄妹は、柏にある速水の家に同行し一泊させて貰う事になった。
佐伯の見送りを受けて四人はトラックに乗り込む 速水が運転席、助手席に芹香、荷台に真と清十郎だ。
「皆の成功を祈る。静江さんによろしくな、 清十郎君」
「はい本当にありがとうございました佐伯おじさん」
「そんな気遣いは無用だよ。なにせ仲間だろう」
そんな風に笑う佐伯に、手を振りながら四人は別れを惜しむのだった。
余談だが帰りの道中。トラックの荷台で清十郎が真に芹香の好物を聞き、冷たくあしらわれるという話があったとかなかったとか。
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