速水家にて

 日が西に大分傾いた頃、 清十郎を上野の駅前で降ろした一行は、国道六号通称六国を北にひた走っていた。


「しかし速水さんは運転上手ですね」

 清十郎が降りて、助手席に移ってきた真がそう言った

「おっ、分かるかいかい?」


「ええギアチェンジがとても滑らかですもんね、乗っていて安心します」

「運転だけは上官にも誉められたもんだよ。 その代わり高射砲部隊にいたのに大砲は打たせてもらえなかったけどな」

 そう速水は笑う。


 そんなことよりと、横から芹香が口を挟む。

「でも速水さん。急に私たちが泊めてもらうことになって良かったんですか?」

「ああ。それなりにでかい自作農だからな、部屋は余ってるんだ。……今後は分からんが。

 まあ、兄貴がうるさく言うかもしれないが親父やお袋は何とも言わんよ」


「お兄さんがいるんですか」

「 跡継ぎのな。あいつのおかげで、俺が好き勝手出来てんだから文句も言えんさ」

 そう言って速水は肩を竦めた。


 柏駅前の市街地に入る直前に速水は車を右折させ、長閑な畑の中の道を進む。

 そのまま五分ほど進んだところで「ここだ」と一軒の農家の庭先に車を進めた。

 鶏が数匹コケェと鳴き庭の隅に逃げる。


 中から慌てたように三十代前半に見える男性が出てきた。


「 なんだぁ。あっ、お前。そのトラックどうしたんだ」

「昨日兄貴にも説明したろ、借りてきたんだよ」

「 借りてきたってお前、朝乗ってったチャリンコはどうしたんだよ」

「 預けてあるだけだよ、明日持って帰ってくる」

そう言い合う二人を傍目に兄妹は車を降りる。


「おい勇太、この子供どうした」

「商売仲間だ、今日泊めてやることにした」

「はぁ、またお前は、勝手に決めんな」

「 うるせえな。親父の許可取れば問題ないだろう。

 真、芹香、こいつが俺の兄貴の勇夫いさおだ」


「田尻真です」

「妹の芹香です。宜しくお願いします」

ふたりはそう言い、お辞儀をする。

「……今晩だけだぞ」


 そう言うと勇夫は庭の隅に向かって行く。

 どうやら鶏を鶏舎に入れるつもりらしい。


「親父、お袋今帰ったぞ。客がいるんだ。

……さあ、お前達も上がれよ」

「「 お邪魔します…」」

そう言って二人は靴を脱ぎ敷居をまたいだ。


****


 二人が通されたのは台所の土間に面した八畳ほどの和室だった。

 部屋の真ん中にはちゃぶ台が、その前には座布団が敷かれている。


 そこには五十代後半ぐらいに見える目付きの鋭い男性が座って、小刀で木材を削り何か作っていた。

 壁際には茶箪笥が置かれておりその上のラジオがからは夕方のニュースが流れている。


「 親父今帰ったぜ。あれ、お袋は?」

「……また、隣の家だ」

「ああ。話し出すと長いからな、お袋も隣のおばさんも」

「……その子たちは」


「今回の計画の発案者さ。一晩泊めてやるけどいいよな」

「……トラックは」

「おう。あれがあればチマチマ自転車で運ばなくてもよくなる」

 親子はそう話し合っていたが、ふと速水の父が二人に目を向けた。


「始めまして。田尻真です。今晩お世話になります」

「妹の芹香です。お世話になります」

二人はそう挨拶する。

「……ああ」


 そう言うと速水の父はまた、木を削る作業に戻ってしまった。

 そこにガラガラと玄関の扉を開ける音がした。どうやら速水の母が帰ってきたようだ。


****


 速水の母は陽気な人だった。

 二人がいつもの自己紹介をすると芹香を見て、

「まあ可愛いらしいお客さんだね。もうすぐご飯になるからね、二人とも自分の家だと思ってゆっくりしてな」

と笑い、台所に向かって行った。


 その後三人は、場所を速水の自室に変え今後の事を相談した。

「速水さん提案があるのですか」

「ん、なんだい?」

「今回儲かるお金は分配せずにそれを元手に商売を起こしませんか」

「商売?」


 芹香は焦っていた。

 佐伯が仲間に加わったことで、結果的にトラックがタダで手に入ってしまった。

 その結果、トラックに出資することで手に入るはずだった配当を失ってしまったのだ。


 このままでは自分たちの唯一の武器である、およそ千円という大金を生かすことができず、儲け話 からも排除されてしまうと恐れていた。

 そこで今回の儲けを原資に商売を起こし、そこに自分達も加わることで利益を得ようと考えたのだ。


「今回の売り上げを元手にあちこちから物資を買い集め闇市に流します。まあ完全に非合法な商売ですが」

「やってることは今までと一緒だな。ただ規模がデカくなる。さすがに警察が黙ってないんじゃないか?」

「 政府も国民が飢えるのは望んでいないでしょうから 一、二年は黙認状態が続くでしょう。しばらくは行けますよ」


 それは未来知識から来る確信であったが、その自信のある態度に速水もその気になる。


「面白そうだな。ただ親父にも話をしないといけないし、分け前の件は他の二人とも相談しなければならない。

 まずは明日の取引がうまく行ってからだな」

「それで構わないです」


 話がまとまったところで速水の母が食事ができたと伝えに来た。


****


 速水家の夕食は、麦に米を少し混ぜて炊いたものに里芋の煮っ転がし、たくあん、菜っ葉の味噌汁と豪華なものだった。


 やはり農家の方が食料事情には少し余裕があるようだ。

 久しぶに兄妹は満足のいく食事にありつけた。


 食事の後、二人はタライと手拭いを借りると裏庭の井戸を使い交代で体を洗っていた。

 今は芹香が体を洗っているので真は後ろを向いて辺りを警戒していた。


 芹香が身体を手拭いで擦りながら言った。

「ねえ兄さん」

「なんだ?」

「今日速水さんの兄弟を見てて思ったんだけどさ」

「ああ」


「兄さんは私に何か言いたいことはないの?」

「言いたい事って例えば?」

「最近、私が好きなように喋って兄さんの意見を聞かないじゃない。どう思ってるのかなって」


「なんだそんなことか」

 真はフッと笑うと話を続けた。

「 この時代に来て最初に言っただろう、妹のためだったら五十年ぽっちなんてことないって。

 芹香だったらきっとうまくやると思ってるから黙っているのさ」

「……でももし失敗しちゃったら」


「バカだなぁそのために俺がいるんだろうが」

 そう言って真は思わず芹香の方に振り向いてしまった。


「あ」

「えっ」

 芹香と目が合う。

「わ、悪い!!」

「いいからあっち向いて!兄さんのエッチ!!」


 そう言って芹香が投げた手拭いが、真の頬にあたってべちんと音を立てた。

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