取引
翌朝。
朝早くから速水と真は、二人がかりでトラックに食料を積み込んだ。
内訳は米が三俵、薩摩芋がズタ袋に三つで約三十kg、葉物野菜が少々だ。
荷物を積み終わると速水家の人達に挨拶をして、早速三人は取引先に出発した。
助手席に乗り込むと真が言った。
「それで取引の場所はどこなんでしたっけ」
「松戸の川沿いにある倉庫だ」
「相手はどんな人なんですか」
「何と言うか絵に描いたような因業親父だな」
そう言って速水は顔をしかめる。
「俺たちから買い取った米なんかも更に倍近い値で売るんだろうぜ」
「へぇ」
「まああんまり会いたい人間ではないわな」
そう言うと速水はアクセルを踏み込みさらにスピードを上げるのだった。
目的の倉庫に着くと速水はクラクションを三回鳴小さくらした。
するとガラガラと倉庫の扉が開き中から中年の男が二人出てきた。
「速水と言うものだが、米を持ってきた。大原さんから聞いているか?」
「ああ聞いてるぜ。……入りな」
そう言うと男達は二人がかりで扉を大きく開け放つ。
速水は倉庫内にゆっくりと車を進入させる
中には様々な物資が木箱やズタ袋に入る置かれていた。
「うわ、沢山あるな」
「牛肉の缶詰にパイナップルの缶詰ですって、……外国の缶詰まであるわね」
「……あるところにはあるもんだな」
車から降りた三人は物資の山に近付きそう言い合う。
「 兄ちゃん達あんまり弄らんでくれよ、大事な売り物だからな」
扉を閉めた男たちが戻ってくる。
「早速だが品物を見せてくれないか」
男の一人がそう言って取引が始まった。
****
「じゃあ米が三俵で九千円、芋が三十瓩で六千円、 野菜が五百円だな。締めて一万五千五百円だな。……確かめるか?」
そう言われた速水は、
「あ、ああ」
と言い、震える手で札束を受け取る。
さすがの速水も緊張しているらしい。
当然だろう これだけの額があれば戦前であれば屋敷が一軒建てられたのだから。
真と芹香も固唾を飲んでその様子を見守る。
「……大丈夫だ」
やがて札束を数え終えた速水がそう言うと場の空気もフッと弛緩した。
男の一人も気が緩んだのか軽口を叩く、
「しかし羨ましいなあ。それだけあればしばらく遊んで暮らせるだろう」
速水も言い返す。
「何、そちらも稼いでるんだろう」
「ウチは大原さんがみんな持って行っちまうからな。俺らは雀の涙だよ」
そう言った男の脇腹をもう一人が小突く。
「おい、あんまり変な事言うな」
「……悪い、今のは聞かなかったことにしてくれ」
もう一人の男に窘められ男はそういった
「わかってるよ。あんたらも大変だな」
そう言って速水は肩を竦める。
「大原さんから伝言だ、『うちの店に置いてあるお前の自転車早く持ってかないと売っちまうぞ』だそうだ」
「ああ、分かったよ」
速水はそう言うと運転席に乗り込む。
真たちもそれに続いた。
男たちが扉を開けてくれる。
「じゃあまたよろしく頼む」
そう挨拶をすると速水は車のエンジンをかけ、ゆっくりと発進させる。
****
「わはは!! うまくいったなおい!」
速水は車を走らせた直後から、上機嫌でそう笑った。
真も喜色を隠さない。
ただ一人芹香だけが、渋い顔をして何か考え込んでいる。
「どうかしたのか芹香」
真が訊ねる。
「今後の事をちょっと」
「今後の事?」
「ええ」
速水も気になったのか芹香に尋ねた
「どういうことだい?」
芹香が気にしていたのは、つまりはこういうことだった。
速水の家の売れる食料は売ってしまったので、次はどこからか買い付けなければならない。
つまりは食料を手に入れるのに高くつく。
さらに大原の店も無限に食料捌けるわけでもない。ダブつけばそのうち買値を下げるだろう。
結論として今回の様な大儲けはもう期待出来ないということだ。
「なるほど。考えてみればそうだ」
「じゃあどうすればいい?」
「もういくつか商品を買い付ける農家と卸せる店があればいいんだけど」
「農家と卸せる店か」
「「「……」」」
三人は黙り込んでそれぞれ良い案を考える。
「そもそもなんで速水さんと、その大原さんは知り合ったんですか」
真がふとそう呟いた。
「 復員してきた時に仕事を探してたらな、親父から知り合いが油問屋を松戸でやってるから行ってみろって言われたんだよ。
どうも父親が出征した時の戦友だったらしい。
それで訪ねて行ってみたらウチの米を下ろしてくれって言われてな」
「油を売っているんですかその人は」
「 一応本業はな。でも今はヤミ市の方が儲かるらしい」
「へぇ」
そんな事を暫く話しているうちに車は上野駅前に差し掛かった。
速水は車を路肩に止めると、
「自転車を引き取って来るから、ちょっとここで待っててくれないか。その後、清十郎の家まで案内してくれ。あいつを拾って、佐伯さんの倉庫まで行こう」
と言って車を降りた。
****
その後、自転車を引き取って来てトラックの荷台に乗せた速水は、二人の案内で再び車を走らせ本郷の堂島家に向かった。
「へぇ、あいつすごいお屋敷に住んでるんだな」
そう速水は感心する。
「なんでもおじいさんの家だとかで……。
ごめんください。田尻です、清十郎君いらっしゃいますか」
真はそう大声で呼びかける。
しばらくすると家の中からドタドタと床をかける音が聞こえてきた。
そして勢いよく玄関の扉が開き清十郎が出てきた。
「あっ、皆さん。取引はどうでしたか、うまく行きました?」
「うまくいったよ。これから佐伯さんの所に車を返しに行くんだけど清十郎も来るかい」
「是非、今支度してきます」
清十郎はそう言うと家の中にかけ戻っていった。
中から静江の、
「清十郎、家の中でそんなに走ってはいけません」
という声が聞こえてきて、しばらくすると静江が玄関先に顔を出した。
「あら真さんに芹香ちゃん、お帰りになったのね。他所に泊まる時はそう言って行きなさい。
あら、そちらの方は?」
静江はそう言って速水の方を見た。
「 この方は速水さんです」
真がそう言うと静江は、
「まあ息子を暴漢から助けて下さった!? その節は何とお礼を言って良いものか。誠にありがとうございます」
と深々と頭を下げた。
頭を下げられた速水も慌ててしまい
「いやたまたまその場に居合わせたから、止めに入っただけですよ」
と頭を掻いた。
「ささ、どうぞ中に」
「いえ、表に車が停めてありますので」
と二人が言い合っていると、
「お待たせしました」
清十郎が支度を終えてやってくる。
「あら清十郎どこか出かけるのですか」
「ええ。また佐伯おじさんの所まで行ってきます」
「そうですか、佐伯様にはよろしくお伝えしてください。
なるべく早く戻るのですよ」
静江はそう言うと心配そうな顔で一行を見送るのであった。
****
川崎への道中トラックの荷台で、
「……そうか、芹香ちゃんは商売を大きくするつもりか…」
「ああ、そのつもりみたいだな」
「まあ、芹香ちゃんがそう言うなら間違いないだろう」
「……お前に芹香はやらん!!」
「何の話し!? うげ~!!」
と、チョークスリーパーを喰らう清十郎の姿があったとかなかったとか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます