祝宴
取引を順調に終えて一行は、上機嫌で佐伯の居る川崎の倉庫に向かっていた。
清十郎が真に首を絞められている頃、速水と芹香の居る座席ではこんな会話が行われていた。
「いやしかし、取引が上手くいって本当によかったな」
「まあ先ほども言った通り問題がないわけではないですけどね」
「難しいことは佐伯さんも交えて相談すればいいじゃないか。
今ぐらいは喜んでおこうぜ」
「それもそうですね」
「……ところで君のお兄さんは清十郎君に何をしてるんだい」
「…さあ」
……荷台の様子は運転席にも大体は伝わっていたようだ。
****
しばらくして一行は川崎にある佐伯の倉庫に到着した。
エンジン音を聞きつけたのか佐伯が二階から外階段を降りてくる。
「やあ、皆さん。取引はうまく行ったかい」
「ええ、何の問題もなく順調にいきましたよ」
「 それは重畳。
ささやかだが食事を二階に用意してある。祝杯をあげるとしようじゃないか。
さあ、車の中に入れてくれたまえ」
そう言うと佐伯は倉庫の扉を開けた。
佐伯の仮住まいである二階の事務所は内と外の階段から行けるようになった10畳ほどの部屋だった。
そこにいくつかの事務机と、ソファーとテーブルの応接セットなどが置かれていた。
「適当なところに座ってくれ」
佐伯はそう言うと部屋の奥から、ホカホカと湯気の上がるじゃがいも、蟹の缶詰、洋酒の瓶などを持って来た。
「芋は毎度のもので申し訳ないが、この蟹缶と酒は戦争が激しくなる前に買ったとっておきなんだ」
「そりゃすごい。でもそんな貴重なものをいいんですか?」
「ああ、こういう時のために買っておいたんだ、
今日食べないでいつ食べるって言うんだい」
そう言って佐伯は片目を閉じた。
****
その後、乾杯の音頭を誰が取るかで佐伯と速水がお互いに譲り合うという一幕があったが、結局は速水が乾杯の音頭を取ることになった。
札束を前に置き速水が挨拶をする。
「 今回、何の繋がりもない五人がこうして集まってこれだけの大きなことをやってのけたのはすごいことだと俺は思う。
またこのメンツででかいことをやれたらきっと楽しいことになる。
だから何を言いたいかって言うと、この巡り合わせと取引の成功に乾杯!!」
「「「「乾杯!!」」」」
そう大人は洋酒で、子供はお茶で乾杯をする。
速水はコップに注がれた洋酒を呷ると、
「ぷはー、こいつは効くな佐伯さん!!」
と驚嘆の声を上げる。
「だろう? なんてったってとっておきだからな」
佐伯もチビリチビリとコップを舐めながら答える。
一方子供たちも和気藹々と遣り取りする。
「芹香、清十郎もこの蟹缶旨いぞ。食って見ろよ」
「 あらほんと、美味しいわ」
「 芹香ちゃんよかったら僕の分もどうぞ」
「……お前に芹香はやらん!!」
「グヘー!」
「この二人は一体何の話をしているのかしら」(それでも清十郎のぶんもカニは食べた)
そんな楽しげな宴がしばらく続いた。
****
宴も終わりにさしかかった頃。速水が分け前と今後の話をしようと切り出した。
「まず分け前の相談をする前に全員の意思を確認しておきたいんだが。
みんな今後もこの商売を続ける気はあるか?」
全員が頷く。
「よし分かった。じゃあ今回の売り上げが、一万六千五百円。
五千円は親父に返さないといけない。そしてもう五千円ぶんを出資分として貸してくれるそうだ。
そして残りを五人で等分して一人千三百円これが今回の分け前でどうだろうか」
芹香が手を挙げて言う。
「今回私達はたいした働きをしてないので、私と兄さん二人で一人分でいいです」
「…真もそれでいいのか?」
「芹香がそう言うなら」
「 分かった。じゃあ真と芹香は二人で千三百円だな」
「あの、じゃあ僕も何もしてないので…千円ぐらい頂ければ」
清十郎もそう言い出した。
「そうか、分かった。
じゃあ宙に浮いた千六百円は佐伯さんにもらってもらおう。
結局のところ車の働きが大きかったからな。ガソリン代もあるし」
「そんなにはいらんよ私は車を貸しただけだ。
…そうだなあ、じゃああと六百円だけもらって残りは資本金に加えたらどうだい」
「 分かりました。じゃあそうしましょうか」
こうして一万六千五百円の売り上げは、それぞれ使い道が決まった。
****
その後、分け前を分配し終わった後、芹香が心配していた事についての話し合いが始まった。
「 なるほど確かにそうだ」
佐伯が頷く。
「仕入れ先が必要になるのが痛いですね」
「そこは俺が近所の農家に声をかけてみよう。なんとかなるかもしれない」
「 となるとあとは卸先か、……それは私が探してみよう。知り合いの経営者が今はヤミ市で店を開いているらしい」
「じゃあそういうことで」
そう速水が言って、話し合いは終わった
「しかし商売をするんだったら社名がいるかな」
話し合いを終わらせると突然速水がそう言った。
「社名ですか」
「誰か良い案のある人はいるかい」
「ならこういうのはどうだい」
佐伯が意見を出す。
「 古代中国には五行説というものがあってね。
万物は木・火・土・金・水の五つの物質から成り立っていて、それぞれが干渉しあって事象が変化するという考え方なんだが、ちょうどここには五人いるしぴったりじゃないか」
「 いいんじゃないか。さしずめ俺は土かな、農家だし」
速水がそう言うと、
「では私は木かな老木っていうぐらいだし」
と佐伯が言った。
「じゃあ、僕は火で。何か格好いいんで」
「俺は金で」
「じゃあ私は水ね」
「それで肝心の社名は?」
「五行社、これでどうだろう」
「良いんじゃないかしら」
「じゃあ決まりだな」
こうして真と芹香の五行社の一員としての生活が始まったのだ。
第一章 完
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