商売の計画

 その後四人は闇市の外れにある空き地で昼食を共にすることにした。

 速水は握り飯と沢庵の弁当があったが、清十郎は何もなかったので、真と芹香がコッペパンを分けた。


「じゃあ清十郎の親父さんは海軍の中佐渡だったのか」

「はい駆逐艦の艦長をやっていたのですが、戦争の終盤に敵の戦闘機の銃撃に当たったらしく、そのまま……父の部下だった方が戦後教えてくれました」

 速水と清十郎がそう話しているのを兄妹は黙って聴いている。


「そうか……残念だったな」

「 いえ。父も戦いに行く以上死ぬことは覚悟していたようで、家を出る前に私はもう死んだものだと思えと言われました。

 その後、僕たちは本郷の祖父の家に住むことになって、 ですがその祖父も先日癌で亡くなってしまい……」


「そうかい……」

「「…………」」

 湿っぽくなった空気を吹き飛ばすように速水が言った。


「…しかし船か、俺も自動車は運転できるけど船はできないな。平和になったし船乗りでもなるのもいいかもな」

 真が、

「速水さんは運転が出来るんですか?」と訊く。


「 元々手先が器用でな、俺がいた中隊ではそれを見込まれてトラックの運転役になっていたんだぜ」

と、速水は得意そうに答えた。


 すると清十郎も、

「 僕も車は好きですよ。

父の元上官の方が車屋を川崎の方でやっていまして、父の休暇の日にはよく尋ねて行きました」

と言った。


「……その車屋さんは今もやっているの?」

 不意に芹香がそう清十郎に訊ねる。

「どうでしょう……。何しろ戦争が始まってからは、物資が不足していましたから、 店自体が無くなっているかもしれませんね」

「そっかぁ〜」

「芹香、その店があったらどうしたんだ?」


「あのね……」

 そう言って芹香は自分の計画を話し始めた。

その計画は至ってシンプルで、清十郎の知り合いの車屋で安く車を借りて、物資を大量に運んで大儲けしようという計画だった。


「うーん、それはちょっと難しいんじゃないかな」

 速水がそう疑問の声をあげる。

「どうして?」


「だってさ、まず金がいくらかかるかわからない。今のご時世まともに動く車やガソリンなんて貴重品だからな。

 それに家にある米や野菜だってトラックなんかで運んだらすぐなくなっちまうよ」


「 金ならある」

 真はそう言い立ち上がる。

「へぇ、幾らだい」

「千円」

 真はそう言って財布を速水に見せる

「千円!大金だな!!」

 意外な大金に速水は驚き表情を変える。

「それで足りるかしら?」

 芹香が訊ねる。


「それだけあれば家の近所の米や野菜を買ってもまだ足りるな。後は車が手に入るかどうかか」

 速水はそう言うと清十郎の方をちらりと見た。

「 僕にできることなら何でもします」

 清十郎はそう言うと兄妹のほうをみた。


「じゃあ…やってみるか!!」

「そうね!!」

 全員肯定的に頷く。

「… じゃあ早速明日その車屋に行ってみるか。

明日の朝9時頃上野公園の西郷像前待ち合わせでいいか」

 速水が訊ねると三人はそれぞれ了承の返事をするのだった。


****


 その後速水は、卸し先の店主と話をつけると言って立ち去り、その場には真たち兄妹と清十郎が残された。


清十郎が兄妹に遠慮がちに訊ねてくる。

「あの、お二人はこれからどうするんですか?」

「うーん、今日の寝床探しかな」

「寝床?お二人ご家族は?」

「俺たちの両親も戦争で死んじまってさ、親戚のところから逃げてきたんだよ。

 さっきの千円は両親の遺産さ」


 真がそう言うと清十郎は申し訳なさそうに顔をしかめ、

「それは申し訳ないことをお聞きしました」

と呟く。


「いいさ。それよりもっとくだけて話してくれよ」

「そうよ私と同じ歳だったじゃない」

 昼食の時に話をしたが清十郎は十二歳で芹香と同じ歳だった。


 この時代は栄養状態が悪く子供の身長も低いらしい。ケイタももしかしたら真と同じぐらいの歳だったかもしれない。


「わか……った。なら二人とも今日は家に泊まらないか。大したもてなしは出来ないけれど」

「いいのかい?」

「母上も喜ぶと思うから」

「 じゃあそうさせてもらおうかな」

「 ありがとう清十郎くん」

「う、うん」

 芹香に微笑まれ清十郎は赤くなった。


****


 本郷は東京大空襲でも焼け残った数少ない地区である。そのため敗戦後という荒んだ空気をあまり感じさせない穏やかな街並みが保たれていた。


「なんだかさっきまでの風景と比べると違和感がすごいな」

「この辺りは上野のお山と帝大の森のおかげで空襲からも焼け残ったんだ。

……着いたよ。ここが僕の住まいだ」


 そう言うと清十郎は百坪をはあろうかという、もはやお屋敷と言った方が正しい家の中に門扉を開けて入っていった。

「母上ただいま戻りました!」

 玄関を開け中に入ると奥から着物姿の痩せた女性が出てきた。


「おかえりなさい、清十郎。あら、お客様ですか?」

「母上!? 体の具合はよろしいのですか」

「ええ。具合はだいぶ良くなったわ。それよりそちらの方々を紹介してくださいな」

「はじめまして、僕は清十郎君の……友人の田尻真と言います」

「妹の芹香です」


 二人が自己紹介すると女性は驚いたように目を見開き、

「まぁまぁまぁ、こんなむさくるしいところへようこそおいでくださいました。私は清十郎の母の静江でございます。ささっ、狭いところですが上がって下さいまし」

そう言って真たちを中へと招き入れた。


(うわ~本当に昭和の家って初めて見るな)

 兄妹はそんなことを思いながら靴を脱ぎ居間へ通される。


「今お茶をお出ししますね」

 そう言って台所へと向かう母の背中を見送りつつ清十郎が言った。

「すまないな。あんなに歓迎してくれるとは思わなかった」


「そうだな。俺もびっくりだよ」

「それにしても綺麗なおうちね。まるで映画に出てくるお屋敷みたい」

「あー確かに言われてみると……」

 二人は改めて部屋の中を見回してみる。


 和洋折衷というのだろうか、基本的には和風建築だが、例えばこの部屋は洋風で、天井は高く梁が剥きだしになっていて、壁は漆喰で塗られており窓にはステンドグラスのようなガラスが入っている。床は板張りで歩くたびにギシギシ音が鳴っていた。


「お待たせいたしました」

やがて静江がお盆を持って現れた。


「粗茶ですがどうぞお召し上がりください」

「ありがとうございます」

 出された湯飲みを受け取り真たちは一口飲む。

「あ、美味しい」

「本当だ。すごく美味しいわ」

「喜んで頂いて嬉しいわ。

 それで今日はどういったご用件でしょう?」

 と静江は訊ねる。


「母上、実はこの二人をしばらく家に泊めていただきたいのです!!」

 清十郎が勢い込んでそう話す。


「清十郎、それでは良いも悪いも判断しかねます。それにそんなボロボロになって。ちゃんと初めから話してみなさい」

 静江に言われて清十郎は事の経緯を最初から話し始めたのだった。

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