四人が出会って……

 芹香の話を聞きすっとんきょう声を上げる真。

「石鹸?石鹸だって?」

「えぇ」

「作れるのか?」

「多分……。作り方なら知ってるもの。材料もあるし」

 芹香はそう頷くと具体的な話を説明し出した。


 石鹸は水と油脂と苛性ソーダから作ることが出来る。

 芹香はヤミ市で、洗剤として苛性ソーダが売られているのを確認していた。

 また油脂も交渉次第では揚げ物の店から廃油を安く仕入れることが出来るのではないかと考えて計画を真に説明する。


「作るだけ作って売りに行くのよ。そうすれば、少しはお金になると思わない?」

「なるかもしれないな」

「でしょ!」

「ああ。ただ、問題はどうやってそれを売るかだな……」


「……」

 二人は腕を組んで考え込む。

「……やっぱり難しいわよね」

 子供が売る謎の塊、怪しさしか無い。

 第一まともな道具がないのにまともな商品ができる訳が無い。


「 ……もう一度最初に立ち返って、私たちの目標を定めましょう」

 芹香が真の方を向きぽつりと呟いた。


「 まず私は、私たちのいた施設のような所をなくしたい。そのためにこの時代で力をつける。それにはたくさんのお金が要る」

「そうだな」

 真はもう施設のことなど、どうでもよくなっていたが話を合わせて頷く。


「それで、私たちはこの世界で生きていく。

 そのためには、身分や住む場所が必要だわ。だからそれを手に入れて、安心して暮らせる場所を作る」

「わかった」

 真は、芹香の目を見て力強く答える。


「それに、物を売るにしても相場がわからないんじゃ売りようがないわ。もう一度ヤミ市に言って値段を細かく見て来ましょう」

「よし!じゃあ、頑張ろうぜ」


 二人は立ち上がる。

「じゃあ、行くぞ」

「うん」


 二人は再び歩き出す。

 目指す場所は、まだ見えない。

 ただ、確かなことはある。

 それは、二人にとって確かな一歩を踏み出したということだ。


 ****


「しかし本当に何でもあるな」

「そうね」


 二人はその後物価の動向を調べるためにまたヤミ市に戻ってきていた。

 食料品で言えば米が 一升七十円程、二人が作ろうとしていたる石鹸であれば一つ十五円ほどで売られていた。


「一升七十円の米が握り飯にすれば一個十円か。……いい商売だな」

「……まださっきの事納得してないの兄さん」

「いやそんなことはないんだけどな」


 そんな事を二人が言い合っていると前方の方から何やら怒鳴り声が聞こえてきた。


「なんだ」

「行ってみましょう兄さん」

 そう言って二人は人込みをかき分け前に進むのだった。


 ****


 二人がそこへたどり着くと十かそこらの一人の少年が男たちに激しく打ち据えられているところだった。


「お前、誰の許可を得て商売しとるんや!ここはわしらの縄張りやぞ!!」

 少年は気丈に言い返す。

「こんな焼け野原に縄張りも何もあったものですか。そもそもヤミ市で誰が商売しようが勝手です!!」


 男は手に持った棒で何度も少年を打ち付ける。

 周りにいた男たちは止めるどころか笑っているだけだ。


「やめなさいよ」

 芹香が駆け寄ろうとすると真が止めに入る。

「おい、待て」

「でも、このままだとあの子が死んじゃうわ」

「ダメだ」


「どうして?」

「俺たちが今すべきことは人助けじゃない。生き延びることだ。

 ここで目立つようなことをするべきじゃない」

 真は厳しい目付きで男たちを眺めてそう言う。


 真の言葉を聞き芹香は冷静になる。確かに彼の言う通りだと思ったからだ。

 そして同時に、自分がどれだけ短絡的になっていたかを反省した。


(……そうよね。今はまだ何もできないんだもの)

「ごめんね。兄さんのいうとおりだわ。今は、我慢しましょう」

「わかってくれたなら良いんだ」


 その時、 一人の青年が少年と男の間に割り込み男に当身を食らわした。 男の持っていた棒が宙を舞う。


「なんや!?」

 周りの男が驚いている間に、青年はその男の手から落ちた棒を手に取り構える。

「こいつは俺が預かる。文句があるならかかって来い」


 その言葉を聞いた周囲の連中は一斉に逃げ出した。

「チッ、覚えてろよ!」

 捨て台詞を残して。


 ****


「大丈夫かい?君」

 そう言って青年は少年に手を差し伸べる。

「ありがとうございます。助かりました」

 少年は礼儀正しく頭を下げる。


 顔を上げた時、少年と二人の視線があった。

「……」

「えっと、怪我はないかな」

 真はなんとか言葉を絞り出す。


「はい、おかげさまで」

「そっか良かった」

「それより、あなたなんであんなに殴られてたの」


「あれはの竜兵会の所の連中だな」

「竜兵会?」

「この辺を縄張りにしてる連中の集団だよ。元は自警団的なものだったんだが、最近血の気の多い復員兵なんかもも大勢加わってだんだん暴力的になってるらしい」

 そう青年は複雑そうな表情で言った。


 少年は服の埃を払いながら話す。

「彼らは母の着物を売ろうと道にお店を開いたらやってきたんです」

「 母の着物?」

「はい。 母が病に伏せってしまい、何か滋養のあるものをと思ったのですがお金が足りず……」


「買い取ってもらうんじゃいけなかったのかしら」

「そう思ったのですが祖父が三千円で買った着物が三百円と言われてしまって。 少しでも高く売るために……」

 そう言って俯く。


「そうだったの」

「まあ、ヤミ市なんてそんなもんさ」

 青年はそう言って肩をすくめる。

「それでつい頭にきてしまって」

「気持ちはよくわかるよ。俺も同じようなものさ」

 真はうんうんと頷く。


「そうだぜ。俺だって親父のために少しでも金を集めようと思ってヤミ市にきたんだからな」

 青年はそう言って少年の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「そうだったのですか」

「ああ。ところで名前を聞いてもいいかな」

 青年はふとそう言った。


「俺は真と言います。こっちが妹の芹香です」

「真くんに芹香ちゃんか。俺は速水勇太はやみゆうたと言うんだ。よろしくな」

「僕は堂島清十郎どうじませいじゅうろうです。先ほどはありがとうございました速水さん」


「気にしないでくれ。困っている人がいれば助けるのは当然のことだからな」

 爽やかな笑顔を浮かべながら速水は答えた。


「それにしても、よくあの状況で割って入れたわね」

 芹香が感心したように言う。

「昔から喧嘩には自信があってな。

 昔は毎日のようにケンカに明け暮れていたもんだよ」

 速水はそう照れくさそうに笑う。


「速水さんは、今は何をされているのですか」

 清十郎がそう訊ねる

「兵隊に取られてね。運良く内地の連隊に送られたんだが、そのぶん終戦のゴタゴタで除隊が遅くなって 。今は実家で作った米やら野菜なんかをここの連中に卸してるんだ」


「 速水さんの実家は農家なんですか」

「ああ柏の方のな。本当は闇市場に卸すのは違法なんだけどな、だけど馬鹿正直に供出してたらこっちが食いっぱぐれちまうよ。自転車で毎度運んでくるのは大変だけどな」


「大変ですね」

「いや、別にそれが嫌とかじゃなくてだな、ただ俺自身もっといろんな事をやりたいだけなんだ」

 そう言い訳するように付け加えた。


「 それなら僕たちも運ぶの手伝わせてもらえませんか」

「えっ?手伝ってくれるのか」

「 と言いますか、僕たちもお金を稼げる仕事が欲しいんです」

「そりゃあ願ったり叶ったりだが、できるのか?」


「頑張ります。だからお願いします!!」

「あの、僕もお願いします。お母さんに栄養のあるもの食べさせてあげたいんです」

「まあとりあえず、親父に相談してみるわ」


 こうして四人は行動を共にすることになった。皆は後に振り返る、奇跡的な出会いだったと。

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