ケイタとの出会い

 話をするうちに、少年たちにも兄妹に敵意がないことが判ったのか、次第に子供たちの態度も柔らかくなり始めた。

 それを感じて、芹香が少年たちに話しかける。


「あなたたち家族は?」


「……」


 黙り込んだままの仲間を眺め、リーダー格の少年が答える。


「……うちの親父は兵隊に取られて死んじまった。おふくろも空襲で焼夷弾に当たってな、俺はこの通り運良く助かった。でも、兄弟たちはみんな……あいつらの方が年上なのによぉ。畜生、なんでか俺だけが生き残っちまって……こいつらも皆そんな感じさ」


「……ごめんなさい」


 ヘビーな過去に思わず謝る芹香。


「なんであんたが謝るんだよ! ああ、くそっ」


 少年がイラつき、また不穏な空気が漂い始めたのを感じた真が間に入って話し掛けた。


「……親戚、おじさんやおばさんはいないのか?」


「……みんな死んじまったよ。それに自分達が食っていくのに精一杯なのに、他人の子なんて面倒を見るか?」


「……」


 自らにも経験があるだけに黙り込む真。


「……そうか、辛いことを聞いてすまなかったな」


「いいって事よ。それで? 兄ちゃんたちも戦争で親を無くした口か?」


「「え!?」」


「いや、なんか雰囲気が似ていたもんでな」


「あ、ああそうだな。俺たちもその、戦争で親が死んでな親戚に引き取られたんだが、そいつらがあんまりにも因業な奴らで逃げ出したんだ」


 真は咄嗟にそう嘘を吐く、もっとも現実もそう大差無いが。


「そうか、それは大変だったな」


 少年は感慨深げに言う。


 少年はケイタと名乗った。ケイタは孤児となったあと上野の地下道をねぐらに、物乞いやかっぱらいをしながら糊口を凌いでいたが、苅り込みと呼ばれる浮浪児の一斉捕獲作戦で捕まって、感化院と呼ばれる戦災孤児の収容所に送られたそうだ。


 しかしそこはケイタ曰く、『刑務所の様なもの』だったらしく、すぐに逃げ出してしまったらしい。


 その後、また上野に戻ったケイタは、本人は『手下が欲しかった』と言ったが、自分より年下の子供たち数人と互いに助け合って今までやってきたそうだ。


 きっとこの少年は優しい子なのだろうと二人は思った。そしてそんな子供がボロをまとい、ガリガリに痩せこけた姿でいることにこの時代の厳しさを感じた。


「それにしても酷い時代になったもんだよなぁ。昨日まで隣にいた友達が次の日には死んでたり、どこに行っても食い物がなくて、腹を減らしたまま寝てる子供もいるしよ」


「……そうだな」


「まあ、俺みたいなガキにはどうしようも無いし、爆弾が降ってこないだけまだましだけどな」


「……」


 真は何も言えなかった。自分たちは曲がりなりにも平和な世界で過ごしていたのだ、爆弾が降ってくるところなど想像しようも無い。


「そんな顔すんなって! 俺は俺で何とかやってるからよ」


「ああ」


「で、あんたらこそこれから何処に行くつもりなんだ?」


「どこかで食料が手に入らないかと思ってな……」


 すると、ケイタが何かを思い出した様に言った。


「金があればヤミ市で何でも買えるけど、いくら持ってる?」


「……百円ぐらい」


「大金だな、それだけあれば多少は買えるさ」


 真がそう言うとケイタはニヤリと笑うのだ。


****


 この時代では、食糧難により、配給制が取られており、その量は一日分の規定が米二合、味噌等調味料が少々という量だった

 敗戦後とはいえ、あまりにも少ない。更に頻繁に配給は滞った。そのため、ヤミ市での取引が活発になる。


 ヤミ市は、戦後各地の繁華街の焼け跡等に自然発生した屋外市場だ。初めは不足する物資の物々交換の場として成立したが、徐々に占領軍の横流し品等、出所を問わない物資も取引されるようになった。


 そこでは、様々なものが売られていた。

 食べ物はもちろんのこと、衣類、布団、靴、玩具、煙草、酒、あらゆるものが売られていた。だがそれらは驚くほど高い値段が付けられている。


 戦中、戦後と、日本中が物資不足に陥っていたため、国民生活は困窮を極めていたが、その中でも闇市は別世界だった。物資を高値で売り付けて大儲けしている人間もいるらしい。


 戦中までは、ヤミ市は法律によって厳しく取り締まられていたが、敗戦の混乱の中、警察も機能しておらず、取り締まりも形骸化し、事実上黙認されている状態であった。


 もっとも身分も金も無い孤児であるケイタたちにとっては、どちらも大した違いはなかったが。


「兄さん、そこ行ってみましょ。なにか買えるかも」


「そうだな」


「兄ちゃんたち案内してやるよ。……お前らは先にねぐらに戻ってな」


 ケイタはそう仲間たちに言って先に立ち、ヤミ市に向かい歩き出す。


 その後ろ姿には、何がなんでも生き抜くという強い意思がある。……ように真達には、感じられるのだった。

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