第一章

タイムスリップ!?

 二人が己の目を疑い動きを止めてから数分。

 それでも、ものの数分後には再起動を果たした二人は、まずは周辺に人がいないのを確認すると、現在所持している物品の確認を手早くすませることにした。


 その結果は、真が持つ施設から持ち出したナップザックに百円ライター一本、ハンドタオル二枚、二人の下衣一式ずつの他に年代物のがま口の中に、昔の百円紙幣十枚と小銭がいくらか入っている。


 当人たちは知る由もないが、当時の大卒者の初任給が約三百円であるので、二人の所持金はかなりの大金だろう。


 まず間違いなく、あの喋るネズミの仕業だ。

 異常事態を前に、二人の意識は事の元凶であるネズミに向かうことになった。


「畜生あのネズ公、何がちょっと寄り道だ!

半世紀は前の時代に人間跳ばしておいてどうしようってんだ? 寄り道してる間に爺さんになっちまうわ!!」


「それに朝起きてからネズミさんも見てないよね」


「……あいつまさか、こんな世紀末染みた世界に俺たち二人だけ置いて?」


「そうかもしれない。でも理由が分からないの」


「どうやったら帰れるかもな」


「そうね」


「……ちっ、もとの時代に帰る方法が分からないとあの施設も潰せないか」


「それは出来る…かも」


「えっ」


「でも…それは…」


 芹香が何か、とても重要なことを話そうとしていると感じた真は芹香の両肩に手を置いて屈み目線を合わせ話しかける。


「なあ芹香」


「ん」


「俺たちは兄妹だ。そしてたった二人の家族だ、父さんと母さんが事故で死んだ時、お前だけは守らなきゃと誓ったんだ」


「だから何でも言ってみろ」


「…うん」


 真は小さく頷く芹香を見つめながら改めて決意する。

(そうだ、だから何をやってもこいつは守らなきゃいけない)


「じゃあ言う」


 芹香は躊躇いを打ち消すためかの様にそう呟くと一気に話し始める。


「たぶんここは戦争末期か終戦後の日本だと思う」


「ああ」


「ここでは私たちはいわば未来人」


「だな」


「私は勉強が得意。お兄ちゃんの教科書より難しいのも覚えてる……歴史も」


 そう、芹香は勉強が得意であった。天才と言っても良い程に。芹香の通う公立小学校でもそれは有名であった。しかしそこには、という但し書き付きだが。


「だから今から頑張れば、あいつらなんかっ」


「芹香!」


「!!……」


 これだけのやり取りで真には、芹香が何を言おうとしているのか分かってしまった。芹香はこの時代で成功を納めて力を付けようと言っているのだと。

 有り体に言ってしまえば知識チートというやつだ。


 ただそれは途轍もなく無謀なことだ、この混乱した時代の中、右も左も解らない何の力も無い子供が二人、その日その日を食い繋げれば御の字だろう。いくら未来が分かっていても成功する可能性など僅かなものだ。芹香が言い淀むのも無理は無い。


 それでもと、真は思った。それでも両親と死に別れ、親戚をたらい回しにされた挙げ句、悪人に骨までしゃぶり尽くされるより、戦後のどさくさに紛れ込む方がまだましではないかと。


 そこまで考えて、真は初めてあのネズミに感謝した。そして逡巡する芹香の背中を押すように語りかけた。


「良いじゃないか、面白そうだ」


「……でも」


「兄ちゃんは妹の為だったら五十年ぽっち、なんてことないさ」


「ありがとう………………


「でもそれには俺たちは無いもんだらけなのも、わかってるよな?」


「うん。今の私たちは身分の保証も生活の保証も無い、只の浮浪児」


「そうだな、まずはそれをなんとかしないとな」


「わかってる」


「……腹減ったな。どっかで食い物調達しないと」


「そう…だね」


(言えないな絶対、あそこで俺が何をしてきたか。そしてこれからもっと――)


(知ってるよ、兄さん。全部……。ごめんね――)


 ……互いの心の中の呟きは相手には聞こえない。その痛みも伝わらない……幸か不幸か。


 ****


 この時代で成り上がると決めた二人であったが、正確な日付も現在地も知らない状態であり、空きっ腹を抱えながらも二人は情報の収集を優先的にすることにした。


「まずは場所と時間を把握しないとな。どうする芹香?」


「やっぱり人に聞くのが手っ取り早いと思うの」


「でもなぁ」


 焼け野原で薄汚れたの子供が二人、場所と日付を尋ねて来るのだ、怪しさ満点なのは言うまでもないだろう。


 未来ならばまともな人物なら、然るべき機関に連絡して保護するだろうが、日付も分からないと迂闊なことができないのだ。例えばまだ終戦に至っていなければ不審人物として拘束されても不思議ではない。


「大丈夫だよ、いざとなったら私も戦う」


「おいおい」


「冗談だけど」


「ったく」


「ふふ」


「しょうがない、とりあえず人のいる所に行ってみるか」


「うん」


 二人はお互いの顔を見て苦笑しあうと、どちらとも無く手を取り合いバラック街に向かって歩き出した。


 ****


 二人は丘を下り歩きながら辺りを見渡した。


「にしても酷い有様だな」


「うん」


「こんなんで食料とかあるのか?」


「食べ物はあるにはあるみたい」


「えっ」


「ほらあそこ」


 芹香はそう言って指差す先には、瓦礫の陰で萎びて黄色になったキュウリをまるごと夢中で齧るボロ布を纏った数人の少年少女の姿があった。


「うへぇ、あれは……」


「でも、食べ物は食べ物よ?」


「まあ確かに」


「私たちと同じ孤児かもね」


「だな」


 そう言って真は、自分の境遇を思い出した。


「あの~すみません」


 真たちが声をかけると、子供達はビクッとしてこちらを見てきた。


 警戒しているようだ。それも当然だろう。この時代、日本人とは言えども誰もが飢えている。そんな中、他人が、自分達に声をかけてくるのだから。


「なんだお前らは!」


 代表するように、一番体格の良い十代前半ぐらいの少年が怒鳴り付けて来た。


「落ち着けよ。俺たちは怪しいものじゃ無いんだ。ちょっと聞きたいことがあるだけさ。な、芹香?」


「そ、そうなんです。教えて欲しいことがありまして。実は今いる地名と今日が何年の何月何日なのか、分からなくて困っているのです。知りませんか?」


 芹香は出来る限り丁寧に、相手に刺激を与えないように言葉を選びながら話しかけた。

 少年は不審げな顔をしながらも質問には答えてくれた。


「……昭和二一年の三月十日だ、あと此処は神田の外れだよ」


「「!!」」


 覚悟していたとはいえ、二人にとって衝撃的な一言だった。

 やはり兄妹はタイムスリップしてしまったのだ。

 終戦から約半年後の東京に……。

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