【リメイク版】タイムスリップ1946
ほらほら
プロローグ
,〇〇年代前半某県某所に深夜、初秋の山を月明かりのみを頼りに傷だらけになりながら越えようとする、十五歳と十二歳の兄妹の姿があった。
少年の名は
二人は何も好き好んでこのようなサバイバル訓練じみた行いをしているわけではない。
彼らは自分たちを怒声を挙げて追ってくる三人の男たちから必死に逃げているのだ。
かたや、金持ちの変態相手に里子という形で売り払われそうになった幼い少女とそれにすんでで気付き、他の児童を巻き込み集団脱走を計画した兄。
こなた、様々な虐待が常態化した悪質な児童養護施設に首までどっぷりと浸かった男性職員三名。
果してどちらが逃走劇で有利かは、納屋に火を付けた上に、集団を四つに割っての脱走が裏目に出た時点で解りきったことで……。
****
「てめぇら待ちやがれ!!」
「火まで付けやがって! 取っ捕まえたら只じゃおかねえぞ!!」
「畜生っ! よりによって何で宿直が全員こっちに来るんだ!?
「はあ…はあ…お兄ちゃんもうダメ、歩けない」
「頑張れ!この山を越えれば町だから…」
他の脱走メンバーに捕捉されやすい県道沿いを行かせ、自分たちは本命として普段から
男たちの持つ電灯の光線がじりじりと近付いて来る。
真がもはや一か八か、自分が三人を打ち倒すしかないと近く落ちていた石ころを握り込んだ時。
「――こっちだ!」
と、近くから若い男の声がする。
芹香がビクリと真にしがみつき、真が辺りを見回しながら小声で誰何する。
「だ、誰だ!」
「敵じゃない。妹を守りたければ付いてこい」
と何某かからの返答。
真は更に混乱して、芹香を庇いながら
「敵じゃないって何で俺たちの事を知っている!? 第一何処にいる、姿を見せろ!」
と言うと、声の主は小さくため息を付き、
「下だ。足許を良く見ろ」
と返事を返す。
二人が足許に目を凝らすと、そこには月明かりに仄かに照された山肌に、一匹のネズミが後ろ足で立ちこちらを眺めていた。
「えっ?」
「ネズミ?」
そこに居たのは、後ろ足で立ち上がった、一匹のつぶらな瞳をした小動物だった。
****
喋るネズミに毒気を抜かれ、言われるがままに山を進むことしばし、兄妹は山の谷間にある荒れ果てた社にたどり着いた。
不思議なことに、あれ程肉薄していた職員たちもいつの間にか声が微かに聞こえる程度にまで離れている。
社を前に意を決して真が喋るネズミに話しかけようとしたが、それを遮る様に芹香がネズミに問い掛けた。
「…ネズミさん。あなたは一体何者ですか?」
するとネズミははぐらかす様に
「私は只の野ネズミさ、ただ多少長生きしているだけの」
「一体何の為にここまで連れて来たの?」
「人々に忘れ去られても場としては使えるからな」
「良く分からないわ」
「信用できないのならここから山を降りると良い、近くに国道がある。運が良ければ大都市に行く車が拾ってくれるかも知れん」
「…信用するなら?」
「なに、少しお前たちに寄り道をしてもらいたいだけだ。大丈夫、お前たちの目的も叶うだろうし、仲間ともまた会えるだろうさ」
「……分かった、信用する」
「芹香!?」
ハラハラと会話を見守っていた真が堪らず口を挟もうとするが、芹香に強い口調で、
「大丈夫だから、お兄ちゃん」
と言われると諦めたように芹香の頭にポンと手を置き、ネズミに話しかけた。
「寄り道って何処に寄れば良いんだ?」
「大して離れちゃいないさ、少し準備があるから三十分ばかし休んでいてくれ」
「職員の奴らは大丈夫かな?」
「心配なら其処の渇れ井戸にかくれていろ。なに、乾いているし適度な温度で快適だぞ、蛇なんかもいない」
「…………」
「……お兄ちゃん、そうしよ。私つかれちゃった」
未だ納得していなさそうな真を芹香が引っ張り井戸の中を覗き込むと、埋めてあるのか深さは然程でもなく真が手伝えば芹香でも出入り出来そうな深さだった。
真が先になかに入って安全を確かめている間に芹香がネズミに問い掛けた。
「でもネズミさん。私も井戸の中はどうかと思うわ」
「なに、私も野ネズミだからね、穴ぐらが好きなのさ。つい他人にも薦めたくなるくらいに」
「ふぅん」
そんな会話をしているうちに真も井戸を調べ終わったのか、兄妹は束の間の休息を得るのだった。
****
「お兄ちゃん! お兄ちゃん起きて!」
真は、妹の芹香に肩を揺すられ微睡みから急速に引き戻された。
「っああ、悪い寝てた。あのネズミ準備できたって?」
「違うのよ!回り良く見て!」
「えっ」
芹香に言われて真はようやく違和感に気付いた。まず明るい、自分たちは山奥の渇れ井戸で休息していた筈だ、よしんば夜が明けてしまっていてもこれ程明るい筈がない。そして埃っぽい風、そして何より
どうやら今兄妹が居る場所は、少し高台にあるコンクリートの建物の軒先らしく、遠くまで一望できたのだ。視界を遮るのは僅かに焼け残った街区や電信柱らしき物、レンガ造りの高架線路のみ。
間違っても、二人と一匹がいた荒れた社でもなく、二人が目指していたビルが立ち並ぶ都心部でもない。
「せ、芹香。何だこれ、何処だここ。ハハ…、核戦争でも起きて俺たちだけ生き残ったのか?」
「……少なくとも生き残っているのは私たち以外にも居るみたい。あっち見て」
芹香が指差した方角を振り向くと、高架の上を黒い排煙を吹き上げ、古風な客車にこれでもかと乗客を満載し走る蒸気機関車と、高架下にて負けず劣らず煮炊きの煙があがるバラック街が目に入った。
「これってもしかしなくても」
「現代の日本じゃないみたいだね、お兄ちゃん……」
ボォォ――――ボォォ――――
――蒸気機関車の力強い汽笛の音も二人にとっては、何ひとつの現実味も与えてくれるものでは無い。
ただ、彼等の臓腑はビリビリと震える。
まるで、これからの道程の険しさを二人に伝えるかのように。
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