キメラフレイムの謎とき動画特別編:幽世訪問体験記2
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幽世、それも邪神系妖狐の巣穴(と呼ばれる居住区)への不法侵入をかました穂村とミハルであるが、その待遇は思いがけぬほど丁重な物だった。それぞれ雪羽の実弟と実妹であり、尚且つ動画でも何かと世話になっているという事を差し引いても、である。
迷惑をかけたのに申し訳ないし、自分の言動は恥ずかしく図々しい物だ。そんな風に穂村が思ったのは、正気に戻って人心地付いたからだった。
ちなみに、人心地付くまでの穂村は六花に縋りついてギャン泣きし、出されたアイスや常闇バーガーを無遠慮に貪るという事をやってのけたのだ。六花に際限なく甘える事でおのれの感情を整理し、アイスやバーガーを食む事で空腹を癒したのだから。
後で知ったのだが、穂村たちは五、六時間は電子の海を彷徨っていたのだという。実験をしたのが昼前であるから昼食は摂り損ねていた。強い空腹にさいなまれたのは無理からぬ話だったのだ。
「神使の皆様。驚かせてしまって、そしてご迷惑をおかけして申し訳ありません。しかも僕、妹まで巻き込んでしまいましたし」
「俺たちは大丈夫。だからそんなに気に病まなくて良いんだよ、雷園寺穂村君」
謝罪する穂村に対してそう言ったのは、邪神系妖狐として有名なラヰカだった。配信やオフ会で出会った時のように、端麗な面とは裏腹に口調と態度はフランクな物だ。
「死せる魂にしろ、生きて辿り着いたにしろ、幽世に訪れた者をもてなすのも俺たち神使の仕事なんだ。ここにいれば、びっくりするような経歴を耳にする事だって日常茶飯事だ。穂村君もミハルちゃんも、俺の配信を見てくれているから知ってるだろ?」
穂村とミハルは顔を見合わせてから頷いた。視線を戻すと、ラヰカは言葉を続ける。
「それにだ。生きたまま幽世に流れ着いたヒトを元の世界に送り届けるのも、俺たち神使の仕事でもあるからな。本来ならば、何処の世界から流れ着いたのか、更にその中にどの辺りなのか。そこまで調べないといけないんだが……今回はそこまで調べなくても大丈夫だもんな。というかサカイさんが君たちを元の世界に送り届けてくれると言ってくれていたし、実質俺たちの手間は大分省略されているんだ。
君たちの事だ。わざと俺らを困らせようとして巣穴に入り込んだわけでもないだろう。君らとは配信とかオフ会でも馴染みがあるし、怒ってないから大丈夫」
「ラヰカも随分と丸くなったわねー。私とか万里恵が巣穴に入ったってなったら、物凄いブチギレそうなのに」
妙に感心したような口調でそんな事を言ったのは、稲尾椿姫だった。ラヰカに対してジト目を向けてはいるものの、穂村たちには優しそうな眼差しを向けている。
「穂村君にミハルちゃん。私たちは初めから、あなた達を叱責するつもりは無いから安心してね。まぁ、どうしてラヰカの巣穴に侵入しちゃったのか、柊たちに事情は話さないといけないけどね」
「ほむら、あんまりきんちょうしないで。ゆきはとおんなじで、ほむらもおにいちゃんとしてがんばっているんでしょ。あそびにきたんだから、りっかにもあえたんだから、もうちょっとのんびりしていいんだよ」
モフモフの尻尾を押し付けながら穂村に言うのは菘という妖狐の童女だ。相手の本質を見抜くという彼女は、さも当然のように穂村の隣に腰を下ろしている。反対側にはミハルがくっ付いているので、都合穂村は獣妖怪の女の子に挟まれる形になっていた。
普段の穂村は、別に誰かにくっつかれるのを好む性質ではない。しかし今回ばかりは、ミハルや菘が傍にいるのが心地よく感じられた。
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「さてそれでは幽世に僕たちが辿り着いた時の事をお話ししましょう。僕たちはラヰカさんのお部屋・通称『巣穴』にあるパソコンから飛び出してしまったそうなのです」
「とはいえ、私も兄さんも思いっきり気を失っていたから、何処に辿り着いたのかはその時解らなかったんだけどね」
僅かにコメントが流れるのを見やりながら、キメラフレイムは言葉を続ける。両手をもじもじさせているのは、当時の事を思い出したからだった。
「目を覚まして、それで部屋に居合わせた神使のお狐様たちや、六花姐さんに指摘されて僕たちがいるのは幽世だって判明したんです。
……正直なところ、何が何だか解りませんでした。ただすぐに、幽世は非業の死を遂げた者が辿り着く事を思い出しました。それで、六花姐さんや宮坂さんがいらっしゃるって事は、そういう事なんだなと思い込んでしまって……」
「まさか幽世に辿り着いたとは思っていなかったから、少しパニック状態になってしまったんです」
キメラフレイムたちの会話が一段落付いたところで、二人の背後に映像が映し出された。キメラフレイムもとい穂村が六花の胸に縋りついている瞬間の写真である。どさくさに紛れてラヰカに撮影されたものだった。もっとも、この件についてラヰカは九尾である稲尾柊や化け狸の山囃子伊予から説教を受けたそうであるが。穂村たちは特段やましい写真でもないし、メールでラヰカから送ってもらったからそれで良いと思っていたのだが。
「はい。これはその……目覚めてすぐに六花姐さんにだ、抱き着いて、ギャン泣きしてしまった所です。え、ええ、本当に恥ずかしい限りです……」
「兄さんってば、台本も用意したのにカミカミじゃない」
言葉、話の展開については配信前からちょっとした台本を用意して決めている。今回もそうした流れに従って動いていたはずであったが、穂村は思わず顔を覆っていた。呆れた様子でツッコミを入れるミハルに対して、実妹ながらも名状しがたい苛立ちをも抱いてしまう。
いや違う。穂村が苛立ちを抱いているのは、妹ではなく自分に対してなのだが。
「視聴者の皆様もご存じの通り、僕は真面目キャラで通していますからね。ここにきてキャラ崩壊ですよ……」
「とはいえ幽世へのアクセス(物理)なんて緊急事態での事だもの。視聴者の皆様は如何でしょうか?」
『トリニキ:キメラ君は六花ちゃんやユッキー☆が絡んだ途端にキャラ崩壊するってそれ一番言われてるから』
『隙間女:あの状況下でパニックになるのはしゃーない』
『きゅうび:二人とも楽しそうだなって思いました(小並感)』
『絵描きつね:むしろ母性溢れる六花ちゃんの姿が見れてマジで感謝してます \1000』
『ネッコマター:バブみというよりブロマンスでしょ(適当)』
『MIKU♡:なんか見覚えのある光景だな』
『テンテン:兄さんと義姉さんがじゃれてる所にそっくりよね』
「おおっと! 何か最後の方にちょっと気になるコメントがありましたが、皆さんとっても優しいですね。そしてやっぱり、六花姐さんの魅力を解ってらっしゃる」
少し興奮気味に穂村が言うと、ミハルは呆れたようにため息をついた。
「皆さん本当にお優しいですね。ですが今回は幽世のお話がメインである事をお忘れなく。兄さんってば、隙あらば六花さんの話になだれ込もうとしちゃいますからね。ちゃんとこちらも六花ちゃんの事だけ話す配信についても考えているのに」
「サニー? 六花姐さんの話に少し脱線したからって、ちょっと厳しくないかい?」
穂村はそう言うと、ミハルの顔に指を突き付けた。アバター的には肉球の乗った前足になるのだが。
「って言うかさ、サニー。君だって京子ちゃんの前でイケメンだのなんだのって言ってデレていたじゃないか。その事だって僕は知ってるんだからな」
だからまぁ、六花姐さんを前にデレる事を糾弾できぬだろう。穂村の脳内ではそんな考えが組み上がっていた。もっとも、ミハルが宮坂京子に心酔した素振りを見せているという事は、他ならぬ六花より教えてもらった事なのだが。
ミハルはしかし、すました顔で首を左右に振るだけだった。
「確かにあの時の宮坂さんはイケメンだったわ。だけど兄さんだって、『やっぱり男装の麗人も良いなぁ……』なーんて言ってたと思うんだけど」
男装の麗人が良い。ミハルのツッコミに、コメント欄がにわかに活気づいた。
『りんりんどー:京子さんは幽世でおいろけもふもふ決定戦で一位獲得してましたもんね』
『オカルト博士:男装の麗人も何も、元々からして男です』
『見習いアトラ:こんなだから女の子説を提唱されてまうねんで』
『トリニキ:六花ちゃんにしろ京子ちゃんにしろ女性ホルモンが増えてるんじゃないの(凡推理)』
『だいてんぐ:健康診断のついでにその辺も確認しましたが、二人とも元気な妖怪男子だったのでご安心ください』
『しろいきゅうび:上司たちも心配していてほんと草』
『隙間女:片手間での調査でしょ(適当)』
「ああっと、またしても六花姐さんの事ばかり話してしまいましたね。ええ、ええ。ちゃんと幽世がどんな所だったかについてもお話しますよ。むしろ今回は、そちらがメインなんですからね」
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