キメラフレイムの謎とき動画特別編:幽世訪問体験記

 ほぼほぼ定期的に配信されていた「キメラフレイムの謎とき動画」は、前回の「お詫びと今後の活動」という簡素な動画を最後に、おおよそ一週間ばかり更新が途絶えていた。週に二回は何のかんのと新しい動画を出していたので、明らかに普段とは異なる状況である。

 ところが八月下旬のある晩。唐突に新しい配信がアップされた。「特別編! 幽世訪問体験記」という文言が豪快なフォントで記されたサムネイルは、見る者の興味を大いにそそった。

 幽世が異世界である事、異質な世界と不思議な神使たちが住まう地である事を、この動画の視聴者は知っているからだ。

 そして今日も、二体のアバターが姿を現す。異形の黒いレッサーパンダのキメラフレイムと、その妹を名乗るアナグマめいた獣のサニーが、視聴者を不思議な世界にいざなうのだ。


「はい皆様こんばんは~『キメラフレイムの謎とき動画』の時間がやってまいりました~」


『MIKU♡:一コメゲット♡ \800』

『ユッキー☆:MIKUさん早い、早すぎる……』

『きゅうび:キメラ君ウッキウキやな』

『月白五尾:謹慎明け祝い \1000』


「配信動画の方ではお久しぶりですね。はい、ご存じの方も多いかと思いますが、個人的にちょっとやらかしてしまって、それでスポンサーから活動停止を言い渡されていたんです……」

「その間に、私も兄さんも勉強したり、3DプリンターでDIYをやったりして過ごしていたんだけど、おと……じゃなくてスポンサー方から私たちが真面目にやってるって見做してくれて、活動停止期間を少し短縮してくれたんです。本当は、八月いっぱいまで活動停止だったんですけれど」


 余談だがキメラフレイムが言及したスポンサーとは、雷園寺千理の事である。雷園寺家の現当主としての権限を持ち、二人の父に当たる雷獣である。


『絵描きつね:前の配信でコメントくれてたから、結構頻繁に会ってた感じはするかな』

『りんりんどー:キメラさんたちの活動再開を素直に喜ぼうよ』

『よるは:前会った時と特に変わりないみたいで良かった』

『ユッキー☆:ほんそれ』

『トリニキ:サムネのタイトルがめっちゃ気になる』


「皆さん僕たちのために集まってくれて、本当に嬉しいです……」


 鱗で覆われた両前足の先を口許に持って行き、キメラニキは小刻みに震えていた。その震えは感動による震えである。

 配信を一時中断する時、もしかしたら視聴者が減るかもしれないと思っていた。それは杞憂だった。それどころか、コメントを投げる面々はいつもよりも増えている。「MIKU♡」「テンテン」「イッチ」「モルカ」などと言った新規の視聴者も目立つのが今回の特徴だろうか。もしかしたら、今までコメントを入れずに無言で視聴していたのかもしれないが。


「それじゃあ兄さん、そろそろ本題に入りましょ」

「せやな……さて今日は、僕たちが幽世に突撃訪問した時のお話をしたいと思います。そうです! 幽世って絵描きつねさんたちがお住まいになっている幽世ですね!

 ちなみに今回の動画は案件動画ではありませんが、お話の都合上、幽世での映像を幾つか使用している事を前もってお伝えいたしますね」

「幽世の映像の使用を快諾して下さった、常闇之神社広報部部長・夢咲ラヰカ様、本当にありがとうございます!」


『絵描きつね:君らも俺の弟分・妹分やからな』

『オカルト博士:ちゃんと許諾貰ってる所がすこ』

『しろいきゅうび:幽世を知ってもらう絶好のチャンスだし』

『トリニキ:言うてキメラニキの視聴者ってラヰカニキの視聴者でもある希ガス』

『よるは:幽世の危険性とかにも注目してほしいなって思う訳なの』

『隙間女:まぁ幽世って割と良い所だと思うんですけどね。皆さん親切ですし、美味しい物も一杯ありますし』

『ユッキー☆:隙間女ネキの言う美味しい物とは(哲学)』

『だいてんぐ:彼女は普通の食事も口にするから、ね?』


「そうですね……まずはどのような方法で幽世にアクセスする事が出来たのか、その事についてお話します」

「良い子だろうと悪い子だろうと、視聴者の皆様は真似しないでくださいね。真似した場合の責任は当局では負いませんので」


『見習いアトラ:幽世にアクセスって単語がじわじわ来る』

『テンテン:雷獣って電気関係の職に就く個体が多いからね』

『トリニキ:臨死体験でもやったのかな?』

『ネッコマター:詳しくは二人の説明をどうぞ』


 キメラフレイムたちの背後に映像が浮き上がる。二つのパソコンと、その間にレッサーパンダのような動物が空を飛ぶ(?)という何とも可愛らしいイラストである。


「実を言いますと、僕たちは幽世に向かおうと意図していたわけでは無いのです。僕は単に、パソコンからパソコンを介して移動できるかどうか、そんな実験を行っておりました」


『見習いアトラ:パソコンを介して移動???』

『トリニキ:どうしたんだキメラニキ(真顔)』

『きゅうび:これはマネできる視聴者は少ないでしょ』

『隙間女:やろうと思えばできます』

『MIKU♡:私も出来ますけどぉ、一度やったら電子データが軒並み吹っ飛んだんで上司にめちゃくちゃ怒られたんですぅ』

『月白五尾:きゅうび君の発言の直後に出来る発言があってほんと草』

『ユッキー☆:そもそもなんでパソコンを使った移動を考えたの?』


「良い質問ですね、ユッキー☆さん」


 某テレビの解説者ばりの台詞を吐きつつキメラフレイムは応じる。眼鏡は掛けていないので、眉間の辺りを撫でる仕草がアバターで行われる。


「と言っても深い意味は無いんですけどね。ただ、幽世にお住いのサンダーさんが雷にその身を変える事が出来るって聞いたりですとか、後は呪いのビデオのアレとか電子生命体のアレとかを見ているうちに、僕もいけるかなって思った次第なんです」


『モルカ:そのりくつはおかしい(素)』

『テンテン:思い付きで突飛な行動は雷獣あるある。弟もそうだった』

『だいてんぐ:突飛な行動(自家用車で敵組織への特攻)』

『MIKU♡:こっちにダメージが来た!』

『サンダー:男は腕っぷしって言うし多少はね?』

『絵描きつね:パソコンを経由して六花ちゃんの所に向かおうと思ってたの?』


「はい。ラヰカさんの言う通り、です」


『トリニキ:やっぱりな♂』

『りんりんどー:予測回避不可避』

『ユッキー☆:間違ってだいてんぐニキの部屋に入り込んだらだぞ(震え声)』

『だいてんぐ:僕の何が危ないと言うんです?』

『きゅうび:ユッキー☆君さぁ……あとは知らんぞ』


「ま、まぁもちろん最初は机上の空論かもしれないって思っていましたし、僕も出来るかどうか不安はあったんです。だけど、叔父さんの一人が仕事の時に、電気になって電線と電線の間を行き来するって聞いて、それならいけると確信しました」

「叔父さんって言うのは西九郎叔父さんの事です」


『テンテン:西九郎兄さんは配線工だから、パソコンにダイブするのとは大分違うと思うんですがそれは』

『トリニキ:人類には早すぎる(白目)』

『オカルト博士:明らかに真似できないって解ったから良かったんじゃね(適当)』


 このまま進めても大丈夫だろう。そう思った穂村は、指示棒を出して後ろのイラストを指し示した。


「そんな訳で、パソコンからパソコンへの移動のテストを行ってみたんですね。僕だって、流石にテストも無しにぶっつけ本番でやるのは危ないと解っていましたから……それに何より、いかな六花姉さんと言えどもアポなしで向かうのは良くないと思ったので」

「ともかく、兄さんはパソコンAから入ってパソコンBから飛び出すという実験を行う予定だったの」


『トリニキ:きちんと前段階を踏んでテストを行うのはえらい』

『ユッキー☆:なお現状は幽世に飛ばされた模様』

『MIKU♡:キメラ君って案外大胆でびっくり』

『しろいきゅうび:君がそこで驚くんか』

『テンテン:ブーメラン発言なんだよなぁ……』

『隠神刑部:それで幽世に流れ着いたって事でFA?』

『オカルト博士:FAとか懐かしすぎるンゴ』


 とりあえず紆余曲折はあったものの、幽世に流れ着いたところまで話は進んだ。キメラフレイムとサニーは互いに頷き合いながら、その事を確認していた。


「実を言えば、パソコンに入り込んだ後の事は僕もサニーもよく覚えていないんです。幽世に流れ着く前に気を失ってしまいましたので」

「なので、ここから先のお話は、現場に居合わせたユッキー☆さんたちや、幽世の皆様の証言も参考にしつつお伝えしますね」


『月白五尾:パソコンに入り込むってパワーワードやな』

『オカルト博士:キメラニキ電子生命体説』

『隙間女:川遊びしていたら流されたみたいなものですね』

『りんりんどー:隙間女ネキの解説が的確で助かる』

『見習いアトラ:幽世へアクセス(物理)ってこれもうサイバーテロやろ』


 幽世に出向く方法だけでも盛り上がったものの、ここまではまだ序盤である。

 何せ、穂村たちが目を覚まし、幽世に流れ着いたと知った後の方が、色々な出来事が目白押しだったのだから。穂村個人としては、若干気恥ずかしい所もあるにはある。だが押し隠さずに話すつもりだ。サニーもといミハルが目ざとく話すように誘導するであろうし、何より視聴者たちが話を楽しみにしているのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る