くねくね討伐・ワンサイドゲーム:中編

 隙間女:都市伝説の一つ。文字通り家具や壁の隙間に潜み、住人をこっそり見つめる女妖怪であるとされている。ただ見つめるだけで無害であるという伝承のほか、目が合うと発狂する・異世界に連行されるという不気味な伝承もある。

 インターネット上で取り上げられる事が多いものの、隙間女に似た話は江戸時代の書籍に残っており、ある意味歴史のある怪異とも言えるだろう。


 サカイ先輩と双睛鳥は既にくねくねが登場するという田んぼの畦道に控えていた。田園が幾つも広がる典型的な山里であったが、二人は既にくねくねが登場する田んぼがここであると特定していたようだ。地元住民から聞き出したのか、或いは能力によるものなのかは定かではないが。


「みんな、来てくれたんだね!」


 ひらひらと手を振って声を上げたのはサカイ先輩だった。元々は内気で他妖とさほど関わろうとしない節があったというが、ここ最近は先輩として、源吾郎たちに面倒見の良い一面を見せてくれる事もままあった。

 もっとも、それも上司たる萩尾丸の思惑による部分もあるのだが。多くの妖材を育ててきた萩尾丸は、将来性のある妖怪に対しては期待をかけ、その能力を伸ばし活用するように仕向ける。源吾郎や雪羽のみならず、サカイ先輩もまた有望株と見做されていたのだ。

 源吾郎たちが挨拶する中で、双睛鳥が偏光眼鏡を輝かせながら微笑む。


「僕とサカイさんの方で下準備は終わっているからね。雷園寺君たちも、見学の準備は心置きなくやって大丈夫だよ」

「あはっ、さっすが双睛の兄さん。用意が良いっすね」


 双睛鳥の言葉に、雪羽は嬉しそうな声を上げる。大陸風の名前に反し、双睛鳥はコカトリスの血を引く西洋の魔族であるという。偏光眼鏡の向こうにある両眼には、相手の精神に干渉し、暗示をかける魔力が宿っている。元来コカトリスの瞳に宿る邪眼は、相手を死に至らしめる猛毒のような物であるのだが、生き延びるための進化の一環で、こうした弱体化が起きたのだという。

 ともあれ広範囲に暗示をかけてくれているのは有難い事だった。源吾郎も認識阻害の術はある程度心得ている。しかし双睛鳥のそれの方が自分の術よりも上回っている事は明らかだ。更に言えば双睛鳥は毒や呪詛への耐性もかなり高い。サカイ先輩が討伐に失敗した時のオブザーバーとしての役目も担っていたのだ。


「どうする雷園寺君。この辺りで準備しようか?」

「そうしよっか」


 普段よりも軽いノリで応じる雪羽を見やりながら、源吾郎は手にしていた荷物をそっと畦道の上に置いた。源吾郎が行うのは見学席の準備であり、雪羽が行うのは機材の準備である。

 まず源吾郎とホップでレジャーシートを敷き、風で飛ばされないように四隅に石を置いた。その上に、玲香は折り畳み式の椅子を広げ、二つ三つ置いてくれた。

 そうした下準備が終わったのを見届けると、源吾郎は玲香たちから少し離れて護符を取り出した。その護符に念とイメージを伝えると、即座にキャンプ用パラソルに変化した。妖術で一時的に作り出したものなので本物よりもうんと軽い。維持している時間は四十分程度であるが、源吾郎が傍にいれば特に支えなくとも倒れたりはしないだろう。

 シートが影に覆われる角度を確認し、源吾郎はパラソルを地面に縫い留めた。と言ってもポールをシートの端にそっと乗せただけである。妖術で作ったものであるからこその使い方だった。

 源吾郎が立てたパラソルを、雪羽とホップは興味津々といった様子で見上げていた。


「おーっ。先輩の変化術は何百回・何千回と見てるけれど、いつ見ても凄いよなぁ。しかもガチ攻撃方面じゃなくて、こういう裏方的な方が芸が細かいのがほんと凄いし不思議だと思う」

「流石に何千回は言い過ぎだろうに」

「島崎さん、なんか涼しくなってきたよ」

「ホップ、あのパラソルはな、地面に向かって弱い風が流れてくるように調整しているんだよ。本当は温度を下げる術とかにしたかったんだけど、俺の術じゃあそこまで出来なくって」


 その代わりに氷とかアイスとか冷たい飲み物を用意しているから問題はないか。隅に置かれたクーラーボックスを見ながら源吾郎はそう思い直した。

 視線を戻すと、雪羽はさも驚いた様子でゆっくりと息を吐き出している。


「そこまで出来ないって、そもそも風とか滞留させる術も付加してるって時点で凄いと思うけどなぁ……いやまぁ、先輩のそう言う術へのこだわりは俺も良く知ってるけれど」


 三人のやり取りを静かに聞いていた玲香が、微笑みながら口を開いた。


「雷園寺君。私も島崎君の変化術は凄いなって素直に思うの。元々得意分野って事もあるけれど、そこからずっと調べたりしてアップデートしてるもの……

 今回のパラソルだって、現物がどんな感じなのか、ちゃんとホームセンターで見学して確認してたんだし」

「確認て……パラソルは買わんかったんかい」

「年に何回かしか使わんものを買うって言うのも勿体ないやん。そこのホームセンターでは何も買わずに見学しただけじゃあないから別に良いかなって思うんだけどな。

 というか雷園寺。すぐに買うとかそんな話が出る所は、やっぱり金持ちのボンだと思うよ」


 玲香の言葉に触発されて雪羽がツッコミを入れ、それに源吾郎がツッコミの応酬を行う。そのやり取りは実に和やかな物だった。


「これでよし、と……おい穂村、こっちは見えるか、聞こえるか?」

『ばっちりだよ、兄さん』

「おっしゃ、それは良かったぜ」


 雪羽もまた、持参した機材のセッティングが終了したらしい。モニター代わりのタブレットの画面をのぞき込み、満足げに微笑んでいる。

 モニターに映し出されているのは、雷園寺家の一室であった。明るく今風のデザインの和室の中に、妖怪たちが集まっているのが映し出されている。その数はおよそ十名を超えているであろうか。ほとんどが雷獣の少年少女であるが、中には大人の雷獣がいたり、少年少女だが化け狸や妖狐と言った異なる種族の者もいた。

雪羽は先程画面越しに穂村に呼びかけていたのだが、この集まりの中に穂村とミハルがいるのは言うまでもない。画面の向こうでは、穂村やミハルなどと言った弟妹達と、彼らの親戚である雷獣の若者や世話係である妖怪が集結し、くねくねが討伐されるのを今か今かと待ち構えていたのだ。

 先日のやらかしで、穂村とミハルはサカイ先輩の行うくねくね討伐を直接見に行く事は出来なくなってしまった。その代わりに、雪羽が機材を持って行って生中継し、その映像を穂村のいる屋敷に届ける事と相成ったのである。

 雪羽がセッティングしていた機材とは、生中継の為のマイクやカメラ、そして向こうの様子を確認するタブレットだったのである。

 なお、くねくねは映像にすると危険であるとも言われているのだが、そこは双睛鳥の能力によって怪しい部分にはボカシが入るようになっているので安全である。


「穂村君たちも元気そうだね、雷園寺君」

「おう。穂村もミハルも謹慎処分を受けちまったが……まぁ楽しく過ごしてるんだってさ。兄ちゃんとしては一安心だぜ」


 謹慎処分なのに楽しいってどういう事だろうか。源吾郎は少し気になったが、雪羽が幸せそうに微笑んでいるので気にしない事にした。


「それはそうと雷園寺君。なし崩し的にこういう形になっちゃったけれど、それはそれで良かったんじゃないかって俺は思うんだ。穂村君とミハルちゃんは、一緒に傍で見たかったって思ってるかもしれないけどね」

「それは俺も同じ意見さ」


 源吾郎の言葉に、雪羽はあっさりと頷いて同意した。


「確かに謹慎処分を受けて、八月いっぱいまで外出制限を設けられた穂村とミハルはちと可哀想だと思うよ。だけど、あの二人も危ない事をしたって言うんで反省しないといけないってお兄ちゃん的には思うし、やっぱり可愛い弟妹が危ない目に遭うのは嫌だからさ」


 先だって穂村たちが仕出かした事を、源吾郎も思い出していた。パソコンとパソコンの間を移動しようとして電脳の海に投げ出され、何の因果か異世界に流れ着いたのだ。漂着先が安全な場所であったから事なきを得たものの、そうでない所に流れ着いたのであれば、穂村たちは危険な目に遭っていたかもしれない。そんな事を思い、源吾郎は身を震わせた。

 例えば、人間の使っていたコンピューターから、穂村とミハルが飛び出したとしよう。多くの人間は驚いて腰を抜かすかもしれないが、それだけならばまだ良い。驚いて発作を起こしたり、ショック死でもされたりしたら大事だ。穂村たちは人間を驚かせ、生命を奪った悪妖怪であると当局から判断される恐れもあるのだ。

 或いは、流れ着いた先に待ち構えていたのが邪悪な人間だったとしたら。穂村たちを人間ではないと見抜いたうえで、利用しようとしたら……それこそ最悪の事態が訪れると言っても良いだろう。

 ましてや、雷園寺家では次期当主候補である時雨とその妹が犯罪者集団に拉致され、殺されかけた事件が過去に発生している。雷園寺家の雷獣たち、そして雪羽が今回の穂村の騒動を重く見るのはそのためであろう。

 それにさ。雪羽は微妙な笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「実を言えば、穂村とミハルだけ連れて行くのはえこひいきになるんじゃあないかなって思ってたりしていたんだよ。

 だけど、屋敷にいる皆に映像を送るんだったらさ、見たいやつはこうして一緒に見れる訳だから、えこひいきとかにならないでしょ。

 ほら、穂村とミハルだけじゃなくて、開成とか時雨もいるだろう? 深雪ちゃんとか銀雨君だって……差し入れにって思ってたアイスも向こうに行き届いて、皆楽しめるしさ。そう言う意味でもこのやり方は良かったんだよ」


 雷園寺君はやっぱりお兄ちゃんなんだなぁ。満足げなのに何処か寂しげな雪羽の顔を見ながら、源吾郎は思わず呟いていたのだった。

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