異世界狐交流譚――お狐様の誕生日祝いを添えて――その④

 挨拶も手土産の準備も終わり、居間に集まっていた神使たちはてんでバラバラになりつつあった。既に南極アイスも皆に配られており(残りは冷凍庫にしまってくれたようだ)、皆味わう事に専念し始めたのだ。幽世の面々は食べる事が大好きであると配信でも聞き及んでいたし。

 源吾郎は伊予から貰ったアイスを片手に、部屋の隅の方に移動していた。ミルク味のシンプルな物であるが、美味しい事には変わりはない。

 ちなみにサカイ先輩は夜葉や柊などと言った年長の神使たちと話し込んでおり、雪羽に至っては変化を解いて桜花や菘とどったんばったん大はしゃぎをしている。源吾郎も客妖きゃくじんとして神使たちの輪に入ればよかったし入るべきだったのだろう。だが今はそんな気分ではなかった。

 ずっと不愛想な態度を取る訳ではない。せめてアイスを食べ終わるまでは一人で落ち着いて考え事をしたい気分だった。


「大丈夫ですか、源吾郎さん」

「竜胆君」


 アイスを舐め始めていたまさにその時、源吾郎の許に竜胆が静かに近づいてきていた。その手に持つのはあずき味のアイスである。何がどうという訳じゃないけど彼らしいな。そんな風に思っていると、竜胆はごく自然な様子で源吾郎の隣に座っていた。

 俺、いや僕は大丈夫。そう言おうとする前に、竜胆の口から謝罪の言葉が漏れていた。


「妹の菘があんなことを言ったから、源吾郎さんも気にされているんですよね。すみません」

「良いんだ、良いんだよ竜胆君」


 生真面目そうな竜胆の謝罪に、源吾郎は笑みを作って首を振った。


「別に俺、菘ちゃんに対して思う所なんて何もないからさ。むしろ俺自身の心がけと言動が引き起こしただけの事なんだよ。俺もちょっとカッコつけて嘘なんか言っちゃったし、そもそも雷園寺とか姉上がいる前なのに、油断して彼女とじゃれ合ってたからさ」


 そこまで言ってから、源吾郎は首を巡らせてどたばたやっている辺りに視線を向けた。その中心にいるのは、三匹の銀色の毛並みを持つ幼獣たちだ。光の加減で黄金色や水色に輝く三尾が雪羽であり、耳や尻尾の先端が紫に染まっている、月白の毛並みは菘と桜花であろう。

 尻尾をくねらせて伏せている雪羽の両脇に、狐姿の菘と桜花が突っ込み、したり甘噛みしたりしている。転がりながら奇妙な声を上げる雪羽であるが、大喜びである事はその顔や目つきを見れば明らかだった。


「あの写真を仕込んだのは雷園寺の仕業だろうね。だけどああして菘ちゃんと桜花君と幸せそうにじゃれ合ってるのを見たらまぁ良いかなって思ったんだ」


 雪羽に対するほんのりとした怒りの念は、源吾郎の心の中から霧散していた。幼い桜花と対面し、自身の弟妹達と重ね合わせて遊ぶのが楽しくて仕方ないのだろう。自身も子供のように無邪気にはしゃぐ姿を見ていると、源吾郎も毒気が抜けるような思いだった。


「源吾郎君ってば、やっぱり優しいんだなぁ」

「雷園寺は桜花や菘と遊んでいる最中だけど、源吾郎君はそんな隅っこにいたのか。すきま女だというサカイさんだって、部屋の真ん中で話し込んでいたのにな!」


 源吾郎たちの傍に妖狐と雷獣の二人組が歩み寄ってきて、源吾郎の隣やすぐ傍に腰を下ろす。妖狐はこの度の誕生日祝い(と言っても何日も過ぎてしまっているが)の主賓であるラヰカだ。一方の雷獣は、狼めいた特徴を色濃く残す大瀧蓮である。

 源吾郎は二人の姿を認めると頬を緩ませて微笑んだ。二人の事は兄貴分のように慕っていたためである。実を言えば、大瀧連に対しては少し前まで恐ろしそうなひとだと思って若干の苦手意識を持っていた節はあった。しかし、前回幽世を訪れた時に開催された「おいろけもふもふ決定戦」を経て少し打ち解ける事が出来たと源吾郎は思っていた。何せ蓮は美女変化に乗り気だったのだから。

 そんな事を思っている間にも、ラヰカは雪羽たちを一瞥してから言葉を続ける。


「うちのお狐連中は女も男も獰猛だからさぁ、俺が悪戯した日にゃあどつかれたりする事も珍しくないんだけどな。源吾郎君は……」

「兄さんは姉さんに殴られたぐらいじゃあ気を失う事もないじゃん。というか兄さんは悪戯ばっかりするんだからさ」

「悪戯したって言う事でどつかれるなんて……」


 思っていた事をついつい口にしてしまった事に気付き、源吾郎はハッとして口許に手を当てた。ラヰカと竜胆のやり取りに対して口を挟んだ形になったため、もちろんラヰカたちの視線を受けている。

 源吾郎はだから、自分の発言に対して説明する事にした。


「すみませんラヰカさん。ええと、僕には悪戯の応酬で相手をどついたりするって事をそもそもので、少し驚いてしまいました」


 それから窺うような眼差しをラヰカに送り、源吾郎は言い添える。


「何というか僕、やっぱりノリが悪いというか真面目過ぎるって思われましたよね。ラヰカさんは不死身なので、多少どつかれた位ならまぁ平気だという事は存じてはいるのですが」


 源吾郎がそこまで言ったあたりで、ラヰカが唐突に噴き出した。何か面白い事を俺は言ったのだろうか。そんな風に思っていると、ラヰカのリアクションが徐々に穏やかなものになり、説明が入った。


「あはははっ。俺は大丈夫だ源吾郎君。別に気にしてないからさ。でもやっぱ真面目だし、優しい良い子だなって今一度思ったよ。本当に、妖狐でも大分違うんだな」

「源吾郎さんの真面目な所は僕も好きですよ。というか兄さんもちょっと見習ってほしいと思うんだよね。九尾繋がりだし」


 妖狐であるラヰカと竜胆の言葉は源吾郎に対して好意的な物だった。源吾郎はその事を嬉しく思い、しかし直後に蓮が鋭い眼差しでおのれを観察している事に気付く。僅かに表情を引き締めた源吾郎であるが、その代わりと言わんばかりに蓮は表情を綻ばせた。


「そうだな。二人と違って俺は源吾郎君と話す機会は少ないが、そいつがどういう性格でどういう考えの持ち主かは仕草を見たら判るんだよ。ラヰカと竜胆の言う通り、源吾郎君は真面目なやつだろうさ。菘にも懐かれているし。

――それにに恵まれたようにも思える。家族を大切にしろよ」

「は、い……」


 さり気なさを装って付け加えられた蓮の最後の一文は、源吾郎に重みを伴って迫ってきた。親兄姉が善良な人々である事はうっすらと解っている。実の父以上に父親らしく振舞っていた長兄が、思惑はあれど源吾郎の事を思って接してくれていた事も今ならば解る。

 ついでに言えば、この事を指摘したのがラヰカや竜胆ではなくて蓮であった事も大きかった。今は竜胆たちの存在で半ば克服してはいるが、元々蓮は子供嫌いだったという。その原因が彼女の姉を襲った悲惨な事件――この事は奇しくも源吾郎たちも聞かされてしまったのだが、詳細は大瀧姉弟の名誉のために伏せておこう――によるものなのだ。

 もしかしたら、自分も雪羽もそうした連中と同一視され、忌み嫌われるのではないか。口にはしなかったが源吾郎の心中にはそうした懸念があるにはあった。もっとも、半妖であり二十代半ばにさしかかる源吾郎が、未だに子供と呼べるかという問題もあるだろう。それでも若造と呼ばれる年齢に過ぎない事には変わりはないが。


「そうですね大瀧さん。お盆は過ぎちゃいましたけれど、休みを見つけて実家に顔は出す予定です。二番目の兄は結婚するみたいですし、僕もそろそろ身を固めたい所なので」

「おおっ、やっぱり源吾郎君も米田さんと結婚するんだな。おめでとう。竜胆。そんな訳だから結婚生活のあれこれは教えてやれよな」


 ラヰカに肩を叩かれた竜胆は、一瞬だけ困ったような表情を見せた。だがすぐに笑みを作り、源吾郎に向き直る。


「そう言えば源吾郎さんは彼女さんとの事で相談なさってましたもんね。でも結婚するって事は上手くいってるんですね。良かったです」

「あは……まぁ言うて結婚するって事が決まっただけで、すぐに結婚って訳じゃあないけどね。兄上の方は本決まりだけど」


 小声で言い添えて、源吾郎は二番目の兄・誠二郎の事を思っていた。源吾郎よりも九歳上であり、兄姉たちの中では最も人間らしい、玉藻御前の血の影響が極端に薄い兄だった。結婚相手はもちろんというべきか人間の女性であり、詳細は知らぬが街コン等で知り合ったとの事。

 実の所源吾郎が玲香との結婚に前向きになっているのは、先んじて兄が結婚する事を知ったからに他ならない。その兄とは十歳近く年齢差がある事は度外視していた。


「米田さんだったよな。あやかし学園では確か教師役で登場してたっけ」

「そうそう。しかもそれで京子ちゃんが片想いしてるって設定だったよな。その辺は中のひともその通りだから、迫真の演技だと思いながら見てたわ」


 片想いじゃなくて一応両想いなんだけどなぁ。源吾郎がそんな事を思っていると、ラヰカは少し考えこみ、問いかけた。


「そう言えば源吾郎君。こっちには米田さんは連れてこなかったんだね」


 唐突なラヰカの言葉であったが、源吾郎は即座に頷いていた。その理由について語ろうとしたまさにその時、源吾郎の背後から声が上がった。


「米田の姐さんを連れて行くのはと萩尾丸さんたちは判断なさりましたのでね。なのでいつもの三人でやって来たんです」


 声の主は雪羽だった。傍らにいる菘と共に既に人型に戻っている。彼としてはカッコよく登場したつもりなのだろうが、アイスを手にしているので何とも締まりがない。しかもちゃっかりミックスジュース味のリッチなやつだ。

 さも当然のように隣に腰を下ろそうとしたので、源吾郎は身体をずらして場所を作ってやった。雪羽はニヤニヤと笑いながら言葉を続ける。


「厳密に言えば米田の姐さん自体は幽世に出向いてもらしいんです。経歴とか実戦経験の事を思えば、俺らなんぞよりも闘いやガチの殺し合いには慣れていますからね。

 ただ――島崎先輩って姐さんの前ではになっちゃうんで、そうなったら危ないって話なんですよ」


 事もなげに言ってのける雪羽に対し、源吾郎は恨めしそうな視線を向けた。確かにその辺りは萩尾丸からアナウンスはあったしその通りだとは思っている。だがラヰカたちも妙に納得している素振りを見せているので、気恥ずかしさは倍増した。

 じっとりとした視線を向けたまま、源吾郎は思った事を雪羽にぶつけた。


「愛する女性ひとに良い所を見せたいって思うのは漢の心情という物だって雷園寺には解らんのかい? まぁ君は、恋愛よりも弟や妹の様子が気になるだから解らないか」


 痛い所を突かれた、とでも言いたげな雪羽に対し、源吾郎はにたりと笑いながら言葉を続ける。


「それにだ雷園寺君。よく考えてみなよ。もし穂村君やミハルさんをこの幽世に連れてきていたとして、穂村君たちが悪いやつに狙われるような羽目になったら、君はきっと後先考えずに闘うはずだ。そうだろう?」

「よく考えるも何も、穂村たちを護るために俺が動くのはだろ!」


 愚問だ、と言わんばかりに雪羽は鼻を鳴らした。


「弟妹達の為だったらな、俺は俺のチンケな生命を投げ出す事だって惜しくないんだよ!」


 解ったよ。自ら焚きつけた源吾郎ではあるが、雪羽がヒートアップしてきたのを見、慌ててなだめ始めた。


「その言葉が本心からの言葉だって事は俺もよーく知ってるよ。というか実際に、時雨君が攫われた時だって頑張ってあの子の生命を助けたんだからさ。

 そうだよ。俺たちは大切な相手を前にしたら、そこでいつも以上にいきんでしまう事には変わりないんだよ。似たような物さ。いや、そんな事を言ったら雷園寺君に失礼だよな。俺はあくまでも俺が良い所を見せようと思って張り切っちゃうだけに過ぎないけれど、雷園寺君は弟妹達の為に動く事が出来るんだからさ」


 源吾郎がそこまで言うと、雪羽の表情にいくらか穏やかさが戻った。長広舌を振るった源吾郎の言葉は全て事実だった。弟妹の危機に対し、雪羽が生命を懸ける事すら厭わないのを源吾郎は知っている。実際に、時雨が拉致され殺されかけた時だって、その一念で異母弟妹を助け出したではないか。

 他者の為に命懸けになれる精神と、弟妹を愛する苛烈な情念。雪羽が抱くこれらの物に、源吾郎は畏敬の念を覚えていた。源吾郎には持ち合わせていない物だからだ。

 雪羽君に源吾郎君。二人の興奮が収まった所で、ラヰカがそっと声を掛けてきた。


「前も話した通り、幽世に来訪できるひとたちの力量についてはこっちでもレベルを設けているからさ。その基準で言ったら、雪羽君の弟妹達にはちと危険すぎると俺も思っているんだ。現時点ではね。だから安心するんだ雪羽君。キメラ君たちが望んだとしても俺たちはあの子たちを幽世に招いたりしないし、だから幽世で危険な目に遭う事もまず起こり得ないからさ」


 それなら良かったです。放たれた雪羽の言葉が、心からの物であるのを源吾郎は感じていた。

 神使たちの愉快な振る舞いとは裏腹に、幽世が一般妖怪にとっても危険な土地である事は先に述べたとおりである。

 源吾郎は雪羽やサカイ先輩と共に気軽に幽世に出向いているきらいがあるが、実の所幽世への遣いとして最適なのがこの三人組であると、他ならぬ萩尾丸も考えているらしい。

 危険な幽世でもある程度の自衛が可能。異質な幽世に対するネガティヴな感情が少ない。そして幽世にて悪心を抱く可能性が少なく、萩尾丸が御しやすい。源吾郎たち三人は、これらの条件を余すところなく満たしていたのだ。

 大妖怪であり、多くの配下を持つ萩尾丸であるから、その配下の中には大妖怪クラスの者も存在している。しかし彼らは妖力と共に経験も積んでおり、そのためか幽世の事を強く警戒していたのだ(もっとも、萩尾丸自身も幽世に対して警戒心を抱いているようだが)そうでなくとも幽世への影響を考慮すれば、無闇に強すぎる妖怪を送り込むのは危険であるらしい。

 そして負の感情で魍魎が誕生するという幽世においては、幽世に対して恐怖心や疑念を抱く者を送り込むのは悪手である。遣いに出された妖怪も気の毒であるが、何より彼らから魍魎が発生しかねないからだ。

 さらに、自衛力も幽世を恐れぬ豪胆さを持ち合わせていたとしても、萩尾丸を出し抜いたり幽世に出向く事を利用して悪事を企む可能性のある輩を遣いに出すのはもってのほかだった。幽世の敵は魍魎だけではない。影法師という呪術者の集団も幽世の敵だ。時空を歪ませるだの世界を崩壊させる事が目的だのと言われている事を思えば、魍魎よりも厄介な存在かもしれない。

 幽世の地に降り立った際に邪念を抱く。それだけでも不穏極まりないのだが、影法師などと接触して仲間に取り込まれたとあらば目も当てられない事態である。もしかしたら影法師と化した遣いを神使が抹殺する事だけで終わるかもしれない。しかし使いとして送り出した萩尾丸は責任を追及される可能性もあるのだ。


 幽世来訪の条件と、サカイ先輩・源吾郎・雪羽の三名を照らし合わせるとどうなるであろうか?

 三人とも中級妖怪の枠に収まり、幽世の基準では源吾郎と雪羽が一等級相当、サカイ先輩がその上の上等級相当であるという。より上位の特等級や準特等級が揃う神使に較べればものの、術者としての強さは問題ないとの事であった。何しろ市井の術者や退魔師であっても、一等級や二等級で頭打ちになるのだから。

 また、源吾郎たちはラヰカの配信を楽しんでおり、動画を通じて幽世の状況や面白い部分を知識として具えていた。無論幽世に対する負の感情は薄いと言って良いだろう。何となればサカイ先輩などは、幽世の方がむしろ生き生きしている気さえするくらいなのだ。

 そして最後に――これが最も重要なのだが――源吾郎たちは萩尾丸を裏切る可能性が極めて低く、また魍魎に取り憑かれたり影法師などに寝返るリスクも低いと判断されていたのだ。或いは考えたくはないが、最悪の事態になったとしても、萩尾丸が自ら手を下せるレベルの存在でもあるのだ。

 また、サカイ先輩・源吾郎・雪羽の三人組も、幽世来訪には丁度良いのだという。三人とも仕事の仲間という事で連帯感や信頼関係が構築されている訳であるし、誰かが(というよりも源吾郎か雪羽の二人になるのだが)無闇に暴走する事を防ぐ事が出来る訳である。

 これが、他のメンバーであればこうはならないだろう。米田玲香が同行するとなると源吾郎が虎の尾を踏むような羽目になりかねないし、雪羽の弟妹を連れて行った日には、雪羽が暴走する恐れがあるのだ。

 源吾郎と雪羽が互いに仲が良いのは事実ではある。しかし魍魎襲撃などの緊急時に、どちらかが相手を助けようと躍起になる事はまずない。既に互いの力量を知っており、各々闘う事に専念できると信頼しているためだ。

 もちろん、念には念を入れて目付け役兼護衛としてサカイ先輩も同行する形となる訳であるが。

 余談であるが、雪羽の弟妹である穂村やミハル、人間である鳥園寺さんや賀茂さんたちは、幽世来訪は危険すぎるので不可と当局で判断されていた。

 源吾郎の姉である双葉も、彼らと同じような理由で幽世への来訪は不可と見做されているのだが、そもそも彼女は幽世の危険性を把握しており、(配信の際に送るコメントとは裏腹に)実際に出向こうと思っていないらしい。何となれば末弟や雪羽の身を案じている節さえあるくらいだった。


「何と言いますか、僕たちはラヰカさんの所に遊びに行くのが楽しいなぁって無邪気に思っているだけなんですけれど、萩尾丸先輩は色々と考えてらっしゃるみたいなんですよね」


 ラヰカたちに対してそんな事を告げた源吾郎は、傍らに置いていたクーラーボックスを開き、雪羽に冷やしたおしぼりを手渡した。幼狐二人とじゃれ合い、源吾郎との話題でヒートアップしていた雪羽の頬は赤く火照っていたためだ。


「はい、冷しぼ。ここの部屋は涼しいけれど、何か暑そうだったからさ」

「ん。ありがと先輩。本当に、先輩ってばこういう所は気が利くから好・き♡」

「何かさっきのワードを聞いてたら鳥肌が立ってきたぞおい。というかオッサンみたいなおしぼりの使い方だなぁ。折角のイケメンなのに言動が残念過ぎるんだよ」

「しれっと言動について言及するとか、あやかし学園じゃあないのに風紀委員ムーブですかね島崎先輩。てか、先輩って本当は風紀委員になった事ってないんでしょ?」


 まぁ文化委員とか図書委員だったわな。過去の事を思い出しながら話していると、雪羽はようやく涼み終わったらしい。おしぼりを手に取ると、顔を拭っていた面を内側にするようにゆっくりと畳み始めていた。その所作は折り目正しく美しく、確かに貴族の子弟といった風情だった。


「そのクーラーボックスの中って、アイスだけじゃなかったんですね」


 そうだね。興味深そうな竜胆の言葉に、源吾郎は即座に頷いた。


「下に氷と保冷剤を詰めて冷やしていたんだけど、アイスだけだったらちょっとスペースが余ったから、おしぼりとか飲み物とかも入れておいたんだ。まぁ、飲み物の方は山囃子さんや氷雨さんが用意して下さったから、こっちの出番は無かったけれど」

「源吾郎さん、用意が良いんですね」

「これでも用心深い性質なんでね。戦闘の時もそうなんだけど、色々と準備しておかないと不安になっちゃうんだ。言うて今回は神社の中だけだし、サカイ先輩と雷園寺君だけだから、そんなに色々用意している訳じゃあないけれど」


 戦闘時の準備や用意。この言葉に、ラヰカや竜胆と言った神使たちが興味を持ったのを源吾郎は肌で感じた。

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