術者活躍記録――違法ゲームセンターの検挙:その6(終)

 虎雨との一騎打ちは未だに決着がつかなかった。むしろ俺の方がおされているくらいだ。雷獣同士で妖力を使わず闘っているのだ。勝敗の決め手はむしろ体力や粘り強さが左右しようとしているのだろう。

 そして残念な事に、そうしたものにおいては虎雨の方が勝っているという事になるのだろうか。二尾の癖に。

 島崎先輩もまた、天狗やイズナイタチの少女たちを相手に苦戦を強いられていた。イズナイタチも三匹から二匹に減っているが、島崎先輩の分身は既にどちらも消滅していた。二体一で相争っているようなものだ。いや、イズナイタチを操る天狗の風間を含めれば三対一ではないか。

 こんな状況下で戦況を打破するのは難しいであろう。現に島崎先輩の顔には既に余裕はない。蒼ざめた顔にはしかし脂汗が浮かんでいる。管狐の子を相手にしているせいか、何処となく狐につままれたような表情さえ見せていた。

 はっははは! 至近距離から虎雨の笑い声が爆ぜた。聴覚の鋭い雷獣にしてみれば、その大音声だって相手を怯ませるのに十分な効果がある。咄嗟に聴覚を遮断してみたが、電流での刺激も強い。声だけではなくて電流も発していたのか。

 そう思った時、俺の横腹に衝撃が走った。ミョルニルではなく虎雨の拳だったのはまだ幸いな事だろう。とはいえ一瞬息が詰まる思いをしたのだけれど。


「最初の威勢は何処に行っちまったんだよ、雪羽お坊ちゃまよう」


 呼吸を整える俺の鼻先をミョルニルが掠める。寸止めだったとはいえ、雷撃を放つ武器を突き付けられた事に俺はひやりとしていた。

 虎雨はそんな俺に対してにたりと笑う。ケダモノらしい残虐さと、いくばくかの憐みの念を浮かべながら。


「あの半妖小僧だってもうボロカスに負けちまってるしさ、おめぇだってもうそろそろ体力の限界だろう? ははは、あんた独りで頑張っても、結果なんぞ見えてるよ」


 虎雨の言葉で周囲の様子に気付き、俺は殴られたような衝撃を覚えた。もう既に天狗共の戦闘は終わっていた。島崎先輩は地面に倒れ伏していた。失神しているのかピクリとも動かない。風間とかいう若天狗の隣には、一匹だけになったイズナイタチが戻っていた。


「まぁでも雪羽。テメェが強いのは十分解った。ただ単に対立して終わりにするのは惜しい位にな」


 そう言うと、虎雨はミョルニルを担ぎ直す。攻撃する素振りは見当たらないが、念には念を入れて俺は様子を窺っていた。相手を油断させておいて奇襲攻撃を放つ。そんな事は全くもって珍しくないからだ。


「親族のよしみだ。あの狐ももう闘えねぇし、そろそろ降参しな。俺だってさ、可愛い従弟をボコボコに打ちのめすのは心が痛む」

「……可愛い従弟って言うよりも、この俺が雷園寺ミシロに似ているからそう思っただけじゃねぇの」


 違いねぇ。俺の言葉に虎雨は大笑いした。雷獣たち、特に雷園寺家に関わりのある連中が、俺の姿に雷園寺ミシロを重ね合わせる事はよく知っていた。虎雨は俺の従兄だ。だから叔母にあたるミシロ母さんについて、色々と思う所があるのかもしれない。俺としては、今となってはどうでも良い事だけれど。


「ははは、それじゃあ雪羽。特別に良い事を教えてやるよ」


 俺を見下ろしながら虎雨が告げる。


「ミョルニルにはな、死んだ者を蘇らせる力もあるんだよ。ははは、雷が豊穣と結びつく事を考えたら、何らおかしな話でも無いんだがな」


 死んだ者を蘇らせる。その言葉は俺の心をがしりと鷲掴みにしていた。縋りつかんとする俺を手で制し、虎雨は続けた。


「ああ、ああ。雪羽。言わなくても解るぜぇ。お前が蘇らせてほしいお相手はさぁ。そうだよ。この俺のミョルニルが、雷園寺ミシロを蘇らせる事も出来るかもしれねぇって事さ。俺だって、あのお方の事は甥として慕っていたんだぜ。

 さぁ雪羽。後は何をすべきか解るだろう」


 母さんを蘇らせる事が出来る――? 俺の身体は震え始めていた。虎雨が何を求めているのかは解っている。それが皆を裏切る事に繋がるであろう事もうっすらと気付いてはいた。

 しかしそれが何だというのだ? そうだ。俺は昔、母さんが戻ってくるのならば何だってすると誓った事があった。それこそ、悪魔や邪神に魂を売り渡すなんて真面目に思った事もあるくらいだ。それに較べれば、従兄の虎雨なんて可愛い物じゃ――


「雷園寺虎雨! 雷獣の癖に言葉を操り従弟を惑わせるとは。この恥知らずが――!」


 決意を固めようとした俺の耳に飛び込んできたのは、虎雨を罵る怒鳴り声だった。奇妙な事にそれは若い女の声だったのだ。

 俺も虎雨も驚いて声のした方を振り仰ぐ。天狗の風間さえもぎょっとした様子で声の主を見つめていた。声の主は、イズナイタチの少女から発せられたものだったのだ。敵を打ち倒し、媚びた表情で風間の許に舞い戻って来ていたはずの彼女が、虎雨を罵倒したのだ。


「な、何を言ってるんだツムジ……」

「あれあれ~? 風間さん。アタシの事がツムジに見えるんですかぁ?」


 戸惑いと疑念に彩られた風間の問いに、ツムジと呼ばれた少女は首をかしげながら問いかける。その顔には小生意気な、イズナイタチの少女たちが醸し出す独特の笑みが浮かんではいたが。

 島崎先輩は相変わらず倒れている。あそこから巻き直すはずはないが……いやまさか。

 その間にも少女はケラケラと笑い出した。


「本物のツムジちゃんなら、あすこで倒れ伏しているじゃあありませんか。ふふふ、彼女はあなたに助けを求めていたんですよ」


 ツムジは、いやツムジに化身しているであろうソレが指し示すのは倒れ伏した島崎先輩だった。口調も先程までとは違う。

 そしてもう既に、ツムジに化身していたソレは化けの皮を剥がしつつあった。イズナイタチの少女から青年の姿に変貌し、二尾がそれぞれ分岐して四尾に戻る。そこにいたのは島崎源吾郎そのものだった。


「き、貴様――!」


 顔を真っ赤にした風間が構え、島崎先輩を迎撃しようとしている。

 だが勝負は一瞬だった。島崎先輩が尻尾を伸ばして風間を絡め取り、そのままがら空きの胴体に護符の類を貼り付けた。たったそれだけの事で、風間はその場に頽れたのだ。もしかしたら妖力を吸い取られたのかもしれない。


「え、まさか、そんな――」


 突然の事に状況が飲み込めず、虎雨はおろおろしている。俺はそんな虎雨に躍りかかった。筋骨隆々で腕力も強かったはずの虎雨は、あえなく俺に取り押さえられ組み伏せられた。だというのに、彼の視線は俺には向けられていない。俺の背後、もっと言えば斜め上に注がれていたのだ。


「あ、何で、何であんたまで来ているんだ……」


 取り押さえた虎雨の姿が縮み、本来の姿に戻っていた。中型のネコ科の獣のような姿だ。もっとも、毛皮は虎柄ではなくて豹やジャガーみたいなまだら模様だけれど。

 戦意喪失した虎雨を取り押さえたまま、俺もゆっくりと振り返った。そこには雷獣の男が、二人の少年を従えて佇立していたのだ。

 彼らの姿に俺も驚いた。何せ男は雷園寺家の現当主であり、少年たちは俺の弟たちだったのだから。厳密に言えば、一人は実弟の開成であり、もう一人は異母弟の時雨だったのだけど。


 島崎君が手土産代わりに悪妖怪たちを引き立てて舞い戻ってきたのは、俺たちが上層階に避難してからおよそ十五分後の事だった。こちらは既に先に摘発した妖怪たちを、然るべき警察組織に引き渡し、それが一段落しそうなところである。


「すまないね島崎君! 助っ人なのに、君らに一番大変な役回りを押し付けてしまいまして」

「そんな、滅相もありませんよ鳥園寺様」


 俺の言葉に対し、島崎君は丁寧な口調でそう言って微笑んだ。言動や所作は相変わらず落ち着いているが、それでも戦闘の激しさまでは隠しきれていない。顔と言わず服と言わず尻尾と言わず所々汚れていたし、尻尾の毛先などは不自然に乱れていた。


「鳥園寺様たちには鳥園寺様たちにしか出来ない事があり、僕たちには僕たちにしか出来ない事がある。ただそれだけの事だと僕は思うのです」


 言いながら、島崎君は縛妖索の一端を俺に持たせようとした。彼が引き立てた妖怪たちは四人である。主犯格と思しき若天狗と、後は獣妖怪の少女三人だった。この少女たちは風間の部下であり、カマイタチと管狐の交雑個体なのだそうだ。

 イズナイタチと呼ばれるこの三姉妹には、流石の島崎君も苦戦したらしい。しかし分身や自身と彼女らの姿を妖術で入れ替える事により相手を攪乱させ、どうにか勝利したのだとか。確かに妖狐らしい闘い方と言えるだろう。


「そう言えば、雷園寺君と虎雨容疑者は?」

「彼らなら下にいます」


 俺の問いかけに、島崎君は何処か物憂げな表情になった。


「もちろん決着はついたのですが、雷園寺家の現当主殿がご子息たちを連れてお見えになりましたからね。雷園寺君のみならず、容疑者の方にも話があるようでして」

「あぁ……そう言う事か」


 雷園寺家の現当主・雷園寺千理氏がやってきたのは俺も把握していた。この度の雷園寺虎雨の犯行については、雷園寺家の不祥事であると当局も判断したのだろう。身内である虎雨の取り押さえ及び厳重注意のために、現当主が御自ら出張ったという話である。しかも後学のためにと、息子である雷園寺開成と雷園寺時雨を連れてきたうえで、だ。

 雷園寺家の話については俺も多少は知っている。雪羽君が現当主についてどう思っているかだとか、雷園寺時雨が雪羽君と共に次期当主候補であるという事も。


「なのでまぁ……上がってくるまでにはもう少し時間はかかるでしょうね」

「雷園寺君も大変だなぁ。従兄を取り押さえたと思ったら、実の父親や弟たちとも顔を合わせないといけなくなったんだからさ」

「まぁ、雷園寺君は弟妹達の事は大好きなんですけどね」


 島崎君がそう言って静かに微笑む。現当主に会って思う所はあるけれど、弟たちに会えたのは嬉しい事では無かろうか。そんな事を言っていた。


「すいません鳥園寺の兄さん! ちょっと身内連中との話し合いが長引きまして!」


 そんな事を思っているうちに、雪羽君がひょっこり姿を現した。獣の姿に戻った虎雨をしっかりと抱え、穴の開いた床から文字通り飛び出してきたのだ。

 雷園寺虎雨容疑者を抱え上げる雪羽君の顔には、しかし晴れやかな笑みが浮かんでいた。

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