術者活躍記録――違法ゲームセンターの検挙:その5

 雷獣の対戦相手として、最も相性が悪い相手は同族である雷獣そのものである。そんな当たり前の事を、俺は今の今まで全く知らなかったのだと思い知らされた。よく考えれば、雷園寺家の事件が勃発するまで、俺は三國の叔父貴以外の雷獣たちとほとんど関わってこなかったんだ。


「どうした、雷園寺家次期当主のお坊ちゃまよぉ。折角この俺と闘ってるのによそ事を考えてるなんて余裕綽々だなぁ!」


 銅鑼のような声で吠えるのは、ミョルニルを構える雷園寺虎雨だ。そうだ。今俺が闘っている相手は同族なのだ。しかも俺と同じく雷園寺の血を引く従兄でもある。

 はんっ! 俺も虎雨を睨みながら鼻で笑ってやった。ミョルニルの打撃は今の所アステリオスで受け止め、時に受け流している。受け止めるたびに伝わる腕の痺れに気付かないふりをしながら。

 高威力の雷撃。雷と同程度とも称される素早さ、そしてその素早さと攻撃力を両立させるだけのスタミナ。これらは雷獣が闘う上での武器と言っても過言ではない。しかし雷獣同士がぶつかった場合、それらの武器は相殺されるだけだ。どちらにせよ手の内は同じなのだから。

 雷獣同士の闘いは、だから得てして泥臭い闘いになりがちだ。勝敗を決める要素は色々あるだろうけれど、結局は我慢比べになる事には変わりない。


「虎雨の兄貴も単なる脳筋かい? ミョルニルだなんて最強無敵の武器を持っているのにさ、ただただぶん殴るためだけに使っているなんて」

「随分と強気だな、坊主」


 動揺させようと放った言葉だったが、虎雨は余裕たっぷりに笑うだけだった。その間に予備動作が見えた。構えるのは難しいと悟り、思い切って後ずさる。槌の先端から迸った雷撃が俺の頬を掠め、壁にぶつかった。ジワリと何かが熔ける音がしたのは気のせいではあるまい。


「はははっ。どうせ半妖狐と一緒だからって事で態度がでかくなってんだな。だがよ、その狐がテメェの手助けをしてくれるなんて思うなよ」


 ミョルニルを肩に担ぎ、虎雨は俺から視線を外した。俺も用心しつつ従兄の見ている先に視線を向ける。

 視線の先にいるのは島崎先輩だ。風間とかいう若天狗と、そいつが繰り出した管狐ともカマイタチともつかないイズナイタチ三姉妹を相手にしている最中だった。もっとも、風間は闘いをまるきり部下に任せて後ろで様子を窺っているだけだけど。そして島崎先輩は、分身である黄風怪と花狐貂も使っている。だから実質的には三対三だった。

 それでもというかやはりというべきか、島崎先輩は苦戦していた。イズナイタチの動きに完全に翻弄されており、防戦一方である。その防御だって時にままならず、攻撃を喰らっているではないか。雉仙女様に半ば強制的に持たされている護符のお陰で、攻撃を受けても一定水準の威力まではどうにか身を護ってくれる。

 しかし、ああして血を流しているという事は、彼女らの攻撃は護符の効力よりも上回っているという事であろうか。


「あはははは~、大妖怪の子孫なのに全然弱いじゃーん。ざぁこ、ざぁこ♪」

「しかも下等な人間の血が流れてるんでしょ。狐さんの血の臭いマジでくっさ~」

「えへへへ、鬼さんこちら、手の鳴る方へ☆ あ、狐モドキだったか~」


 そしてイズナイタチの減らず口は……相手を小馬鹿にし煽るような口調は未だに健在である。優勢である事を確信したかのような振る舞いだ。いや実際に彼女らは優勢なのだ。

 というよりも、島崎先輩にしても彼女らは相性の悪い相手だった。島崎先輩は確かに若妖怪の中では強者に分類できる。既に四尾の持ち主であるし、攻撃術の威力も中々の物である。

 しかし半妖である為にフィジカル面は人間のそれに近かった。反応が遅い・動きが鈍い・スタミナが無いという三重苦を島崎先輩は抱えているのだ。ついでに言えば島崎先輩は積極的に闘うタイプではない。俺と張り合う事もままある先輩だけど、本当は穏和で優しい性格の持ち主である。すぐに闘いに挑める俺とは違い、どうしてもためらいとか抵抗があるらしいのだ。

 もしかしたら、イズナイタチどもが少女の姿であるという事もあるのかもしれない。と言っても先輩とて妖怪社会に身を置いてから五、六年は経っている。妖怪の強さは性別に無関係な事は知っているはずなんだけど。イズナイタチにメロメロになってしまったというのはもっと考えられない話だ。島崎先輩はあんな連中はタイプじゃあ無さそうだし、なにより何年も前から米田さんにぞっこんなのだから。米田さんが受け入れれば夫婦になると公言するくらいの入れ込みぶりなのだ。

 ともあれ島崎先輩も手いっぱいだな。そう思っていると、虎雨が喉を鳴らしながら告げた。


「そうそう、あの狐は狐火が得意技みたいだけどな、今はそれが使えねぇ。風間の兄貴は火伏の術も心得ているからな」


 さも愉快そうに虎雨は笑う。俺はここで、島崎先輩が狐火を使っていない事に気付いた。分身である黄風怪と花狐貂はそれぞれ黄色い風を吹き出し花びらを散らしながらイズナイタチに向かっており、島崎先輩自体は結界術で防御するといった塩梅だ。

 狐火を封じられたのは痛いだろうなと俺は思った。対戦車ライフルほどの威力を籠めずとも、敵妖怪を牽制する事くらいは出来るだろう。

 だが考えてみれば、島崎先輩の十八番は狐火ではなくてむしろ変化術や幻術ではなかったか。俺はかすかな疑問を覚え首を傾げた。確かに今、二体の分身を繰り出しているから幻術は使っている事になる。しかし普段の島崎先輩ならば、もっと幾重にも幻術や妖術の類を使うはずなのだけど……いや、今の先輩にそんな余裕は無いのだろう。そう思っている間にもイズナイタチの刃が島崎先輩の頬を撫でたではないか。斜めに傷が入り、一瞬遅れて紅色が浮き上がるのを俺は見た。


「さーて。俺らも時間つぶしはこれくらいにして闘おうや」

「もちろんだ!」


 俺は今一度アステリオスを正眼に構え、虎雨と向き合う。俺も雷撃の術を使わねばならないだろうか。そんな事を思いながら。


 放り投げられたミョルニルは、さも当然のように俺の方へと向かって飛んでいた。投げた場合は必ず敵を砕き、そして自分の手許に戻って来る。その伝説そのままの動きではないか。

 もちろん俺はミョルニルから逃れようと浮遊して回避を試みている最中だ。


「おっ、雷獣ちゃんのピンチーだね。あはははっ、あたしにはチャンスかもしれないけれど」


 花狐貂だか黄風怪を追い回していたイズナイタチの一匹が、事もあろうに俺にロックオンしたらしい。にたりと笑った彼女は俺に向かって鋭い刃を向けて――

 その刃はついぞ届かなかった。割り込むように俺の前に躍り出た彼女は、そのままミョルニルの餌食になったからだ。ミョルニルの威力たるやすさまじく、直撃したイズナイタチの少女は文字通り粉微塵になってしまった。獲物を仕留めたミョルニルはそのまま直進し、ややあってから地面に落ちる。斜め横に回避していた俺は無傷だ。イズナイタチだった物の肉片やら体液やらをひっかぶってしまったけれど。


「メグッ! そんな……」

「お姉ちゃん、お姉ちゃんが……」


 イズナイタチの少女たちはすっかり蒼ざめていた。先程までの、人を小馬鹿にしたような気配は見る影もない。

 当然の話だ。何しろ姉妹の一人が事故とはいえ、ミンチになってしまったのだから。のみならず、彼女らのあるじである風間もまた、メグと呼ばれたイズナイタチの残骸を見つめているくらいなのだから。飛び散った毛皮と血肉はもはや先程までの面影など残っていなかった。管狐とカマイタチの子という事であるから、本来の姿は小さいのだろうか。飛び散った残骸は思いのほか少なかった。


「くそっ……このおっ!」


 それでも彼女らの攻撃の手が緩む事は、闘志がついえる事は無かった。むしろ怒りが燃料となり闘志を燃え上がらせたのだ。イズナイタチの一人、死んでしまった姉妹をメグと呼んだ少女は飛び上がって攻撃に転じていた。彼女の標的は島崎先輩ではない。彼の操る分身の一つ、花狐貂だった。確かあれは花びらをまき散らしながら、しかしイズナイタチを喰い殺そうと向かって来たではないか。

 イズナイタチの両腕が歪に変質する。それは刃物ではなく歪な鈍器だった。先程彼女らは、三人とも両腕を刃物に変化させていた気もするが……そう思う間もなく、彼女は分身を打ち据えた。元より怯えた様子の花狐貂は、その一撃でただの護符に戻った。


「一匹目がやられたか……」


 小声で島崎先輩が呟くのが俺の耳に届いた。その言葉は何処か奇妙な響きを伴っているように思えたのは俺の気のせいだろうか。

 いや、そもそもそんな事をああだこうだと考えている余裕はない。俺は虎雨に視線を戻す。虎雨もまた臨戦態勢になっていた。

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