術者活躍記録――違法ゲームセンターの検挙:その4

 若天狗と雷園寺虎雨が再び姿を現した事で、俺たちの間で緊張が走った。他に援軍がいなければ、闘うべき相手はこの二人である。彼らを取り押さえれば全てが終わる。――簡単に取り押さえられないであろう事は明白であるが。


「君らが取り押さえた連中は寄せ集めの雑魚だけど、まさか僕たちの仕掛けた不意打ちのトラップまで無傷で攻略しちゃったとはね。あーあ。とっても複雑な気分だよ。僕の策略を見抜かれて腹立たしいけれど、でも雷園寺君と島崎君みたいな妖材は欲しいし……ねぇトラキチ、僕たちはどうすれば良いのかなぁ?」


 その場にはそぐわぬほどに無邪気な声音で天狗の青年が問う。虎雨はぐるりと眼球を動かしたかと思うと、大口を開けて笑い出した。


「どうするもこうするも、闘えば良いじゃないか。チンピラ小僧の従弟も、半妖のお坊ちゃまもぶちのめしたろうぜ。はは、そうすれば俺らの仲間にもなる訳だしさ」

「ふざけるなこの野郎! ぶちのめされるのがどっちか考えろ!」


 虎雨の言葉に雪羽君はいきり立っている。その剣幕と妖気に多くの妖怪たちがたじろいだ。主にこちら側の仲間たちや、捕縛したばかりの悪妖怪たちが。

 島崎君は緊張したような面持ちで様子を窺っているだけだ。怒れる雪羽君の姿に動じていない所は流石である。

 虎雨は笑みをたたえたままジャンパーのポケットから何かを取り出した。手遊びの最中にそれは大きくなり、全貌を露わにする。

 それはある種のハンマーだった。とはいえ工作で使う普通の金槌とは形が異なっている。握る柄の部分が極端に細短く、その割に頭(釘などを打ち付ける部分)が異様に大きい。

 ミョルニルじゃないか。雷園寺君が小声で呟いたのが俺の耳に飛び込んできた。

 この呟きは虎雨にも届いていたらしい。彼は得物をしっかと握りしめ微笑んだ。


「その通りだ雪羽。ははは、驚く事でも無いだろうに。俺ら雷獣が、雷神にあやかった武器を持つ事は知っているだろう。ああしかし、お前は道真公の武器には頼らんらしいなぁ。なんてったってだろ」


 縁起でもないぜ。虎雨が豪快に笑う中、島崎君が小声で囁いた。


「皆様。とはいえあれは本物ではありませんよ。神話の記載を考えれば、僕たちのような普通の妖怪が取り扱えるようなものではありませんからね。所詮はごく普通の魔道具に過ぎないでしょう。僕たちが日ごろお世話になっている縛妖索のように」


 はん。島崎君の呟きは聞こえていたらしく、虎雨が鼻を鳴らした。


「全くもって狐は賢しいなぁ。風間の兄貴が従えている女狐共も大概だが……普通の魔道具だからって舐めてかかってたら死んじまうかもしれんなぁ?

 島崎だったか。そもそもテメェの先祖だって、ハンマーで粉微塵にされただろうが」

「それはあくまでも殺生石になっていたからだ!」


 島崎君の尻尾が逆立ち、そこから妖気がほとばしった。ここで彼も臨戦態勢に入ったのだ。緊迫したシーンの筈なのに、俺はひどく冷静な心持でそれを眺めていた。


「行きましょう。とりあえず確保した犯妖たちを引き渡しますよ!」

「田辺君の言うとおりだぞ。俺らが留まっていても雷園寺たちの闘いの邪魔になるだけだ。どさくさに紛れて逃げ出すアホもいるかもしれんからな」


 田辺さんたちに言われ、俺は退却の判断を下す事になった。


「すまんな二人とも。後は任せたぞ」


 そう言って、俺たちは離れざるを得なかった。ここは地下室ではあるが、敵妖怪が配置していたという所から鑑みるに上階に向かう手段はある筈だ。それはこいつらに聞けばいいだけの事。そう思いながら、捕縛しているオークの若者に視線を送ったのだった。


「さーて、これで邪魔者も足手まといもいなくなった。虎雨の兄貴、あんたの相手はこの俺がやってやるよ。雷園寺家の次期当主候補としてな」


 鳥園寺さんたちは地下室から脱出できたようだ。その事を電流探知で確認した俺は、従兄の虎雨に向き直る。島崎先輩ももちろん臨戦態勢だった。右手には既に符が握りしめられている。


「はははっ。雷獣同士の一騎打ちもまた一興だな。なに、そこの狐も一緒にかかってきて良いんだぜ?」

「待ちたまえ虎雨君。その狐はが相手をするよ」


 主犯格の天狗、風間とかいう奴が一歩前に出た。その視線はしっかりと島崎先輩を捉えている。風間が細長い物を取り出した。直後、彼の周囲に三体の妖怪が顕現した。見た目の年齢は俺たちと同じか少し上、要は若い女の姿をしていた。それでも雑魚妖怪ではないらしい事は、長くふさふさした尻尾が二本ある事からも明らかだ。

 狐のように見えるが狐とは何となく違う。俺に解るのは彼女らが三姉妹である事くらいだった。背格好も顔立ちも妖気も生体電流もそっくりだったのだから。もしかしたら三つ子かもしれない。

 少女と言っても通じそうな愛らしい面立ちには、しかし邪悪で嘲弄的な笑みが浮かんでいた。


「はぁーいご主人様ぁ。あたしたちの敵って何処ですかぁ?」

「あの狐じゃない? やだぁ、もっさりしてるぅ~」

「うふふふ、強いって言っても所詮は下等な人間の血を引く半妖でしょ? だったら雑魚じゃん。ご主人様たちに楯突くなんてだっさーい」


 獣妖怪の少女たちは、島崎先輩を見るやあからさまに挑発を始めたのだ。揃いも揃って軽い口調で、相手の神経を逆撫でるのに特化したような物言いだ。こういう面々をメスガキというのだろうか。妖怪だし、見た目とは裏腹にもう大人かもしれないけれど。

 そして風間は笑っている。それでこそわがしもべのイズナイタチである、と。

 島崎先輩は無言だった。能面のような表情で女妖怪を観察しているだけである。


「島崎君。いかな四尾の君とて四対一じゃあ分が悪いだろう。ちなみにね、イズナイタチというのは管狐とカマイタチの交雑種だよ。そうだとも。彼女らはカマイタチの殺傷能力と素早さに管狐の嘲弄的な気質と妖術を兼ね備えている。

 そう言えば島崎君も交雑種だったよね。であれば、雑種強勢が如何なるものか、身をもって知るまたとない機会になるんじゃないかな?」

「管狐とカマイタチの間に生まれた存在、か。道理で聞き覚えの無い種族だと思ったよ」


 何処か得意気な風間に対し、島崎先輩は醒めた口調でそう言うだけだった。


「しかし、四対一だと言い切るのは早とちりも甚だしいけどなぁ」


 言うや否や、島崎先輩の両脇に分身が顕現した。大きさはドーベルマンほどであるが、その姿はむしろ巨大なイタチに似ていた。一匹はくすんだ黄土色で、もう一匹は白い毛並みの上に花びらをあしらったような模様が散っている。


「俺が分身術を使えるのはご存じでしょ? であれば俺が孤軍奮闘する道理はないって事さ」


 気取った口調で言うと、島崎先輩は分身たちに声を上げた。


黄風怪こうふうかい花狐貂かこてん! 敵はそのイタチどもだ! 俺を含めたならば負ける事はなかろう!」

「あははっ。半妖さんってば頭もよわよわなのかなぁ? 算数もろくに出来ないなんて」

「そんなのどーでもいーじゃん。あたしらでサクッと調伏して、それで専属のペットにしちゃおうよ」


 管狐とカマイタチの交雑種だという妖怪女たちは、相変わらず小馬鹿にしたような物言いを続けていた。しかし俺は気付いてしまった。その両腕が鋭い刃物に変じている所を。島崎先輩はすぐには動かず、まず手をかざした。それが合図と言わんばかりに二体の分身が動き始める。


「おい雪羽ぁ! お前の相手はこの俺だろう。お仲間の心配をしている場合じゃあねぇよ」

「そんな事ぁ解ってる!」


 焦れたような口調で虎雨が俺に向かって怒鳴った。握りしめたミョルニルは既に放電を始めている。向こうは既に闘る気になっている。ならば俺も――貰った護符を取り出した俺は、妖力を練り上げておのれの得物を思い描いた。


「それは梅園六花の……あんたも使えるのか?」


 俺の得物を見た虎雨が驚いたように呟いていた。アステリオス――牛頭の王子の名を冠した釘バットであるが、それの何処に驚く要素があるというのだろう。というか梅園六花を知ってるって事は、従兄もあやかし学園の視聴者だったのだろうか。


「今それが重要な事なのかよ虎雨の兄貴。ひとまずは、どっちが勝利を収めるかの方が大切な事じゃあないか」


 違いねぇ。虎雨はその顔に獰猛な笑みを浮かべ、ミョルニルをこちらに振り下ろした。もちろん本物ではないだろうけれど、それでも放たれる稲妻のまばゆさは本物だった。

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