術者活躍記録――違法ゲームセンターの検挙:その2
「へへへっ。誰かと思えば雷園寺の次期当主様じゃあないか」
犯行グループの面々は、逃げも隠れもせずにアジトで俺たちを出迎えた。彼らが金品を巻き上げていたゲームセンターではなく、むしろ倉庫のような場所だった。無造作に積まれた段ボールの側面に、法人向け通販サイトのロゴマークが印字されているのがちらと見えた。
舌なめずりしながら口を開いたのは、犯行グループの一人、
雷獣というのは個体ごとに姿が違う事で定評がある妖怪であるが、虎雨の姿は従弟である雪羽君(ややこしいので便宜的に彼をこう呼ぶ事にする)とは大いに異なっていた。
人型を保っているが、虎雨はまさしく猛獣と言っても過言ではないような風貌の持ち主だった。長身かつ筋骨隆々の体躯と、精悍さとある種の悪漢めいた雰囲気を醸す面立ちが何とも威圧的である。本来の姿は虎やジャガーのような大型ネコ科獣ではないか。そう思わしめるものが彼にはあった。
尻尾の数は二尾。しかもなりたての二尾ではない。何かきっかけがあればすぐに三尾になってしまうだろう。それだけの妖力量を保有している相手だった。
資料によると虎雨はまだ生後九十年程度の若妖怪であるという。雷獣も通常は一尾で生まれ、生後百年程度で尻尾が一尾ずつ増えていく。百歳未満であるにもかかわらず、もうすぐ三尾に到達するとは。
――腐っても雷園寺家の雷獣か。こりゃあ相当強いやつだ
眼前の二尾の雷獣に対して、俺はそんな風に思っていた。もちろんこれは俺個人の感想である。とはいえ他の面々も同じ事を考えているかもしれない。
もっとも、俺たちの陣営には四尾の若妖狐と三尾の雷獣――しかも二人とも生後百年未満どころか五十年も生きていないのだが――がいるにはいるのだが。
雷園寺虎雨は主犯であろう天狗崩れの若者の隣に侍り、鋭い眼差しをただ一人に向けていた。同族であり血族である雷園寺雪羽その
「雷園寺虎雨! テメェは俺と同じく雷園寺家の血を引きながら……何が嬉しくてそんなチンケな悪事に手を染めてやがるんだ! そこに直れこの野郎。この俺が、雷園寺雪羽が直々に天誅を下してやる!」
「ちょっと雷園寺君……」
予想してはいたが、雪羽君はもう既に興奮しきっていた。尻尾の毛が逆立ち、そこから細かく放電している。その彼をなだめるように声をかけたのは言うまでもなく島崎君だった。もちろん戸惑ってはいたが、雪羽君の放つ妖気と小さな稲妻に怯んだ気配はない。地味な事ではあるが、やはり彼も大妖怪の子弟なのだと思わしめる一幕でもあった。
「おお怖い怖い」
おどけた様子で応じるのは、天狗崩れの男だった。相手を嘲弄するのが得意な天狗というだけあって、些細な仕草だけでも神経を逆なでさせるような何かを持ち合わせているかのようだった。
「まさか僕たちの摘発のためだけに、雷園寺家の次期当主殿が出張るなんて。ふふふっ、僕たちも
元々俺たちの部隊に参加する予定だった
余談であるが園田天水氏は、雷園寺家現当主の実妹であり雪羽君の叔母に当たる雷獣である。そう考えると世間は狭いのかもしれない。
そんな事を思っているうちに、虎雨が鼻で笑う音が耳に飛び込んできた。
「はん。それにしてもよりによって雪羽の野郎が俺たちに立ち向かってくるなんてな。だが、お前にそんな資格はあるのかよ」
虎雨の言葉に、雪羽君は柳眉をひそめた。
「今更雷園寺家次期当主でございって面でお行儀よく取り澄ましたからと言って、過去が全て清算されると思っているんじゃないだろうな? 俺は知ってるんだぜ。雪羽、あんただって本来は俺たちの側だって事をな。いや、そんな事を言ったら失礼か。なんてったって特攻上等のテロリストとして名高い三國殿に育てられたんだからさぁ。
とりあえず、今更良い子ぶってお上品ぶっても無駄って事さ」
なんて事を……島崎君が喉の奥でそう言ったのが俺には聞こえた。
今でこそ雷園寺家次期当主として真面目に研鑽に励む雪羽君であるが、元々はヤンチャな悪童だったと言われている。酒と暴力と色事を好み、似たような妖怪たちを侍らせては日夜乱痴気騒ぎに興じていた時期があったそうだ。
幸か不幸か、俺は雪羽君が悪童だった頃の活躍については詳しく知らない。人間を襲った履歴は無いので人間サイドでは悪妖怪という判定は下っていなかったし、何より俺が雪羽君を知ったのは更生しつつある頃の事だったのだから。
それでも妖怪たちの意識は違うらしく、雪羽君に対して警戒する者が未だに多いのもまた事実である。
ともあれ俺たちの間には緊張が走っていた。過去をほじくり返された雪羽君が激するのではないか、と。
「過去がどうであろうとな、現在や未来に善行を積めば帳消しになると俺は信じている。もちろん、行うべき善行は行ってきた悪事と同じ数だったら釣り合わない事も解っているさ」
雪羽君は静かにそう言っただけだった。島崎君が神妙な面持ちで彼をそっと見つめていた。雪羽君のヤンチャぶりを知っており、尚且つ潔癖な気質を持つ彼にしてみれば、色々と思う所があるのだろう。
「その姿、先代当主のミシロ叔母さんにそっくりの姿でつまらん事を言うもんだなぁ。従兄弟のよしみだから、お前もこっちに引き込んでやろうと思ったのに」
「ははははは。雷園寺君。流石にそれは難しいだろうねぇ。なんてったって君の従弟君は、数年前から大天狗のペットとして飼われているんだからさ。僕も天狗の端くれだから解るよ。従弟君はもうすっかり調教済みだってね」
「…………」
大天狗のペットにされている。この言葉には雪羽君は無反応だった。むしろこっちの発言にブチギレるのではないかと思っていたのだが。事実だからやむ無しと言った所であろうか。
天狗の青年は唇を湿らせると、面白い事を思い出したと言わんばかりに口を開いた。
「雷園寺雪羽君と島崎源吾郎君だったっけ。君らも遊び心のある子たちかなって思っていたけれど、思っていた以上に糞つまらない堅物なんだねぇ。
ははは、あんなトンチキなドラマなんぞを手掛けていたって言うのにさぁ」
「――今この場でそんな事を言う必要があるんですか?」
天狗の言葉に反応したのは島崎君だった。能面のごとき無表情を貫いていたが、こめかみや額に青筋が浮かんでいる事に俺は気付いてしまった。それとともに、禍々しくも威圧的な妖気が、事もあろうに島崎君から漏れだしている事も。
あのドラマが、あやかし学園がトンチキなドラマと言い捨てられた事に島崎君は静かに激しているのだ。この場では何の役にも立たぬ考察が、俺の脳裏にふっと浮かぶ。あやかし学園については、ネタドラマだとかちょっとした手慰みだと島崎君は常々言っていた。しかしそれは照れ隠しやカッコつけの類である事を俺は知っている。趣味と言いつつも、島崎君はあのドラマを作るにあたって心血を注いでいたのだ。俺自身は件のドラマ作成には関与していない。しかし妻から話を聞いているから大体の事は解っていた。
「落ち着くんだ島崎君。ともあれキレたら相手の思うつぼだぞ」
「す、すみません田辺さん……」
化け狸の田辺さんの声掛けで、島崎君の表情が一変する。冷ややかな怒りが霧散し、その面に気まずさと申しわけなさと当惑が滲み出る。無闇に怒りを露呈した事について彼なりに恥じ入っているらしかった。
日頃は穏和で礼儀正しい島崎君であるが、敵に回せば恐ろしい存在であると俺も妻も思っている。妖力の保有量や戦闘能力の高さもさることながら、本気で怒らせればタダでは済まないと思わしめるものが彼にはあった。それこそ殺しをも辞さない所ではないか、と。
そこは戦闘に慣れていて、尚且つ気軽に闘る気になる雪羽君とは好対照ともいえるのかもしれなかった。もっとも幸な事に、島崎君はそうそう殺る気になる事はないようなのだが。
「狸さん狸さん。妙な心配はなさらずとも大丈夫ですよう。もう既に君らは我々の術中に嵌ったも同然なのですから」
「はーい、それじゃあスイッチオーン!」
虎雨の妙におどけた声が銅鑼のように響き渡る。彼の手許に何やら前近代的なリモコンが握られていた事に俺は気付いた。
だが、実を言えばそんな事は些事だった。虎雨の言葉と共に、俺たちが踏みしめていた床が無くなったのだから。床が抜けるトラップなんぞを仕掛けていたのか――自由落下をやけにゆっくりと感じながら、俺は恨めしそうに天狗らを見る他なかった。
「ははは、全くもって君らも間抜けだねぇ。僕と雷園寺君しかいない所で何か察してくれれば良かったんだろうけれど」
頭上から若天狗の声がゆるりと降りかかって来る。彼らの足許にも床はないはずなのだが、俺たちと違って無様に落ちる気配はなかった。
何せ彼らは天狗と雷獣なのだ。どちらも空を飛ぶ術や浮遊術は息をするかのように出来るのだろう。
そして空を飛ぶ術を持たぬ俺たちは、ただただ重力に引っ張られて落下するほかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます