術者活躍記録――違法ゲームセンターの検挙:その1

 ここ数年、またしても世間では妖怪ブームが到来したらしい。俺だってその事は知っているし、それよりも前にあったブームの際に世に出た妖怪ものの漫画やアニメだって俺は知っている。大体は妖怪退治の話だけど、妖怪と共存したりする話もあったっけな。

 だけどやはり、この業界に身を置くと解ってしまう。漫画やアニメで描かれる妖怪たちは、大なり小なりデフォルメされているのだと。

 要は実在する妖怪たちとは微妙に違うって事だ。妖怪たちの間には系統だった学校はないみたいだけど、彼らは仕事もするし、病気やケガとも無縁ではない。それに――彼らの多くは死のくびきから逃れる事は難しいという。

 なぜ俺がそんな事を知っているかって? それは、俺が術者として妖怪に関わる仕事に従事しているからだろう。実在している事が微妙に隠されている妖怪たちと関わる事、彼らの起こすトラブルを(物理的に)解決する事。それが俺の仕事なのだから。


「いやはや、大天狗様に妖材の派遣を要請していましたが、まさか島崎君と雷園寺君が来てくれるとは。全くもって嬉しい限りだよ……正直なところ、同じくらい緊張してもいるんだけど」


 いえいえ鳥園寺様。俺の言葉に、隣を並んで歩く妖狐の青年がにこやかな様子で首を振った。


「僕たちこそ鳥園寺様や奥様にはいつも良くして頂いているんです。もちろん、今回は萩尾丸先輩から頂いた依頼という事ではありますが……僕自身もお力添えしたいと思っておりますので」


 そうだとも! 妖狐の青年の隣にいた雷獣の男の子も元気よく頷いた。癖のある銀髪が揺れ、小さな稲妻がひらめいたように見えたのは気のせいでは無かろう。


「しかも今回は、雷園寺家の者が絡んでいるという話だぞ。しかも血縁を調べればこの俺の従兄に当たる雷獣らしいしさ……あん畜生め、誉れ高い雷園寺の生まれだというのに、雷園寺の家名を汚すような事に手を出しやがって」


 雷園寺家を連呼していた雷獣は、一旦言葉を切って深呼吸を繰り返していた。話している間に興奮してしまい、その興奮を鎮めているかのようだった。


「そんな訳だから、雷園寺家次期当主候補であるこの俺が、身内の不始末を罰するのは当然の事ってやつですよ、鳥園寺の兄さん」

「は、ははは」


 にっこりと微笑む雷園寺君の顔には、子供らしい無邪気さと獣の獰猛さが綺麗に共存していた。頼もしい限りだよ。口ではそう言ったものの、内心では彼の恐ろしさに半ばたじろいでもいた。


 俺たちの今回の仕事は、港町で違法なゲームセンターを運営していた面々の摘発である。本来であれば、人間の警察が動くであろう事案ではある。

 しかしながら、犯行グループの中には妖怪も複数在籍していたのだ。彼らは人間に擬態して暮らす者も多いが、人間の法規に縛られている存在ではない。とはいえ人間たちにも被害をもたらしている訳であるから、俺たちに彼らの摘発の仕事が回ってきたのだ。

 本来であれば、今回の摘発には雷獣の園田天水氏も俺たちに協力してくれるはずだった。しかし彼女は急な仕事が入ったためにそちらに向かわねばならず、その代わりとして妖員じんいんを補填せねばならなかった。

 そして補填した妖員じんいんこそが、今ここにいる島崎源吾郎と雷園寺雪羽の両名だったという事だ。二人とは面識どころか交流さえある間柄なのだが、まさかこの二人を臨時とはいえ使い魔として雇い入れる事になってしまうとは。宮坂京子や梅園六花ならば何度か雇った事はある。だが彼女ら(?)は一般妖怪という扱いになっていた訳である。

 しかし島崎君と雷園寺君は違う。二人はどちらも由緒ある血統を誇る大妖怪の子息なのだ。妖怪としては若いものの、既に中級妖怪クラスでもある。雇い入れる価格については大天狗様が色々と融通して下さったが、それでも宮坂京子たちを使う時の倍近い価格だった気がする。

 その辺りに思う所があるのか、島崎君が申し訳なさそうな表情を浮かべて俺の傍ににじり寄った。


「お気を遣わせてしまって申し訳ありません。可能ならば僕も宮坂京子として参加したかったのです。ですが今回ばかりはそうはいかないようでして……」


 島崎君は途中で言葉を切り、俺から視線を外した。意味ありげに彼が見つめるのは、雷園寺君の横顔だ。その眼差し、その表情には様々な情感が籠っているかのようだ。


「……宮坂京子では、万が一雷園寺君が暴走した時に止める手立てがありませんからね」


 島崎君はそう言ってひっそりとため息をついた。余談であるが、宮坂京子と梅園六花というのはそれぞれ島崎君と雷園寺君が変化した仮の姿である。要は同一妖物どういつじんぶつなのだ。しかし彼らの上司である大天狗様は、宮坂京子たちを島崎君たちとは別の妖怪として妖材じんざい登録し、その上で自分の配下として必要な時に派遣する事がままあった。それもまぁ島崎君たちの仕事であり修行の一環なのだそうだ。

 そんな風に考えていると、島崎君は言葉を続ける。

 

「ご存じの通り、妖怪が十全な力を発揮するのは本来の姿ですからね。それは僕にも当てはまるのです。なので、宮坂京子だと十全に力は発揮できません」


 さり気なく胸元に手を添える島崎君の姿を、俺はぼんやりと眺めていた。四尾を具えた青年の姿。これこそが島崎君の本来の姿だ。妖狐と自称しつつも人間にかなり近い姿であるのは、彼が半妖であるからに他ならない。彼の母が既に半妖であるから、島崎君の裡に流れる妖狐の血は四分の一に過ぎない。妖狐の血を色濃く受け継ぎながらも、人間に近い姿に生まれたのはそのためなのだそうだ。

 島崎君の視線が雷園寺君の方に滑り、それから俺の方に戻った。


「そもそも僕は戦闘方面はですからね。雷園寺君を抑えにかかるとなれば、全力を出しても難しい所ですので」


 戦闘が苦手。神妙な面持ちで紡がれた島崎君の言葉が、周囲に何とも言えない空気をもたらした。具体的に言えば、同行している若手の人間術者や若妖怪たちの表情が引きつり、互いに顔を見合わせたり目配せしあったりしていたのだ。

 考えあぐねた俺も、ああ、とかおう、などと言うのがやっとだった。

 というのも、この発言は本当とも嘘とも言い難いものであるからだ。島崎君自身は本心から自分は戦闘が苦手だと思っている事は俺も解っている。

 但し――その基準が一般妖いっぱんじんや人間の術者のそれとは大幅にだけの話だ。戦闘術が苦手だと言いつつも、対物ライフル相当の威力を秘める狐火を何十発も錬成し連射するくらいの事は平然とやってのけてしまうのだから。このような芸当は並の若妖狐がパパっと出来る様な物ではない。長年――もちろん数年などではなく、数十年単位だ――鍛錬を重ね経験を積んだ妖狐で無ければ出来ないような事なのだ。

 戦闘が苦手というのはあくまでも自己申告であり、戦力としては申し分ない存在である。むしろ強すぎて恐ろしいほどである。それが俺たちのような術者や、若手の一般妖いっぱんじんたちの島崎君への認識だった。


「島崎君。謙遜するのは良いけどさ、あんまり軽々しく僕は戦闘が苦手だとか、そんな事は言わない方が良いかなぁ。ほら、今回は若いたちも参加してるんだ。君の言葉を聞いて凹んでもややこしいし」

「いやはや田辺君。別に俺は島崎君の言葉は悪くないと思うがね。むしろ、自分が優秀だって思い込んでいる若手たちにとってはいい勉強になるんじゃあないかって思ってるくらいさ」


 ざわつく一同の中で、化け狸の田辺さんとアナグマ妖怪の倉本さんとが先の発言について意見を述べていた。二人ともこの業界に長く身を置いているので、島崎君の言動にもそれほど動じていなかったようだった。

 気まずそうに微笑む島崎君の傍らで、雷園寺君が甲高い声を上げて笑った。


「あははははっ。島崎先輩も自分の強さについて謙遜なさるとは、本当にオトナになりましたねぇ。

 だけど、他の皆が思っている通り、島崎先輩は本当に強いんだから自信を持って下さいよぅ。この俺を抑える事だって、俺をで向かってくれば出来るはずですから」

「――雷園寺」


 雷園寺君の言葉に、低く短い声で島崎君が応じる。先程までの気まずそうな表情も、普段浮かべている柔和な笑みも消えていた。感情らしい感情を押し隠したその顔は、のっぺりとした面立ちと相まって奇妙な凄味があった。


「やはり暴走する手前まで来ているんじゃないのかい。君の従兄とやらが関与しているという時点で想定してはいたけれど」


 ゆったりと語り掛ける島崎君の声音は、先程までとはまるで異なっていた。しかし彼は、俺たちの事など意に介さず言葉を続ける。


「しかしまさか、殺すつもりで向かってくればなんて言ってのける位に興奮しているとは思わなかったよ。雷園寺君。死ぬとか殺すとか、そんな言葉を見聞きしたり軽々しく口にしたりする事を、それこそ君は忌み嫌っているんじゃあなかったのかい?」


 島崎君の言葉には多分に皮肉が籠っていた。雷園寺君の瞳が揺れ、感情が静かにうねるのを俺は目の当たりにした。

 それは島崎君にも見えていたのだろう。彼の表情がいくらか柔らかな物に変化していた。


「雷園寺君。今回は確かに、悪いやつの中に君の親族もいる事には違いないよ。だけどな、おのれの生命を投げ出すとか、そこまで思いつめなさんな。やつは凶悪な事件に手を染めている訳じゃあない。ちんけな悪妖怪に過ぎないんだからさ」

「そうか……そうだよね島崎先輩」


 島崎君の言葉に、雷園寺君が人心地ついたような表情で呟いていた。

 その様子を眺めていた島崎君が、やにわにこちらに視線を向けて口を開いた。彼の顔には、いつもの懐っこく礼儀正しい笑顔が戻っている。


「……と、まぁこんな感じなので、皆様は万が一の事があればお逃げください。危険だと判断した時には僕が合図をしますので――」

「危険か否かの判断も、合図に関しても僕に任せてくれないかな」


 島崎君の言葉を半ば遮る形で田辺さんが言った。


「雷園寺君を抑えるのは君でないと難しいけれど、退却すべきか否かは僕たちの方で多少は判断できるからね。だから憂いなく、君も動くと良いよ」


 田辺さんの言葉は彼にとっても有難いものだったらしく、その顔には安堵の色が浮かび始めたのだった。

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