キメラフレイムのあやかし学園レビュー:後編

 閲覧注意! その文言をでかでかと画面にのっけたのち、穂村は半ば一息に声を張り上げた。


「……皆さん避難はお住みでしょうか。ここからは重篤なネタバレと言いますか、あやかし学園のイメージに関わるお話を始めさせていただきますね。本当に、ここから先は自己責任でお願いいたします」


 すぐに本題に入ればいいのに、ついつい前置きが長くなってしまった。これも穂村のやや臆病な気質故のものだろう。

 もしかすると、鵺のような妖怪(設定)が行っているレビュー動画でこんな発言をすれば、怖がる手合いもいるのではないか。そんな考えを抱きながら、穂村はコメントを追いかけてみた。


『見習いアトラ:ネタバレって何やろ(すっとぼけ)』

『絵描きつね:今追いかけてる最中だけど……ネタバレ気になるなぁ(すっとぼけ)』

『サンダー:イメージに関わるほどってどんな話なんや(すっとぼけ)』

『タマキツネ:思っていた以上に盛り上がってて草』

「兄さん。この分じゃあネタバレ進めても無問題みたいね」

「それはそれで気になるなぁ……」


 視聴者の変動をチェックしていたミハルの指摘に、穂村は割と素のリアクションを取っていた。ほとんど視聴者の数は減っていないという事だ。怖いもの見たさで閲覧注意の内容を確認したいのか、はたまた穂村たちが明らかにしようとする内容を既に知っているのか。考えられるのは二つに一つだ。

 すっとぼけているコメントを見るだに、後者である可能性がかなり高そうだが。


「可愛い美少女妖怪(原文ママ)が活躍するドラマとして、元々あやかし学園はネット上で配信されていたのですね。ですが、シーズン1最終話にて、本編終了後にこのようなテロップが一瞬表示されたのです」


 アバターたちの背後にある画面がまたも切り替わる。黒い地に白抜きのテロップが表示されたのだ。監督や脚本、或いは演者の名前を表示する、アニメとかドラマなどでよく見かけるアレだ。

 ただ問題は……役者を紹介する部分だった。美少女妖怪の二人、すなわち梅園六花と宮坂京子の所には、演者としてそれぞれ雷園寺雪羽と島崎源吾郎の名前があったのだ。まさかの実名表記である。


「このテロップにて、主役クラスの美少女妖怪の中のひとが、どっちもだと判明してしまったんです……! 可愛い女の子だと思っていたら男の娘だった。これは結構ショッキングな事実ではないでしょうか?」

『絵描きつね:何だってー! 二人とも男だったのか(すっとぼけ)』

『見習いアトラ:どっちも女の子にしか見えなかったゾ(棒読み)』

『ネッコマター:六花ちゃんボーイッシュだと思ってたら本当にボーイだとはたまげたなぁ(すっとぼけ)』

『トリニキ:もうこいつらまとめて女の子説作ったろ(ゲス顔)』

『きゅうび:やめてくれよ……(絶望)』

『ユッキー☆:そんな説作らなくて良いから(良心)』

『オカルト博士:監督の名を見て察してたワイ、高みの見物』

「宮坂さんと梅園さん、あの二人って男性が演じていたんですね。やっぱり皆さんもびっくりしますよねー?」

「……皆ノリが良いですね」


 予想通りというべきか否か、美少女妖怪は男が演じていたというネタバレに対して動じる視聴者はいなかった。よく見なくても、当事者であろうトリニキたちもコメントを投げているし、後の面々はすっとぼけを連発しているではないか。

 そんな中、穂村は静かに落ち着きを取り戻していた。びっくりしますよねー? というミハルの言葉もまた、全てを知った上での棒読みだったからだ。


『月白五尾:キメラニキは六花ちゃんや京子ちゃんの正体は知ってたの?』

「知ったのではなくて判ったのです。六花姐さんの姿を見れば僕には明らかだったのです」

『しろいきゅうび:こいつも心眼持ちなのか』

『絵描きつね:目がヤバい』

『見習いアトラ:唐突なホラー展開は草』

「兄さん。視聴者の皆さんはから……兄さんから漏れだした何かが見えてしまったみたいよ」


 彼らはアバターのキメラフレイムではなくて、雷獣少年の雷園寺穂村の姿を垣間見たのではないか。ミハルはどうやらそれが気になったらしい。

 穂村はしかし、それがどうしたと一蹴するだけであったが。

 穂村はもちろん、梅園六花が誰の化身であるかは知っていた。変化していると言えども雷園寺雪羽の面影は残っていたし――何よりあの姿は穂村たちのに、雷園寺家の先代当主の若い頃に生き写しではないか。

 ちなみに実妹のミハルは、単純に六花の姿に雪羽本来の面影が残っていると思っているに過ぎないのだろう。あの時はまだ幼すぎたために、実母の記憶はほとんど残っていないのだから。


『りんりんどー:六花さんの正体を知ったのと、推しになったのはどっちが先なんですかね』

『隙間女:その質問はガチでヤバい』

「正体を知った上で推しになった感じですかね。というか、それもこれもに……あのひとの新たな一面だなって思ってますし」

『月白五尾:これはガチモンやな』

『トリニキ:キメラニキのキャラ崩壊がヤバすぎる……』

「ちょっと兄さん。視聴者のヒトもいい加減引いちゃってるわよ……」

「……」


 そうだね。穂村の声はトラツグミの啼き声のようにか細かった。兄に向ける感情が、自分でも歯止めが利かないと感じる事がままあったのだ。他の弟妹達、特に異母弟妹がいる時はそうでもない。しかしこの配信動画は時雨は見ないだろうし、見ていたとしてもコメントを投げる事は出来ない。ある意味雪羽を独占できる。その考えが穂村を突き動かしてしまうのだ。

 そんな時、ユッキーこと雪羽のコメントが飛んできたのだ。


『ユッキー☆:六花ちゃんを熱烈に推してくれるキメラ君、マヂ尊い \5000』

『トリニキ:このタイミングでのユッキーからのスパチャはほんと草』

『タマキツネ:(幸せそうな二人の笑顔が)見える見える……』

『ネッコマター:確かにこの濃さはほんへやな』

『きゅうび:あのさぁ……』


 視聴者たちは(そして恐らくはミハルも)引き気味のようであるが、穂村にしてみれば雪羽のコメントは素直に嬉しかった。というか対面で接している時よりも、雪羽も素直になっているのではないかと思うほどである。

 他の弟妹達への遠慮があるのは、雪羽も同じ事だったという事だろう。


「という訳なので、主役の美少女妖怪二人は男性だったという事ですね。その事を知らなければ普通に学園ものとして視聴できますし、知った上で視聴したら、とんでもないネタドラマに化ける可能性を秘めている、という事でしょうか」

「いち女子としては、ドラマの随所で女の子の生き様について触れてあるのが興味深いと思いました。やっぱり、人間の女の子たちって、女の子らしさとかそう言う物事に悩んじゃう事が未だに多いみたいですし。

 それを男性である二人が演じていたって言うのが中々にパンチが利いていたとも思いますね」

『きゅうび:(あかん、そこまで深く考えてなかったのに……)』

『サンダー:生き様ってところで既に男らしさが滲み出ているんだよなぁ』

『ユッキー☆:サニーちゃんの考察ガチ過ぎィ! \100』

『月白五尾:そう言えば百合展開もあったけどあれはナニ?』

『絵描きつね:薔薇で作った百合の造花やろ(凡推理)』

『ユッキー☆:変態ナレギツネ君とはそう言う関係ではないです』

『きゅうび:いうて俺には彼女がいるからさ……』

『タマキツネ:※決闘シーンは二人の日常です』

『トリニキ:京子ちゃんが米田先生とイチャコラしてるのも日常なんだよなぁ』

「皆さんめちゃくちゃ盛り上がってますねぇ……」


 中の妖の正体を知っているためか、当事者も交えてコメントが盛んに湧き上がっている。六花と京子が……というよりも雪羽と源吾郎が実際には仲が良い事は穂村も知っていた。実際に源吾郎に会った事も何度かあるのだから。

 実を言えば、穂村も個人的には源吾郎の事を好もしく思っていた。三大悪妖怪・玉藻御前の直系の曾孫であり、自身も最強の妖怪に上り詰めるという野望の持ち主。その上既に数百年生きた妖怪と変わらぬ妖力と戦闘能力を保有している。

 そうした物騒な肩書と隔絶した実力とは裏腹に、源吾郎の気質は穏やかで優しいものだった。両親や兄姉らに可愛がられて育てられたがために、未だに暴力や悪意とは縁遠い存在である事は、何度か言葉を交わせばすぐに解った。

現時点で雪羽とほぼ互角の戦闘能力を持つものの、むしろ得意分野は変化術や妖術であるというのも、穂村が親近感を抱く要因になったのかもしれない。

 とはいえ、彼の女子変化への謎のこだわりについては穂村もたじたじになる所はあるにはあるが。それも真面目で穏和な青年の、日々のストレスのガス抜きだと思えば可愛らしいものではないか。


「兄さん兄さん。折角だから豪華特典の事も話しましょ。まだ時間もあるし」


 少しぼんやりしていた穂村に、ミハルがすかさず声をかける。


「あ、はい……あやかし学園の円盤はですね、シーズン1だけでは無くて豪華特典もあったんですよね。まずプライベートショット風の写真集は、本当に六花姐さんと宮坂さん、そして鳥塚先生の日常を描いているみたいで、もう一度ドラマを視聴し直そうかなと思った位ですね」

「特に梅園さんと宮坂さんの、仲の良さそうなシーンが多かった印象ですね。シーズン1では若干殺伐としていた感じだったので、シーズン2以降は二人で仲良くなるのかなと期待を持たせる感じだったのも良いかもですね」


 円盤に収録されていた豪華特典の一つに、主要なキャラクターたちを接写した写真集もあったのだ。主役クラスである六花や京子の姿が映し出された写真が多かったのは言うまでもない。

 実際にドラマ外でのワンシーンを描いているかのような雰囲気の写真ばかりであったが、シーズン1本編と異なり、六花と京子が仲良くしている構図が多かったように穂村には思えた。

 もっとも、この豪華特典には何がしかの術が掛けられており、本編シーズン1を全て視聴しなければ円盤を入れても何も映らないような仕組みでもあったのだ。だから六花たちが仲良くしている写真を見たとしても、ドラマのイメージが崩れる恐れはないという事なのだろう。


『ユッキー☆:残念ながら六花ちゃんのセクシーショットはありません(涙)』

『きゅうび:当たり前だよなぁ?(圧)』

『絵描きつね:セクシーショットは欲しかったゾ』

『トリニキ:それにしてもワイのプライベートショットは要らんやろ』

『サンダー:トリネキは隠れヒロインなんだよなぁ……』

『タマキツネ:仲良くなるも何も、初めからあの二人は仲いいんだよなぁ……』

『見習いアトラ:それはそう』

「ちなみに、豪華特典はプライベートショットだけではありませんね。演者にして監督である島崎さんが直々に手掛けた『誰でも出来る女子変化講座~入門編・初級編』も豪華特典の一つなのですね。というか、こっちの方がメイン特典と言っても過言ではないでしょう」

「入門編、初級編どちらも三十分ずつあったので、これ自体もかなりのボリュームだったんですよね」

『りんりんどー:中級編とか上級編もあるのか(震え声)』

『見習いアトラ:豪華特典じゃなくて特級呪物やろ』

『オカルト博士:呪いのDVDとか作らなくて良いから(良心)』

『トリニキ:Keter判定待ったなし。視聴者全員で収容しろ!』

『ユッキー☆:ワイのセクシーショットが駄目でこれがオッケーとか判定ガバガバやろ(憤怒)』

『だいてんぐ:何か言いましたか?』

『きゅうび:ユッキー終わったな』

「めちゃくちゃ盛り上がってますね……やはり那須野監督は九尾の化身という事ですので、何がしかの効力があるとお思いになるのは無理からぬ話ですかね」

「……私どももレビューのために一通り視聴しましたが、特に何も起こっていないのでご安心くださいませ」


 沸き立つ視聴者に対し、ミハルは澄ました様子でそう言った。ミハルも中々どうして配信者としての素養を持ち合わせているのではなかろうか。


『しろいきゅうび:色物動画をきちんと視聴する配信者の鑑』

『きゅうび:もちろん健全路線です(圧)』

『サンダー:普通にためになったけどなぁ』

『タマキツネ:むしろドラマ本編よりもノリノリだった説』

「あ、でも皆さん。こっちの女子変化講座はかなり真面目な内容でしたよ。レビューのためにサニーちゃんと一緒に見ていたんですが、彼女もためになると言っていましたし」

『ユッキー☆:二人とも無理せんでええんやで』

『おもちもちにび:本音だとおもう』


 流れていくコメントを見送りつつ、穂村は女子変化講座の内容について語った。

 実を言えば、講座内容は思っていた以上に女子変化に関する言及は少なかった。せいぜい、全体の五、六割程度であろうか。特に入門編では、女子変化を行う前段階の話が多かったのだ。

 具体的には、女子変化の歴史・心構えや楽しみ方についての講義が入門編の大半を占めていた。女子変化を悪用してはならない。初めのうちはその辺りをかなり強調していたのが印象的だった。もっとも、その悪用の具体例が映画館や飲食店にての割引を使用する事、というものだったのは微笑ましい限りであるが。


「入門編、初級編という事で突っ込んだ内容ではないという事ですが、女子変化に臨むにあたり、万全のコンディションを整えるというのは斬新でしたね」


 穂村が感心したのは、女子変化中に起こりうるアクシデントを最小限に軽減するという点であった。変化の最中にお腹を下さないようにするにはどうすればいいのか、不純な考えを持った男――例えば自分をホテルに連れ込もうとするドスケベ雷獣など――に絡まれた時はどうすれば良いのか、という部分である。

 穂村はお腹を下さないようにするためには前日から備えるべし、という指南に驚嘆し、ミハルは不審者に絡まれないような立ち振る舞いや護身術に興味を持ったのだ。兄妹と言えども目の付け所が違うのは当然の事だろう。


『絵描きつね:きゅうび君思っていた以上にガチ勢だった……』

『オカルト博士:前よりも変化術について洗練されてるからね』

『月白五尾:これもう別売りで良いのでは(提案)』

『ユッキー☆:言うてきゅうび君、そんなの気にせずにサラッとやってるけど?』

『きゅうび:俺はもう女子変化歴十二年のだから良いの』

『見習いアトラ:上級者の風格は草』

『タマキツネ:自慢しなくて良いから……』

「さて、本当はもっといろいろお話したい所はあるのですが、今回のレビューはここまでに致しますね。

 現在、シーズン2が少しずつ配信中との事です。こちらに関しましても、シーズン2が全て放映されてからレビュー出来たらなぁ、と思っています。

 それでは皆さんごきげんよう!」


 アバターのキメラフレイムが手を振り、暗雲となってその場から消える。それとほぼ同時にアナグマのサニーも下に引っ込んでいき、動画は終了したのだった。

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