キメラフレイムのあやかし学園レビュー:前編

 穂村はひとまず、ドラマの製作グループ・ナインテイルズについて軽く解説を行った。これまで行った物語のレビューも、著者や製作陣が明らかな場合は、どのような人や団体なのか、さらりと触れてきた。

 もっとも今までと違うのは、ナインテイルズのメンバーたちと面識があるという事であろうか。


「さて、それではあやかし学園の物語を紹介いたしましょう。タイトルから解ります通り学園もので……尚且つ妖怪たちが主役を張っております。

 それもそのはず、物語の舞台は妖怪と人間が共存する世界なのですから。

 その中で妖怪たちが多く在籍するあやかし学園に焦点を当て、新たに赴任してきた人間の教師の奮闘や、編入生であるスケバン雷獣の六花姐さん……いや失礼、梅園六花ちゃんが学園に馴染むまでの軌跡を描いた物語ですね。

 はい……生徒や教師の一部が妖怪であるという事を除けば、概ね学園ものと分類する事が出来ると思います。それも比較的爽やかな後味でしたね」

「ちょっと兄さん。六花姐さんって言ってから梅園六花ちゃんって言いかえる必要性ってあったのかしら?」


 何故か息をつく穂村に対し、ミハルがツッコミを入れている。それを待ち構えていたかのようにコメントがさぁっと流れ出す。


『トリニキ:リスナーの身バレ防止を鑑みる視聴者の鑑やな』

『ネッコマター:別に姐さんのままでも良かったのでは?』

『ユッキー☆:ワイもそう思う』

「別に六花ちゃんとか六花姐さんとかという呼び方については深い意味はありません。何となく姐さんと呼びたかっただけでして……

 そうですね、あやかし学園シーズン1を通じて僕たちが思った事を一つずつ上げていきましょう。

 一点目としては、アクションや恋愛を織り交ぜながらも、どぎつくならないように配慮されているという点ですね」

「学園ものもラブコメとかデスゲーム風味とか色々なジャンルがあるけれど、今回のあやかし学園は本当に全年齢向けの、健全な内容だったのよ」


 穂村の解説が一段落した丁度良い所で、ミハルは内容を付け足した。全年齢向けで健全な内容。これは別に忖度や身内びいきなどではない。実際にシーズン1を全て視聴した上での感想だった。実弟の開成だけではなく、異母弟妹である時雨や深雪も喜んで見ていた事を思うと、小学生くらいの子供でも大丈夫そうな内容にも思えた。


「健全路線で進んでいるのは、脚本を手掛ける那須野監督の意向によるもののようですね。やはり学園ものなので、過度なバイオレンスやお色気展開に頼らない。そのように付録の対談シートには記載されていましたので。

 まぁ個人的には……そうした描写を制限するという点で多少神経質になっているかな、と思った所はありますがね」

「と言っても、私もキメラ兄さんも、比較的守備範囲が広いから何とも言えないけどね。今のご時世では、これぐらいが良いのかもしれないし」


 健全路線、といった所でやはりコメントが流れる。


『見習いアトラ:健全に見えるのはなんだよなぁ……』

『サンダー:那須野監督の健全路線へのこだわりは何か草』

『絵描きつね:まぁ何となく解るけど』

『りんりんどー:妹は喜んで視聴していたかな。結構面白かったと思う』


 余談であるが那須野監督というのはナインテイルズの代表者・那須野ミクの事である。昨年の春に割れた殺生石から復活した九尾の化身であり、今は現世に潜伏して力を蓄えている……という設定であった。何でそんな物騒なブツがわざわざド健全な学園ドラマを手掛けているのかというツッコミは野暮という物である。

 ちなみに那須野ミクというのは島崎源吾郎の変名だったりする。割れた殺生石から復活した九尾の化身という設定はもちろん(?)架空のものである。しかし源吾郎は玉藻御前の曾孫に当たるのだ。それを思うと中々に攻めた設定だと穂村も思っている。

 もっとも、源吾郎自身は真面目で穏和な好青年といった印象を穂村は抱いていた。間違っても先祖が持っていたとされる残虐さや淫蕩さとは全くもって縁遠い存在だった。あやかし学園の筋立てが全体的に明るく健全なトーンであるのも、彼の性格や好みを思えば頷けるところであった。

 もちろんというべきか何なのか、那須野監督の事について言及した時に、視聴者たちからはツッコミのコメントが多数寄せられていた。


「二点目は、物語全体を通しての妖怪の描かれ方ですね」

『オカルト博士:ドラマの妖怪描写キタコレ \600』

「あ、お、オカルト博士……スパチャまでありがとうございます。

 そうですね、ドラマ内での妖怪たちは、人間と共存できるほどの知性を持ち、尚且つ人間とは一線を画する異形であると……別種の生物である。この二つを矛盾させずに上手い塩梅に描写していたんですよね! ええ、那須野監督もトリニキ監督も妖怪愛に溢れているお方だと、僕は確信しています!」

『トリニキ:妖怪はもうマブダチみたいなもんやし』

『きゅうび:僕もそう』


 そう言う穂村の……キメラフレイムのアバターにはちょっとした暗雲が沸き上がっていた。興奮を示すアニメーションの一環だ。

 ここでも計らったようにミハルが頷いて言葉を続ける。キメラフレイムに付き合ってか、サニーのアバターも手足の付け根から小さな稲妻が走っているアニメーションになっていた。

 退治される敵として妖怪が描写されたり、或いは文明にはなじめない存在として描写される事が多い妖怪ものの中で、人間とも共存でき、尚且つ人間の作った社会に順応している妖怪ものは珍しいのではないか。ミハルはよどみない口調でそんな解説を行っていた。穂村と異なり、彼女はかなり冷静な状態なのだ。


「……それにこのドラマでは獣妖怪たちをケモ耳で表現していないというのも特徴的かなと思いました。ですがその分、動物的な特性をさり気なくさしはさむ事で、妖怪たちが人間とは違うという事を示しているみたいですし」


 ミハルが右手を上げると、背景にあやかし学園のワンシーンが映し出された(もちろん関係者には許諾済みである)


「実は獣妖怪を演じる皆さんをよく見ていますと、尻尾の動きと感情表現がきちんと連動しているんですよね。特に解りやすいのは六花姐さんですね。何せ猫の感情表現と全く同じなのですから!」

『月白五尾:流れるように六花ちゃんを推してて草』

『ユッキー☆:六花ちゃん好きなのがめっちゃ伝わって来る……いいぞもっとやれ \200』

『きゅうび:二人ともさぁ……(困惑)』

『おもちもちにび:わっちはきょうこちゃん推しです』


 コメント共に時間も流れ、後ろに映し出された画面も変化していた。


「後は食事シーンでしょうか。これはズームで見てみないと見落としてしまいそうなのですが、よく見たら妖怪と思しきヒトたちの食事には、とかは入ってないんですよね。或いは、おやつとかも犬用・猫用のクッキーだったり菓子パンもとかじゃあないんです。

 このあたりでも、妖怪が人間とは違う生き物であるという事を示していると言えそうですよね。ワンちゃんとか猫ちゃんって、ネギとかチョコレートとかを食べると危険ですし」

『オカルト博士:芸が細かい。流石那須野監督 \500』

『絵描きつね:代用食が無ければそうなるわな』

『ユッキー☆:俺は玉ネギ一個食べても平気だからな!』

『トリニキ:畜生が玉ネギを丸一個食べたら死ゾ』

「トリニキさん、ちょっと辛辣なコメントじゃあありませんか……?」

「良いのよ兄さん。トリニキさんも生物学に詳しいそうだし。トリニキさんのコメントっていつもあんな感じだもの」


 トリニキのユッキー☆に対する畜生発言に、穂村は少しだけ戸惑ってしまった。だがミハルの言葉で落ち着きを取り戻す。トリニキはニキらしいコメントが売りだったからだ。なおあやかし学園においては那須野監督と共に脚本を手掛け、教師役として御自ら活躍していたりもする。

 役柄と異なり本職は教師ではないものの、生物学を専攻していたのは事実だそうだ。玉ネギの摂取が多くの動物に重篤な被害をもたらす事を知っているのは言うまでも無かろう。


『しろいきゅうび:レビューのために細部まで見ていたのか』

『見習いアトラ:オタクあるあるやな』

「まぁ確かに僕らはオタクかもしれませんね。ですが……このあやかし学園には様々な寓意が隠されてもいるのですね。何気ないモノローグや小道具が、ある種の暗示として機能している訳でもあるのです」


 これはきっと那須野監督の仕込みでしょうね。ミハルはやはり涼しい顔でそう言っていた。


「もしかしたら、表向きの見た目だけでも健全路線で進めようと思ったから、却って小道具に寓意を込めるという部分に力を入れたのかな、と思われます。

 実際寓意の部分は、中々どぎついですからね。男装の麗人の所で『死後の恋』を引き合いに出した所にもびっくりしましたが、宮坂さんが『鱒』を歌っているシーンも中々恐ろしくも優雅な所だと思ったわ。

 後は……妖狐の術である分身術を、イマジナリーフレンドやタルパ、そして狐憑きなどと結び付けた所も見事だと思ったわ。しかもそれも、宮坂さんの過去の事件に……男装の麗人になった理由付けにもなっていた訳だし」

「道真公を信仰する六花姐さんの持つ釘バットに、アステリオスって名前だった所に、僕はおおっ、と思ったかな」


 ミハルの説明が終わった所で、穂村は少し声を張り上げた。アステリオスとは牛頭の魔人・ミノタウロスの本名である。雷光や曙、星と言った意味合いを持つわけであるから、雷獣の武器としては相応しい。

 加えて梅園六花が信仰する道真公は、牛とも縁が深い。そう言う意味では、アステリオスという名は六花の得物としてこれ以上ない位に相応しいのだ。誰が考案したのかは定かではないが、中々に洒落が利いているではないか。


『りんりんどー:普通に勉強になる』

『絵描きつね:釘バットにそこまで意味があったとは……』

『燈篭真王:そう言えば死後の恋ってどんな話?』

『オカルト博士:読書感想画なんぞを描いたら教師に呼び出しを喰らうようなお話です。ソースはワイの弟』

『サンダー:あっ(察し)』

『きゅうび:?』

「それはそうとサニー。君は宮坂さん推しなんだね?」


 穂村はすかさずミハルに問いかける。クールに振舞っていたはずのミハルだったが、宮坂京子について言及するときは、若干熱っぽい口調になっていたのだ。穂村はそれを見逃さなかった。彼とて雷獣だし、ミハルは実妹なのだから。

 ミハルは……サニーはラッコのような仕草で頬に両前足の先を添える。


「見ていて本当に王子様みたいな感じだったもの。女の子はイケメン女子に惚れちゃう時期があるのよ。兄さんは男だから解らないでしょうけれど」

『見習いアトラ:堕ちたな……』

『トリニキ:唐突な百合展開()に顔中草まみれや』

『ユッキー☆:いやじゃいやじゃ妹が男装女狐に誑かされる所なんぞ見とうなかった』

『きゅうび:誑かしてないだろ! いい加減にしろ!(半ギレ)』

『ネッコマター:きゅうび君半ギレどころか全ギレで草』

「まぁ僕は六花姐さん推しだからね。まぁ……宮坂さんも良い妖だとは思うんだけど」

『月白五尾:知ってた』

『りんりんどー:兄さんと同じくらいのヤバさを感じちゃんですがこれは……』

『絵描きつね:ある意味俺よりヤバいかもしれんぞこれは』


 穂村の六花への入れ込みようを危惧するコメントを華麗にスルーし、主役たる美少女妖怪の魅力について穂村とミハルで順繰りに解説していった。

 話の内容は大まかにこのようなものだ。二人はもちろん見目麗しいわけであるが、そんな二人の心情や心理にスポットを当てた表現になっており、だからこそ一層魅力的なのだ、と。しかも六花と京子は真逆の気質であるから、互いの特徴が余計に引き立つわけである。

 つまるところ、そのように持って行った脚本の力という事になるのだろう。

 その辺りまで話した穂村は、一呼吸おいてから言い放った。


「さて、それではこれで前半を終わりますね。ここからは後半に入ります。前半までと異なり、根幹にかかわるネタバレが十二分に含まれますから、それが嫌な方はブラウザバック願います!

 ちなみに、後半ではネタバレコメントは解禁です!」

『トリニキ:ここからがほんへ』

『見習いアトラ:ネタバレって何やろうなぁ(すっとぼけ)』

『しろいきゅうび:の事実でもあるんだろうか(すっとぼけ)』


 穂村はしばしの間、コメント欄や視聴者の変動を眺めていた。視聴者は減らず、むしろコメントは活発に流れ始めている。

 トリニキの言葉通り、このレビューは後半からが面白くなるはずなのだ。


参考:https://www.aozora.gr.jp/cards/000096/files/2380_13349.html

(死後の恋:夢野久作著 青空文庫より)

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