あやかし学園 エキストラ・トラック【ネタバレ注意】

キメラフレイムのあやかし学園レビュー:導入

「キメラフレイムの謎ときレビュー」というのが、そのチャンネルの名前だった。チャンネル主はキメラフレイムと名乗るアバターである。鵺とも雷獣ともつかぬ妖怪という設定であり、そのアバターは確かに異形のレッサーパンダの姿を模していた。黒く塗りつぶされ、四肢と尻尾に蛇の鱗を生やしたレッサーパンダ。その姿がモデリングソフトによって、やや可愛らしくデフォルメされて表現されていたのだ。

 キメラフレイムの本名は雷園寺穂村という。雷園寺家という雷獣一族の御曹司だった。純血の雷獣でありながら先祖返りを起こして鵺のような姿で生れ落ちた少年。それこそがキメラフレイムの本性だった。

 だから実は動画内でのキャラ紹介は多分に事実も含まれている。それに気付く者は少ないけれど。気付いている者もいるにはいるが、そうした者たちも設定であるという事で乗っかっていたのだった。

 妖怪が完全に明るみになっていない世界では、そうした事が珍しくないのだ。


「皆様こんばんは~、今宵も『キメラフレイムの謎ときレビュー』の時間がやってまいりました~」


 異形の黒いレッサーパンダのアバターが、画面の右端に顕現する。キメラフレイム(略称:キメラニキ)もとい雷園寺穂村の配信の挨拶は概ね「こんばんは」だった。これは夜に配信を始める事が多いのと、自身がに近い事を掛けた洒落のようなものだった。


『ユッキー☆:お前の事が好きだったんだよ! \1000』

『絵描きつね:キメラ君テンション高い……高くない?』

『きゅうび:開幕早々のスパチャは草』

『トリニキ:伝統芸やろ』


 まだ挨拶しかこなしていない所であるが、既に熱烈なコメントが寄せられている。テンションの高さを指摘する絵描きつねのコメントに、穂村は一瞬だけ心が波立った。実のところ、穂村はドキドキしながらこの配信に臨んでいた。

 何しろ今回は――同人ドラマ「私立あやかし学園」のレビューを行う予定だったからだ。彼としては梅園六花の推しポイントだけで百五十分ノンストップで語れるほどであるのだが、もちろんそこは控えめにしておく予定だった。そのための特別ゲストも既に配置されている訳であるし。

 なお、物語の重篤なネタバレを考慮し、配信は二部構成で進める予定だ。ネタバレにつき閲覧注意! と言っておけば、ネタバレを嫌う視聴者への予防線になるだろうから。


「既にコメントをたくさんいただいておりまして嬉しい限りです。タイトルからお気づきかと思いますが……今回は同人ドラマ・『私立あやかし学園』のシーズン1のレビューを行いたいと思います! 本当に、マジで、ドはまりしちゃいました! 忖度抜きで!」

『きゅうび:キメラ君落ち着いて…… \300』

『月白五尾:ドはまりした理由が気になるなぁ』

『ユッキー☆:理由なんて必要ないんや \500』


 コメント共に投げ銭も流れていくのを、穂村は少し複雑な気持ちで眺めていた。収益が得られる事は素直に嬉しいし、配信で収入を得る事は雷園寺家からも正式に許可を貰っている。ただ、投げ銭の多いユッキー☆の懐具合が心配だったのだ。

 彼が穂村のチャンネルの熱心なフォロワーである事は知っていた。それは丁度、穂村があやかし学園のヒロイン・梅園六花の最推しである事と現象なのである。


「ちょっと兄さん。まだ序盤なのにテンション爆上がりだったら身がもたないわよ?」


 丁度その時、画面の左下からもう一つのアバターが姿を現した。キメラフレイム同様にデフォルメした動物の姿をしたアバターである。但し、その姿は黒いレッサーパンダではなくアナグマに似ているが。時たまキメラフレイムの配信に姿を現す彼女はサニーと名乗っている。その正体は穂村の実妹である雷園寺ミハルだった。

 自分一人だと変な方向に突っ走るだろうという事で、ツッコミ役兼ストッパーとしてミハルも参戦しているのだ。もちろん、彼女も兄らと共にあやかし学園は視聴済みだ。


「サニーじゃないか。そりゃあテンションだって上がるよ。何せあやかし学園のレビューをやるんだぞ。君だって面白いって言ってたじゃないか」

「それはそれ、これはこれでしょ。それに今度のオフ会でも、あやかし学園の事をじっくりねっとり話すつもりだって言ってたのに」

「その時はディープな話をする予定なんだよ。今回はまぁ……広く浅く魅力を布教しようと思ってね」


 目をキラキラと……いやギラギラと輝かせながら語る穂村に対し、ミハルは戸惑って呆れたようにため息をつくだけだった。画面上ではアバター同士のやり取りに過ぎないのだが、二人の本来の姿を幻視した者もいるだろう。

 余談であるがオフ会とは、配信を行っている邪神系妖狐とのオフ会の事だったりする。邪神系妖狐とのオフ会を、他の参加者と同じく穂村も心待ちにしていた。

 穂村は軽く咳払いをしてから、言葉を続ける。


「ええ……はい。すみませんね、興奮のあまり取り乱しておりました。ですが今丁度落ち着きましたので、真面目にあやかし学園の紹介に移りたいと思います。

 ちなみに今回の配信は二部構成でお送りいたしますね。後編の方がよりディープな話になるのですが、いかんせんネタバレを含みますので……」


 もごもごと語る穂村に対し、ミハルが助け舟を出す。


「あやかし学園のドラマ自体は、ちゃんと全年齢向けの健全な内容なのですが、より深く知ってしまうと、が横たわっているの。そんな訳で、これからあやかし学園を見ようとしている方や、シーズン1を全て視聴していない方は、後編の視聴は控えた方が良いかもしれないわ」

『きゅうび:あやかし学園は全年齢向けってそれ一番言われているから』

『トリニキ:ショッキングな事実(主演の性別)』

『しろいきゅうび:既にネタバレで草』

『りんりんどー:あやかし学園で男子の性癖がヤバい』

『見習いアトラ:確かにあれはヤバい。健全風に擬態しているから一層ヤバい』

「……ねぇ兄さん。これもうコメント欄でネタバレし始めている気もするんだけど」

「まぁ良いんじゃないのサニー。多分皆も核心を突いた事は後編まで言わないでいてくれるだろうし」


 呆れた様子のミハルに対し、穂村は意気揚々と微笑むだけだった。コメントを投げているのはあやかし学園の製作陣がほぼ半数であると知っていたからだ。それ以外の面々もいるが、彼らも彼らであやかし学園の秘密については知っているだろうし。


「とりあえず、あやかし学園の物語のあらすじを語っていきましょう――」


 穂村、或いはキメラフレイムが声を張り上げる。配信は始まったばかり、夜はまだまだ長い。そう思うと鵺として力が満ち満ちてくるのを感じずにはいられなかった。

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