邪神様のお悩み相談コーナー:前編【クロスオーバー】

 五月某日。休日の昼日中に常闇之神社チャンネルの配信が唐突に始まった。お悩み相談と言うタイトルもさることながら、開始直後の画面も普段とは異なっていた。

 いつもはアバターとされる邪神狐のラヰカ――藍色のメッシュを入れた黒髪はさておき、同系統の色の狐耳と五本の尻尾は流石に本物だと思わぬ者が多いのだ――が、画面の左下に鎮座しているだけである。

 だが今回は、そのラヰカが高級そうな椅子に腰を下ろし、両手に便箋を抱えている所が映し出されていた。部屋自体も和室ではなく、安楽椅子に相応しい洋間だった。常闇之神社には洋間もあったのか? と思う視聴者もいるかもしれない。或いはラヰカの巣穴の中の事なのかもしれないし、何となればラヰカが作り出した空間なのかもしれない。

 余談であるが、椅子は向かってラヰカの左側にもう一脚あり、そこには妖狐の少年がちょこんと座っていた。髪や尻尾は白い毛並みに覆われているが、先端だけは淡い紫色のグラデーションを呈していた。この少年が稲尾竜胆である。ラヰカが弟として可愛がる妖狐であり、またこの度雪女の新妻を迎えた事で有名でもあった。

 ちなみに竜胆も普通に狐耳と三尾を具えているが、ラヰカ同様アバターかコスプレの一種であると、多くの視聴者は解釈していた。


「はい皆さんこゃんにちはー」

「こゃ……こんにちは、神闇道の信者の皆様」

『きゅうび:こゃんにちは! 一コメゲット!』

『トリニキ:ラヰカニキオッスオッス』

『yukiha:序盤から二人のテンション高すぎて草 \250』

『月白五尾:ラヰカは既にネットのおもちゃなのでは?』


 動画はまだ序盤も序盤であるが、それでも既に歓喜のコメントが沸き立っている。ラヰカはそれだけでもほくほく顔だった。ラヰカの登場をこうして素直に喜ぶのは外様の視聴者が多い。なおきゅうびとyukihaについてはラヰカも面識があるのだから尚更だ。何となればこの二人は弟分のような物でもあるし。


「現世ではもう大型連休が終わったみたいですが、視聴者の皆さんはいかがお過ごしでしょうか? ちなみに俺は現世のお伊勢さんに遊びに行ったり、魍魎退治にこき使われたりと充実したような忙しいような連休を過ごしました」

『すきま女:お勤めご苦労様です \500』

『おもちもちにび:ぬけがけはダメです』

『さくら:外で悪さしてないと良いんだけど』

『アトラ:そう言う噂は無かったから大丈夫だと思う』


 流れてくるコメントを半ばスルーしながら、ラヰカは手許にある便箋を持ち直し、口を開いた。


「さて今回は、迷える仔狐ちゃんたちのためにお悩み相談を行おうと思いました」

「兄さんがお悩み相談をするなんて、大丈夫かなぁ」

『しろいきゅうび:ド直球で草』

『だいてんぐ:まぁ様子を見てみましょうよ』


 お悩み相談。ラヰカが言い放った言葉に竜胆はさも心配そうな眼差しを向けていた。それでもラヰカは気にせず言葉を続ける。


「竜胆も失敬なやつだなぁ……元々俺だってファンレターも結構もらってるし、それに連休明けって皆五月病になる事もあるって昔から言われてるだろ。

 更に言えば悩みは負の感情に、要は魍魎の卵みたいなものになるっていう事だ。そういう物を俺にぶつけて解消できて、笑いをもたらす事が出来れば生まれるはずの魍魎が少なくなるって寸法だよ」

『ネッコマタ―:かしこい』

『隙間女:確かに悩みがあったら心の隙間は広がるし』

『サンダー:魍魎増えたらラヰカに任せれば良い定期』


 既に十回以上配信を行っていたラヰカであるが、この度のお悩み相談は初の試みである。なのでどのように進めるかについて、前もって軽く説明を行ってくれた。ラヰカも専門のカウンセラーではない事、むしろ笑いにシフトした方向になっている事などである。また、悩みを知られたくない視聴者も多い事を考慮し、匿名だったり普段のハンドルネームとは異なる名称――ここでは幽世ネームとなっている――を読み上げると言った事も説明の中にあったのだ。


「とまぁ、こんな感じで進めていくんでよろしく。オブザーバーとして竜胆君もいるわけだ――」

「――念のため、私もオブザーバーとしてついておくけれどね」


 オブザーバーの説明が終わる少し前に、ラヰカの向かって右側に一人の少女が現れた。空間を歪めて音もなく、そして影もなく現れるという異様な登場方法に、さしものラヰカも言葉を失う。放送事故だと揶揄する者は――少なくとも常闇之神社サイドからは出てこなかった。闇をまとったかのような、四本の腕を具える少女が何者であるのか、神使たちは皆知っていたからだ。

 その少女は夜葉と名乗っていた。幽世に住まう妖怪であると称し、最近は稲尾菘――竜胆の実妹でラヰカの妹分でもある――の友達として常闇之神社によく出入りしていたのだ。

 神闇道の主神・常闇様が一部受肉して顕現した存在。それこそが夜葉の本性であった。常闇様としての力を十全に振るえるわけでは無いが、それでも夜葉は強大な存在である事には変わりない。何となればこの姿であってもラヰカと互角かそれ以上の力量があるのだから。

 夜葉の登場にラヰカがぎょっとしてしまったのも、それに竜胆が指摘を入れる事が無かったのも、そうした事情があるためなのだ。


「あ、は、は、は……夜葉まで来てくれるとはな。ちょっとびっくりしちまったよ」

「そりゃあそうよ。うっかりラヰカが不適切な事を言ってもいけないだろうし」


 ラヰカはふと、コメント欄がにわかに鎮静化した事に気付いた。神使たちのみならず、弟分である源吾郎や雪羽も特にコメントを入れていない。あの二人も、夜葉の正体について何か察しているのだろう。


「さてそれではお便りを紹介しましょう。幽世ネーム・ナレギツネさんからお便りが来ております。

『ラヰカ様こんにちは。いつも配信動画は楽しく視聴しております。

 さて相談事なのですが、僕には今、結婚を見据えて交際している女性がおります。彼女も僕の事を愛しているとは思うのです。ですが一人の男としてではなくて、弟として愛しているだけではないかという考えが時たま脳裏をちらつくのです。

 確かに彼女の方が僕よりも年上ですし、僕自身も末っ子気質だという自覚はあるにはあります。ですが僕も大人の男としての矜持を持ち合わせています。彼女にも頼りがいのある所や強い所を見せたいと思っているのですが、一体どうすればいいのでしょうか。ラヰカ様。どうかよろしくお願いします。

 追伸:もし可能であれば、結婚した稲尾竜胆君にもご意見を頂ければ嬉しいです』

 との事です。いやはや、初手から恋愛相談かぁ……」

『サンダー:ラヰカ嫉妬したんちゃうか?』

『yukiha:ナレギツネはきゅうび君やろうな(ゲス顔)』

『トリニキ:幽世ネームも相談自体もバレバレでほんと草』

『キメラフレイム:ナレギツネは人の手で改良された狐の事らしいですよ』

『ネッコマタ―:キメラニキの解説たすかる』

「あーはいはい。yukiha君にトリニキちゃん。一応お悩み相談は匿名だし、きゅ……いやナレギツネ君が誰かを特定するのはやめようね! 俺は誰か知ってるけれど」

『きゅうび:今ポロリしましたよね(威圧)』

『アトラ:無言からのブチギレはほんと草』

『しろいきゅうび:誰の相談なのか全然わからなかった(すっとぼけ)』


 当然の話ではあるが、ラヰカは届いたお悩み相談の主が誰であるかは知っている。お便り自体も柊や菘の検閲が掛けられているからだ。二人の持つ天眼通をもってすれば、名前を隠していたとしても誰がどのようなお便りを寄せたのかは丸わかりだ。

 もっとも、内容が内容であるから、源吾郎の悩みなのだろうなと言う事はラヰカもすぐに解ったのだが。ラヰカと会う時は、人懐っこいものの大人しい青年として振舞っていたように思っていたが、ある意味彼らしい相談かもしれない。


「んー、まぁ相談文からしてもナレギツネ君は真面目な印象を受け取りましたからねぇ。でもやっぱり、真面目だから『男はこうあるべき』とか、そんな考えにすこーし囚われちゃってるのかなって俺は思いました」

『燈籠真王:ラヰカが珍しく真面目な事を言っている』

『隠神刑部:日頃の行い故のツッコミやな』

『yukiha:でもキツネニキは事あるごとに女子変化するんやで』

『きゅうび:(言う程頻繁に変化して)ないです』

『トリニキ:むしろきゅうび君の彼女の方がイケメンって言う説までありますしおすし』


 コメントの方はあとからあとから沸き上がり、ラヰカもそれを全て追いかける事は出来なかった。盛んにコメントを入れているのはyukihaとトリニキである。時たま隙間女やだいてんぐも入っているが彼らは割合控えめな物だ。ナレギツネもといきゅうびとリアルで面識があるからどうにもツッコミを入れたくなったのだろう。それもあってなのか、きゅうびのコメントがいつもよりも大人しいのは気のせいでは無かろう。

 とはいえこのままでは話が進まないので、ラヰカは竜胆の方を見やった。


「竜胆君! ここは妻帯者としてきゅうび君、いやナレギツネ君に一言アドバイスをどうぞ! ナレギツネ君から直々に指名が入ってるし、何より年上の奥さんを持つ先達なんだからさ」

『yukiha:やっぱりきゅうび君じゃないか(歓喜) \600』

『きゅうび:別にバレても平気だもん……\900』


 ナレギツネさん。真面目な竜胆は、一応は相手の顔を立てて幽世ネームで呼びかけた。


「確かに僕も妻の方が年上なので、可愛がられている感は結構ありますよ。多分ナレギツネさんもそんな感じなんだと思います。

 それを愛されているあかしとして受け入れればいいのかなって僕は思いますね。母性本能をくすぐられる男子って言うのもいますし、多分ナレギツネさんも彼女さんにとってそんな感じなんじゃないでしょうか」

「新妻の竜胆がそう言うと説得感が半端ないな」

『ゆきおんな:後で表出ろや』

『月白五尾:ゆきおんなさんに冷やされたらあっためてあげるから♡』

『がしゃどくろ:コメントが物騒すぎてほんと草』

『だいてんぐ:男の子はそのままが一番魅力的なんです(半ギレ)』

『yukiha:ヒエッ……』


 こうした反応は、ラヰカが竜胆を女の子扱いしがちであるからだろう。竜胆はなおも、画面の向こうにいるであろうナレギツネに向けて言葉を続けた。


「それに今は彼女さんの弟分みたいな関係性かもしれませんが……時が経てばその関係性も変わって来ると思うんです。その時にはきっと、ナレギツネさんも大人の男性として、彼女さんに認めて貰えるかもしれませんし」


 そう語る竜胆の拳が小さく握られているのが、ラヰカと夜葉には見えた。歳の差カップルや姉さん女房の場合、男は弟分として庇護されてしまう事は致し方ない。だがそれでも、歳月を経て立派な男になれば状況は変わるのではないか――それはもちろんナレギツネに向けた言葉だった。だがそれ以上に、竜胆はおのれに言い聞かせている節もあったに違いない。

 だからこその説得力だ。メス男子になれだのなんだの言っているのを棚上げし、ラヰカもこの時ばかりは一人納得していたのだ。


「――とまぁ、こんな感じなんだけれど。ナレギツネさん、宜しいでしょうか」


 それじゃあ次の相談を読み上げようか。夜葉の呼びかけを聞いたラヰカは、次の相談を読み上げる準備に入ったのだ。

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