あやかし学園・エキストラトラック――ドラマ企画が生まれるまで

「どういう世界観を舞台にするかはさておいて、ジャンルとしては妖怪ものになる事は確定しているかな」


 おおよそ現代を舞台にした方が良いだろうな。そんな事を思いつつも源吾郎はまずジャンルについて言及していた。


「分身や幻術を使って補助が出来ると言えども、残念ながら僕の妖力も無尽蔵とは言えませんからね……どのみち、僕や雷園寺君の知り合いから有志を募る事になるでしょうし」


 源吾郎の言う有志の面々が妖怪たちである事は言うまでもない。ごく少数ながら人間も含まれるかもしれないが、その人間たちも源吾郎の本性を知っている者になるのは明らかだった。

 妖怪たちは人型に変化する術を嗜むものが多い。それでも、完全に尻尾まで隠して過ごすのはしんどいと思う方が大多数なのだ。そうした事を考慮すれば、下手に人間ばかりが登場するドラマよりも、妖怪ものに振り切った方が良いだろうと源吾郎は考えたのだ。

 妖怪ものになるって事は初めから解ってたけどね。したり顔でそう言うのは鳥園寺さんだった。


「妖怪ものは良いとして、どんな感じのお話にするの? 文明や科学の光に追われた妖怪たちが、闇の中でひっそりと暮らしているだとか、或いは人間に対して悪さをする妖怪と闘う物語とかは昔からあるけれど……そんなベッタベタな内容で島崎君たちが妥協するとは思えないもの」

「妖怪が、人間様の扱う科学に追いやられるですって!」


 鳥園寺さんの言葉を聞くや否や、雪羽は臆面もなく吹き出した。


「こりゃあ傑作だぜ……確かにそう言う雰囲気のお話はありますけれど、研究職である僕らにしてみれば、最大級のジョークって感じですかね」

「おっそうだな」


 雪羽の手が肩を撫でる感触を味わいながら、源吾郎は素直に頷いた。妖怪が人間の扱う文明や科学技術に追いやられる事はまずありえない。若妖怪に分類される源吾郎や雪羽は研究職であり、それこそ科学的な物事に触れている所なのだから。

 人間の傍で暮らしている妖怪は人間の社会に順応しているし、元より人間と関わらない妖怪たちは、人間の暮らしなど気にせず過ごしているはずだ。いずれにせよ、妖怪たちの暮らしが人間様のライフスタイルで揺らぐことはまず無い。


「でも流石に、妖怪退治の話は島崎君と雷園寺君は抵抗があると思うんだけど。二人ともどうなのかな?」


 妖怪退治の話について尋ねたのはオカルトライターの賀茂さんだった。彼女は(恐らくは)陰陽師・賀茂の忠行の子孫であり、フィクションの世界では妖怪の敵だったり妖怪を式神としてパシったりしている存在になるのかもしれない。

 その彼女はしかし、気遣うような眼差しでもって源吾郎と雪羽を見つめていたのだ。 

 源吾郎と雪羽の視線が一瞬絡み合う。と言っても、源吾郎の中では答えは決まっていたし、それは雪羽も同じ事だろう。


「妖怪退治物ですか。面白ければ面白いなーって思って読むかな。所詮は漫画とかアニメの話だから、別段妖怪が悪者として描かれていても目くじらは立てないよ」

「邪悪でド外道な妖怪が巨悪として描かれている作品は却って魅力的なんだよね。そう言う悪役に感情移入しながら読みたくなるかな、僕は」

「お、おぅ……」


 雪羽に続いて源吾郎が意見を述べると、微妙な空気がその場に充満してしまった。と言うか雪羽が一番引いているような感じもしなくはない。

 雷園寺お前何で引いているんだよ。そんな源吾郎の心のツッコミを読み取ったのか、やや呆れた様子で雪羽が口を開いた。


「先輩ってば悪役ムーブがお好きですよね。最近はそう言う話を聞かなくなったと思ってたのに」

「ええやん別に。悪には悪の浪漫がある……雷園寺君だってそう思わないかい?」

「そんな事を思うのは、先輩が腹の底からイイコチャンだからだろうさ。俺はもう悪なんぞこりごりだよ」


 それもそうだったな……呆れの色が深い雪羽の表情と声音に、源吾郎はそう思わざるを得なかった。今でこそ爽やかな好青年だと認識されつつある雪羽であるが、数年前までは悪事に悪事を重ねる様な悪ガキだったのだ。無論その報いによって懲罰を受けた雪羽の事だから、悪事や悪妖怪に対しては色々と思う所があるに違いない。


「まぁその……温厚な人がえげつないサスペンス小説とか鬱展開丸出しのホラー小説を手掛ける事もあるらしいし、島崎君の悪役への憧れもそんな感じなのかしら?」

「多分賀茂ちゃんの推測通りだと私も思うわ。仕事の方も真面目にこなしているみたいだし、その反動もあるのかもね」


 源吾郎と雪羽が言葉を交わす傍らで、鳥園寺さんと賀茂さんが顔を見合わせつつ源吾郎の悪人ムーブについて考察しているらしかった。言うて三大悪妖怪の子孫だから悪人ムーブに憧れるだけなんだけどなぁ……源吾郎は呑気にそう思っていたのだった。


「それはそうと、ドラマに出るんだったら俺は梅園六花の姿で出るつもりだから、そこんところよろしく」

「そうなのか!」


 配信ドラマでは梅園六花として登場する。その言葉に源吾郎は驚きの声を上げてしまった。源吾郎の影響で女子変化を行うようになった雪羽であるが、実の所源吾郎ほど頻繁に女子変化を行う訳でも無いのだ。せいぜい気が向いた時か、エージェントとして派遣されるとき程度である。


「へぇ、雷園寺君は変化術が苦手だし、女子変化を始めて日が浅いからさ、まさかそんな事を言い出すとは思わなかったぜ。もしかして、女子変化の面白さが徐々に解り始めたとか?」

「そう言うんじゃないんで」


 ニヤニヤ笑う源吾郎の言葉を雪羽はバッサリと否定する。その翠眼には切実な物が急に浮き上がってきた。


「島崎先輩。俺が、雷園寺雪羽が雷園寺家の次期当主候補だって事はよーく知ってるでしょ? だから本家の連中も含めて、良くも悪くも俺は注目されてるの。しかもそれだけじゃなくて、まだ俺が悪さばっかりしていた時の事を知ってる妖怪たちも多いからさ……雷園寺雪羽としてドラマに出てたら、それこそふざけていると思われてもいけないし」

「君の言い分はよく解ったよ、雷園寺君」


 そりゃあ雷園寺としても死活問題だよな。おのれの過去と将来に焦点を当てた雪羽の主張は一理ある物だと、源吾郎はまず思った。但し、それでも解せない所はあるにはあったが。


「とはいえ雷園寺君。世を忍ぶ仮の姿として梅園六花を選ぶのは少し違うと思うんだけどなぁ。だってさ、女の子になったってで顔つきとか言動とかはまんまじゃないか。勘の良い妖ならバレると思うぜ?」

「そもそも男が女の子に変化するってところ自体で変化点がデカすぎるから、多分バレないと思うぜ」


 頬を火照らせながら雪羽は言い返し、源吾郎の瞳をじっと見つめながら笑った。


「と言うか先輩は、女子変化へのこだわりが強すぎるだけなんですってば」

「確かに、そうかもしれないなぁ」


 源吾郎の言葉に、何故か雪羽のみならず鳥園寺さんと賀茂さんも笑い始めたのだった。

 ここで大笑いした雪羽は気を良くしたらしい。理由はもう一つあるんです。そう言った雪羽の顔には満面の笑みが浮かんでいた。


「鳥姐さんも賀茂さんも、前に俺たちがラヰカ姐さんにお会いした事はご存じだと思うんです。その時に、こんなイラストを描いていただきましてね……」


 いそいそとタブレットを取り出した雪羽は、慣れた手つきで表面をタップし、一枚の画像を呼び出した。

https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/8wRysnkZ


「見ての通り、スケバン雷獣娘ですね。梅園六花のイメージに合いそうって事で」

「スケバンって昭和……って思ったけれど、考えてみればユキ君って昭和生まれだもんねぇ」

「確かに似合ってるわこれ……」

「えへへへへ。ですよね、似合ってますよね」


 似合ってるかどうか尋ねる雪羽の面には、しっかりと笑みが広がっていた。折角ドラマを作り上げて出演するのならば、ラヰカから貰ったイラストを基にスケバン雷獣娘を演じてみたい。そのように雪羽が考えているであろう事は源吾郎には手に取るように解っていた。

 雪羽はラヰカの事を兄のように慕っており、ラヰカもまた雪羽の事を弟分と見做して可愛がっていた。「雪羽君と六花ちゃんは俺の推しなんだよねぇ~あ、もちろん源吾郎君も可愛いと思ってるからさ」などと言うぐらいにラヰカが雪羽を気に入っている事も源吾郎は知っていた。

 なお、源吾郎もラヰカの弟分であるが、ラヰカが雪羽を最推しだと聞いても嫉妬心は無かった。自身が最推しで無かろうと、ラヰカとの繋がりは自分の方が深いと思っているからだ。事実ラヰカは殺生石の怨念にてその身が構成されており、源吾郎は玉藻御前の曾孫である。住む世界は異なれど親戚同士と言っても過言では無かった。


「それに島崎先輩だってイラストを貰ってたじゃないっすか。女子変化した上で男装もするって事で、学ラン姿でさぁ」

https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/KnBEAvnf


 そうだとも、と源吾郎はゆったりと頷いた。男装の麗人は最近編み出した業の一つであるが、それを今回のドラマに活かす事もできるであろう。

 学ラン姿の男装の麗人は良いとして、その内面は如何なるものに仕立て上げようか……演者と言うよりもむしろ監督や脚本家の気分になって、源吾郎はおのれの役柄を考えていた。スケバンの雷獣娘を主役に仕立て上げる事は既に決まっている。であれば自分はどういった立ち位置か。やはりここは悪役に、そうではないにしろスケバン少女の対になる様な存在こそが相応しい。

 そんな風に源吾郎は思案を巡らせていたのだ。


 かくして、四人ののんびりとした会話からインディーズドラマ「私立あやかし学園」の撮影と配信が決定する事と相成ったのだ。

 その後有志を集めるのに苦労したりだとか、スポンサーとなった萩尾丸から脚本の検閲を受けたがために(トリニキの担当部分において)修正地獄に叩き込まれたりなどと言った出来事があったのだが、それはまた別の話である。

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