若妖怪、動画配信を目論むの巻:後編

 鳥園寺さんと歓談していた賀茂さんであったが、何かを思いついたらしく口を開いた。


「虚飾にまみれた配信動画ねぇ……それならいっそ、フィクションに振り切れば良いんじゃないの」

「というと?」


 問いかけると、賀茂さんはびしりと源吾郎を指し示し、きっぱりとした口調で言い放つ。


「ちょっとしたドラマとか、ショートムービーとかを作ってみるのもありかなって今思ったの。あ、でももう今皆が話していた配信動画とは違うかもしれないけれど。

 でもね、演劇部だった島崎君なら出来そうな気もするのよ」

「ドラマですか……すぐに出来るとは即答できませんけどね。ジャンルとか尺によりけりですかね」


 吟味するように応じながら、源吾郎は脳内でドラマについて考えていた。演劇部で培ってきた技術や知識が脳内で駆け巡っていたのは言うまでもない。

 演劇部の部員は、舞台で演ずる演者に徹するだけで良い訳ではない。脚本や監督、或いは大道具や裏方などの役割を担う事があるのも源吾郎は身をもって知っていた。

 脚本や監督は言うに及ばず、裏方ももちろんないがしろには出来ないぞ……過去の活動に思いを馳せていた源吾郎であるが、雪羽の呼びかけによって我に返った。


「先輩。その返答だと内容によっては作れるし、先輩自身も作るのに前向きだって事ですね」

「何だと雷園寺君。俺はまだ即答は――」


 僅かにうろたえる源吾郎であったが、その彼の言葉を遮り、雪羽は満面の笑みで言い足した。


「あはは。先輩の事だから、出来なければ出来ないとはっきりと言うはずだもん。もちろん、出来る事だったら出来るって即答するだろうし、出来ない事なのに出来るってカッコつけて言う事も無いでしょ? 少なくとも俺たちの前ではさ」

「まさしく君の言うとおりだよ」

「ははは。俺と先輩の付き合いももう長いもんなぁ」


 全くもって大した洞察力だぜ。無邪気に笑う雪羽を眺めながら、源吾郎はそんな事を思っていた。源吾郎と比較して脳筋だのドスケベだのヤンチャだのと言われている雪羽であるが、実の所直感力に優れ、相手の考えや機微を読み取る能力に長けていた。

 なお、源吾郎が色々と解りやすい性格であるというツッコミは受け付けてはいない。


「それによく考えてみれば、演劇部だった時よりもある意味にドラマ作りが出来るとも思ったんです。皆さんは僕の正体をご存じですから、僕も変化術や分身術をドラマ作成に存分に使っても遜色ないでしょうからね。

 そうすれば、用意する道具も少なくて済むでしょうし、場合によっては妖員じんいんも最小限で済むかもしれません」


 言いながら、源吾郎は何もない所に手をかざす。直後、小さなもやが発生するや否や、それらはチビ動物の姿に変化していった。ぬいぐるみと動物の中間のような姿をした彼らは、映画監督やカメラマン、ディレクター、そして役者の姿をそれぞれ模している。ドラマの撮影状況はこのような物であろうな――源吾郎の思いのままに、彼らは蠢いていた。


「あら可愛い」

「はえーっ、すっごい精巧に出来てるわねぇ」

「チビ狐とか分身を使ってのドラマ撮影かぁ……確かに島崎先輩はそう言うの好きそう」


 頃合いを見計らい、源吾郎は出していた分身をそっと消した。鳥園寺さんと賀茂さんは割合素直に驚いて喜んでくれていた。源吾郎の分身術を知っている雪羽も、感心しているようである。

 そうした三人の様子に、源吾郎はすっかり気を良くしたのだった。


「変化術も妖狐の技の真骨頂ですからね。昔から、化け狸たちと並んで妖狐が大掛かりな変化術を展開したりですとか、人間たちを化かしたりした話は残っている訳ですし、現代は現代でプロジェクションマッピングとかそう言う方面に力を入れる狐たちもいますからね。

 それにやはり、こうした変化術を魅せる事もまた、術の使い手の力を高める事になるらしいんですよ。驚いた観客の気を、僅かながら吸収できますからね」


 妖狐が気を吸収する技と言えば、色仕掛けの末の行為であると思われがちであるが、何もそればかりが気を吸収する術と言うわけでは無い。房中術こそが気を吸収するのに最も効率が良い術である事実であるが、無論それ以外の方法であっても、気を吸収する事は出来るのだ。

 その手段の中に、変化術でもって相手を驚かせ、驚嘆や称賛の念を引き起こすという物があった。こうした術で力を蓄える妖狐や化け狸の方がむしろ多いほどである。効率のいい吸収方法ではないにしろ、手っ取り早い上に相手に対しても負担が少ない吸収方法であるからだ。しかも、恐怖や憎悪などの悪感情を引き出すわけでは無いので、摘発される恐れも無い。それどころか上手くいけばインフルエンサーなどと言った表現者としてもてはやされる可能性さえある。

 後になって知った事であるが、源吾郎もまた演劇部の活動を介して、おのれの妖力を増強していた部分があったらしい。もっとも源吾郎の場合、産まれた時から三尾だったので、吸収した気によって妖力が劇的に増えたというわけでは無いのだが。

 さてそんな源吾郎の膝元に、ふわりとした柔らかな物が触れた。細長い雪羽の尻尾だった。それとなく尻尾に手指を這わせるも、雪羽は尻尾を引っ込める事は無かった。それどころか、何かに気付いたと言わんばかりの表情で源吾郎に顔を近づけた。


「先輩ってば、ドラマの話になった途端に生き生きし始めましたね。ふふふ、やっぱりラヰカ姐さんを意識してるんじゃないんですか。あのひとだってドラマを手掛けてらっしゃる訳だしさ。ラヰカ姐さんに張り合っているのか、それとも慕っているから同じ事を手掛けたいのか俺には解らないけれど」

「俺がドラマを作ったとて、ラヰカさんが手がけるそれとはよ」


 源吾郎はそう言って、溜まった活力を鎮めるかのように深々と息を吐いた。

 雪羽の指摘通り、ラヰカは幾度もドラマを手掛けていた。そちらは常闇之神社チャンネルのサブチャンネル――もしかしたら常闇之神社チャンネルがサブでこちらがメインなのかもしれないが――に時たまアップされてもいたのだ。 

 ドラマの内容は多岐に渡っていたが、概ね妖怪や幻獣、そして人間が織りなすアクションドラマと呼んで遜色ないものであった。

 ドラマに登場する縁者たちも源吾郎にはもはや馴染みのある面々、要は常闇之神社の神使たちから選出されていた。大いなる鬼神たる稲尾燈真、稲尾家の血筋を護る稲尾椿姫とその弟妹達、猫又の霧島万里恵……ドラマごとに設定や役柄は異なるものの、画面の向こうでは彼ら彼女らが、与えられた物語の中で踊っていた。まるでその世界で――いや、ラヰカとその仲間が関与するドラマに限って言えば、その例えは不適切であろう。


「だってさ、ラヰカさんが手がけているドラマはある意味幽世での公務みたいなものなんだぞ。神使の皆が辿っていたはずの……途中まで辿っていた歴史をなぞって、こうなる筈だったって言う道筋を示している訳じゃんか」


 ラヰカのドラマが真に迫っている理由。それは神使たちが辿っていた出来事を基にしているからに他ならなかった。

 基本的に、幽世の住民は非業の死を遂げた者たちが流れ着いた存在なのだという。ラヰカたちによると非業の死を迎えたデッドエンドは歴史の歪みに当たり、ドラマと言えどもあるべき形に正史を示す事こそが重要なのだそうだ。

 だからこそ外部の視聴者には臨場感あふれる物語としてそれらを楽しめるという算段なのだが……ドラマ撮影もまた大変な苦難を伴う物であろうと源吾郎は思っていた。


「非業の死を迎えない物語と言えども、自分の妖生をそっくりそのままなぞってドラマにしているんだ。メソッド演技が生易しく感じられるほどの事だろうさ」

「メソッド演技ってなぁに? 初めて聞くんだけど」


 鳥園寺さんの問いに、源吾郎はあ、と短く声を漏らした。思わずマニアックな事を口にしたのだとこの時になって悟ったのだ。


「ええとね、メソッド演技って言うのは演じる役が感じるであろう感情に対して、自分が過去に抱いた感情でどれが近いかを照らし合わせて……それでよりリアルな演技をするための方法なんだ。

 良い感情ばかり再現するわけじゃあないから、もちろん演者もかなりしんどい思いをするんだけどね」


 源吾郎はそこまで説明していたが、少し考えてから言葉を絞り出した。


「そうだねぇ……メソッド演技は言うなれば憑依型俳優になって、それで自分と役が一体化しちゃってる状態って事かな」


 憑依型と言う言葉の方が、まだ流石に馴染みはあったらしい。賀茂さんや鳥園寺さんは納得したような表情を見せてくれたのだ。

 余談であるが、演劇を嗜み様々な変化を習得している源吾郎は、実の所憑依型の演者ではない。宮坂京子であれ塩原玉緒であれ「島崎源吾郎が別の姿を演じている」と言う意識が根底にしっかりと鎮座しているのだ。

 逆に言えば、変化術はそれほどしっかりとおのれの意識を保っていないと変化におのれの意識を呑まれる事すらあるという位なのだ。おのれとは違う姿を意識しつつも、自分は自分であるという自我は揺らがない。相反する意識の動きの絶妙なバランスによってなし得る物こそが変化術という物なのだ。


 変化術や演劇の事はさておいて、次はどのようなジャンルのドラマにするのか。話題の流れはそちらに向かおうとしていた。

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