若妖怪、動画配信を目論むの巻:中編

「と言うよりも島崎君。本当はお料理動画よりもアニマルビデオの方が島崎君はやりたいんじゃあなくて?」

「アニマルビデオだなんて……せめてペット動画と仰ってくださいな」


 笑い終わった鳥園寺さんの口から放たれた言葉に、源吾郎はびくっと身を震わせてしまった。図星だったからだ。

 元より源吾郎は猫やウサギなどのフワフワした生き物が好きだった。しかし妖怪の血が濃いせいで、そうした動物たちと触れ合う機会に恵まれずにいたのもまた事実である。


「ごめんね島崎君。この前の配信の時にアニマルビデオってコメントを投げちゃって。でもまさにそんな感じだったから」

「あれって賀茂ちゃんのコメントだったのね。あーでも、確かにあの時の島崎君はただならぬ感じだったわねぇ。目が据わってたもん」

「ははは、それだったらアニマルビデオって言われるのもしゃあないですよ。鳥姐さんに賀茂さん。あの時先輩ってば血眼になって俺を弄り回していたんですよ!」

「雷園寺!」


 賀茂さんと鳥園寺さんのやり取りは大人しく聞いていた源吾郎であったが、茶化すような雪羽の言葉には思わず反応してしまった。

 尻尾の毛を逆立て、源吾郎は雪羽を睨みつける。


「お前さぁ……屋上は無いけれどこの俺に焼かれたいんか? 焼いてくぞこの野郎」

「おお怖い怖い」


 源吾郎の脅し文句に、雪羽は肩をすくめて笑うだけだった。別に源吾郎も本気では無いし、雪羽もその事が解っていたからこうして笑っているのだ。言うなれば若妖怪同士のじゃれ合いである。

 無論こうしたやり取りがふざけ合いである事は、付き合いの長い鳥園寺さんも察しているらしい。笑みをたたえながら、しかし興味深そうに源吾郎たちに視線を向けていた。


「そう言えば島崎君。何であの時唐突なモフ展開が繰り広げられたのかしら? そりゃあまぁ二人ともラヰカニキの所に遊びに行って、それではしゃいでいるって事は解るけれど」

「それはですね、雷園寺君から直接『あたしの事を好きにして良いの』なんて言われたからですよ。ホテルの一室で、わざわざ梅園六花に変化した上でそう言ったんですからね」

「二人の間でそんな事があったのね」

「それならそう言う展開に……なるんかな」

「まぁ俺たちの間ではそう言う事になりましたんで」


 素直に納得する賀茂さんと、不思議そうな様子を見せる鳥園寺さんに対し、源吾郎は短く返答した。その脳裏には、布団に潜り込んできていた梅園六花の姿がおぼろに浮き上がっていた。

 雪羽の面影を多分に残す中性的な面立ちと、それとは裏腹にメリハリのある身体つき。加えて男子にフレンドリーで懐っこい仕草の梅園六花は、成程男子ウケの良い美少女妖怪となるであろう。源吾郎は特に心は動かないが。


「と言うか雷園寺君。冗談だろうと何だろうと好きにして良いなんて軽々しく言うなよな。それで変な事をされたら、嫌な思いをするのは君なんだからさぁ」

「島崎先輩だから好きにして良いって言っただけですよう」


 思い出したように源吾郎がたしなめると、雪羽は拗ねたような笑みを浮かべて応じたのだった。


「島崎先輩はお優しいですから、乱暴な事をしでかす事はまず無いでしょうに」

「そういう物なのかなぁ」

「そういう物なのかもね、島崎君」


 ほのかな居心地の悪さを感じ、源吾郎は息を吐いた。優しいとか乱暴な事をしないと言われると、どうにも決まりが悪くなってしまうのだ。雪羽とは戦闘訓練ではボコボコにしてやろうと闘志をむき出しにして立ち向かっていくし、そうでなくとも喧嘩遊びに興じる事もある。さっきだって粗暴な言葉を雪羽に投げかけた所でもあるし。

 そうした事柄を乱暴ではないと、雪羽が思っているという節ももちろんあるだろうけれど。


「私、話の流れが大体解ったかもしれないわ」


 そんな風に言ったのは賀茂さんだった。彼女の視線はまず源吾郎に向けられ、それから雪羽にスライドしていった。


「雷園寺君に仔猫の姿になってもらって、それでペットの代わりにするって感じなんでしょ。確か島崎君の所には、十姉妹しかペットはいなかったはずだし」

「そうそう、そんな感じですよ賀茂さん。厳密には僕のペットは他にもマリモのマリーちゃんとかいるんですけどね」


 マリモのマリーとは中学校での修学旅行(北海道)にて購入したマリモの事である。修学旅行の際に購入したお土産の一つなので、実は源吾郎にしてみれば古参のペットになる訳なのだが、その話はまぁ良かろう。


「仔猫と言うか……雷園寺君の本来の姿自体が仔猫みたいなものですからねぇ。何となくハクビシンみたいな所もありますが」


 そう言ってから、源吾郎は雪羽に目配せした。そんな訳で変化を解け、と。雪羽は訝しげな様子を見せてはいたが、それでも素直に変化を解いた。黄金色や水色に輝く白銀の毛皮と翠の瞳が特徴的な、美しい獣の姿である。耳の先は丸く、マズルは若干長いものの、珍種の猫と言えば通りそうな姿だった。


「それが雷園寺君の本当の姿なのね。前見た時よりも小さいから驚いちゃった」

「賀茂さーん。小さい言うてもこれでも十キロの大台は超えたんですからぁ」


 賀茂さんの言葉に、雪羽は弱弱しく抗議した。小さいという言葉はやはり気になるらしく、意気消沈したように両耳がぺたりと寝てしまっている。

 とはいえ、賀茂さんはかつて狼ほどの大きさに膨れ上がった雪羽の姿を目の当たりにしているのだ。あれもまた一種の変化であり、本来の姿とは異なっているのだが……それが本来の姿だと思っても致し方なかろう。

 さて獣形態で伏せている雪羽の大きさであるが、単なる猫と言うには巨大だった。飼い猫と比較するよりも、オオヤマネコや柴犬、或いは日本スピッツと比較しても遜色のない大きさであろう。実際問題、伏せる雪羽の毛皮は、日本スピッツにそっくりであるし。

 ちなみに雪羽はこれからもどんどん大きくなるであろう事も、源吾郎には解っていた。彼の叔父である三國は大型のグズリほどの姿であり、五十キロ近い体重の持ち主であるという。人間の男性であれば五十キロ弱と言えばいささか細くて軽い印象を与えるかもしれないが……獣妖怪で五十キロと言えばかなりの存在になる。獣妖怪の大きさと重量は本来の姿に依存し、妖力が増えれば大きくなるからだ。

 だから例えば、妖狐と言えども一尾や二尾程度であれば、十キロ未満の個体ばかりなのである。九尾の狐が巨大だったのは、妖力を蓄えていたからなのである。


「十キロオーバーの猫ちゃんって、もう超大型サイズよね」

「その辺は配信するときに調整するのでご安心ください」


 スマホを探って調べ物をしようとする鳥園寺さんに対し、源吾郎はにこやかに応じた。源吾郎とて雪羽の本来の姿をそのまま動画にアップするつもりはない。そもそも雪羽は三尾である。大きさ云々以前に異形めいた姿ではないか。

 そんな事を思っていると、脇腹の辺りに雪羽がぶつかってきた。


「調整って先輩、鳥姐さんは安心できても俺は安心できないってば! やっぱり弄り回されるじゃないか」

「いやはや雷園寺君。君の姿を弄るんじゃあなくて、認識をあやふやにして、それで猫っぽく見せるだけだよ。そもそも尻尾だって三本もある訳だし」

「尻尾なら俺だって隠せるけれど」


 言うや否や、雪羽の三尾がブレて輪郭が薄れ、ややあってから一尾だけになった。尻尾の隠蔽は確かに雪羽も出来たよな……それを見ながら源吾郎は思い直した。変化体である梅園六花は二尾の少女だし、そもそも雪羽も尻尾のない人間に擬態する事は可能なのだから。


「おう、それならちょっと大きい猫ちゃんと変わりないな。おっしゃ、これだったら映えるぜ! モフモフのイケメン猫と一人暮らしの美女との生活って体でやったら良さそうやん」

「美女って宮坂さんの事?」


 もちろんさ。源吾郎の腕周りにすり寄ってきた雪羽に対し、源吾郎は力強く頷いた。


「生活の体って……そもそも宮坂さんが登場する時点で虚飾まみれやん」

「鳥園寺さん。そもそも妖怪ってペットになるのかしら?」

「妖怪は特定動物レベルの存在だから、人類のペットになるなんて事はまずありえないわ」


 やっぱりペット動画も今一つなのかなぁ……雪羽の背中の毛を撫でながら、源吾郎は静かに思案に暮れていた。

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