最新話

若妖怪、動画配信を目論むの巻:前編

「島崎先輩に鳥姐さん。やっぱりさ、俺たちも配信に挑戦してみましょうよ。ラヰカ姐さんみたいに」


 松の内ではないにしろ、まだまだ正月気分が抜けぬ一月の休日。配信をやってみようと言ったのは、雷獣の雪羽だった。

 ちなみに彼の言ったラヰカ姐さんとは、面白おかしい動画配信で有名な邪神系妖狐の事である。狐耳と先端だけ藍色の黒い五尾を具えた美女と言う姿のラヰカが、アバターなどでは無くて別世界におわす常闇之神社の神使である事を雪羽が知っているのは言うまでもない。ついでに言えば、その話を聞いている面々にとっては周知の事実だった。

 何となれば、源吾郎と雪羽は何度も生でラヰカと会った事のある間柄でもあるし。


「ラヰカニキの配信は確かに面白かったわよね。あのマウス料理とかも、途中でグダグダになっちゃったけれど、それはそれでラヰカニキらしいし……」


 頬に指を添えながら、可愛らしい仕草で言うのは鳥園寺飛鳥だった。既にアラサーの域に到達している彼女であるが、童顔ゆえに若々しく、少女のような愛くるしさを未だに残していた。もっとも、源吾郎や雪羽は年長者として、或いは鳥園寺家の当主として敬意を払っている人物であるのだが。

 ちなみにそんな彼女の趣味は、トリニキとしてコアな怪文書・怪ブログをせっせと量産する事だったりする。ラヰカの動画配信の際も、コメント欄でそうした雰囲気が滲み出ているが……普段のお勤めを頑張っている反動なのだろうなと源吾郎は思う事にしていた。


「それにしても雷園寺君。動画配信に踏み切るなんて新年早々思い切ってるのね。やっぱり、ラヰカさんの配信がきっかけなのかな?」


 ミカンを食べ終えてから問いかけたのは、オカルトライターの賀茂朱里である。源吾郎とは同い年である彼女は、源吾郎の姉である島崎双葉の部下でもあったのだ。島崎双葉はアトラの主任なのだから。


「ラヰカさんうんぬんよりも、弟の穂村君が配信を始めたって言うのがそもそものきっかけなんじゃないの?」


「バレたか」


 源吾郎のツッコミに、雪羽はいたずらっぽく笑っていた。雪羽の実弟である雷園寺穂村が、先日思い切って動画チャンネルを開設した事を源吾郎ももちろん知っていた。もっとも、生真面目な穂村は割と真剣に取り組んでいるらしいのだが、それはまた別の話だ。

 いずれにせよ雷園寺らしい理由だとは思う。雪羽が弟妹達の事を何かと意識している事、彼らのお兄ちゃんであろうと心を砕いている事も源吾郎はよく知っていたからだ。


「それでユキ君。動画って言っても色々あるけれど、どんな動画にするのか考えているの?」

「やっぱり、そこの選定が難しいんですよね、鳥姐さん」


 鳥園寺さんの問いかけに対し、雪羽は真面目な表情で頷いていた。


「少し前の動画サイト黎明期と違って、今はウィーチューブでも動画の数も種類も物凄い増えてるじゃないですか。だからその……あんまり捻りが無かったら埋もれちゃうんだろうなって僕は思うんですよ」

「黎明期ってサラッと言っちゃうんだ」

「これがインターネット老人会なのかな。雷園寺君も何十年も生きてるわけだし」


 言うて俺、精神年齢は皆の中では最年少なんやで……涙目になりながら雪羽は弱弱しくツッコミを入れていた。五十年近く生きている雪羽は、実年齢で言えばぶっちぎりで最年長ではある。ところが雪羽は純血の妖怪であり、その精神年齢は青少年のそれなのだ。

 なので人間である鳥園寺さんや賀茂さんにこのような事を言われると、どうにも複雑な心境に陥ってしまうらしかった。


「……雷園寺君。僕らが配信をやるとすれば、お料理の動画とか……あとは可愛い動物のペットチャンネルとかが良いんじゃないかな。あくまでも俺個人の意見だけどね」


 雪羽への助け舟と、話の流れを修正する意図を兼ねて源吾郎は提案してみた。


「料理動画を提案するとは先輩らしいっすね」

「まぁね。料理の腕前には自信があるからさ。もちろん、料理人レベルだなんておこがましい事は言わないけどね」


 謙遜の言葉を織り交ぜつつ、源吾郎はそう言って微笑んだ。源吾郎自身は料理を作る事には慣れていたし、半分ばかり趣味の領域にもなっていた。自炊したほうが食費は安くつくし、休日に頑張って作り置きして冷凍しておけば、平日の料理の手間も省ける。何より好きな物を食べれるという喜びは中々に大きなものである。


「……それにさ、やっぱり可愛い女の子がお料理を作るって言う所で打ち出せば、視聴者も喰いつくんじゃないのかな」

「女子変化する前提での話かよ!」

「そりゃそうやろ。女の子に変化してても料理は作れるし、何よりこの俺の姿だと、あんまり人気とかでなさそうだし」

「と言うか女の子が料理するって言う前提はマズいかもしれないわよ。ポリコレ的な意味で」


 鳥園寺さんの冷静なツッコミで、源吾郎は一瞬我に返った。確かに、そう言う解釈をする手合いがいるかもしれないし、そういう解釈をされればややこしいではないか。


「お料理の動画は辞めといた方が良いかもしれませんね。実はその……前にラヰカさんがやっていたマウスのミンチ料理もやってみようと思ったんですよ。僕ならばマウスをみじん切りにしてツミレ状の天ぷらに出来るかなって思ってましてね。

 でも、それも考えてみればラヰカさんへの厭味になりかねませんし」

「お料理動画の初手でマウスミンチって……私らは面白いと思うけれど、それはそれで一般客を逃しちゃうわよ」


 そう言った鳥園寺さんは、肩を震わせてあからさまに笑いをこらえていた。

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