新企画なり料理動画 中編

 吉崎町某所。島崎源吾郎は自室でラップトップを開き、ネットサーフィンを行っていた。大妖怪・玉藻御前の子孫らしからぬ自堕落で庶民的な遊びに興じている彼であるが、土曜日なのでまぁ致し方なかろう。ついでに言えば正月休みが明けたばかりでもある。所謂お屠蘇気分が抜けていない節もあるのかもしれない。


「あ……ラヰカさんの配信。これから始めるんだ」


 ウィーチューブを眺めていた源吾郎は、贔屓にしている「常闇之神社チャンネル」が配信を始めるというサムネイルを発見した。珍しい事だなぁ、とクリックしながら思い、その思いが言葉として漏れ出したのだ。

 雪羽や飛鳥と共に投げ銭をするほどの熱心さでもってこのチャンネルを視聴している源吾郎であるが、およそラヰカが配信を行うのは夜間が多かったのだ。土曜日と言えども、昼日中に配信が行われるのは珍しい。まぁ、ラヰカの住む幽世とこちらの世界は隔絶されているから、或いは向こうとは曜日が異なるのかもしれないが。


「ぼくも一緒に見る!」


 源吾郎がマウスを動かしてからわずか二秒後。彼の隣には一人の子供がぴとっと寄り添い始めた。その子は十代半ば程の少年の姿であり、やや茶色味の強い髪色を除けば色々と源吾郎に似た容貌の持ち主だった。

 彼は源吾郎の弟や甥ではない。ホップと言う名の、十姉妹の妖怪だった。源吾郎の同居妖であり、元ペット件使い魔と言う立場の鳥妖怪である。源吾郎が飼い主としてホップの面倒を見ている訳であるが、ご主人様としもべと言ったかっちりとした主従関係がある訳ではない。マイペースでちょっと怖がりな弟分、と言う存在だったのだ。

 ホップと暮らし始めてからかれこれ六年目を迎えるのだが、妖力が増したために意思疎通もできるようになり、のみならず数時間ほどであれば人型に化身する事もできるようになっていた。なおホップが源吾郎にそっくりな姿に化身しているのは、源吾郎と一緒にいる時間が長かったからだ。俺に似た姿を取らんでも……と思う一方で、弟分が自分にそっくりな姿と言うのも満更悪い気はしない。


「ラヰカさんのチャンネルだよ? ホップも見るの?」


 尻尾の毛を指先で梳くホップを眺めながら、源吾郎は静かに尋ねる。好んで「常闇之神社チャンネル」を視聴している源吾郎であるが、ホップが見るには刺激が強すぎやしないかと、内心思っていたのだ。全年齢向けに開設されたチャンネルであるし、運営側も何かと配慮している事は源吾郎も知っている。しかし実年齢五歳半、人間で言えば十代半ばの若者が見るにはちと刺激が強いのではないか……そのように源吾郎は思っていたのだ。

 奇しくもそれは、雪羽が弟妹達の事を(いささか過剰に)気に掛けたり、源吾郎の兄たちが源吾郎の身を案じる気持ちや動きと恐ろしいほどに符合していたのだ。その事に気付き、自分もお兄ちゃんになったんだなと感慨にふける事はしばしばあった。


「ラヰカさんたちは俺や雷園寺君も何度か会ってるから優しくて良い妖だって知ってるけどさ……ホップは強い妖怪とかは怖いんじゃないの?」


 源吾郎の妖力を少しずつ吸収しているホップであるが、妖怪としての力は微々たるものである。弱小妖怪判定されているのは言うまでもない。

 そもそもからして小鳥であるし、更に言えばホップ自体は他の十姉妹たちよりも気弱で怖がりな性格でもあった。今でこそ慣れつつあるが、他の妖怪たちを見て怖がることもあった訳であるし。

 だからラヰカのチャンネルを見るのは大丈夫だろうか。そのように源吾郎が心配したのも無理からぬ話だった。

 ところが、ホップは鳥類らしく口を尖らせると、やけにしっかりとした口調で言い返したのだ。


「ラヰカさんの事ならぼくも知ってるよ。鳥園寺の姉さんが面白いって教えてくれるもん」

「鳥園寺さんとそんな話をしているのか君は……」

とかとかも教えてくれるんだよ」

「その単語は外では使わないように、な」


 ニコニコと語るホップを前に、源吾郎は軽くため息をついた。人型に変化するようになってから、源吾郎は紅藤や萩尾丸たちと相談し、接し方の路線変更を行っていたのだ。それまでは普通の小鳥のように扱っていたのを、一人の妖怪として扱うようにしたわけである。ゆくゆくは源吾郎の部下として働く。来るべき将来に備え、ホップは妖怪社会に馴染むような教育を施しつつあったのだ。

 そしてその一環として、鳥園寺飛鳥女史やその夫である鳥園寺悠斗ちょうえんじ・はると氏に、ホップを使い魔として貸し出す事もあった訳である。鳥園寺さんとはかねてより交流もあり、小鳥や鳥妖怪の扱いにも慣れているので丁度良かったのである。ホップも彼女の事を姉として、術者の師範として慕っている事は言うまでもない。まぁ、語録などの教えなくても良い事を教えてしまっているのはご愛敬だろう。トリニキとして電脳世界ではしゃいでいる彼女だが、鳥園寺家の当主として頑張っている事は源吾郎も良く知っていたのだから。


「トリニキ……じゃなくて鳥園寺さんから教えて貰ってるのならいっか。今日はお料理の配信みたいだし、多分大丈夫じゃないかな」

「島崎さんお料理好きだもんねー」

「そりゃそうさ。やっぱり美味しい物をパパっと作れたら最高やん」


 ともあれホップと共に動画を視聴する事にした。ラヰカさんって料理できたっけ? まぁでも二百年も生きているという事だし、料理なんてのはコツを掴めば単純な物だから出来るんだろうな。源吾郎はさして深く考えずに、配信が始まるのを待っていたのだった。


『さぁ皆さんこゃんにちは~ 常闇之神社チャンネルの時間だよ~』


 狐の啼き声をかけた軽妙な挨拶口調と共に、常闇之神社チャンネルが始まった。もちろん、画面に登場するのは邪神狐のラヰカである。九尾の怨念を魂の一つとして持つという途方もない存在であるが……このチャンネルの中ではひょうきんな妖物と言う認識の方が勝っていた。


『見習いアトラ:生きがい』

『月白五尾:素面なんて珍しい』

『隠神刑部:日中だし、多少はね?』

『yukiha:オープニングで素面判定は草 \300』

『トリニキ:ラヰカニキは泥酔配信がデフォってそれ一番言われているから。視聴者のワイ、飲酒しながら高見の見物』

『きゅうび:トリニキ君ほろ酔いなのか(困惑)\350』


 早速とばかりに出揃ったコメント欄こそが、視聴者のラヰカへの認識と言っても過言ではなかったのかもしれない。もっとも、コメントを送る過半数が常闇之神社の神使たちであり、残りは源吾郎や雪羽、或いは彼らの知り合いだったりするのだ。まぁつまるところ、オフラインでもラヰカの妖となりを知っている者たちばかりがコメントを投げているという事である。

 トリニキ姐さんは早速飲んでるのかよ……半ば困惑しながらも、源吾郎もコメントを打ち込んだ。ホップも見ている事だし、出来るだけ大人しめのコメントの方が良いだろう。そのように源吾郎は思っていた。だが一方で今回は料理番組であるから、そんなに過激な事になる筈もない。そのようにおのれに言い聞かせてもいた。

 ただ、コメント欄の面子が妙な盛り上がりを見せるのかもしれないが。


『さて、今回は年始初の配信なんですけれど、嬉しい事が二つありましてねぇ……一つは弟分にして常闇之神社のマスコット、竜胆君がめでたく結婚いたしました! ここで特別に、彼の初々しい新妻姿を見て頂きましょう』

『おもちもちにび:兄さんかわいい』

『ネッコマタ―:いつもの』

『見習いアトラ:狐はいつでも女装してんな』

『きゅうび:いつでもじゃなくて時々なんで』

『トリニキ:ご祝儀投げなきゃ(使命感) \800』

『月白五尾:ラヰカ後で表出ろや』

『yukiha:ヒエッ……』


 竜胆が結婚したという報せは確かに目出たいものである。しかしながら、何故敢えて女子変化させた竜胆の写真が表示されたのか。やっぱそれはラヰカの趣味ではなかろうか……画面の向こう側にいる竜胆を思い、源吾郎は微苦笑を浮かべた。彼が進んで女子変化する少年ではない事は解っていたからだ。幽世に何度も足を運んでいる源吾郎であるが、女子変化の事で彼と話し合った事はついぞ無いからだ。

 だがそうした考えも、次に表示された写真で吹き飛んでしまった。寝起きと思しきラヰカの色々と無防備すぎる姿が何故か映し出されたためである。

 そしてこれはラヰカも予期せぬ放送事故だったらしい。何せどっと沸き立つコメント欄で何かに察し、映し出されたものに気付いてラヰカ自身が酷く困惑していたのだから。

 或いはもしかすると、竜胆の縁者が仕組んだ事だったのかもしれない。


『もう一つの嬉しい事は、なんと! この常闇之神社チャンネルの視聴者が増えた事です! 既存の視聴者の皆も熱心に見てくれているのは知ってるんですけれど、やっぱり新しい人がやって来ると嬉しいですね』

『キメラフレイム:あ、どうも。新入りです \50』

『とっしー:すごい、やっぱり妖怪って科学技術に馴染んでるんですね……僕も新入りです』

『トリニキ:お前らここ初めてか。力抜けよ~』

『ギャル三尾:新入りたちがめっちゃお行儀良くて草』


 新規の視聴者と言うのは、やはり配信側では判るものなのだろうな。まぁ向こうには天眼通が使える月白御前や菘がいるから、誰が見ているのかはお見通しなのだろう。見知らぬハンドルネームを眺めながら、源吾郎は思った。

 ちなみに語録好きのニキとして振舞っているトリニキの正体も、柊様も菘ちゃんもバッチリと把握している事は源吾郎も最近知った所である。まぁ、用心のためにネット上で素性を隠すのはよくある事であるし、トリニキの言動自体は(まだ)許容されているので大目に見て貰ってはいるようだが。


『さて本題に入りましょう。今回は、花嫁修業や新生活を始める皆様のために……俺がここで料理を実演し、その様子を配信いたします!』


 マウス料理。ラヰカの背後にある画面にはマウスの写真と共にそんなテロップがでかでかとポップアップしたのだ。


『隠神刑部:ラヰカって料理できたっけ』

『見習いアトラ:既にヒューマン向けじゃないのがすこ』

『きゅうび:純粋に楽しみ』

『yukiha:折角なんでパイ投げやってくださいよ』

『月白五尾:パイ投げ(意味深)』

『トリニキ:料理動画かぁ……コックのラヰカは解体されてしまうんか?』

『キメラフレイム:コメント欄が濃ゆい』

『ネッコマタ―:ラヰカも濃いから大丈夫』

『とっしー:「」』


「マウス料理だね島崎さん」

「うん。ラヰカさんもマウス料理がお好きだからね」


 隣のホップが画面のマウスを指差してそう言った。それに応じる源吾郎の声も若干弾んでいる。源吾郎も妖狐としてマウス料理は大好きであり、レパートリーを増やしたいと思っていた所なのだ。

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