新企画なり料理動画 前編

 三が日も明けた一月初旬。年始の客足も収まりを見せ、常闇之神社周辺の業務も通常通りの物になりつつあった。

 もちろん、そこで邪神系妖狐であるラヰカが新たな動画を配信しようと考えたのもごくごく自然な事であったのだ。魍魎もうりょうの討伐とオンラインライター。おおよそラヰカの業務はこのような物だと仲間内から見做されていた。しかしラヰカは魍魎討伐を難なくこなすほどの武力を持ち合わせているため、時間的な配分で言えば書き物に比重が偏っているとも言えたのだ。

 また、動画配信も収入が見込めるため、ラヰカの趣味でありながら、仕事として見做す事もまぁ出来たのだ。

 もっとも、周囲がどう思おうと、ラヰカは動画を配信したいと思えば配信するのだが。そして時々弟分である竜胆に女子変化を行い、椿姫や氷雨に絞られるというのが常だった。


 ※

「今回はな、料理動画を配信しようと思ったんだよ」


 常闇之神社の本社からいくらか離れた分社の一つ。ラヰカはジト目でこちらを見つめる椿姫に対し、微笑みながらそう言った。ラヰカの斜め後ろには、椿姫の弟である竜胆が気恥ずかしげな様子で控えていた。普段よりもすらりと背が高く、そうして何かを隠すように胸元で両腕をクロスしていた。少年であるはずなのに、竜胆が腕で隠している部位は豊かに膨らんでいる。邪神と名高いラヰカの妖術により、竜胆はうら若い娘の姿に変化させられていたのだ。変化させたと言っても首から下だけである。竜胆自身は妖狐としての美貌を持つ上にまだ少年なので、少女と言っても遜色のない面立ちではある。

 そうしてラヰカがふざけ、もとい動画のネタを練っている所に、椿姫は突撃したという所である。椿姫自身は武芸に優れ、先祖や妹と違って千里眼などの能力に秀でている訳ではない。それでもラヰカのいたずら事は目ざとく見つけ出すのが常だった。

 なお、椿姫からは既に軽いお仕置きは終わっており、その上でラヰカは状況を説明しているというフェーズに移っていた。


「料理動画の配信をするのに、どうして竜胆が女体化しないといけないの?」

「そりゃあ、お前……」


 ため息交じりに問いかける椿姫を見やりつつ、ラヰカは頬をかいていた。


「椿姫はさ、燈真を婿に迎えるにあたって伊予さんや柊の許で花嫁修業をやってただろ? 竜胆だってになったんだし、は大切だと思うんだよ。特に料理とか」

「竜胆はむしろ花婿だと思うんだけど……まぁ、確かにそうよね」

「氷雨さんは、隙あらば僕に手料理を振舞おうとするから」


 人妻だの花嫁だのと言うラヰカの単語は不自然ではあったが、概ね椿姫と竜胆は納得せざるを得なかった。ラヰカの言は事実であり、尚且つ正論だったからだ。竜胆はこの度思い人だった氷雨とめでたく結婚している妻帯者だった。夫婦生活は(変な意味ではなく)円満な物であると聞いているが、氷雨は壊滅的に料理下手であるというのが悩みの種であった。

 いや、氷雨の料理下手は悩みの種ではなく文字通りでもあったのだ。料理を振舞われた竜胆が昏倒するという事がままあったからだ。無論氷雨には悪気はなく、愛する夫に歓んでもらいたいと純粋に思っているのだから尚更事態は深刻である。

 妻と共に暮らしている竜胆の許には二人分の料理を伊予が作って配下の化け狸が宅配してくれたり、或いは二人で常闇之神社に出向いて食事を済ませたりしてどうにかやり過ごしてはいる。しかし竜胆自身はその状態に甘んじる事を善しとしなかった。愛妻の料理の腕前については諦めるにしろ、自身も料理の腕を磨かねばと思い始めたのである。

 なればこそ、とラヰカも料理動画の配信を思い立ったわけであるが……普段のいたずら心が頭をもたげ、竜胆は女体化のあおりを受けたという次第である。


「でもラヰカ。料理には性別なんて関係ないでしょ。ラヰカ自身がその姿なのはまぁ良いとして、あんまり弟を巻き込まないで」


 椿姫の言葉はド正論だった。種族も雌雄も異なる三つの魂が融合したラヰカは、男でもあり女でもあるという、哺乳類妖怪では至極珍しい存在ではある。意識や性自認は男性としてのそれであるのだが……姿に関しては美女妖狐と呼ばれる形態を取る事が常だった。無論女性の姿であり、しかも巨大な胸元やら腰回りやらが、嫌という程女性性を示していたのである。どこぞの雷獣少年が「ラヰカ姐さん」などと言って慕うのも無理からぬ話でもある。

 話は逸れたが、自身で自在に変化して、どのような姿になっても構わない。だが、他妖に妖術をかけ、勝手に術者が望むような姿に変えるのはご法度である。変化する妖怪たち、妖狐たちや化け狸たちにはそうした認識があった。無論ラヰカも知っている。知った上で竜胆に変化術をかけたのだが。


「なぁ椿姫。竜胆だって椿姫や菘と同じくゆくゆくは九尾になるかもしれないって柊から預言されているだろう。んで、住んでいる世界が違うとはいえ、竜胆にも是非ともきゅうび君を見習ってほしいと思ってだな……」

 

 ラヰカは思わせぶりに言葉を切り、そうして良い笑顔を椿姫に向けていた。


「椿姫も知っての通り、きゅうび君は良く女の子に変化してるわけだ。だからいずれ九尾になるかもしれない竜胆も……」

「あのね、源吾郎君や雪羽君は自分の意志で女の子に変化してるだけでしょ。竜胆の場合は勝手に女の子に変化されてるだけじゃないの」


 よどみない口調で正論を述べた椿姫であったが、何かを思いついたのか狐耳をピクリと揺らし、未だ娘の姿のままである竜胆に視線を向けた。


「竜胆、まさかあんた……女の子に変化したいって思ってるのかしら?」

「そう言う訳じゃないから。安心してよ姉さん」


 けんもほろろの一言が放たれ、ここでようやく竜胆は普段の少年の姿に戻った。月白と紫紺のグラデーションを誇る二人の妖狐は、やはりじっとりとした様子で藍黒色の妖狐を眺めていたのだ。

 その視線の湿っぽさを払拭すべく、ラヰカは一つ咳払いをした。


「――とまぁ、冗談はさておきだな。源吾郎君にしろ雪羽君にしろ、見所のある若者だって俺は本気で思っているんだよ。何というか、柊や伊予たちも前途有望だって思っているみたいだし。若い狐は彼らを見習った方が良いんじゃないのかね」

「確かにそれはそうよね」


 椿姫は軽く目を伏せつつも頷いている。ここでようやく、彼女はラヰカの言に同意したのだった。

 さてここで、源吾郎と雪羽が誰であるのかについて軽く触れておこう。この二人の妖怪は、別の世界の住民であるのだが、何かとラヰカたちと交流のある存在でもあった。ラヰカの配信する動画の貴重なリスナーである事は言うに及ばず、実際に顔を合わせた事も何度かある。この前も外の世界で慰労会を行っていた際に思いがけず出会う事が出来たし、その後年末の動画配信にも飛び入りで参加してくれた。要するに、幽世に時たま遊びに来る客妖きゃくじんであり、ラヰカの愉快な弟分のようなものでもあった。

 ちなみにきゅうび君こと島崎源吾郎は大妖狐・玉藻御前の血を引く半妖であり、yukiha君こと雷園寺雪羽は、雷獣の名家・雷園寺家の子息である。血統面でも実力面でも貴族と言うにふさわしい、若き大妖怪の卵たちだった。

 とはいえ、真面目一辺倒と言う訳でもなく、ラヰカのおふざけやいたずらに乗る様なノリの良さも持ち合わせており、そう言った意味でも若者らしい若者たちだった。強いて言うならば、源吾郎の方がやや真面目な気質が強く、雪羽の方がノリが良くてお調子者と言った気配があるだろうか。余談だがラヰカをラヰカ姐さんと呼んでいるのは雪羽そのひとだった。


「ラヰカの動画にもコメントとか投げ銭とかしてくれているから、あの子たちも向こうで元気にやってるんでしょうね」

「だろうな」


 遠い目をする椿姫に対し、ラヰカも即座に応じる。返答は短いものの、そこには願望が込められていた。幸せな日々が断ち切られる理不尽を、円環から外れた末路の哀しさを、ラヰカも椿姫も痛いほどに知っているのだ。なればこそ、生きている者が幸せに暮らせる事を、ラヰカは割と真面目に考えてもいた。


「やっぱり兄さんの言うとおりだったよ」


 さて白と黒の五尾妖狐が若干物思いにふけっていると、竜胆が三尾を揺らしながらそう言ったのだった。ラヰカはその言葉に喜色を示し、椿姫は不思議そうな表情を見せた。ラヰカの発言の何に、竜胆は賛同したのだろうか、と。


「源吾郎さんたちの話をしてたでしょ。その時に、あのひとは料理好きで料理上手だって事を思い出したから……」

「確かに。前に来た時も、伊予と料理の事でちょっと盛り上がってたもんな」


 こんな事なら前に来ていた時にでも、料理のコツとか教えて貰ってた方が良かったかな。尻尾を撫でつつ呟く竜胆の姿は、まさに年相応のそのものだった。

 それじゃ、今回の食材はマウスだな。弟分を眺めながら、ラヰカは動画の案を練り始めていたのだった。

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