年始推し動ひと騒動 中編

「源吾郎君も雪羽君も、わざわざ俺のためにありがと。君らも年末で忙しいだろうに、遊びに来てくれて嬉しいよ」


 クリスマスも過ぎ、仕事納めやら大晦日が迫った頃。雪羽と源吾郎はラヰカとの再会を果たしていた。今度は常闇之神社総本山の片隅にある、ラヰカの巣穴の中で。

 九尾繋がりと言う事でラヰカの事を慕っている源吾郎は、ラヰカの動画にゲストとして出演するという約束を密かに結んでいたのだ。雪羽は当初忙しいから参加できないと思っていたのだが、どうにか都合がついたので同行しているという運びである。

 今回はやや長丁場になるという事なので、やはり一泊二日の滞在となっていた。引率者のいないプライベートな来訪である。上司たちには筒抜けだけど。


「こちらこそお会いできて嬉しいです。この前は仕事……潜入捜査の最中だったので、ラヰカさんたちともあまりお話できませんでしたし」


 怜悧かつ艶然と微笑むラヰカの言葉に即答したのは源吾郎であった。口調こそ丁寧な物であるが、子供みたいに無邪気に喜んでいる事は雪羽にはお見通しである。何せ背後では四尾が伸びあがって揺らめいているのだから。普段は冷静な若者のように見える源吾郎であるが、中々どうして欲望に忠実な側面があるのだ。自分の気持ちに素直と言ってもいいだろう。


「あはは、源吾郎君はあの時黒服をやってたもんねぇ。可愛いのに勿体ないよ」

「ま、今回は女の子に変化しますから、それで良いですよね?」


 青年である源吾郎は女の子に変化するとさらりと言い、ラヰカもそれをさらりと受け止めていた。女子変化の力量だけは大妖怪クラスの源吾郎と、両性を具えるラヰカらしい会話のやり取りだと雪羽は思っていた。


 ここから若干の打ち合わせを挟み、ドッキリ込みの年末配信動画の作成と相成ったのだ。この時にはフルモッフのプチ地獄絵図が出来する事は予想だにしなかったのだが、それはまた別の話だ。


 さて雷園寺家に話を戻そう。離れの一室には雪羽からのお年玉を受け取るために、雪羽の弟妹達が集まっていた。だが今では遊んだり大人や年長の従兄らに呼ばれたりして、てんでばらばらに行動を始めていた。

 部屋に残っているのは雪羽と実弟の穂村、そして異母弟の時雨である。

 これはまたややこしい組み合わせになるな。二人の弟に半ば挟まれながら、雪羽は密かに思った。雪羽は穂村の事も時雨の事も弟として好きである。だが、穂村と時雨の仲が良いかと言えば別問題だった。

 時雨は異母兄姉たちを純粋に兄姉として慕っているだけだった。次期当主として育てられた重圧はあるのだろうが、使用人たち(両親ではなくてだ)の教育が良かったために、素直な気質に育ったのだろう。

 また、異母兄の雪羽についてはいずれ次期当主の座を争う相手であるという事を知ってはいるものの……優しいお兄ちゃんだという認識の方が勝っているらしかった。雪羽も後々の事を思い、異母弟を突き放す方が良いのかと思う時が度々ある。だが時雨と顔を合わせるとそんな考えは吹き飛び、ついつい優しくしてしまうのだ。雪羽もまた、自分の欲求に素直な男だった。

 問題は穂村である。雪羽からすれば、穂村は兄を慕う可愛い弟ではある。何かと兄の事を立ててくれるし、頼りにして憧れているという事は十二分に伝わって来る。若干愛が重いと感じる時はあるにはあるが。

 だが――実兄雪羽への情愛の深さが、穂村を遠ざける感情にしがちである事もまた事実だった。実際問題、穂村はありもしない怨霊噺を吹聴し、時雨を怖がらせていた事もあったのだから。五年前の雷園寺家での大事件が起きてからはその態度は軟化したらしいが、それでも時雨に対して複雑な感情を抱いている事には変わりない。

 その事を雪羽も知っているから、この三人で集まるのは何とも気まずかった。穂村が雪羽を慕っているのは言うまでもないが、時雨もまた隙あらば雪羽に甘えたいと思っているのだから。

 そうした際は、なるべく穂村を優先するように雪羽は心掛けていた。もちろん状況にもよるが。


「なぁ時雨。開成と一緒に遊びに行かないのかい?」


 さり気なさを装って雪羽は問いかける。普段よりも時雨がくっついているように感じたからだ。ラップトップを広げる穂村はにこやかに微笑んでいるが、蛇のような瞳をこちらに向けてもいるわけだし。

 別にいいじゃないですか。穂村はしかし、時雨がここにいて雪羽にくっつく事を許容した。


「兄さん。開成は遊んでいるんじゃなくて従兄に呼ばれて大人たちの集まる客間に向かっているだけだよ。あいつの事だ、いつもの癖が抜けずに丁稚みたいな事をやってるんじゃないかな」


 穂村は目をすがめてから更に言い添えた。


「僕は大丈夫だよ。兄さんにはちょっとだけ見て欲しいものがあるだけだし、時雨君みたく若い子の意見も欲しいからさ。

 それに時雨君だって、親とか使用人にべったりっていう年頃を卒業したし、何より兄さんに会う事を心待ちにしているんだからさ」

「ありがとう、穂村お兄ちゃん」


 良いんだよ。穂村と時雨のやり取りは柔らかく穏やかな物ではあった。だがそれでも、穂村の言葉に棘が含みが無いかと身構えている事に雪羽は愕然としていた。いや、穂村の真意がどうであれ、そのように雪羽自身が思ってしまっているのだろう。

 。その言葉に反応したという事は雪羽も解っていた。時雨だって年齢的には思春期を迎えた少年だし、そうした年代で親離れが少しずつ始まる事も雪羽は知っている。

 それでも俺はにべったりするのが恥ずかしいなんて思う機会は。その事実、その考えが雪羽の中で浮き上がってしまったのだ。実母が元気である時雨に対して羨ましく思い、あまつさえ嫉妬してしまったのだ。全くもって兄らしくない振る舞いではないか。


「そうだ穂村。その……俺に見て欲しいものがあったんだよな? それ、兄ちゃんに見せてくれよ」

「うん、前もメールで伝えたけれど、僕も動画配信をやってみようと思ってね」


 穂村は頷いてからゆっくりと説明を始めてくれた。心持ち気恥ずかしそうな表情でもある。

 術者の仕事を手伝う事でお金と妖力を稼いでいる開成であるが、穂村もまた妖怪としての力を社会に活かそうと積極的に動いていた。プロジェクションマッピングやVR関連の企業を立ち上げる、と言うのが穂村の目論見であるらしい。鵺としての気質と雷獣としての気質を両方とも活かそうとした目論見であると雪羽は素直に思っていた。幻影を魅せる事、無いものをそこに在るように見せるのは鵺の得意分野だからだ。それに雷獣は得てして電気工学や機械工学に強い個体が多いのだから。

 動画配信か……雪羽は小さく呟いていた。雪羽の脳裏には色々な事が浮き上がり、当然のようにラヰカたち常闇之神社の面々の姿もその中にはあった。あの動画は面白いのだが、弟妹達には特に話している内容ではない。彼らがもう少し大人になってから教えようと思っていた。


「それで、どんな内容を配信するつもりなの?」

「うーん。ライフハックとか小説のレビューとかかな。まだちょっと考えてる最中なんだけどね。でも、アバターはちゃんと作ったんだよ」


 慣れた手つきで穂村がキーボードを叩く。するとモデリングソフトが立ち上がり、画面の中央に黒くて丸っこいキャラクターが姿を現した。真っ黒で尻尾の細い、レッサーパンダと言った雰囲気のキャラクターである。デフォルメされてあるが、穂村の本来の姿を元にした姿である事はすぐに察しがついた。

 穂村は得意げに微笑み、更にキーボードを押した。画面の中で黒レッサーパンダのキャラクターがゆっくり回転していく。昔の3Dと言えばカクカクしてポリゴンらしさが丸出しだったのだが、画面に映るアバターはそれとは無縁だった。


「キメラフレイムって名前なんだ。ま、僕のアカウント名なんだけどね」

「すごいやん穂村! モデリングソフトも良いやつ使ってるし、ちゃんと後ろとか見えない所も作り込んでるじゃないか」

「ミハルも手伝ってくれたからね。イメージ図が解りやすいように、粘土で模型を作ってくれたしね」

「穂村兄さんもミハル姉さんもずっと頑張ってたんですよね!」


 時雨は異母兄姉たちの動画配信には直接関与していないのだろう。だがそれでも、穂村たちのしていた事は何となく知っているらしい。その事を知って、雪羽はホッとしてもいた。


「頑張ったって程じゃないけれど、ああでもないこうでもないって考えているうちに没頭しちゃったんだ。とはいえ、配信とか解説系の動画だったら、動画主がどんな姿かって結構大事でしょ? だから可愛い感じにしてみたんだ。

……今は所謂バ美肉も流行っているみたいだけど、それはちょっと恥ずかしかったから」

「そ、そうか……」


 唐突なる穂村のバ美肉発言に、雪羽も言葉を濁らせてしまった。源吾郎共々、こちらは時に女子変化も行う身分であるし。もちろんこれも穂村たちの知らない話でもある。


「とりあえずさ、どんな感じで動画を作れば良いか、そんなのも調べようぜ。兄ちゃんもタブレットあるし」


 雪羽は部屋の隅に置いていた鞄からタブレットを取り出すと、ウィーチューブの画面を呼び出した。「動画配信のコツ」と言った文言で検索をかけると、それらしい動画がヒットした。


「もしかしたら、穂村も見慣れた動画とかあるかもしれないけれど……参考になれば嬉しいな」

「ありがとう兄さん」

「雪羽お兄ちゃん、僕も一緒に見てみるね」


 タブレットで動画再生を始めた雪羽は、弟二人が画面を眺めているのを見てからやにわに立ち上がった。緊張したというのもあり、急にお手洗いに行きたくなったのだ。二人とも動画に興味を向けているし、すぐに戻れば大丈夫だろう。その時雪羽は安直にそう思っていた。

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