お正月の一幕

年始の推し動ひと騒動 前編

 あーねんし。トリニキこと鳥姐さんならそんな事を言うんだろうな。でも彼女も対外的には真面目な性質だから、表立った部分ではお嬢様らしく……いや既婚者だから貞淑な女あるじらしく振舞っているはずだ。月白御前こと稲尾柊と言うお狐様は、トリニキと名乗るリスナーが鳥園寺飛鳥嬢である事をその眼で見抜いていたらしいけれど。

 令和五年、元日。雷園寺雪羽は和室で弟妹達と共に暖を取りながらつらつらとそんな事を思っていた。普段は亀水にある叔父の住まいか、鹿行の麓にある萩尾丸の屋敷のどちらかに滞在している彼であるが、年始と言う事で雷園寺家本家に訪れていたのだ。

 それもこれも、雷園寺家が雪羽を正式な次期当主候補として見做しているがための義務だった。遠い地で暮らしている跡取り候補がどのような存在なのか、雷園寺家の血族の者たちに知らしめるという意味合いがあるのだ。雪羽サイドからすれば顔繫ぎやコネクション作りとも取れるし、雷園寺家サイドからすれば、雪羽やその保護者の監視の意味合いも込められていた。

 実家への帰省と言うイベントですら、こうした大人妖怪たちの思惑や権謀術数が絡んでしまうのだ。だがここは一般妖怪の住まいではなく、天下の雷園寺家なのだ。雪羽も本家の計算高さや策略が巡らされている部分には内心辟易してはいた。しかしそれでも、本家への訪問は雪羽にとって楽しみの一つだった。別居中の弟妹達に会えるからだ。

 正直なところ、大人妖怪が策を弄しているとか何とか色々あると言えども、雪羽自身はそれに巻き込まれる事はまだない。大人たちとの顔合わせや彼らとの関係性に神経を使っているのはむしろ雪羽の保護者である。

 雪羽や雪羽の弟妹達、いとこやはとこなどの若く幼い親族たちは、大人たちとは別室で思い思いに過ごす事が概ね黙認されていた。もちろん、本家の妖怪や世話係の妖怪、或いは三國たち夫婦や兄代わりの春嵐が様子見に来るには来る。それでもこうして子供扱いされ、半ば自由に振舞えるのは雪羽には都合が良かった。

 ついでに言えば雪羽と弟妹達は「雷園寺家次期当主候補とその兄弟姉妹たち」と言う事で、他のいとこたちと別室をあてがわれてもいたわけだし。

 明けましておめでとう。比較的年長の弟妹達五名に手ずからお年玉を渡した雪羽は、そう言って弟妹達を眺めた。実の弟妹が三人と異母弟妹が三人。更にいとこであり義弟と義妹が一人ずつ。総勢八名の弟妹が雪羽にはいたのだ。ちなみに末の異母弟といとこたちはまだ幼いので、それぞれの両親が面倒を見ている訳だが……あと十年もすれば子供たちの輪の中に彼らも加わる事であろう。


「兄さん。今年もありがとう」


 両手で小さなポチ袋を抱えてそう言ったのは、雷園寺穂村と言う名の雷獣だった。赤黒い髪と爬虫類よろしく鱗の浮かぶ足許と一尾の持ち主であるが、もちろん彼も雪羽の弟の一人である。それも最も年の近い、同じ父母から生まれた弟だった。すぐ上の兄である雪羽が雷獣らしい特徴を具える一方で、穂村は密かに先祖返りを起こし、鵺に似た容姿と気質を受け継いでいた。


「ほらみんな、開成とミハルは言うまでもないが……時雨君も深雪ちゃんも、雪羽兄さんから頂いたお年玉なんだ。くれぐれも、変な事とかしょうもない事に使わないように」

「解ったよ穂村お兄ちゃん! このお年玉と……前に貰ったお小遣いでシノちゃんにプレゼントを買うよ!」

「穂村お兄ちゃーん。おやつはダメかなー?」

「深雪ちゃん。おやつは自分のお年玉で買わなくても、お姉ちゃんがお父様たちに掛け合うから大丈夫。今のうちからコツコツ貯金しとかないと」

「ミハルぅ、言うて貯金も年数が経ちまくったら使い物にならなくなるよ。そこそこ貯めてそこそこ使うのが一番だろうさ」


 まとめ役である穂村の言葉を皮切りに、他の弟妹達も思った事を口にする。穂村は次男であるのだが、雷園寺家当主の子供らの中では最年長である。長兄である雪羽が本家に不在という事もあり、弟妹達の行動にもこうして気を配っている節があった。ちと厳しくないか、と思う時も度々あるが。


「まぁまぁ、穂村はそう言っているけれど、もうそのお年玉は皆の分だ。だから思い思いに使ったら良いんだよ。無くなったからって他の子からぶんどったりしたら駄目だけど」


 それにだな。雪羽は一呼吸おいてから続けた。


「兄ちゃんはもう働いていて、お金を稼いでいるからさ。その分でみんなにお年玉を渡しているだけだから、そんなに気にしなくて良いんだぞ」


 今年もこのセリフを言う事になったか。内心そう思いつつも、雪羽は皆の顔を眺めていた。弟妹達には長兄である雪羽が気前よくお年玉を振舞っているように映っているのかもしれない。しかし雪羽も、自身の懐の負担にならない部分を考慮して弟妹達にお年玉を渡していた。実は実の弟妹と異母弟妹、そして三國の実子たる義弟妹では、雪羽が渡すお年玉の金額はそれぞれ違うのだ。それもまた、出費を抑えるための苦肉の策でもあった。

 それにそもそも大人たちも、雪羽の提供するお年玉が少額である事も容認済みである。むしろ雪羽があまりにも多額のお年玉を弟妹達に渡さないようにと逆に注意するほどなのだ。雪羽の懐事情を考慮してくれているというのもあるが、弟妹達への教育上の問題と言うのも絡んでいた。あまりに多くのお金を一気に手に入れるのはよろしくない、と。雷園寺家当主や叔父叔母などと言った年長の親族たちが、穂村たちにお年玉を渡している事は言うまでもない。

 ともあれ、雪羽は弟妹達にお年玉を渡したいから渡しているのだ。同僚であり個人的にも仲の良い源吾郎も、就職するまでは兄姉たちからお年玉やお小遣いさえ貰っていたという。だから兄から弟妹へのお年玉はごく自然な事なのだと雪羽は思う事にしていた。時々弟妹達が「雪羽兄さん大変じゃないの」と言いたげな素振りを見せるのだから。


「でもさ、雪羽兄さんは働いて稼いでいるってあっけらかんというけれど、稼げるほど働くのも大変だよなぁって思うんだ」


 働いて稼いだ、という点に鋭く反応したのは弟の開成だった。幼い頃は気弱な甘えん坊だった彼だが、今ではすっかり快活で好奇心旺盛な少年に育っていた。誰が次期当主になるかについて関心がかなり薄く、そのためか異母弟の時雨を無邪気に弟として可愛がっていた。もちろん、実の兄である雪羽や穂村の事を慕ってもいるのだが。

 開成は狐のようにふさふさした一尾を振りながら言い添える。


「働くのもお金を稼ぐのも大変だよ、本当に。俺もさ、この頃術者たちの仕事を手伝ってるけれど、しんどい時もあるし逆にめちゃくちゃ退屈な時もあるもん」

「頑張ってるじゃないか、開成」


 雪羽が思わずそう言うと、思案顔だった開成は照れたように顔を赤らめた。所謂使い魔稼業に開成も足を踏み入れたのだと雪羽はすぐに気付いていた。だがすぐに、弟の頑張りを褒めたい気持ちは弟の身を案じる気持ちにすり替わった。


「でも大丈夫か? 雷園寺家の子供だからって、危ない事とかやらされて無いだろうな?」

「大丈夫だよ雪羽兄さん」


 開成の顔は未だ照れ笑いだった。


「俺はまだ妖力もほとんど無いから、ショボい仕事しか任されないんだ。電流探知を使った探し物とか、悪い気が溜まった所を雷撃で綺麗にするとか、術者の人たちとちょっと遊んだり話し合ったりするとかもあるかな……でも、仕事をこなしていったらお金も妖力も溜まるんじゃないかって思ってる」

「開成はすごいな。ちゃんと将来を見据えて動いているんだな」

「うん。だって俺らも雷園寺家の子供だもん。雪羽兄さんや時雨君が頑張ってるからさ、俺も頑張らないとと思ってね」


 にこやかに語る開成の笑顔が雪羽には眩しかった。今でこそ真面目に社会妖をやっている雪羽であるが、それもここ五、六年程度の話である。それまではヤンチャ放題の悪ガキだった。色々あって今の自分はあるけれど、とはいえヤンチャだった頃の悪行が消える訳でもない。

 ともあれ弟妹達は真面目に心正しく育って欲しい。雪羽は割と真剣にそう思ってもいた。


「雪羽兄さん大丈夫? 年末も三十日くらいまで色々仕事してたんでしょ? しんどくないの?」

「ははは、大丈夫大丈夫。俺は妖力も体力も自信があるからさ」


 心配そうに問いかける穂村に対し、雪羽はやや大げさに笑ってみせた。この笑いは穂村を安心させるためと、若干の照れ隠しの両方の意味があった。確かに妖身売買じんしんばいばいの摘発と言う大仕事をクリスマスの夜に行ったのは事実だ。

 だがその後の出来事は、出張と言えば出張であるし、観光旅行と言えば観光旅行とも取れる物だったのだから。

 妖身売買の摘発が思ったよりも早く済んだ事に気をよくした雪羽は、源吾郎と共に再び幽世の常闇之神社を来訪していたのだ。そこに住まう邪神の妖狐・ラヰカの動画配信の手助けをするために。

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