娘々雷獣、指名を受ける

 時間をわずかに遡り、梅園六花と宮坂京子の二人組がノワール・シャトーに入った所に戻るとしよう。

 彼女らは何ら疑われる事なく、するりとキャストとして迎え入れられた。それもこれも前日に支配人からを受け、短期バイトとして既に採用されている形だったからだ。あんなにあっさり受け入れるなんて、繁忙時と言えどもザルじゃないかと二人で笑い合ったのが記憶に新しい。

 何せ名前と種族と住所などの最低限の事を聞き、その後は世間話めいた雑談を行って即座に採用を決定したのだから。妖怪のレンタルを審査に審査を重ねる萩尾丸のスタイルとは大きくかけ離れていた。雪羽が三國の許で妖事じんじを任されていた時であっても、もっとな面接を行ったはずだ。

 中学校の面接でももっと気合を入れてやるものだ、と言うのは源吾郎の言なのだが。

 ともあれ、それでこうしてまんまと潜入できたのだから、経営陣の抜け作ぶりはある意味二人には有難かったのだが。

 ちなみにキャストである妖怪娘たちの衣裳は、自分でドレスを用意するか店側が用意するドレスを着用するかを選択できるスタイルだった。六花はだから、コートの下にチャイナドレスを着こんでやって来たのだ。

 どの道ここでの仕事も一、二日程度の超短期間であるし、何より店側のドレスを使うと衣裳代を引かれてしまう。衣裳代についても本来の業務が終わった所で正式なボスから色々とフォローが入るのかもしれないが、それを考えるのが六花にはそもそも面倒だったのである。


「初めまして! 私は雷獣のシラユキでーす! クリスマスと言いますか、年末の短い期間だけですが、お姉様方、どうぞよろしくお願いします」


 さて新人短期キャストとして受けいれられた六花は、他のキャストである妖怪娘たちの前で手短に自己紹介を行っていた。社会妖しゃかいじんらしからぬ砕けた物言いであるが、コンカフェやガールズバーであればむしろこちらの方が自然だったりするくらいだ。

 ちなみに宮坂京子もとい塩原玉緒は、黒服と言う事もあって特段紹介も無しに黒服連中に迎え入れられ、ウェイターとしての仕事を教え込まれている。とはいえ向こうはウェイターの経験もウェイトレスの経験もあるから問題は無かろう。

 余談だが六花の今回の源氏名はシラユキである。妖怪娘たちの中には、六花が雪の別名である事を知っているためか、気の利いた源氏名だと感心している物もチラホラいた。源吾郎などはシラユキと聞いた途端に吹き出していた訳であるが。


「雷獣のシラユキちゃんだね。可愛いわねぇ。ふふふ、近付いた男子たちを痺れさせちゃいなさいな、雷獣だけにね」

「お姉様ってば随分と気の利いた事を……」


 ユーモラスな物言いをした女妖怪を見た六花は、ちょっとだけ驚き僅かにフリーズしてしまった。雪羽がまだヤンチャだった頃に、侍らせていた女の子の一人だと気付いたからである。

――もしかして俺が雷園寺雪羽だとバレるだろうか。いやまぁ、そのために認識を誤魔化す護符を持ってるし、妖気も一部隠しているから……

 ニコニコとキャストらしく笑みを浮かべながらも、雷園寺雪羽としてあれこれ思案を巡らせてしまった。梅園六花の姿は、その容貌は雪羽本来のそれによく似ている。従って雪羽と面識のある妖怪や、勘の良い妖怪である場合は正体がバレる危険性もあるのだ。

 もちろんそうした事を防ぐために、認識阻害の護符を用い、更に尻尾の数を少なくしているのだ。雪羽自身は三尾なのだが、梅園六花になる場合は概ね二尾に調整すると言った塩梅である。三尾と二尾では一本違うだけではないかと思うかもしれないが、それはあくまで素人考えである。二尾は強くても下級妖怪クラスに過ぎないが、三尾では下級妖怪を飛び越えて中級妖怪クラスに食い込む者もいるのだから。

 源吾郎はもっとその辺りを徹底しており、宮坂京子は一尾の弱小妖怪になり切ってしまう始末だった。実際問題変化の維持に妖力を三割ほど消耗するので、本来の姿に較べて弱体化していると言ってもいいだろう。とはいえそれでも術を使っているし、前衛は六花が受け持っているのでさほど問題は無かったりするのだが。


「シラユキちゃん。指名が入ったからよろしくね。ええと、あそこの六番テーブルの四人組」


 指名が入ったという連絡が入ったのは、シラユキとして潜入してから十五分足らずの事だった。イタチ妖怪と思しき黒服の青年は、ニヤニヤしながら六花と六番テーブルの面々を交互に眺めている。


「ここは色んなお客さんが来るけれど、女の子ばっかりでやって来るってのも珍しいよねぇ。あははは、黒狐のおねーさんがどうやら君にご執心だったみたいでね。さ、行ってらっしゃいな」


 妙にねちっこいイタチ青年の言葉を背に、六花は小走りに六番テーブルに向かっていた。六花自身も――いや雪羽自身も指名を受けた事に喜び勇んでいたのだ。それこそ、今回の潜入捜査そのものを忘れてしまう程に。

 指名した妖物が見知った妖狐、それも何度か顔を合わせた事のあるラヰカ姐さんとその仲間たちであると解っていたからだ。


「どうもこんばんは~雷獣のシラユキでーす! 今回はご指名いただきありがとうございました」


 二尾でハートマークを作って自己紹介すると、案の定ラヰカは吹き出してしまった。よほど面白かったのか、背後の五尾もぶるぶると震えている。ラヰカは六花の正体を知っているから、素性を隠しているのかどうかよく解らない源氏名に受けてしまったのだろう。雪羽自身、ほぼほぼ実名でラヰカのチャンネルに書き込みを行っている訳であるし。


「それにしてもラヰカさんに指名してもらえるなんて、本当に嬉しいです!」


 放ったその言葉は、キャストとしての言葉ではなく、雪羽としての本心の言葉だった。ラヰカも嬉しそうに微笑んでいる。ラヰカ姐さんのと言う地位はやはり伊達ではないな。六花は密かにそう思っていた。


「いやはや、俺もり……いやシラユキちゃんを指名できて良かったよ。もう年末だし、そろそろ君たちにも会いたかったなぁって思ってたところだから。本当にラッキーだなおうふっ」


 意気揚々と語るラヰカの言葉が妙な所で途切れる。何事かと思っていたら、椿姫が肘でラヰカの無防備な脇腹を軽く突いていたのだ。月白の色合いが美しい彼女は、しかし花のようなかんばせに濃い呆れの色を浮かべていた。


「これはあくまでも穂波ちゃんの歓迎会であって、あんたがシラユキちゃんたちに会うための会合じゃあないんだからね。ラヰカがここをセッティングした事は感謝してるけれど」


 痛がる素振りを見せているラヰカを尻目に、椿姫は淡々と言っている。穂波と言うのは金髪の妖狐の事だろうなと六花は思っていた。ラヰカと椿姫、そして万里恵は六花も見知った存在だからだ。


「いってぇなぁ……椿姫、これで肋骨がやられてたら治療費請求するかんな。てか、そんなに暴力振るってちゃあ燈真に愛想つかされるぞ」

「治療費も何も、ラヰカはほっといても怪我なんて治るじゃない。無限の妖力を持つ最強の邪神サマなんでしょ?」


 最強の邪神サマ。椿姫はニヤニヤ笑いながらそう言っていたが、六花は思わず真顔になってしまっていた。ラヰカの事は愉快でひょうきんな妖物として慕っているのは事実である。だが、ラヰカが強大な力を持つ事を六花もよく知っていたからだ。

 弱体化している影響で五尾になっているラヰカであるが、その妖力は大妖怪クラスであろうと六花たちは踏んでいた。何せ萩尾丸をして「この妖とは闘いたくないね」と言わしめるほどの御仁なのだから。今のこの力を封じられたとされる状態で、既に萩尾丸と互角以上の力を持つという事なのだ。実際、雪羽は源吾郎と共にラヰカが魍魎相手に大太刀周りを繰り広げるのも目撃したし、萩尾丸の言葉には信憑性があると思わざるを得なかった。

 そんなラヰカたちに気軽にちょっかいをかける椿姫たちもまた、相応の強者である事には間違いない。


「コホン。まぁアレだ。わざわざシラユキちゃんを指名したのにはきちんと理由があるんだよ。ほら、穂波ちゃんは外の世界に出るのも初めてだし、外の世界にはどんな妖怪がいるのか見ていた方が勉強になるだろ?

 それで……シラユキちゃんは椿姫や万里恵も知ってる通り俺らとも面識あるしさ。こっち方面の話になっても、彼女だって戸惑ったり変に言いふらしたりしないだろうし……そういう事で彼女を指名した訳だよ」


 咳払いした後のラヰカは、言葉を練りつつ椿姫と万里恵、そして穂波に解説を行ったのだ。ラヰカ姐さんはやっぱり喋るのが上手いなぁ……などと六花は呑気に思っていた所である。


「成程、そうね。そういう事にしておきましょうか」

「いーじゃん椿姫。私もシラユキちゃんの元気な姿は見たかったし」

「稲尾様に万里恵さん。本当にありがとうございます」

「良いのよシラユキちゃん。そんな敬語を使わなくってもね。私らは客だし、その……ラヰカの友達だって思ってるから」


 それじゃあ椿姫さんで良いですか。言いながらも、六花はほんの少し緊張していた。幽世に来た際に魍魎に襲われ、彼女に助けてもらった負い目が雪羽の中にはあったのだ。当の椿姫はあっけらかんとしており、いっそ弟の竜胆が懐いている事をもあり、雪羽に対して好印象を抱いてくれているみたいだが。


「成程ねー。ラヰカさんたちとシラユキちゃんは知り合いだった訳ですね。

 それじゃ、そろそろ私も自己紹介しますか」


 穂波と呼ばれていた金髪の妖狐が、六花にほんのりと笑みを浮かべた。


「私は稲原穂波って言うの。お店だし、シラユキちゃんも気軽に穂波って呼んで良いからね? 見ての通り妖狐なんだけど……ご先祖様が月白御前だって事が最近判明したのよね」

「つまり、穂波ちゃんと私ら稲尾三兄弟は親戚同士って事なの」


 穂波の自己紹介の後に、嬉しそうに椿姫が言い添える。穂波が自分の親族だと知って、椿姫はかなり喜んでいる事がこちらにも伝わってきた。月白御前は稲尾柊の事かと六花が確認すると、椿姫はそれにも頷いてくれた。柊は三十四代前の先祖である。椿姫から改めて聞かされた六花は、その事にやはり面食らっていた。雷園寺家であっても十二、三代遡るのがやっとであるし、源吾郎に至っては僅か四代遡っただけで玉藻御前にぶち当たるのだから。

 六花もまたシラユキとして自己紹介を終えると、穂波は微かに微笑んだ。


「雷獣のシラユキちゃんね……覚えたわ。きっともしかしたら、ラヰカのチャンネルで再会するかもしれないけれど。とはいえ……あなたも結構面白そうな子ね」

「穂波さん、早速興味を持って下さり嬉しい限りです」


――面白いと仰るものの、穂波さんも中々鋭い眼力をお持ちのようで……

 ほんのりと笑い返しながら、六花は雪羽としてそのように思っていた。

 そんな最中に塩原玉緒が何食わぬ顔で飲み物とフルーツの盛り合わせを持ってきて(もちろんラヰカは玉緒の姿を見てまたも大笑いだった。中の人が宮坂京子、いや島崎源吾郎だと知っていたから)、乾杯の音頭を取る流れとなった。

 夜はまだ始まったばかりである。

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