妖狐たちと猫又の女子会

 ノワール・シャトーには、新たに四人組の妖怪たちが入店していた。愛想のいい黒服のスタッフに先導された先に、彼女らは腰を下ろしていた。

 妖狐が三名と猫又が一名と言う組み合わせである。見た目に関して言えば、全員若い女性に見えた。まぁ一人は――黒と藍色の毛並みが特徴的な五尾の妖狐の事だが――女性にカウントして良いのか否か難しい所であるが、そこはまぁ別の話である。


「……ねぇ椿姫。何か私たち、注目されている気がするんだけど」


 その一団の中で、一人の妖狐がさも不思議そうに呟く。年の頃は人間で言えば十八から二十ほどであろうか。肩に着くほどのボブヘアーはやや濃い目の金髪であり、先端は朱色に輝いていた。背後で揺れる三尾の毛並みも同じ色調だ。

 三尾の妖狐の視線は、はす向かいに座るツレの妖狐に向けていた。こちらは五尾であり、髪色も銀白色と紫紺のグラデーションが見事である。この二人の容貌が似ており、それこそ従姉妹めいた関係性を感じさせるのは、何も年恰好が近いからと言うだけではあるまい。

 椿姫つばきと呼ばれた妖狐の娘は、さっと自分たちの衣裳や頭上に視線を走らせながら口を開いた。


「別にドレスコードがおかしいとか、妖狐だからって見られてるわけじゃないと思うわよ、穂波ほなみちゃん。そもそもここの世界は、妖怪たちの存在が半ば認知されているってラヰカから聞いているし、このお店自体妖怪向けでしょ」


 普段は妖怪たちの存在が大っぴらになっている幽世で過ごしている椿姫であるが、魍魎と闘う神使の仕事上、別の世界に赴く事もままあった。中には妖怪が表向き存在しない・存在したとしてもそれこそ自分たちの言う魍魎もうりょうのような存在でしかない世界もあるにはある。そうした場に赴く際は、尻尾や狐耳を隠し、限りなく人に近い姿に擬態するのが常だった。

 今回遊びに来たこの世界は、妖怪と人間はつかず離れずと言った関係性にあるらしい。独自の社会を構築しつつも、概ね人間に擬態する妖怪が多いという事だ。あちこちに妖怪向けの店や施設があるのが何よりの証拠だ。妖怪向けのエリアや妖怪を知る人間たちの前では、本性が多少露わになっていても問題ないらしい。服装はもちろん悪目立ちしないように洋装である。ひとによっては胸元を強調したりやや露出が多い衣裳だったりするが……それはまぁ誤差の範囲内だ。

 妖怪である椿姫たちも妖怪と知られても特段危険性は少ない世界だった。始めてくる世界ではあるのだが、とある理由によりこの世界の内情は多少は知っていた。

 とはいえ、神使として外の世界を訪れた事の無い穂波が緊張するのも無理からぬことであろう。椿姫はそのように思ってもいた。


「大丈夫よ穂波ちゃん。確かに私らを見てる連中はいるにはいるけれど、別に強そうな連中じゃないし。単なる店員だよ」


 次に口を開いたのは長い黒髪が特徴的な美女だった。艶のある黒髪と、胸元だとか足許の露出がやや多い服装、そして細長く黒々とした二尾が特徴的である。妖狐ばかり集まるこの座の中で、唯一の猫又だった。

 猫耳を出していない状態ながらも、猫っぽい雰囲気は健在である。別のテーブルに飲み物を配る豆狸の男の子にウィンクし、顔を赤らめさせていたのだから。「万里恵ったら外の世界でも普段通りねぇ……」と、椿姫は半ば呆れてもいた。長女であり、仲間内で武神と見做されているためか、彼女はこうしたまとめ役として動く事が多かったのだ。特に今回の面子ではそうならざるを得ないだろう。


「穂波ちゃん。たちが見られてるってのは無理もない話だぜ。なんてったって飛び切りの美女、絶世の美女が四人も揃っているんだからさぁ」

「あはっ、ラヰカの言う通りかもしれないわね!」

「でもさ、自分で絶世の美女って言っちゃう……?」

「そういう事か。ま、確かにこの面子だったら目立つかもね」


 もう一人いる五尾の妖狐の美女揃い発言に、妖狐二名と猫又一名は思った事を臆面もなくぶつけた。猫又の万里恵は話に乗っかり、椿姫はやはり呆れ気味にツッコミを入れている。そして、言い出しっぺであった穂波は彼女なりに納得しているようだった。

 椿姫と並んで五尾を具える妖狐は、仲間内からラヰカと呼ばれていた。椿姫と同じなのは尻尾の数のみで、毛の色や風貌はまるきり異なっていた。ギンギツネ系邪神と名乗るだけあって、その毛並みは黒々としており、尻尾の先端は藍色のグラデーションを見せている。そして右側に生えた髪のひと房は尻尾の先と同じく藍色だった。

 他の三名と同じく(?)豊満な胸元と整った美貌の持ち主であるラヰカであるが、最大の特徴はその物言いであろう。女性性を前面に押し出している見た目とは裏腹に、口調自体は完全に男性のそれだったのだ。

 一見すると女妖怪に見えるラヰカであるが、物理的な性別は両性である。言動や性自認は男性なので、むしろ男性に近い存在ともいえるであろう。椿姫の弟妹などは、ラヰカの事を兄と慕っている訳であるし。

 妖狐は……と言うよりも多くの獣妖怪は雌雄異体がデフォルトであるのだが、ラヰカの場合は三つの存在が融合したために、男と女の両性が混在した姿になったのかもしれない。ラヰカの基となった九尾の怨念(影)と藩士は男性であり、ギンギツネはメスであったそうだから。

 もっとも、当のラヰカは「俺は俺として産まれたんだ」とばかりに妖生を謳歌している訳であるが。


「それはさておいて……ねぇラヰカ。この世界に来るのはまぁ良いとして、どうして女子会の会場にわざわざガールズバーを選んだの?」

「目の保養」


 ラヰカの即答に、質問を投げかけた椿姫はこめかみに手を添えていた。この女子会は、もとより穂波の歓迎会を兼ねたものだった。神使として、そして等しく稲尾の始祖たる月白稲荷の血を引く者として。

 場所や段取りはラヰカが決めると意気込んでいたのだが……もう少し内容を精査したほうが良かったのかもしれない。椿姫は今更になって軽く後悔しているようでもあった。

 ちなみに椿姫が呆れて思いを馳せている間、肝心のラヰカは隣のテーブルで接客している妖怪娘(美少女)に視線を走らせていたのだ。


「全く、ラヰカったら欲望に忠実なんだから……いっそ清々しいわね」

「目の保養って言ってもさ、美女なら私らがいるじゃない」


 万里恵はからからと笑い、敢えて胸元を強調させるように腕を動かした。ラヰカはそちらに視線を向けるも、妙に気取ったような笑みで短く息を吐くのみである。


「お前らが美女なのは否定しないよ。っていうか否定したら俺がどえらい事になるのは見え見えだろ? だけどな、お前らとはずっと一緒だから、たまには他の娘も見てみたいんだよ! それに椿姫も万里恵も穂波ちゃんも、何だかんだ言って男がいるしさ」


 男がいる。ラヰカの発言はその部分だけ妙に強調されていた。色目を使おうとする黒服たちへの牽制なのか、はたまたラヰカの心の叫びなのかは定かではない。とはいえ事実なのだから致し方なかろう。穂波は一緒に遊ぶ男の子がいると聞き及んでいるし、万里恵はこの頃雷獣の大瀧蓮と良い感じになっている。椿姫に至っては既婚者であるのだから。


「あはは。ラヰカも恋人がいないから焦っちゃってるんだね。竜胆君もそろそろ結婚するみたいだし」

「……それにあれでしょ。ラヰカ、この世界をわざわざ選んだのも、あわよくばきゅうび君とかyukiha君に会えたらってい下心もあるんじゃないの」

「バレたか」


 きゅうび君とyukiha君。二人の名を持ち出した椿姫を前に、ラヰカは割と素直に応じていた。二人はラヰカの運営する「常闇 野 ginger channel」の熱心なリスナーだった。彼らに関しては、実際に二度ほど会っているのでラヰカたちも良く知っている。きゅうび君は島崎源吾郎と言う妖狐の血を引く半妖の青年であり、yukiha君は雷園寺雪羽と言う雷獣の青年である。

 源吾郎と雪羽はラヰカを姉貴分(兄貴分?)として慕っていた訳であるが、ラヰカもまた彼らの事を弟分と見做していた。何かと自己主張が強く我が道を行くタイプが多い常闇之神社の面々と接しているラヰカにしてみれば、無邪気ながらも絶妙な礼儀正しさを持つ彼らの事を可愛く思うのは当然の事でもあった。


「いーじゃんよぉ。あいつらだって俺の事をラヰカ姐さんとかラヰカさんって慕ってるわけだしさぁ。言うて椿姫や万里恵だって源吾郎君たちの事は良く思ってるんだろ? ああその、変な意味じゃなくて」

「まぁね。雷獣の雪羽君は結構うぶな所があって可愛いもんね。あ、でも今は大瀧さんがいるから、もうあの子にはちょっかいをかけないけど」

「良く思っているというか、案外好青年だったなぁって印象に残ってるかな、私は。竜胆も菘もあの子たちにすっかり懐いてたし……柊も見所があるって言ってたわよ」

「そりゃああいつらは才能あるだろうな」


 椿姫の言葉にラヰカも頷く。やや真面目な表情だった。


「何せ源吾郎君は半妖と言えども玉藻御前の……九尾の直系の子孫だ。んで、雪羽君はその源吾郎君と互角以上にやり合う雷獣様だもんなぁ」


 術師としての等級に当てはめるのならば、二等級か一等級に相当するだろう。柊や竜胆から聞いた、彼らの魍魎との闘いぶりを思い浮かべながらラヰカはぼんやりと思った。一等級と言えば普通の術師が頭打ちになるほどの等級になる。大人と呼ぶには未熟な若狐・若猫である段階で既にこの力量なのだから、大成すればどれほどの大妖怪になるのか……ラヰカは期待と歓喜でぶるりと身を震わせていた。

 余談であるがそこまで強いであろう源吾郎たちが職場では仔狐・仔猫扱いされているのは、職場の面々が彼らよりも圧倒的に強いからだそうだ。もしかしたら窮屈な思いをしている時もあるのかもしれないが……ある意味それはそれで良い事なのかもしれない。


「そりゃもちろん、こんな所であいつらに会えるなんて俺も思ってないよ。後で源吾郎君に連絡を取って突撃訪問しても良いかなって……」

「ちょっとラヰカってば……ってどうしたの?」


 得意げにあれこれと話していたラヰカであったが、視界に飛び込んできた妖怪娘を見るや否や、驚いてフリーズしてしまった。或いはあんぐりと口を開けていたのかもしれない。

 ラヰカが発見したのは、チャイナドレスを身にまとった銀髪の美少女である。若干癖のある銀髪に、明るく澄んだ翠眼が特徴的だった。細長い銀色の二尾が器用に動き、ハートマークを作っている。尻尾の特徴からして猫又のようにも見えなくもないが、この子が猫又では無くて雷獣である事をラヰカは知っていた。面識があるからだ。

 雷獣娘の名は梅園六花と言う。少年らしさが漂う中性的な面立ちと、出る所は出たグラマーな身体つきが特徴的な美少女妖怪だ。その正体は雷園寺雪羽(当然男)の変化した姿に過ぎないわけなのだけど。

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