策略には策略で立ち向かえ!
秘策の裏に秘策あり
サカイスミコの構築した結界の内部では、魑魅魍魎の闘い……もとい二組の魔法少女とマッチョ軍団との闘いが繰り広げられていた。
魔法少女フォックスの見立て通り、マジカル☆ドリーマーズの魔力量は相当なものだった。しかも五名とも自身の得意分野を見定め、特技を生かして闘いを押し進めていた。
例えば前衛は物理攻撃型のバタフライ・マッスルが雪羽と共に担当していたのだ。迫りくるモヒカンマッチョに体当たり・パンチ・キックにて応戦し昏倒させていった訳である。
風属性ながらも物理攻撃特化型のバタフライの猛攻に、さしもの雪羽も舌を巻いていた。
「やっぱりすごいっすねバタフライさん! これも魔法少女の力ですね」
「サンダーちゃんも気を付けて。あんまり無理しないでね(そう言う雪羽君こそ強いと思うぜ。なんせ筋肉がすごいもんな)」
雪羽は完全に変化を解いた状態で闘っていた。大柄な柴犬ほどのサイズと、圧倒的に人型だった時よりも小柄になってはいるが……だからと言って弱体化した訳ではない。初めからパワーとスタミナを具え、小柄ゆえに小回りも効く。従って人型の時よりも強くなっているくらいだった。大きなマッチョたちの間を駆け回り、攪乱し、みぞおちに頭から突っ込んで彼らを気絶させていったのだ。
暴れん坊でバトルジャンキーの気質のある雪羽であるが、実の所敵への攻撃の加減が絶妙なのも、彼の隠された特徴でもあった。
「おのれっ。マッチョと獣に全滅させられる……!」
ここに来てキャシーの声に焦りの色がにじむ。だったら自分も闘えば良いじゃないか。フォックスがそのようなツッコミを入れる暇はなかった。と言うのも、まだ動けるマッチョたちが光の膜で包まれるのを見たからだ。
キャシーはバリアのような物を使い、モヒカンマッチョを保護したようだった。
「結界で保護されてるわ!」
「そんな!(何だと!)」
「アテッ、ピリッと来たわ」
前衛だったバタフライと雪羽が下がる。物理攻撃特化型の二人(一人と一匹?)は結界の解除と言った術は苦手なのだろう。
「バリア術なら任せて! マジカル・エターナル・ビーム!」
エターナルが叫ぶや否や、黄金色の光線がマッチョたちに向かって進んでいく。彼女の放つビームの威力たるや凄まじい物であり、キャシーがかけたはずのバリアをものともせず、そのままマッチョを倒してしまったのだ。
マッチョの中にはビームを放つ者もいたのだが、それはクリスタル・オーシャンの白衣によって弾かれて無効化されていた。
更にミックスアイ・イノセントは浄化の魔法は、倒したモヒカンマッチョの一部を元の人間に戻していた。元々からして筋肉質な人もいたが、こちらの世界の人物であろう人間も見受けられる。若干男性が多かったが、マッチョにされていた女性もチラホラいた。その中には、急用で欠席になったというアイドル・ホープスの姿もあったのだ。
マジカル王国王女であるリーサはと言うと、イノセントやゆうちゃんと共にマザープロテイン・ネオそのものを結界に閉じ込めようと奮起していた。
さてファントム☆ウィザードのフォックスは何をしていたかと言うと、中盤からは他の魔法少女たちの補助に近い立ち回りを行っていた。マッチョたちが暴れ回っていた時は、狐火の幻術(幻術なのでぶつかっても火傷しない優れモノだ)で牽制し、時に相手にぶつけて失神させたりしていたのだが。
前衛でガンガンぶつかっていく雪羽とは異なり、源吾郎はやはり後衛に徹する方が性に合っていたのだ。
※
「モ、モヒーッ!」
モヒカンマッチョの最後の一人がどうと倒れる。普通の人間――と言っても人相の悪そうな不良マッチョだったが――に戻った彼の許にフォックスは駆け寄り、その身体を引きずっていった。モヒカンマッチョだった人物を寝かせている一角に運んだのである。倒したと言えども、旧モヒカンマッチョたちは気絶しているだけで生命に別状はない。目を覚ます気配はないが、正気に戻った状態で起き出したらそれはそれでパニックになりそうだから、寝てくれている方が却って良いのかもしれない。
ともあれモヒカンマッチョは全員戦闘不能となった。残るはキャシーと金上だけである。実質的に、敵はキャシー一人だとフォックスたちは踏んでいた。金上は何も施されていない普通の人間であったし、戦闘中も安全な所に隠れたり結界に護られたりしていたのだから。
「ヒーヨワーの弟であるキャシー。あなたの部下たちは全員敗けました。そこの男の人は闘わないようですし……残るはあなた一人ですわ」
マジカル・プリンセスはコンバットブーツをカツリと鳴らし、キャシーの方に半歩近付いた。魔法の力に満ち満ちている事は、彼女の全身から放たれる黄金色のオーラが雄弁に物語っていた。後光がその身を照らしているのはミックスアイ・イノセントも同じ事であるが、彼女のそれはミックスアイママより継承された電飾(鈍器)であるわけだし。
「何故だっ。何故ここでも兄の事を引き合いに出す」
キャシーは悔しそうに吐き捨てる。手持ちの兵が全滅した事よりも、兄と較べられる事を悔やんでいる所は少し気になったが。
センチュリー・エターナルもまた前に進み出て、プリンセスの横に並び立つ。
「まだ闘うつもりですか。八対一ではあなたは圧倒的に不利ですよ。それに、魔力もかなり消耗したみたいですし……」
兵を失ったキャシーに対し、センチュリーは暗に投降を求めている事はフォックスたちにも解った。キャシーは悪事を働いた罪人と言えども、一人を多人数で攻撃するのは気が咎めるのだろう。かつての夢喰いのごとく圧倒的な力を持つのならばまだしもであるが。
また、魔力の消耗を彼女ら自身が懸念しているのもフォックスは気付いていた。モヒカンマッチョを倒すために大活躍していたマジカル☆ドリーマーズであるが、彼ら彼女らも、既にかなり魔力を消耗していたのだ。十年ぶりの変身と言う事もあるし、何より敵が多すぎた。半妖であるフォックスも若干疲れを覚えているくらいなのだから。
現時点で疲れの色が見えないのはサンダーこと雷園寺雪羽くらいだ。彼は既に美少女妖怪・梅園六花の姿に変化し、抜け目なくキャシーたちの様子を窺っていた。俺はまだ闘えるぜ! などと言いながら。
「……私はまだ闘える。今度は魔力ではなく筋力メインの闘いになるがな!」
そう言ったキャシーの筋肉がモリモリと盛り上がるのをフォックスたちは見た。
「私が相手をするわ!(筋肉勝負なら俺に任せろ)」
そう言って進み出たのは、もちろんマッスル・バタフライである。マジカル☆ドリーマーズの面々の中で圧倒的筋肉を持つのは彼女だけなのだ。しかも今はグリーンマッチョことマッスルが彼と融合している。
更に言えば、マッスルキングダムにてヒーヨワーと一騎打ちをしたのもバタフライだった。まさに両者にとって因縁の筋肉対決とも言えるだろう。
――良い筋肉をしているからと言って、心根が悪ければ問題大アリだぜ! その事をあいつに知らしめようじゃないか相棒よぉ!
グリーンマッチョの心の声が周囲に漏れ出してこだましてもいた。
「バタフライ……」
クリスタル・オーシャンが静かに補助魔法をバタフライにかける。回復系統の魔法らしかった。それに倣ってプリンセスも黄金色の魔力をバタフライに分け与えようとしていた。
だがバタフライは向き直り、それを静かに断った。
キャシーは残っていた魔力を振り絞り、結界の内部にステージを構築した。年末のプロレスやボクシングのリングに酷似したものだった。
「このリングの中は魔法の力は干渉できない……筋肉の強さだけが物を言う。それでも構わぬか? おじけづいたんじゃあないのか?」
「そんな事は無いわ!(胸が熱くなるぜ)」
二人は意気揚々とリングの中に入っていった。ひとまず筋肉を駆使した格闘技……要はデスマッチが繰り広げられるという事である。魔法少女たちと金上は、勝負の行方をリングの外から見守るほかなかった。やはり魔法の力なのか、リングの内部へは干渉できそうになかったから。
「それでは試合を始め、ま……」
司会役を買って出たイノセントは、試合開始の宣言をしようとした所で言葉を詰まらせた。そんな……何て事……そんな言葉さえ彼女の口から漏れだしている。彼女が視線を向けているのは結界の外だ。魔法少女とマッチョたちの影響から隔絶された安全な場所であるはずのそこを、しかしイノセントは驚愕の眼差しを向けていた。
他の面々、キャシーや金上以外の面々も外の光景に絶句した。
「金上さーん。ヒャハッ、かなり追い込まれているみたいじゃないですかー」
「お前らもよーく見とけよ。あのマッチョの勝敗でお前らの運命も変わるんだからさ」
「な、何なんだこいつらは」
「え、そんな……不良グループの※※団じゃないか。どうして……」
結界の外部は今や観客だけではなかった。釘バットやバールのような物を携えた、何処からどう見ても堅気では無さそうな連中が観客を取り囲むように控えていたのだ。十名ほどと人数は少ないものの……凶暴さ凶悪さが滲み出ている連中ばかりである。彼らの中には金上の名を口にしていた者もいた。金上の知り合い、仲間である事は明白である。
「はーっはっはっは! どうするんだ魔法少女たちよ!」
急に高笑いを発したのは金上だった。
「筋肉だか何だか知らんが、番所蝶介、お前が勝てば……いやキャシーさんを傷つければ外に待機している部下たちが観客に何をしでかすんだろうな。ははははは。どうするつもりだ番所蝶介。観客を犠牲にして試合に勝つか、無様に負けてキャシーさんの手駒になるのか……」
「金上……おのれ何処までも……!」
海原博士ことクリスタル・オーシャンは射殺さんばかりの眼差しを金上に向けていた。それでも金上は微動だにせず、むしろ勝ち誇ったように笑い返すだけであった。
キャシーは金上の仕込みに気付いていなかったのだろう。そんな……と驚いている。フォックスはキャシーの次のリアクションに一縷の望みをかけた。卑劣な真似をする金上に激し、仲違いしてくれないだろうかと願っていたのである。
「よくも……よくもまあ用意周到に準備してくれたんだな! それでこそ私の相棒だ!」
ところがフォックスの希望は雲散霧消した。キャシーは金上の策略に大満足の様子だったのだから。
「ははははは! 所詮この世は勝てば官軍なのだ! そのためにどのような手を使っても、勝てばそれが正義になるんだからなぁ。
実に浅はかだったな魔法少女たちよ。策略面では我らの方が上回ったんだ。そこの化け物共も、仲良く我が筋肉と魔法に平伏せよ」
一体どうすればいいのか。実の所フォックスは打開策を考える所まで頭が回っていなかった。それどころでは無かったからだ。雪羽はキャシーと金上の計略に完全に激昂していた。結界を破らんとする彼を尻尾で絡め取り、押さえ込むので手いっぱいだったのだ。無論結界の外に飛び出してチンピラを蹴散らす方が良いに決まっている。しかしそうなると今度こそ無辜の観客たちを巻き込んでしまう恐れがあった。
若い女の、半ば嘲るよう笑い声が響いたのは丁度その時だった。雪羽も呆気にとられ、暴れるのを止めたほどである。
笑い声を上げていたのは、何故かサカイ先輩だった。筋肥大した姿はそのままであるが、何故かその顔には得意げで禍々しい笑みが広がっていた。仲間であり弟分であるフォックスでさえたじろぐような笑みが。
「キャシーと金上だったっけ。せ、せめて短い間だけでも勝ち誇った気分を味わっていればいいのよ。で、でもっ! こんな幼稚な手で策略を練っただなんておかしな話よ」
何を言っている……! サカイ先輩はキャシーたちを無視し、今度は蝶介たちに言った。
「みんなは大丈夫だから……あともう少しで全てが終わるわ」
サカイ先輩の意味深な言葉にフォックスは首をかしげるのみだった。結界の外では飛鳥が動いていたのだが、それに気付かなかったのも致し方ない話である。
※
所変わって結界外部。司会役だった少女に寄り添うように、鳥園寺飛鳥は佇立していた。彼女は、対面に立つ女妖怪に鋭い眼差しを向けていた。女妖怪の名はサカイスミコと言う。魔法少女とマッチョたちが闘えるように結界を張ってお膳立てをした張本人だ。
そして結界から弾かれた飛鳥は、彼女の指示に従ってある事を行っていた。だが……金上の部下と思しきチンピラたちが観客席を取り囲む始末である。どう考えても旗色は悪い。
「トリネキちゃん。アレイ様を召喚するのは待って頂戴。まだ……あともう少ししたら解決するから」
「あともう少しって、サカイさん! あなたさっきからそればっかり仰ってますよね? 今私たちがどうなっているかお気付きでは無いのですか」
飛鳥が右手に持つのは羊皮紙でできた呪符だった。これに念を込めれば、使い魔であるアレイを召喚できる。鳥園寺家最古参であり、最強の使い魔である彼を。万が一のためにとアレイに持たされていたのだが、まさか本当に使うべき時が来るとは。
そう言う局面であるはずなのに、サカイスミコは冷静な態度で飛鳥の動きを制していた。
「そもそもですね、そこまでお元気ならばあなたお一人でも闘って……あのキャシーとかいう魔導士マッチョをやっつける事は可能だったのではないですか?」
結界を展開したサカイスミコは、キャシーの魔法により弱体化した。結界内部にいる魔法少女たちはそう思っているが、それは実は嘘ではないかと飛鳥は思っていた。現に彼女は分身か何かの術でもって飛鳥の前に顕現している。結界の中に筋肥大し弱体化した姿を見せているにも関わらず。
陽動作戦を見せていたのはキャシーも同じだが、サカイスミコもまた陽動作戦を使っていたという事だ。
「ううん。私は私でやらないといけない事があるから……それに島崎君たちやマジカル☆ドリーマーズなら、あいつらをやっつける事が出来るって信じているから……」
そろそろ終わるわ。サカイスミコがぐっと顔を上げる。彼女の構築した結界の傍に、ワームホールが展開されるのを飛鳥は見た。
それから数秒ほど遅れて、パトカーのけたたましいサイレン音も聞こえてくる。普段ならば耳障りなその音は、飛鳥にとってはまごう事なき福音だった。
・バタフライの女子語変換・ルビで再現できず申し訳ありません。彼女のセリフに関しましては「女子語変換後のセリフ(蝶介本来のセリフ)」と言う表記にしておりますのでご了承願います(筆者より)
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