絶体絶命!? キャシーの野望と思わぬ助っ人

 突如乱入してきたマッチョ集団を、ファントム☆ウィザードは鋭い眼差しで観察していた。ヒーヨワーの弟と言うキャシーが何者なのかは知らない。だが、邪悪なる考えの持ち主であろう事は妖怪の勘で解ってしまった。源吾郎も雪羽も日頃より鍛錬を積み、悪意を持ったものに立ち向かう経験を幾度も重ねている。その経験と本能が、キャシーの一団を敵だと見做したのだ。

――どうする? どうすれば良いんだ……!

 源吾郎もとい魔法少女フォックスは、しかしすぐに戦闘モードに入った訳ではない。敵であると判断し、その上で困惑してしまったのだ。キャシーの殴り込みは完全に不意打ちのような物だったし、ここでそのまま闘うべきなのか、今の源吾郎には解らなかったのだ。


「おい、君たちは一体……」


 魔法少女フォックスが逡巡している間に動いたのは、名も知らぬスタッフたちだった。服装から見るに警備員のようだ。ステージに登場した不審者の対応に彼らが動くのはごく自然な事であろう。

 程よく鍛えられた体躯のスタッフが詰め寄るも、キャシーは余裕の笑みを崩さない。自分の筋肉の方が立派だからたじろいでいないだけに見える人もいるだろう。だが、ファントム☆ウィザードの二人は気付いていた。キャシーの持つ宝珠の放つ光が、一層禍々しいものになった事に。


「下がれ、下がるんだっ!」

「あぶない……!」


 魔法少女サンダーとフォックスはほぼ同時に声を上げる。だが遅かった。宝珠からは蒼白い光が放たれ、警備員に直撃したのだ。警備員たちの身体はみるみるうちに筋肉が膨張し、瞬く間にモヒカンマッチョに変貌してしまったのだ――そう、キャシーが従えていたあのモヒカンマッチョに。


「モヒー!」

「モヒモヒー!」


 謎の言語を発しながら、警備員だったモヒカンマッチョは仲間たちの許に合流してしまった。先程まで見せていた、キャシーに対する警戒心や不審者を見る様な眼差しは無い。と言うよりも、表情が抜け落ちたような面立ちに変わっていたのだ。その無表情さが不気味だった。隆とした体躯の自己主張が烈しいから尚更に。


「これが私の魔法、私の秘策だ」


 宝珠を携えたキャシーは、さも誇らしげに言った。


「わが兄ヒーヨワーは、皆から筋肉を奪うという手段に走ったからこそ筋肉の前に敗れたのだ! しかも覇気もなくただただコンソメスープを作る日々を送るだけだ……だが私は違う! 魔法と筋肉の融合というアプローチを使い、筋肉洗脳魔法を編み出した! 筋肉魔法を使える私こそが最強! そしてこの三千世界の支配者に相応しい……」


 フォックスとサンダーは密かに顔を見合わせた。こいつは敵だ。打ち倒すべき悪しき存在である――既に臨戦態勢になっていたサンダーはもとより、フォックスもそのように考える事が出来た。魔法を使えるだけで好き勝手に最強だの支配者になるだのとのたまうキャシーに対する私怨めいた怒りももちろんあったが。

 ファントム☆ウィザードの剣呑な空気を悟ったのかどうかはさておき、キャシーは今一度口を開いた。若干穏やかな表情を浮かべながら。


「それにしても、こちらの世界にもまだ魔法少女がいたとは驚きだな。魔法少女には気を付けろとわが兄も言っていたが……だが、私程とは言わずともマッチョの多い世界だ……ここを見逃すのも惜しい物だ」

「ま、マッチョは局所的に発生しているだけだからな!」


 何を思ったか金上がツッコミを入れているが、キャシーは華麗にスルーしてしまっていた。どうだね? そしてそのまま魔法少女たちに呼びかけたのだ。


「私どもに賛同したのならば、そのまま仲間にしてやる事もやぶさかではないが……見覚えのあるマッチョもいる気がするが、過去の事は水に流してやる。働きぶりや能力、そして筋肉の発達度合いで幹部にしてやらん事も無いぞ。そこのカナガミと同じようにな」


 このマッチョは一体何を言い出しているんだ……怒りを通り越して呆れを感じたフォックスであったが、それでも冷静な表情を取り繕っておいた。向こうは交渉であると思い込んでいるようだが、あの言動の何が交渉であるというのだろうか? ただただ、こちらが平伏するのが当たり前だと思っているかのような物言いではないか。しかも彼は既に、何もやっていない警備員をモヒカンマッチョに変えるという暴挙を成している。

 許しがたい暴挙を行った相手、そして自分がサンダーと共に打倒せねばならない敵である。フォックスはキャシーたちに対してそのような判断を下した。最強を目指し、支配者となるという事への憧れは源吾郎もよく解る。だからこそ彼を許す訳にはいかなかった。

 また、この場で闘えるのがファントム☆ウィザードだけ、すなわちフォックスとサンダーだけである事も解っていた。普通の人間が太刀打ちできないのは先の魔法で明らかだ。そして――魔法少女に変身できるかどうか解らない蝶介たちもまた、普通の人間とカウントすべきだろう。


「な、何なんだこれは……」

「ファントム☆ウィザードの二人は飛び入り参加だって聞いたけど、でもこのマッチョたちは何かおかしい」

「マーヤ! あいつらはやっぱりヒーヨワーの仲間だったのね。私たちも……」

「ですがお姉様、人間界では私たちも魔法は使えませんわ」


 フォックスの耳には群衆たちの戸惑う声がばっちりと届いていた。何も知らぬ観客も、流石にこのステージの異変に気付いているらしい。マジカル王国の王女たちに至っては、魔法を使えぬ事に歯噛みしているではないか。

 普通の人間たちが大勢いる。これもまたフォックスの懸念だった。自分たちと敵だけならば大暴れしても問題ない。だが、ここまで人間たちがいれば巻き添えを喰らうのは必至だった。彼らに被害が及ばぬような結界を展開させるのも源吾郎の力量では難しい所であるし。


「みんな、危ないから逃げ――」

「キャシーと言ったかオッサンよぉ。俺らが、いやあたしらが大人しく尻尾を振ると思ったのかこの野郎!」


 フォックスの言葉は届かなかった。言い切るよりも先に、サンダーがキャシーに対して啖呵を切ったからだ。サンダーの興奮ぶりは明らかだった。淡い金髪はたてがみのように逆立ち、ギラギラと輝く碧眼は黒目がやけに目立った。


「私に敵対するというのかね、お嬢さん」

「当たり前だ! そんな横暴を許すほど、あたしは優しくないからな。フォックス、フォックスも何か言ってやれ!」


 サンダーに急に話を振られ、フォックスはまたも困惑した。サンダーが、と言うよりも雪羽が興奮しがちな性質である事は源吾郎も良く知っている。

 戸惑う源吾郎に替わって意見を述べたのは蝶介だった。


「確かに筋肉は……人生の友だ。だが、個人の意思を無視した筋肉の行使には賛成できない……」

「くくく……そうか。だがこれを見てもこう言っていられるかな?」


 キャシーは笑顔のまま、宝珠を高々と掲げた。人間をモヒカンマッチョに変貌させたあの悪魔的ビームを放つつもりなのだ。しかも標的は――戸惑って右往左往する観客たちである。


「さぁ愚民どもよ、大人しく私に平伏しろ。さもなくば観客たちをモヒカンマッチョに変えてやるぞ」

「くそっ……ヒーヨワーも大概だが、あんたも中々に狂ってる……!」


 海原博士もキャシーの暴挙に腹を立て、歯噛みしている。そうしている間にもキャシーは高らかに笑うだけだ。宝珠から光が漏れ出し、ビームとなって放たれた。


「……!」

「……何、ビームが……?」


 前列にいたご婦人に向けられたビームは、しかし標的に照射される事は無かった。彼女の目と鼻の先で、急激に消え失せたのである。これにはキャシーも驚きの表情を見せている。フォックスには見えていた。件のビームが、唐突に展開されたすきまに吸い込まれて消滅するのを。

 それとともに、自分たちのいる場の空気が一変するのを感じた。ある種の結界がステージ一帯に展開されたのだ。源吾郎が行った事ではないし、様子を見るにキャシーが行ったものでもなさそうだ。

 フォックスは不意に、周囲が静かになったのを感じた。音が遮断されている訳ではない。群衆たちが急に落ち着きだした為だった。そう言えば結界の内部にいるのはファントム☆ウィザードとマジカル☆ドリーマーズの関係者(マジカル王国の面々含む)、そしてキャシー率いるモヒカンマッチョ軍団だけだった。無関係な人間たちは結界の外にいる。

 まるであつらえたような状況じゃないか。そう思っていたまさにその時、機材の隙間がぐにゃりと歪み、潜んでいたモノが姿を現した。

 不定形のスライムのような姿のそれは、ゆっくりと地面に降り立つと背の高い女の姿に変貌した。それはすきま女と呼ばれる異形であり――源吾郎と雪羽が先輩として姉弟子として慕っている存在でもあった。

 サカイ先輩! 思わずファントム☆ウィザードが声を上げると、すきま女のサカイスミコは控えめに微笑んだ。


「島崎君……じゃなくてファントム☆ウィザード! や、ヤバそうだから助けに来たよ! 後は私がやるから大丈夫!」


 そう言うと、サカイ先輩はキャシーたちの方に近付いていった。先輩がやるって大丈夫なんだろうか。フォックスとサンダーはしばし顔を見合わせた。先輩の事を心配していたのではなく、敵対者であるキャシーたちの事が急に思えてきたのだ。

 研究センターでの地位は低いと言えども、サカイ先輩も強力な力を持つ妖怪の一人である。心の隙間を好むという性質上、相手の心を喰らうなどと言う恐ろしい技も習得しているのだから。

 結界の外では、先程まで混乱が起きていたのが嘘のように静まり返っている。舞台劇を見る様な眼差しをこちらに向けているのだと源吾郎はすぐに思った。サカイ先輩の暗示により、結界の内部で起きているのは単なるお芝居だと思い込まされているのかもしれない。

 そんな群衆の中に鳥園寺飛鳥がいる事に源吾郎は気付いてしまった。もっとも、彼女は結界の中で何が起きているのか知っているような表情であるけれど。

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