衝撃! 悪しきマッチョの襲来は突然に
さてブロンズマンホテルで英気を養った一行は、そのままチェックアウトし蝶介たちと再会する事となった。朝は八時三十分、イベントが始まる一時間以上前の事である。
親切な事に、蝶介たちは会場までマイクロバス(もちろんマッチョのイラストが描かれている)で送ってくれると申し出てくれたのだ。そこまでやってくれるんだ……歩くなりなんなりで会場に向かう予定だった源吾郎たちは、蝶介たちの好意が素直に嬉しかった。のみならず、ちょっと申し訳ない気持ちさえあった。
「みんなも忙しいのに俺たちのイベントに手伝ってくれるから……これくらい大した事は無い」
ハンドルを握りながらそう語る蝶介の姿は何とも頼もしかった。ミラー越しでもなお鋭い蝶介の眼差しが、マッチョな肉体と相まって逞しさ精悍さを示しているように思えてならない。実際には、運転に集中しているだけなのだけど。
「ところで、昨晩はゆっくり休めましたか?」
そんな質問を投げかけてきたのは海原博士だった。理知的なその顔には、源吾郎たちを慮るような表情が浮かんでいる。
「あのホテル、徹頭徹尾マッスルに力を入れていたんでとっても楽しかったです」
雪羽の発言に、源吾郎はずっこけそうになった。枕投げでエキサイトした修学旅行生みたいな感想だったからだ。実際問題、雪羽はトレーニングルームで黙々と走っていたし、テレビでマッスル☆ビルダーズ総集編を観て喜んでいたのだから……マッスル☆ビルダーズに大興奮したのは源吾郎や別室の飛鳥も同じだけど。
「そうですか! 雷園寺君は楽しんでくれたんですね。それは本当に嬉しいよ」
「……喜んだという意見は、是非ともフィードバックしたいと思ってる」
ともあれ雪羽の発言を聞いた海原博士は、ブロンズマンホテルに関する耳寄り情報を教えてくれた。彼も時折あのホテルを利用する事があるのだそうだ。
そしてそこから話題はマッスル☆ビルダーズの方面に流れていったのは言うまでもない。
※
ご当地ヒーローのショウは夢見丘緑地公園の広場で行われる事となっていた。かつて海原秀雄ことマジカル☆オーシャンとクリスタル★ナイトメアが激闘(ぷカウンターが炸裂するしりとりの事だ)を繰り広げた、夢見丘商店街にほど近い所だった。
ショッピングをした住民たちがすぐに緑地で憩う事が出来る……ベッドタウンとしてはかなり恵まれた場所であるように源吾郎や飛鳥には思えた。彼らが住む吉崎町はと言うと、のっぺりべったりと田園が広がる田舎町なのであるが。
「二人とも、大丈夫よね?」
手はず通り魔法少女に変身したファントム☆ウィザードに、飛鳥が問いかける。ほんのりと心配しているような気配が伝わってきた。
もっとも、彼女の心配というのは「変なアクシデントを起こさずにショウを終える事が出来るか」と言った類のものであるが。変なアクシデントと言うのも台詞を噛んだりうっかり素が出てしまわないかと言う程度の話である。
「大丈夫よ鳥園寺さん。私たち、そのために海原さんたちと打ち合わせを行ったんですから」
「先輩の……あっ違うフォックスの言うとおりさ! それに俺ら、いや私たちもこういうのには慣れてるし」
源吾郎と雪羽……ではなくフォックスとサンダーは元気よく問いかけに応じた。ファントム☆ウィザ―ドは近頃アイドル的な活動(地元吉崎町でも地味にファンが多いのだ)も行っていた。何より中の妖二人は、大勢から注目される事にもはや慣れてもいる。源吾郎は演劇部所属だったし、雪羽も……雷園寺家の次期当主候補と言う事で、多くの妖怪たちの前に顔出しする事があるのだ。
要するに、この中で一番緊張していたのは飛鳥だったという事だ。
「二人とも、カッコよくて可愛いわ」
悠花が魔法少女たちの姿を褒める。その隣で蝶介は静かに親指を立てていた。良いぜ、健闘を祈る――そんな思いが籠っているかのようだ。
さてそうこうしているうちにイベントが始まった。シナリオは昨日教えてもらった所であるが、地元のヒーローショウよりも穏やかだ、と言うのが源吾郎たちの感想だった。戦隊ものであれば敵役などとバチボコやり合う事も珍しくないが、元々はアイドルである娘らが出演するという事も関連しているであろう。
「皆さんお集まりいただきありがとうございまーす! 本日は色々あってホープスの二人は来れなかったんですが……代わりに素敵な魔法少女のお二人がやって来ました!」
司会進行役の女の子(明らかに若くて、もしかしたら高校生くらいかも? と源吾郎は思っている)の言葉に、観客たちが一瞬どよめく。タイミングを見計らい、フォックスとサンダーは挨拶を始めた。
「初めまして! 私たちは魔法少女ファントム☆ウィザードです。私がフォックスで、彼女がサンダーって言うんです」
「あたしに見とれてると痺れるぜ! 雷だけにね」
礼儀正しく自己紹介するフォックスに、蓮っ葉な口調でオヤジギャグをかますサンダー。シナリオ通りと言えども、この辺りにも二人の(と言うか中の妖の)個性が滲み出ていた。
「フォックスって……あ、確かに尻尾がある」
「サンダーちゃんも可愛いと思うよ」
観客のどよめきが明瞭に聞こえてきたが、魔法少女たちは穏やかな表情で、次のシナリオをこなそうと考えていた。
「はーっはっはっはっ! 魔法少女はマジカル☆ドリーマーズだけかと思っていたが……まさか他にも存在したとはな」
朗々とした笑い声がフォックスたちのすぐ傍で響いたのはまさにその時だった。舞台袖で控えていた飛鳥や他のスタッフは言うに及ばず、妖怪であるフォックスとサンダーもまた、この不意打ちには驚いてしまった。いないはずの者が突如として出現する。この技は妖怪としても難しい物だからだ。
「まぁ良い。私はこの世界を……いやこの三千世界をマッチョで埋め尽くし、私がその支配者となるのだから。そうだったなカナガミよ」
黒紫のワームホールが出現し、そこからマッチョたちを吐き出した。その数はおよそ三十程。先頭にいるのは禍々しい宝珠を掲げ持つ魔導士マッチョと、マッチョではないが妙にやつれた雰囲気を醸し出す成金男だった。
「え、その……あなた達は」
「金上……まさかこんな所で出会うとはな」
戸惑う司会役を半ば庇うように、海原博士が躍り出た。成金男に向ける視線は恐ろしく鋭い。源吾郎たちは――フォックスたちは金上なる人物の事を思い出した。海原博士曰く「研究所の乗っ取りを企てた、互いに怨敵と見做している相手」と言う事だった。夢見丘は基本的には善良な人物が多いが、必ずしもそうとも言い切れない。権力や科学技術のノウハウを悪用する輩もいる。そう言ったニュアンスで語られた話だった。
だがそれにしても、金上は単なる乗っ取りを企てた成金男に過ぎない。マッチョはむしろ苦手としていたそうだ。その彼が何故マッチョとつるんでいるのだろうか?
「あの顔……もしかしたらマッスルキングダムの者か……?」
異変に気付いて急遽姿を現した蝶介がマッチョたちを眺めている。鋭い視線は今は魔導士マッチョ一人に注がれていた。
魔導士マッチョもまた、蝶介や海原博士を見つめ返している。その眼差しは鋭く、いっそ憎悪の色が見え隠れしているのは気のせいでは無かろう。
「左様。私はキャシーと申す。故国にて革命を企てて失敗した愚かなヒーヨワーの弟だ」
魔導士マッチョ、もといキャシーの堂々たる自己紹介に皆一様に驚くほかなかった。
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