ホテルはMP(マッスル・パワー)の宝庫だった件

 羽目を外さないように。飛鳥の言葉は旅先での若者への注意喚起に思えるし、実際その通りでもある。しかし、源吾郎たちの旅行先と彼らの存在そのものを思えば、より深い意味を持ち合わせてもいた。

 夢見丘は源吾郎たちの住む世界とは別の世界である為だ。見た感じ源吾郎たちの知る日本とほとんど同じであるが、あくまでも並行世界である事には変わりない。従って、源吾郎たちが来訪する事そのものが、夢見丘に影響をもたらしている可能性もある。

 そんな訳で、今回の旅行についてもサカイ先輩や萩尾丸が手を貸している部分はある。彼らが直接こちらの夢見丘に来訪する事はまずないが、違う世界からの来訪者である源吾郎たちがもたらすを最小限にするために、今もサカイ先輩が裏で色々と動いてくれているのだろう。

(そんな訳で、源吾郎たちは自分の世界で持ち込んだお金で買い物もできるという事なのだ。後付けとかご都合主義みたいだけど)

 とはいえ、先輩たちが行うのはあくまでも最小限の調整と……不測の事態が起きた時に介入する程度の事である。それ以外の事は源吾郎たちでどうにかやっていくようにと言うスタンスだった。要するに、妙な事を起こさないように源吾郎たちも行動に気を付けろと言う事だ。

 もちろん源吾郎たちも出先で羽目を外すつもりは無いし、正体がバレるとややこしいから大人しく一夜を過ごそうと思っていた。夕食を適宜摂り、明日に備えて早めに寝れば良いのだと、源吾郎は単純に思っていた。


 さてそろそろ源吾郎たちに話を戻そう。蝶介が急遽取ってくれた部屋に荷物を降ろし、一階のバイキング会場で夕食を摂った二人は、ブロンズマンホテルがどのようなものなのか十二分に解っていた。

 要するに、マッチョによるマッチョのための宿泊施設だったのだ。もちろん、女性向け・家族向けにも展開しているので、ノットマッチョも存在するわけなのだが。

 ブロンズマンホテルには、宿泊用の客室からしてルームランナーやアブドミナルマシンなどと言った室内用のトレーニングマシンがごく当たり前に設置されていた。従って客室は広かった。トレーニング用のスペースが確保されているのだから。

 バイキングは流石に色々な種類の料理があり、半妖の源吾郎はもちろん純血の妖怪である雪羽も好みの料理を選ぶ事が出来た。バイキング会場は流石に男女別になっていなかったのだが、マッチョ同士が集まり、話し合い、意気投合する場面が見受けられた。マッチョがやや多いのはジムに隣接するホテルだからなのか、そもそも夢見丘市自体がマッチョの多い市町村だからなのか。旅人である源吾郎と雪羽には判然としなかった。


 夕食後。部屋に戻った二人は思い思いに過ごしていた。源吾郎は夢見丘の情報を探るためにテレビをつけ、雪羽はそのままトレーニングスペースに直行していた。パッと見細身の青年に見える雪羽であるが、その実筋肉は結構発達した細マッチョだった。雷獣と言う種族の特徴もあるし、雪羽自身も身体を動かすのが好きな性質でもあった。

 今彼がランニングマシーンで走っているのも、運動が足りないと思っての事だろう。流石に夜通し走り続ける事は無かろうが、自分が寝る前に一声かけよう。源吾郎はそう思いながら、テレビのモニターに視線を走らせていた。

 ローカル番組と思しきチャンネルでは丁度良くニュースを放映してくれていた。各地で行われるイベントでは、きちんと海原博士たちが行うご当地ヒーロー企画にも言及していた。外様ながらも源吾郎はその報道が嬉しかった。自分が関与する側に回ったからなのかもしれない。

 ただし、時間帯が時間帯だったので、天気予報が流れた直後にニュースは終わってしまった。他のチャンネルをかけてみようか。そう思ってリモコンのボタンに指を伸ばした源吾郎は、驚いてそのまま固まってしまった。

 なんと、ニュースの後に「筋肉少年・マッスル☆ビルダーズ総集編!」のテロップがでかでかと表示されたのだ。マジカル☆ドリーマーズの熱心な視聴者だった源吾郎は、マッスル☆ビルダーズの存在もうっすらと知っている。筋肉要素が大好きな監督が度々言及していた戦隊ものである。筋肉要素濃いめ、何なら筋肉要素しかなさそうなのは字面からも明らかであろう。

 但し、このマッスル☆ビルダーズは劇中劇であり、僅かに紹介がなされていただけであった。だが劇場版では蝶介と海原博士がマッスル☆ビルダーズを見た感想を話し合っていたし……ともかく視聴しよう。何なら雪羽も呼ばないと。源吾郎はそう思ったのだった。


「目が覚めたらマッチョになってそう……」

「それはそれで面白そうですけどね、先輩」


 マッスル☆ビルダーズ総集編(二時間半あったのだ)を視聴し終わった源吾郎は、思わずそんな呟きを漏らしていた。小一時間前に自主トレを終えた雪羽も一緒に並び、仲良く先程までマッスル☆ビルダーズを楽しんでいたのだ。

 もしかしたら夢見丘にマッチョが多いのは、このアニメの影響かもしれない……源吾郎は割と真面目にそんな事を思いもしていた。


「鳥姐さんもマッスル☆ビルダーズを見たそうですよ」


 雪羽はそう言ってスマホの画面を源吾郎に見せた。通話アプリに飛鳥のショートメールが入っている。ブログのネタになりそうだと狂喜乱舞していた。彼女もマッスル要素の濃い客室にて、彼女なりにエンジョイしているようだ。いかにも明日香らしい事だと源吾郎は思っていた。


「鳥園寺さんもハイテンションだなぁ。いつもの事だけど」

「あ、でも鳥姐さんが寂しい思いをしてなくて俺は安心しましたよ。一人部屋なんで寂しいんじゃないかなって思ったんですが」


 飛鳥が寂しがっているのではないか。そう言った雪羽の方がむしろ寂しそうな表情を見せている。雪羽はお調子者でヤンチャな青年と言ったイメージが強いだろう。しかし実際には寂しがり屋で甘えん坊な側面も持ち合わせていた。源吾郎はその事をもちろん知っている。かれこれ五年の付き合いだし、幼い頃の雪羽の境遇を思えば致し方なかろう。


「言うて一泊するだけだからさ、鳥園寺さんはそんなに寂しがらないと俺は思ってたよ。むしろ一人っきりだからこその楽しみってのもあるし」


 寂しいのは雷園寺の方じゃないの? 源吾郎はごく自然に問いかけていた。雪羽の近付き度合いや言動からして寂しい気分なのだと察していたのだ。雪羽は雷獣であり猫では無いのだが……時々言動や仕草が甘えん坊なオス猫に相通ずるものがあった。

 雪羽は怒ったり照れたりせずに素直に頷いた。何か思案するような表情を浮かべてもいる。


「いやさ、ホープスって言うアイドルユニットの子たちがいたでしょ? あの子たちの事とかがちょっと気になってさ」

「ええと、本来だったら明日のイベントに参加する子たちだよね? まぁドタキャンは良くないと思うけどあの子らも大学生だし、その辺がフワッとしちゃったのかな?」

「……大学生だからって言うのは俺らには解らんよ」


 そうやな。雪羽のツッコミめいた考察に、源吾郎も思わず頷いていた。二人とも若くして就職した妖怪たちであるから、大学生活がどのようなものか、心から知っている訳ではないのだ。


「ミックスアイさんも言ってたけど、ご家族とか心配してないのかなとか色々思っちゃって、そんな事を思ってたらちょっとね」


 そう言って雪羽はうっすらと微笑んだ。彼が家族や親兄弟の事に敏感なのも源吾郎は知っている。ナイトメア★四天王のミックスアイは、強大な力を持ちつつもママには逆らえないらしい。また、「……とママが言っていたぞ!」と言う発言からしても、ママの事を彼が慕っている事は明らかだった。雪羽としてはそう言う所で寂しさを刺激されたのだろう。


「ホームシックにはちと早い気もするけれど……気になるんなら三國さんとか月華さんに電話してみれば?」


 そうするわ。源吾郎の提案に雪羽は気を取り直したらしく、スマホの表面をポチポチし始めた。叔父である三國か、彼の妻で母親代わりの月華に連絡を入れるつもりだろう。


「もしもし、母さん? 雪羽だけど。今だ――」

『雪羽って誰? うちには息子も婿もいないからね!』


 やけに剣呑な通話と共に、雪羽の短い電話は終わってしまった。一体どういう事だろうか。源吾郎が目を瞬かせていると、雪羽は茶目っ気たっぷりに舌を出して笑っていた。


「あーあ。俺もうっかりミスっちゃったよ。ほらさ、俺らのいるこっちの世界と、月姉のいる世界は違うでしょ? だから月姉と同じ電話番号を持つ、こっちの世界の誰かのスマホに電話をかけちゃったみたいなんだよ」


 間違い電話ってこと? 源吾郎が尋ねると雪羽は頷いた。


「鳥姐さんとは連絡が出来たからイケるかなぁって思ったんだけど……まぁ考えたらそうなるわな。あはは、俺もちょっとうっかりしてたわ」

「まぁ間違い電話なんて時々仕出かしちゃうし……俺も迂闊だったよ、ごめん」


 別に良いって。雪羽はそう言ったものの、源吾郎はちょっとだけ気まずい思いを抱えてしまった。もう遅いし寝るか……寝れば気まずい思いも忘れるはずだ。そう思うと少しだけ気分がマシになった。

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