超天才はお見通しだったのだ

「おおっ、ここが海原博士の研究所なんだ!」

「すごいっすね先輩。めっちゃお洒落な所ですやん。どっかの研究所と違って!」

「しかもご当地ヒーローとコラボしてるのね。はえ~っ、すっごい考えられてるわね」


 海原研究所の門前に辿り着いた一行は、思い思いの感想を口にしていた。三名とも研究職だったり研究職に近しいポジションなので、研究所の外観なども気になってしまうのだ。

 海原博士の経歴を考えれば、この研究所が設立されてからまだ一、二年ばかりであろう。門扉に掲げられた「海原研究所」と言う看板が目にまぶしかった。

 看板や研究所そのものの美麗さ壮麗さにばかり目が行っていた三人であるが、入り口を警備員で固めている事に少ししてから気付いた。警備員は二人で顔を見れば二十歳前後の若者だったのだが……びっくりするほどムキムキだった。強そうやん……源吾郎はそれとなく雪羽の傍に寄ったくらいだった。

 敷地の奥から、ふらりと一人の男性がやって来たのは丁度その時だった。彼は敬意微員たちと異なり、ワイシャツの上に白衣と研究者らしい姿をしていた。年齢も彼らよりいくらか上らしく、落ち着いた雰囲気の持ち主でもある。

 この人見覚えがあるかも。源吾郎と雪羽は彼を見てそう思ったが、誰だったのか思い出す事はついぞなかった。


「こんにちは、君たちは……」

「魔法少女ファントム☆ウィザードのスタッフです」


 白衣の人物の問いかけに応じたのは飛鳥だった。佇まいも声音も凛としており、年長者らしい毅然とした態度であった。流石に自分がトリニキであるとは言わなかったみたいだけど。

 飛鳥の言葉に、白衣の人物は相好を崩し笑みを見せた。


「あ、君たちが海原所長との面談にやって来た三人ですね。どうぞ、途中まで案内します」


 そう言って彼は背を向け歩き始めた。胸元のネームプレートに「山岡」と書かれてあるのを飛鳥たちは目撃した。飛鳥たちはその後ろにぞろぞろとついて行く形になったのである。


「それにしても魔法少女かぁ。懐かしいなぁ、高校時代の文化祭を思い出すよ……二年生の時に城ケ崎さんが魔法少女カフェをプッシュしてましてね。凄かったですよ。しかもその時から海原博士はマネジメント方面でも頭角を現してましたし。

 城ケ崎さんは今マージちゃんシリーズのグッズ開発のエースですし、海原所長はご存じの通り未来のエネルギーを作る研究所を立ち上げました。夢の力って、本当にすごいですよ」

「ええ。やっぱり文化祭って思い出に残りますよね」

「僕はクラスの出し物よりも部活の方に力を入れてましたね……」


 山岡の話を聞きながら、飛鳥と源吾郎はそれぞれ自身の文化祭の事を思い出していたのだ。模擬店であれ展示物の造形であれ、集団で一つの事を成し遂げる文化祭は、やはり大人になっても思い出として残るものである。

 もちろん、夢見丘高校での文化祭も魔法少女カフェにて色々と一悶着あったのだが、その事について思いを馳せているのは山岡と雪羽だけだった。

 夢見丘はその名の通り住民たちが夢に向かって頑張っている良い町だ。案内を終えた山岡はそう言って微笑んだ。夢見丘の元祖マッチョである番所蝶介に至っては、「人類総マッチョ計画」と言う野望もとい夢を掲げ、ジムの経営者になっているのだから。


 セキュリティロック(山岡に解除してもらった)付きの地下フロアへと続く階段を降り、突き当りにある秘密研究室へと一行は進んでいった。地下室と言えども陰鬱な気配はなく、むしろマジカル☆ドリーマーズゆかりの品がさり気なく陳列されており、源吾郎や雪羽は無邪気に興奮してしまった。

 具体的に言えばマジカル☆バタフライとマッスル★ナイトメアが千日戦争を起こしたAWT、「創世記」のサインが入ったエレキギターのレプリカ、超天才同士の激闘(しりとり)を見守ったゲームタイマー、そして魔法少女カフェで用いたと思しき衣装とアイマスクなどだった。


「君たちが魔法少女ファントム☆ウィザードとそのマネージャーのトリニキさんだね。僕の研究所にようこそ」


 秘密の研究室にて一行を真っ先に出迎えたのは、やはり研究所のあるじたる海原秀雄その人だった。賢さが全体的に滲み出た面立ちと白衣でも隠し切れないマッチョな肉体に、源吾郎も雪羽もちょっとだけたじろいでしまう。

 そんな中、ファントム☆ウィザードのリーダー格(?)である飛鳥は笑みを作って海原博士と相対していた。


「いえ。こちらこそご招待いただきありがとうございます。私どもも魔法少女とそのマネージャーである以前に研究職ですので、こちらの研究所に招待されてとても嬉しく思ってます」


 やっぱり鳥園寺さんマジで大人やなぁ。源吾郎と雪羽はおよそ同じ事を思っていた。鳥園寺飛鳥は現在二十七、八のアラサーである。源吾郎たちのトリオの中では一番大人なのだ。実年齢で言えば最年長は雪羽になるのだが、妖怪的にはまだ子供なのだ。なので彼もまた、素直に飛鳥の事は年長者として慕っている節があった。


「成程。島崎君と雷園寺君が魔法少女に変身するんだね。しかも実際には妖怪の力を借りているんじゃあなくて妖怪そのものである、と」

「はい、僕は雷獣なので雷獣の力を宿すって言っても嘘じゃないみたいなので」

「僕も……妖狐の血を引いているんで妖狐の力を宿してる感じです。半妖なので人間としての要素もあるのですが」


 海原博士の言葉に、雪羽と源吾郎がそれぞれ応じる。源吾郎たちファントム☆ウィザードが漢たちで構成された魔法少女のユニットである事、実際には彼らは妖怪である事をカミングアウトした直後の事である。

 集まっているマジカル☆ドリーマーズの様子を見るに、源吾郎たちの不安は杞憂だったらしい。「男子二人だけど筋肉少年じゃあないのね」「蝶介と秀雄お兄様がスゴすぎるだけだと思いますわお姉様」と王女姉妹は言い合っているし、「この二人……筋肉には興味あるのかな?」と蝶介は考えているようだった。魔法少女への入れ込みが最も強い悠花に至っては「この二人が可愛い魔法少女に変身する所は是非とも見ないと(使命感)」と意気込んでいるくらいだった。

 残念ながらファントム☆ウィザードにはマスコットキャラはいない。しかし源吾郎の幻術を使えば、ぬいぐるみっぽい雰囲気のチビ狐・チビ雷獣を出す事くらいは容易かった。


「何と言いますか申し訳ありません。きっと、可愛い女の子の魔法少女を想像なさっていたでしょうから……」


 マスコット代わりのチビ狐・チビ雷獣を顕現させた源吾郎は思わず謝罪していた。飛鳥や雪羽から度々指摘される通り、彼は相手を欺くのが苦手だった。別に謝らなくても良いのに、と呑気な様子で首をかしげるのは雪羽である。人間への関心が基本的に薄い彼は、おのれの正体が人間にバレる事へのてらいや恐怖が源吾郎よりも薄かった。むしろ源吾郎の方が冷や冷やする事さえあるくらいだ。

 良いのよ気にしないで。飛鳥はそう言って源吾郎を励まし、ついでにそれとなく肩に手を添えていた。


「人間の女の子で妖怪の力を借りているって事にしようって言ったのは、そもそも私なんだから」


 そう言った飛鳥の眼差しは凛々しかった。トリニキと称し、ある意味過激で尖がったブログをつづっているとは思えぬほどのカッコよさである。いや……彼女もまた背負う者なのだ。

 源吾郎たちに一声かけると、飛鳥は海原博士たちに視線を戻す。


「島崎君や雷園寺君をご覧になってご存じかと思いますが、私たちが暮らす世界には妖怪たちも確かに存在しています。ですが、表立って存在が明らかになっている訳ではなくて、知っている人間は知っているという所に留まっている感じなのです。

 ファントム☆ウィザードもおかげ様でファンも多い事ですし、混乱を避けるためにも『妖怪の力を借りた人間の女の子』と言う設定を考えました」

「大丈夫ですよ鳥園寺さん。実は僕、ファントム☆ウィザードたちが本物の妖怪である事、トリニキと名乗る鳥園寺さんが実は女性である事は初めから解っていたんです」

「え……」

「そうだったん……」


 海原博士の発言に、飛鳥たちは驚いてしまった。自分たちは上手く魔法少女やニキに擬態していると思っていたからだ。

 超天才はやっぱり超天才だったのだ……海原博士の解説を聞いた飛鳥たちは思わず納得したのだった。

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