妖怪も精霊と同じかもしれないのだ

魔法少女ファントム☆ウィザード:「魔法少女ファントム☆ウィザード」とは、その身に宿した妖怪の力で変身し、魔法を操る魔法少女の事である。妖狐の力を宿す古月葉子は魔法少女フォックスに、雷獣の力を宿す梅園六花は魔法少女サンダーに変身する……(中略)チャイナドレス姿のフォックスと巫女装束のサンダー。その奇抜ながらも愛らしい姿の二人には数多くのファンが存在する。言うて俺もファンだからマネージャーやってるんだけどな!

(出典:トリニキのイキスギィ! ブログ 第七十二回)


 夢見丘。マッチョ御用達のジムや謎の研究施設が存在するこの町に、三人の来訪者が静かに足を踏み入れていた。

 ごく普通の男女三人組にしか見えないこの一行。実は彼らはこことは別の世界の来訪者であった。もっと言えば魔法少女ファントム☆ウィザードとそのマネージャーのトリニキと言う組み合わせである。

 余談だが三人組の男女比は二対一である。男子が二人に女性が一人と言う組み合わせだった。二人が魔法ファントム☆ウィザードに時々変身するのだ。残りの一人(消去法的に)はネット上でトリと名乗り、この二人のマネージャー的な役割を担っていた。男が魔法少女でニキと名乗る人物が女性。とりかえばや物語を想起させるような性別の逆転が起きているが……それが真実なので致し方なかろう。

 変化術の長けた妖怪の場合、自身の性別とは異なる姿に変化する事も可能である。それにネット上で性別を偽って振舞う事は、妖怪の異性への変化よりも珍しい事ではないのだから。

 それでもやはり気になる所があるのだろう。トリニキこと鳥園寺飛鳥は二人の若者をちらと見やり、思わず呟いた。


「それにしても、島崎君もユキ君も本当にその姿でマジカル☆ドリーマーズの皆にお会いするつもりなのね」

「もちろんですとも」


 飛鳥の問いにまず即答したのは一人の青年だった。黒髪のマッシュヘアーと、やけにのっぺりとした面立ちが特徴的な……いや特徴の殆ど無いモブ顔の青年である。彼の本名は島崎源吾郎。その正体は九尾の狐・玉藻御前を曾祖母に持つ半妖、「最強の妖怪」などと言う野望と強大な妖力と卓越した女子力の持ち主でもある。単なるモブとはとんでもない、色々な意味でぶっ飛んだ漢でもあった。やべー奴と言っても問題はない。既に四尾の域に到達しているし。もちろん彼が魔法少女フォックスであるのは言うまでもない。


「鳥園寺さんは色々考えて僕らの設定を作ってくださったのは感謝しています。ですが、マジカル☆ドリーマーズの皆さんの事は尊敬してますし、先輩のように思っているのです。そんな先輩たちに嘘をつくのは申し訳ない気がするのです」


 妖狐なのに嘘は苦手なのね……源吾郎の主張を聞いた飛鳥は妙な感慨を抱いてもいた。源吾郎は演劇部に所属していた事もあってか、本当は演技も女子変化も大好きな青年である。しかし故意に誰かを騙したり欺いたりする事は好まないらしい。その辺りは生真面目な彼らしい部分ともいえるだろうか。


「鳥姐さん。俺としても女子変化は最小限で済む方がありがたいんですがね。やっぱり女の子の姿に変化し続けるのって結構神経を使いますんで……先輩は別でしょうが」

「雷園寺、最後の一言は余計だろうに」


 もう一人の青年がフレンドリーな調子で言い、飛鳥や源吾郎にいたずらっぽい笑みを見せている。ゆるいパーマがかかったかのような銀髪に明るい翠の瞳が特徴的だ。ついでに言えば繊細な風貌の美形であり、それでいて何処かワイルドな気配も漂っている。

 こちらの青年は雷園寺雪羽と言う。その正体は純血の雷獣、要するに本物の妖怪だった。本来の姿は猫とハクビシンの中間のような獣であり、そのためか人型でもワイルドな雰囲気が漂っているのだ。そしてもちろん彼が雷獣の力で闘う魔法少女サンダーである。雷獣の力を宿しているというか雷獣そのものなのだが。

 雪羽の腰からすらりと伸びる尻尾は三本。妖力の総量は源吾郎よりも少ないものの、実戦では源吾郎と互角かそれ以上の戦闘能力を保有していた。雷撃を扱う戦闘スタイルのみならず、体術の心得もあり喧嘩慣れしているが故の特質であろう。

 源吾郎とはかれこれ五年来の付き合いであり、ライバルでありつつも漢の友情という者が二人の間にはあった。時々魔法少女とか美少女妖怪に変化するのだけど。

 

「とはいえ、マジカル☆ドリーマーズの皆さんもびっくりするだろうなとは思ってますよ。妖怪の力を借りて闘っている人間の魔法少女じゃなくて、魔法少女自体が妖怪そのものなんですから」

「言うて俺は半妖だけど……まぁ確かにそうかも」


 雪羽は思案顔で呟き、源吾郎もそれに同調する。一行が訪れた夢見丘は、実は一行が暮らしている世界の並行世界の一つに当たる場所に存在する町である。見た感じでは飛鳥たちが暮らしていた世界とほぼほぼ同じように思えるものの、全く同じ訳でもないだろう。

 妖怪がこの世界の住民たちにとってどのような存在と見做されるのか。妖怪である雪羽と源吾郎は密かにそのような心配をしていたのだ。物語によって妖怪のイメージが大分異なるからだ。中には人間を喰い散らかす邪悪な存在と見做されているような物語もあった。マジカル☆ドリーマーズは魔法少女と夢喰いとナイトメア★四天王との闘いに焦点が絞られていたので、妖怪たちが存在したのかどうかは解らない。多分魔法少女仲間と言う事で受け入れてくれるだろうが、そこがどうしても妖怪の雪羽と半妖の源吾郎は心配だった。


「ま、そんなに不安がらなくて大丈夫だと思うわよ」


 飛鳥の声は気負った様子はなく、いっそ世間話でもするような雰囲気だった。それでも不思議な事に、源吾郎も雪羽も彼女の声が心強く感じられたのだ。


「マジカル☆ドリーマーズのメンバーには、マジカル王国の王女様もいらっしゃるんでしょ? ナイトメア★四天王たちもそうだけど、マジカル王国って精霊たちも普通にいるみたいだし……ユキ君たちもそんな感じって事でプッシュすれば大丈夫よ」

「精霊かぁ……」

「言われてみれば、そうかも」


 源吾郎と雪羽は目配せして頷き合った。マジカル☆ドリーマーズが闘っていたナイトメア★四天王と言うのは、実はマジカル王国で生まれた精霊たちだったのだ。敵だった時も味方になってからも、彼らが濃ゆいキャラクター性で視聴者を楽しませた事は源吾郎たちも知っている。

 そんな精霊たちを仲間にしているのだから、源吾郎たちが妖怪であっても無問題であろう。飛鳥の主張を源吾郎たちも素直に受け取る事が出来た。

 というか腕の一振りで家屋を十数軒破壊してしまうマッスル★ナイトメアに較べれば、自分たちは無害な仔狐と仔猫であろう。地味に対戦車ライフル越えの狐火を放出できることを棚に上げ、源吾郎は密かにそう思ったのだ。


「それよか、私は異空間技術を編み出した海原博士の方がすごいと思ってるわ」


 そう語る飛鳥の眼差しは鋭かった。海原博士こと海原秀雄と言えば、ボクっ娘属性でサポート役の魔法少女マジカル☆オーシャンである。もっと言えば本体は超頭脳とマッチョな筋肉を兼ね備えた完璧超人でもある。

 だが、飛鳥がすごいと評しているのは別方面の所にあるのだと、源吾郎も雪羽も察していた。


「だって海原博士って、二十代半ばで研究所を立ち上げて……あまつさえ運営しているんでしょ? 国外で勉強してきたからそっち方面のコネクションもあるのかもしれないけれど……凄すぎるわ」


 熱っぽく語る飛鳥の表情に気圧されつつ、源吾郎たちは頷いた。研究所所長としての海原博士の事を彼女がすごいと思っている気持ちは源吾郎たちにも解るし、海原博士の凄さもまた源吾郎たちには解る。何せ三人とも研究職・技術職なのだから。特に飛鳥はゴリゴリの理系で研究職を志していた時期もあったのだから、余計に研究所持ちの海原博士がすごい存在に思えるのだろう。丁度同年代だし。


「そりゃあもちろん研究職だったら修士まで出ていた方が色々と有利だけど、御自ら研究所を立ち上げて運営できるなんて……研究室の業界もコネとか人脈が蠢いているらしいから、海原博士も苦労なさったんじゃあないかしら」

「そりゃあ鳥姐さん。海原博士は超天才だったから研究所を立ち上げて運営できているんですよ。あとマッチョですし」


 飛鳥の疑問に応じたのは雪羽だった。雷獣と言う種族的な特徴の為か、雪羽はやや脳筋の傾向が強かった。だからこそ素直に超天才だから研究所の運営ができるのだ、と言い放ったのだろう。彼自身も、研究者の一筋縄ではいかない生態を知っているにも関わらず、である。


「超天才もあるでしょうけれど、もしかしたら海原博士はクラファンで資金を獲得したのかもしれませんね」

「あークラファンね。確かにネット上でも結構やってるものね。魔法の研究でって事なら、結構集まるかもしれないわね」

「言われてみればそうだなぁ。と言うか、穂村とかミハルも最近クラウドファウンディングを始めたって言ってたしなぁ」


 源吾郎のさり気ない発言に、飛鳥も雪羽も納得の声を上げる。イマドキの若者であるから、クラファンというのも(行っている・いないに関わらず)身近に感じる物なのだろう。

 二人の反応に気を良くしたらしく、源吾郎はのっぺりとした顔に満面の笑みを浮かべた。


「それに今回は、お互い魔法少女の先輩・後輩と言う事で色々と意見交換に来たんですよ。もしかしたら、海原博士の研究所運営の秘訣とかも教えてくださるかもって思ってるんですよ。僕らも研究職ですし」

「そうよねぇ、噂で聞いただけだけど、島崎君たちの所の研究センターも色々大変そうだものね。主にマネージャーの萩尾丸さんが」

「言うて萩尾丸さんも色々と好き勝手なさってますけどね。特に俺たちに対して」


――と言った塩梅で、魔法少女二名を含む三名は思い思いの事を言いつつも歩を進めていったのだ。目的地である海原研究所まであと少しである。

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