妖術講座特別編:テイク1――常闇之神社クロスオーバー
「常闇 野 ginger channel」の特別企画「大妖怪を思いっ切りもふってみた」も唐突な飛び入り参加もあったものの無事に終了した。
幼狐弟妹の審査員、そして夜葉と名乗る謎の少女にモフられていた二人の大妖怪(候補)はカメラの外で静かに変化を解いていた。リスナーたちが歓喜していた美少女妖怪が本来の姿に戻ったのである。
「おっしゃ、今回はちゃんと戻れたぞ!」
「解った、解ったからそんなにはしゃぐな雷園寺。ラヰカさんや椿姫さんたちも見てるんだからさ」
普段の青年姿に戻った事にはしゃぐ雪羽に対し、変化を解いた源吾郎が軽くたしなめる。雪羽は雷獣の青年であり源吾郎は妖狐の血を引く青年である。だが先程まで特別企画のために各々雷獣娘の梅園六花、狐娘の宮坂京子に変化していたのだ。
「ちゃんと戻れたって、雷園寺君、前に何かあったのか?」
声をかけてきたのはラヰカだった。常闇之神社きっての武闘派であり、尚且ついたずら好きな気質である事は源吾郎も雪羽もよく知っている。というか今回わざわざ美少女変化して特別企画に登場したのも、ラヰカのいたずら心のなせる業なのだから。源吾郎はノリノリだったけど。
「あの……ええと」
「島崎先輩みたく女子変化してみたら、自力で戻れなくなったんですよ!」
「おお、そんな事があったのか!」
自分からバラしていくのか……源吾郎は半目で雪羽を見つめていた。雪羽の「女子変化戻れない事件」は源吾郎もよく知っている。しかしラヰカたちに打ち明けるのは恥ずかしかろうと思い気を遣ったのだ。しかし雪羽は気にせずカミングアウトしてしまっているではないか。
もしかしたら、幽世の空気でハイになっているだけなのかもしれない。源吾郎はそう思う事にした。雪羽は純血の妖怪、それも妖気の巡りの速い雷獣なのだから。
※
「そう言えば、二人は地下の巣穴にやって来た
雪羽の話が一段落したところで、ラヰカが源吾郎たちに問いかけた。元々ラヰカを筆頭とする神使たちが目を光らせているため、敵対者である影法師や魍魎はおいそれと悪事を働く事は出来ない……はずだった。
しかし何事にも例外という物がつきものだ。今回も月白の幼狐・
魍魎の大半は邪神たるラヰカと鬼神たる
「そうだよ兄さん。源吾郎さんも雪羽さんもとっても強かったんですよ」
ラヰカの問いに応じたのは、源吾郎たちではなく
竜胆は先端が紫紺に染まった白い三尾をふりふり源吾郎たちの活躍ぶりをラヰカに語っていた。源吾郎はここで妖狐の少年が仔細まで目を配っていた事を知り、またここで驚いてもいた。
「そうだったのか。やっぱり島崎君も雷園寺君も大活躍してくれたんだなぁ。あはは、俺も二人ならやってくれると思ってたんだよ。何せ二人とも大妖怪なんだからさ」
「空々しい事を……そもそもこの若者らが振り回されたのはお主の不手際だろうに」
渋い表情を作って柊がぼやくと、ラヰカの表情が笑みから引きつった笑みに一瞬で変化する。邪神の力を取り戻したラヰカもまた柊と同じく九尾である。だが、先のラヰカの様子を見ると、柊には頭が上がらないらしい。
「――しかし客人たちよ。お主らもやはり大妖怪の末裔であるな。先の魍魎の討伐だが、事によっては妾も手を貸す事を考えておったが……見事な闘いぶりだったぞ」
やはり大妖怪の血を引くだけある。柊の視線と言葉は、いつの間にか源吾郎と雪羽に向けられていた。真なる九尾の眼差しと言葉に、源吾郎は今一度居住まいを正した。
「あ、ありがとうございます」
「見事だなんて僕には身に余る言葉です。腕っぷしだけでは当主の座を得る事は出来ませんから」
源吾郎は素直に感謝の言葉を述べるだけにとどまったが、雪羽は次期当主の話も絡め謙遜している。若干お調子者めいた言動の目立つ雪羽であるが、自分がまだまだだと思う気持ちは源吾郎も同じである。そもそもからして、源吾郎たちは大妖怪に仕え、自身も大妖怪として組織の長として育つための教育を受けているのだから。
そんな源吾郎たちの気持ちを察したのか、柊はすっと目を細める。興味深さとともに、慈愛の色――それこそ椿姫たち稲尾きょうだいに向けるような――が見え隠れしていた。
「確かに強さだけにはどうにもならぬ所もあるな。そこな邪神も力はあるが立ち回りゆえに損している部分も見受けられるからの。しかし――能力がある事は誇っても良いのだぞ?
それにお主らは力を扱う心構えを学んでいる所じゃ。今の心がけを忘れなければさらなる成長も望めるだろう」
私もそんな感じがするなー。柊の言葉に同意するかのように万里恵が頷く。意志の強そうなその顔には、今では字義通り猫めいた笑みが浮かんでいた。
「だって二人がかりで上等級までやっつけちゃったんでしょ? 普通の氏子とか夜廻見習いじゃあ到底できない事だよ。
雪羽君も源吾郎君も強いのに本当に真面目だよね。うふふ、向こうじゃあ女の子たちも放っておかないんじゃないの?」
「ちょっと万里恵! どさくさに紛れて雪羽君にちょっかい出さないの! 竜胆や菘もいるんだから」
いつの間にか万里恵は雪羽の傍に近付き、すり寄ろうとしていた。スリスリまで行かなかったのは、五尾の妖狐である椿姫が、さっと躍り出て万里恵を押さえにかかったからに他ならない。雪羽は雪羽で幼狐の目があるという事で冷静さを装っていたし、竜胆はさり気なく菘の手を引き一行から距離を置いていた。
何と言うか平和な状況だ。源吾郎は場違いながらもそう思っていた。
※
源吾郎と雪羽が恐れ多くも妖術講座の特別授業に講師として出演する事になったのは、ひとえにラヰカの気まぐれによるものだった。竜胆が「源吾郎さんの狐火は水色だった」と珍しそうに言った事がきっかけだったのだけど。
狐火の色。そうした物に源吾郎は特に注意を払ってはいなかった。狐火の色は出力時の温度によって左右される。
しかし竜胆が水色の狐火を珍しがるのも無理からぬことだと、源吾郎は思っていた。竜胆の見知った妖狐たちが放つ狐火は水色とか橙色では無いからだ。彼の姉である椿姫は紫紺の狐火を使っていたし、ラヰカが扱う狐火は暗い藍色だったのだ。
炎色反応とかじゃあなくて妖気のオーラが乗っかっているからそう見えるのだろう。そんな事を言ったのは雪羽である。源吾郎と異なり理系気質の強い男なのだ。或いはもしかすると、紅藤は彼も研究センターの研究員として抱え込む心づもりなのかもしれない。
ともあれ源吾郎は狐火生成の術でもって妖術講座に出演する事と相成った。妖狐の攻撃術と言えばやはり狐火であるし、源吾郎自身も自身の持つ攻撃術の中では狐火は十八番と言える術だった。
何しろ弾丸として放つ狐火は対戦車ライフルのそれを凌駕する威力を具え、火焔状にして出力を上げればコンクリートの塊さえ融かすほどだ。生身の妖怪がこの技をマトモに喰らったらどうなるかは言うまでもない。一般妖怪ならば即死レベル、多少妖力を蓄えた中級妖怪であっても致命傷になりうる攻撃術だった。
しかしながら、こうした高出力の狐火が実際に武器として効果を発揮した事は殆ど無い。大抵の場合はそうした術を振るう前に勝負がつくからだ。雪羽と手合わせする際は高威力の狐火を惜しげもなくぶっ放すが、いずれも回避されるか雷撃で相殺されるかなのでやはり効果を発揮する事はまずなかった。
「島崎君は……その姿のままで出るんだな? 変化しなくて良いの?」
カメラを回す前に、ラヰカは源吾郎を見ながら最終確認をした。先程のモフモフ企画では宮坂京子に扮して登場した源吾郎であったが……今回は本来の姿で出演するつもりだった。そうする理由も必然性も、源吾郎の中にあったのだ。
「大丈夫ですよラヰカさん。実を申しますと、僕は戦闘術はそんなに得意では無くてですね、変化した状態だと上手く術の調整が出来ないのです」
対戦車ライフル越えの威力を持つ狐火を放つ源吾郎であるが、実の所戦闘術はそれほど得意では無かったのだ。源吾郎が妖狐として最も得意とするのはやはり変化術である。それ以外では結界術や認識阻害、隠蔽術などと言った細々とした妖術の方が源吾郎は得意としていたのだ。
源吾郎の攻撃術たる狐火がすさまじい威力を持つのも、単に源吾郎自身が凡狐よりも多くの妖力を保有しているからに過ぎない。その狐火も、純粋な攻撃よりも牽制目的の防御・あるいは戦闘から離れた用途に使う方が上手だったりするくらいなのだ。
また源吾郎は女狐(♂)や狐娘(♂)に変化している時、変化術に妖力の三割程度を充ててもいる。もちろんその状態でも狐火や尻尾を使った攻撃術は使えなくはない。しかし威力や精度が通常よりも落ちてしまうのが現状だった。
「それで、僕は何を言えば良いでしょうか」
「そんなに気負う事はないさ。ふふふ、きゅうび君も結構俺の講座を真面目に見てくれてるみたいだし、それを参考にしてくれれば良いよ」
妖術講座の講師たるラヰカがさも得意げに笑うのを見ながら、これが野狐問答ならぬ禅問答か……などと源吾郎は思っていた。顔出しについては健全な講座だからまぁ良いかと割り切っていた。ついでに言えば後で雷撃術の講師を務める雪羽などは、実名でオンスタグラムにイケメンムーブ投稿を行っているらしいから無問題だろう。
言うて源吾郎も実名アカウントがツブッターに存在する。だがここ五年くらい十姉妹の事しか呟いていなかった。
「そんなわけで始めよっか。リスナーも待ってるみたいだしさ」
「あ……えと……」
言うや否や、ラヰカはすっとカメラの撮影範囲から外れ、その外から源吾郎に指で合図をする。気まぐれでいたずら好きな邪神様らしい言動であると源吾郎は思った。やれやれ、と呆れたり憤慨したりはしなかった。元より源吾郎はラヰカの事を尊敬しているし、上司(特に炎上ムーブ大好き天狗)のお陰で無茶ぶりには多少の耐性があった。
それに源吾郎にはいまだに演劇魂があった。時々(頻繁に、かもしれないが)演劇魂が刺激される事があるのだが、今がまさにその時だったのだ。
「皆様こんにちは。僕は『常闇 野 ginger channel』のリスナーの一人であるきゅうびです。今回ラヰカさんのご厚意にて、妖術講座の特別授業を行わせていただきます」
ひとまず源吾郎はカメラの向こうにいるであろうリスナーを意識しつつ挨拶をした。この時ハンドルネームを使ったのは、ラヰカがきゅうびと口にしていたからなのかもしれなかった。
『狐やな』
『妖術講座ってネタ講座かと思ってたけど……』
『アレはネタとして見た方が楽しいゾ』
流れてきたコメントが読み上げられ、音声として源吾郎たちの耳に届く。先のモフモフ企画でもコメントを聞いてはいたが……自分に向けられると思うと不思議な気持ちだった。
「僕がお教えするのは狐火の術です。あ、ですがラヰカさんの使う狐火みたいに派手なものではありませんが……」
「対戦車ライフル越えの狐火は地味じゃないと思うけど」
『ラヰカ先生の狐火は再現不可避定期』
『ラヰカは太陽作ってたからきゅうび君は地獄の業火かな?』
『地底民乙』
『むしろ屋上で焼くんじゃね(小並感)』
コメントだとか某雷獣のボヤキなどを聞き流しつつ、源吾郎はぽっと狐火を一つ錬成させた。まぁ普通の狐火である。そのまま浮かべていれば照明の代わりにもなるし、何かを焼く事も出来る。そんな狐火だった。
『待って、この狐も普通に溜め無しで狐火作ってませんかね』
『これって合成かな?』
『合成かもしれないし、真実かもしれない……』
『どう見ても見覚えのある顔なんですがこれは……』
『狐ですか……やはり王道を往く狐火ですね……』
『焼いてかない?』
『(焼かれたく)ないです』
この後どうしよう。源吾郎はカメラに映らない位置で待機するラヰカにそっと目配せをした。
それにしてもラヰカの表情が妙だ。先程までニコニコと笑っていたはずが、今はやや切羽詰まったような表情を見せているではないか。まさか何かマズい事でもしてしまったのか……?
そう思っていたまさにその時、ラヰカが声を上げた。
「待って撮影止めろ、俺の時よりコメントが盛り上がってる」
未だソフトからはコメントが読み上げられているが、ラヰカの声はそれよりも大きな物だった。
妙に切羽詰まったラヰカの言葉に、椿姫が呆れたような表情を見せた。
「うわ大人げないやつ」
「みんな、あんな邪神になっちゃだめだからね」
ため息をつく椿姫に続き、万里恵も言葉を続ける。但し万里恵の方が若干楽しそうだ。
――邪神なんてなりたくてもなれないのでは……? いやどうなんやろ。
自分たちが邪神になる事前提での万里恵の言葉に、源吾郎は静かに首をひねっていたのだった。
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