幼狐もわかる妖術講座:後編――常闇之神社クロスオーバー

「雷園寺、一体どういう事なんだ!」


 事ここにきて、異変の元凶が雪羽であろうと察したのだ。もしかしたら雪羽はこの異変に無関係で、ラヰカを含め皆がオロオロするのを面白がっているだけかもしれない。その時はまぁその時だ。


「あはは、ラヰカ姐さんの御前だぞ、そんなにいきり立つな。そうとも、お察しの通り俺の仕業だよ。電流でパソコンに干渉して書き込みをしたんだ」


 電流でパソコンに干渉する。事もなげに言ってのけた雪羽の言葉を、源吾郎はすぐには理解できなかった。話の内容と雪羽の気軽な物言いがかみ合わなかったのだ。

 しかしややあってから、三國が雷獣の力でパソコンのデータを加工したり、コンピューターウィルスやマルウェアを撃退したりする事が出来るのを思い出した。三國とは雪羽の叔父にあたる存在だ。であれば雪羽もそうした技が使えるのかもしれない。源吾郎はそう思いなおしたのだ。


「驚かせるなよな全く……」

『きゅうび:皆さん大丈夫です。さっきのはyukihaのいたずらでした』

『サンダーフォール:雷獣ならあるあるだな』

『燈龍真王:あるあるなのか(困惑)』

『見習いアトラ:良かった……』

「そ、そうか。いたずらだったんだな。それにしても意外だったなぁ。yukiha君とは何度か会ってるけど、こっちでは割とお行儀良かったから……」


 源吾郎は雪羽相手にぼやきつつも、コメントをひとまず入れる。他のリスナーやラヰカが落ち着き始めたのを見定めてから、首を巡らせて雪羽を見やった。今回の異変の下手人をだ。


「それにしても雷園寺君。何だってまたまだるっこしい事をしたんだ?」

「俺も最初は黙って視聴しようと思ってたんだ。でも万里恵さんが寂しいってコメントを入れてたから」


 先程とは一転し、照れたようなしおらしい表情を雪羽は見せていた。雷園寺は万里恵さんが気になってるもんなぁ……常闇之神社に住まう猫又の少女を思い浮かべながら源吾郎は密かに思った。気持ちは解るが呆れに似た感情が浮かんだのもまた事実である。

 源吾郎はだから、雪羽に近い所に垂れた一尾でもって彼の背中や尻尾をぺちぺちと叩いた。


「まぁ確かに万里恵さんもコメント入れてたけどさぁ……そこで思い直すとかホンマに女の子の事ばっかり考えてるじゃないか」

「ええやん別に。それなら先輩だってガールフレンドにベタ甘えなんだしさぁ」


 尻尾で叩かれていた雪羽だったが、特に嫌がるそぶりは見せない。むしろ面白がって笑っている。「ま、ちょっとアクシデントもあったけど、時間だからそろそろ始めるよー」ラヰカの声がラップトップの音響から届けられる。

 源吾郎は真面目な表情に戻り、雪羽の後方に回していた尻尾を引き寄せた。先程まで雪羽の尻尾や背中を叩いていたその一尾には、雪羽の妖気が僅かに移っていた。あとちょうどいい塩梅に雪羽の体毛も絡んでいる。何やってるの? 不思議そうにこちらを覗き込む雪羽を尻目に、源吾郎は採取した体毛と雪羽の妖気をひとまとめにした。


「どのみちユッキーもこっちで画面を見ながらコメントを入れたいでしょ。また怪現象を起こされても困るから……ほら」


 ひとまとめにしたそれに妖術を送り込む。十本にも満たない雷獣の毛と僅かな妖気だったそれは、瞬く間に一匹の獣に姿を変えた。銀色の毛皮と翠の眼が特徴的なそれは、まさしく雪羽の本来の姿そのままである。大きさは仔兎ほどなので、所謂チビ雷獣と言っても良かろう。


「これでコメントを入れたらどうかな」


 源吾郎は顕現させたチビ雷獣をそのまま雪羽に手渡した。雪羽の体毛と妖力を基に作られたこのチビ雷獣は、雪羽の意のままに動かす事が可能な代物である。普段源吾郎が使うチビ狐などの幻術の応用版だった。

 雪羽の手に渡るや否や、チビ雷獣はあるじの意志に従って動き始めた。テーブルに置かれたスマホの画面を肉球でタップし始めたのだ。小さな爪が当たる音が僅かに響く。


『yukiha:生きてます。これで参戦できるぜ!』


 三十秒と待たぬ間にyukihaのコメントが画面に浮かぶ。参戦て何と闘うつもりなのか。雪羽の嬉しそうなコメントも、源吾郎の呆れのコメントも、他のリスナーが流すコメントの勢いに飲まれて流れていった。

 一悶着あったものの、平和に「常闇 野 ginger channel」が始まろうとしていた。



「さて本日はでもわかる妖術講座の時間ですね。今回は……結界術についてお話します。それでは

『隠神刑部:やっぱり暴走してんな』

『トリツカイ:イキスギィ!』

『きゅうび:俺たちは何処に逝ってしまうんだ……?』

『yukiha:そりゃあまぁ三途の川の向こうとか?』

『見習いアトラ:誰も怖がってないんですがこれは……』


 ラヰカの暴走字幕に相変わらずリスナーは食いついている。三途の川に護られた幽世だけに、逝きましょうのインパクトは中々に強い。幽世は……常闇之神社は確かに牧歌的な所だった。住民たちに仇成す魍魎を討伐したり、影法師のおイタを食い止めなければならない事に目をつぶればの話だが。

 ともあれ食いつきコメントを送った源吾郎であったが、内心結界術と期待で胸が高鳴っていた。雪羽と並び、若妖怪としては高い戦闘能力を誇る存在であると源吾郎は思われがちである。しかし彼自身はむしろ変化術や結界術などの、非戦闘的な妖術の展開こそが得意分野であった。結界術に関しても、様々な術を会得している。もちろん神使のような神がかった力はないけれど。


「おっ、竜胆君のお出ましだ!」


 チビ雷獣にコメントを任せるのを忘れ、雪羽本体が声を上げた。興奮気味の彼は丁寧にも画面の左端を指示している。確かに竜胆少年はそこにいた。緊張しているらしく、紫に色づく白い狐耳は鋭くピンと立ちあがっている。薄水色の着流しをきっちりと着込んでいる所がラヰカとは対照的だった。


「ええ、こちらは皆様ご存じ、常闇之神社のマスコット狐の竜胆君です!」

「えと……皆さんこんばんは。りんりんどーこと竜胆です」

『トリツカイ:召される、召される……(浄化)』

『ネッコマタ―:緊張してて初々しい』

『おもちもちにび:兄ちゃんがんばって』

『月白五尾:無茶ぶりされたら拒否するのよ竜胆』

『yukiha:元気そうで何より! もふもふ企画以来だから』

『きゅうび:みずからばらすのか(困惑)』


 竜胆の登場にやはりコメント欄が沸き立つ。雪羽も見れば嬉しそうだった。向こうでは竜胆も雪羽に懐き、雪羽も竜胆を弟と見做していた。お兄ちゃんムーブをかます雪羽は、甘えん坊な弟分や妹分に弱いのだ。


「実はこの竜胆君、常闇之神社きっての結界術の使い手というのは皆知ってるよな! 俺も魍魎を退治するときは、竜胆君が分断結界を作って周囲に被害が及ばないようにしてくれてるんだ」

『サンダーフォール:早速幼狐の枠から外れてないか?』

『ネッコマター:邪神ムーブ定期』

『隠神刑部:物騒な話はよしてほしいんだけど \750』


 初手から分断結界の話か……源吾郎と雪羽はこっそり顔を見合わせていた。ラヰカ自身が実践している内容とは違うものの、一般妖がおいそれと再現できない内容である事には違いない。いつかの妖術講座では「手の平にミニサイズの太陽を作ってみよう」などという話にもなっていたし。


「ま、まぁもちろん分断結界は皆には難しいと思うよ。言うて俺にも難しいし」

『燈龍真王:自分でできひん言うてもてるし』

『作家猫:出来ない事は出来ないという所は良いのかも……?』

『すねこすり:いや邪神が出来ないって言えるのもレアかも』

「そんなわけで――あ、竜胆君ありがとうな――それじゃ俺はどんな結界を使えるかって所ですよね。俺が結界を使うとまぁこんな感じになるかな」


 いつの間にか竜胆は画面から姿を消していた。ラヰカはその面に飛び切りの笑みを浮かべ、やや大げさに両手を動かした。

 直後――ラヰカの背後の空間が揺らぎ、その奥から武器の一部がぞろりと顔を出していた。鞘に収まった刀身や宝剣の一種、鎖鎌やモーニングスター・戦斧等々……他にも源吾郎が見た事も無い武器や刃物もあった。


「厳密には異空間を作ってそこに収めているから結界術とはちょっと違うけど……まぁある意味これも分断結界になるかな。俺はこの中に武器を集めているんだ」

『月白五尾:再現不可避案件だわこれ』

『見習いアトラ:流石にCG?』

『トリツカイ:亜空間能力便利杉。これで黒歴史の隠蔽もバッチリやな』

『すきま女:あの空間気持ちよさそう』

『見習いアトラ:というかゲートオ〇バビロンに似てるかも』

『yukiha:あの鎖鎌って数十トンするやつだよね?』

『しろいきゅうび:とはいえ武器の占有はイクナイ』


 武器を収納できるほどの亜空間を生成する。ラヰカ自身が使える結界術もまた、普段通り一般妖には再現が難しいものだった。コメント欄には猛然とツッコミが入っているが、ラヰカの何処となく人を喰ったような表情を見れば、反応自身はラヰカの予想通りのようだ。



 とはいえ分断結界・亜空間武器庫はつかみであり、「妖力操作は精密さ第一」といういつもの教えに流れていった。源吾郎はそこで、単なる結界術でも気密性に特化すれば食材を劣化させずに何か月も何年も保管する事が出来ると知ったのだ。

 もちろんこれも源吾郎がすぐに出来るような技ではない。とはいえ今の自分ではどれくらい集中すれば近いものが出せるのか。そんな事を考えるのは楽しかった。

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