ある退魔師の観察記録 前編

 こちらの資料は、妖怪の不思議さや奇妙さ、そしてある種の恐ろしさを知る事の出来る貴重な資料になると言えるだろう。


■背景 玉藻御前と言えば九尾の妖狐であるのだが、その実力は極めて高く、酒呑童子や大嶽丸と並び日本三大悪妖怪と呼ばれる程である。実際には物理的な戦闘能力は低く、変化や籠絡・人心掌握術が彼女の真骨頂だったともされるのだが……それでも脅威であった事には違いない。

 玉藻御前自体は殺生石と化しているのだが、その直系の子孫は関西に実在するという。人間との間に生まれた半妖ながらも先祖である妖狐の血を色濃く発現し、その能力を振るわんとする個体がいるという情報もある。

 今回は彼が勤務する研究センターに派遣社員として潜入し、彼の能力・強さ・性質等々を調査する事になった。もちろん非力な人間が大妖怪の末裔に太刀打ちできるとは思っていない。しかし今後の対策として情報を得るのは重要な事であろう。

 特に彼――今後は妖狐Sと表記する――に関しては「勤務態度は真面目」「普通の青年」と言った当たり障りのない情報ばかりなのだ。相手が玉藻御前の曾孫であるのだから本性を隠蔽して尻尾を出さない可能性もあるにはある。


■初日 妖怪ばかりが勤務する研究センターに出向くのは緊張したが、研究室は学生時代のそれ(生物学研究室)に何となく似ていて安心した。私自身は得意分野という事で生物学を専攻していた時があったが、まさか退魔師稼業に絡むとは予想外の事だ。

 さて妖狐Sについてであるが、その異質さにまず度肝を抜かれてしまった。四尾であると前もって情報は貰っていたが、やはり実際に目の当たりにするのとでは大違いだ。職業柄妖狐を間近で目撃する事はあるにはある。二尾という、妖狐の中では弱い部類に入る個体であっても妖怪としての圧を感じる位なのだ。四尾はそれよりもさらに格上であるのは言うまでもない。何より生後二十年弱に過ぎず、しかも十八まで人間として育てられた個体だという。

 それにもかかわらず容姿は平凡な青年の姿であるからそれにも驚かされた。事前に顔写真も見ていたし、人間の父親に生き写しである事も聞かされていたのだが……

 現時点で中級妖怪、数百年生きた妖怪とほぼ同等の力量を持つそうだ。だがそれ以上に恐ろしいのは、この研究センターで働く妖怪の殆どが、彼よりも強いという事であろう。一匹だけ例外がいるようだが、彼についての詳細については追って報告する次第だ。


■二日目 早速簡単な業務を行いつつ、妖狐Sの様子を観察する。人懐っこく社交的な性格であると聞いていたが、私への態度は若干ぎこちない。まさか私の任務がバレていたのだろうか? だが彼の同僚に相当する雷獣によると、同年代の相手では緊張してしまう節があるだけなのだという事。

 そう言えば妖狐Sは五人兄弟の末っ子で、すぐ上の兄とも七歳差であるそうだ。そう思って観察していると、指導者や上司に対してはごく自然に振舞っているようにも見える。

 なお同僚である雷獣に対しては、割合フランクな様子を見せていた。年齢が(妖怪的にも)近い事、力量もほとんど同じ事もあり、互いに友達のように思っているらしい。

 じゃれ合う妖狐のSと雷獣のRの姿は普通の大学生とか高校生などとあまり変わらないように見えた。人間とは異質な生き物だと知っているのに。


■五日目 雷獣のRについて軽く触れておこう。直接的な観察対象ではないにしろ、妖狐Sの傍に居る事も多く、中々に興味深いからだ。

 三尾の雷獣であるRは四尾である妖狐Sよりは妖力の保有量は少ないという事だそうだ。妖狐にしろ雷獣にしろ猫又にしろ、蓄える妖力が増すにつれて尻尾の数が増えるからだ。

 とはいえ、私は雷獣Rが弱い妖怪だとは思っていない。二尾相手ですら気後れする位なのだから。それに全体的に獣らしさや妖怪らしさを全身から放出しているようにも感じられた。そこはまた、人っぽく取り繕っている――血統的には七十五パーセントは人間なのだが――妖狐Sとは好対照と言えるだろう。特に雷獣Rの変化姿は十代後半の若者、それも中性的な面立ちの若者であるから、余計に異形らしいオーラが際立つ気がした。


■六日目 戦闘訓練なる物を見学。妖狐Sの対戦相手は雷獣Rだった。昔は他の若い妖怪たちが相手だった事もあるそうだが、雷獣Rがこの研究センターに異動してからは、もっぱら彼が相手になる事が多いようだ。営業マネージャーは部下であるという若い妖怪たちを連れてきており見学させている。妖狐や化け狸がほとんどで、妖狐の大多数は一尾だった。

……とんでもない光景だった。妖狐Sは狐火を放出するという攻撃術をもっぱら使っていたのだが、その威力たるや想像以上のものだった。火焔状の狐火を放出した際には、客席であるこちらにまで熱が伝わってくるような感触があったのだから。

 だがそれ以上に驚いたのは雷獣Rの立ち回りだった。迫りくる狐火の弾幕にも吹き上がる火焔にも彼は一切怯むそぶりは見せなかったのだ(彼が演技していなければの話であるが)。のみならず相手の攻撃をかわし、跳ね返し、悠々と勝利をもぎ取った始末である。

 妖力の保有量が少ないだなんてとんでもない。雷獣Rもまた十二分に強い妖怪だった。

 余談だが妖狐Sと雷獣Rの勝負において、妖狐Sの勝率は二割五分との事。

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